< 思春期本人への告知 | メイン | 発達障害の適応の考え方② >

 (最近成人発達障害当事者会の集まりでお話した「脳に合った生き方」という講話から)。

 発達障害の当事者は多数派の世界の中では多数派と比べて「状況理解の不足」「注意集中のコントロールが困難」といった能力的な「障害」を持つのは確かだ。

 ここを出発点として、「足りないところを補うケア」という考え方は単純で、比較的障害の軽い人(とACの重症な人)はこう考えることが多い。

 この「ただ多数派に合わせる、表面的に多数派と同じになろう(しよう)とする」という適応やケアの発想が、実は自然のようで大きな困難や問題点を伴うことが私は分かってきた。

 発達障害の脳の「多数派との違い」は、「直観的に状況が読めない」「注意集中の制御が困難」というだけでなく、実はその能力のパターンに合わせた「価値観の違い」まで伴っている。つまりこの能力に合わせたそれなりの脳の首尾一貫性を保つために、脳に合った基本的な「価値観」がすでに出来上がっているということだ。免疫システムと同じような生体の自己防衛機能のひとつだろうと私は考えている。

 例えば「本音が本当ならば建前はウソ」という価値観は、多数派とは明らかに異なる。脳全体として、ただ特定の能力の不足だけがあるのではなく、その不足を特徴の一部分として含んだ脳の全体的な独特のあり方が出来ているのだ。

  ここで非常に大事なことは、その結果「脳の違いは必ずしもデメリットばかりではない」ということになることだ。発達障害独特の率直さ、正直さ、自分の利害を顧みない行動力といったかえって多数派には見られない利点がこの「違い」には含まれている。そういう意味では「良い所まで変えて多数派と同じになる必要は無い」のだ。(続く)

 (この意味では発達障害はただの障害、能力の不足というだけでなく、「価値観を含むひとつの別の文化」という見方が有効であると私は考える)。

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”発達障害独特の率直さ、正直さ、自分の利害を顧みない行動力”は自分にも見られる性格です。
そのため他人は僕を比較対象とした場合、自分の評価が酷くさがり僕には寄りたくないし、いない方が良いようです。

こういう性質が活かせる職場が提供されるのが発達障害者の能力を社会的に活かし、且つ発達障害者自身のためにもなるのではないかと思います。

昨今、企業や省庁の不正がメディアで取り上げられています。発達障害者で構成されたチームを導入するというのも解決策ではないかと思うのです。
written by あおがえる / 2008.05.29 07:07
>発達障害の脳の「多数派との違い」は、「直観的に状況が読めない」「注意集中の制御が困難」

単純な話。

作業所のウエイトレスが出来ません・・・(誰でも、やってるのに。)

客の状況が直感的に読めないし、メニューがその場で全く覚えられない。(20年以上前にも、ファミレスで1ヶ月でクビになりました。)

やっぱり出来ることと出来ないことがある。誰か助けてくれぇ~。一刻も早く辞めたいです。
written by むーん / 2008.11.06 19:29

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