よく見るとASの教員もちょくちょく見かける。ADHDと同様「一般のビジネス社会よりは適応しやすい環境」で、「試験に受かればなれる」から、適職のひとつではあるだろう。
ASはもともと面倒見の良いところもあり、教師として立場上上に立つことも出来、発達障害的に正直なところは小学校3年生くらいまではかえってプラスに働く可能性もある。
一時的には非常に優れた先生と言われることもある。これはAS特有の「ノンバーバル(非言語的)にコントロールする」能力を使って、子供たちを良い意味では「乗せる」、悪い意味では「威圧する」形で子供たちをコントロールできるからだ。
(コントロールが一気に外れるので、直後に担当する次年度の先生が苦労することになる)。
思春期以降の生徒の場合には、キャラクターで「オタク」的に尊敬される場合を除き、不合理な面が目立ちすぎて生徒をコントロールすることは難しいだろう。
低学年では、合理的なADHDの子供などはうまく「乗せて」もらって非常に快適に過ごせる可能性もある。
問題はAS教師のノンバーバルなコントロールに反応する児童生徒がどうなるかだ。必発で起こるのは受動型ASの子供が過剰反応を起こし不登校となる。「学校を異常に怖がる」ようになり、頭痛や下痢などの身体症状が激しくなり行けなくなる。
ジャイアン生徒ははうまく依存して優等生になるか、反抗し続けるかどちらかになるだろう。ジャイアンの場合は、よほどAS教師が徹底して公平に振舞わないと、「生徒を贔屓する」ことに反発することもあるだろう。
時々校長になっているAS(受動型と積極奇異型と両方のパターンがある)も居られるが、積極奇異は専制的になり、受動型の場合責任を負い切れなくて苦労するようだ。
診療内科では校長としょっちゅう喧嘩して転勤を繰り返したり、不適応でうつになり休職になるケースもたまに見かける。
この場合もジャイアンと同様、自分の発達障害を理解して「井戸の中」に自分がいることをきちんと自覚して、理解不可能な生徒を抹殺しないように本人が努力することが重要だ。
「女王の教室」というドラマがあったが、あれはASかジャイアンか? どちらにも見える。
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コメント
コメント一覧
ようは合わない子ども、理解しがたい子どもをどうするかで努力の壁に当たるのではないでしょうか。
ASにとって話が通じない人間、話に対して「はい」「分かりました」と言っても行動がそれに伴わない者、または育ちにつまづきがあり言われたことが分かっていても「はい」と言えない者、話し方に集中して気を使っていたら最後まで聞けずに逃げ出しそうになって、呼び止める働きかけも上手に同時進行しなければならない者など。その他早口、言葉足らず、虚言、などなど、多数派の先生はとりあえずどうにかなっているケースで、どうにもならなくて壁に当たるのではと思われます。
あと、他でもない発達障害の診断前の子に当たったときでしょうか。
発達障害の診断までの道のり、子ども本人にとっての受容の道のりも本だけの知識でもいいから分かっていていることが望ましいし、周りの職員に誰から、どう働きかけて特別支援の体制を認めてもらったらいいのかも、難しそうです。
ASにとっても障害児に当たることは非日常であり、一貫性を崩さなくてはならなくなり苦しいであろうと思われます。
それを「あなたの問題でしょう。あなたが段取ってください」と突き返されたら、若い職員ならお手上げでしょうね。
いよいよ子どもと保護者に医師から告知される前の、その前の段階で障碍支援の可能性が埋もれる危険があるかもしれませんね。
一人が抱えきれない問題が発覚しても、皆忙しいので、すぐに分担が出来るほど速やかには動けません。(他の職員は自分で進められるのになんで人を頼ろうとするかな)という不満を冷ます時間も必要です。分担するか否かの結論を出すときでも期間を取って皆で検討すると思われます。
続けます。
私の職場は、上司とは別に、仕事の進み具合をプレッシャーをかけずに見守りときに相談に乗ってくれる経験者が一人、私の側に配置されるという配慮を上司から受けられました。これで首の皮が繋がっているようなものです。
しかし、内情を(私が発達障害者だということ)知らずにこの様を見ている第三者、私に実際に迷惑を掛けられたことのある人も日々働くわけですから、彼らがどう動きどんな気分でいるかも常に私自身が目を配らなくてはなりません。
誠実に働くだけでは、私の面子は守れません。あえて笑顔で身を裂く思いをすることもあります。
もうひと段落、書くべきことがあった気がするのですが、時間も字数も無いので、今はここまでにします。
そしてその頃の私の次男に対する目標は「どのような担任に代わっても影響されずに学校生活ができるようになる」でした。
同様に学校の先生には「どのようなこどもを受け持っても、(その先生のこどもに対する)疑問や困難は親やこどもには感じさせないで、ひとりの正しい大人として生徒を指導してほしい」と思っていました。
でも現実は「コントロールしにくい感情」や「友達への暴力」や「低空飛行、上昇気流のように変化するやる気」などいつでもどこでも問題が尽きない次男です。まるで「悩みの金太郎飴」です。
そして担任との話し合いは、どう分析しても何回話し合いを重ねても生産的なものではなく、私にとっては「次男に対する担任の愚痴を聞く時間」でしかありませんでした。
前回と今回のYANBARU先生のテーマを読んで納得しました。次男や学校の先生に対して私の抱いていた目標は「幻想」だったのだと。この幻想に向かって必死に努力して、目標が達成できなければそれこそ親子揃ってこの世から消えたい気分になったことでしょう。
だからYANBARU先生の「発達障害の適応の基本方針」と「偏屈者宣言」に出会ったとき、先生の言葉に私はほんとうに「納得」し救われました。発達障害を理解しない主人に、次男の不適応は私の躾のせいだという理不尽な言葉も許せるほどでした。
今は親子で(主人も対人関係において)発達障害を理解すると実生活でプラスに作用すると実感できて、理解がかなり進んできたように感じます。嬉しいです。
人のことを言える人間ではありませんが、いろんな管理職を目にしてきました。
積極奇異とジャイアン風で、嫌な意味で数々の伝説を作るかたと昔、接しましたが、こういうかたこそ何故か奥様は可愛らしかったりするんですよね・・・。優しそうな職員を捕まえては、自慢話をずっと聞かせ辟易させるのです。でも、仲が悪いよりはいいですが。仲がうまくいっていないときに職員の指揮に響いたらもうお手上げ以上だったでしょうからね。ただでさえ普段も・・・
奥様が受動的だったり、または乗せ上手だったりするのでしょうか。
>この場合もジャイアンと同様、自分の発達障害を理解して「井戸の中」に自分がいることをきちんと自覚
適応力と協調性を身につけたとしても、自分の特性を存分に生かして生き生きと働く、なんてことは夢の幻だと思います。
不登校のコメントでも書かせて頂いたと思いますが、人が周りの知らないことをしているとき、得体の知れない力を発揮しているときは、基本的に多数派は応援しません。
見張るのです。
例えそれが子どもの役に立っていたとしてもです。
見張られるようなことをしている自分、という立場を日々自覚すると、かなりのトラブルを回避できますが、それにこだわって止められなくなると、何年も先のことまで想定して独り、息が止まりそうになることもあります。
相談相手が、足りなさすぎます。
たまに相談してすっきりして、歯くらい集中して磨きたいです。
>(コントロールが一気に外れるので、直後に担当する次年度の先生が苦労することになる)。
これに関しては三学期に、子どもに直接「次の先生の言うこともちゃんと聞きなさい。私は受け持ちを離れても見ていますよ」と何回か話せば、話が通じたものです。
あとは、指導内容の引き継ぎシステムを充実させると伝えやすいです。設定されると、私はそれに添って必要な物を準備できますから。
主語の教師を我が子として読んでも、ぜんぶ当てはまります。おとなも子どももどんな集団でも、組みあわせによって変化する人間関係の特徴は変わらないと再確認しました。
うちの娘は積極奇異型ASの中学生。
小学生のころから自分より年下の子の面倒見がよく、仕切るのが大好きであれやれこれやれと指示して遊びます。合わない相手とは殴るけるのけんかになりますが、娘の指示にうれしそうにくっついて遊ぶ子は、いくら気まぐれに邪険にされても怪我させられても娘を怖がることなくいつも一緒。
何事もよいように評価してくれる先生はそれを「乗せる」のが得意でおもしろい遊びをする天才ですと言ってくれるのですが、親としては怪我やいじめ(に見える)の面をどうしても先に問題視してしまって、娘の「威圧」的な言動が気になり、子育てのいちばんの悩みでもあります。
また、小1からいままでの間、どのクラスになっても娘のことを怖がり泣き叫ぶくらい不安定になって、登校できなくなる同級生が何人もいました。みなとてもおとなしくて言葉の少ないタイプです。
それでもクラス委員長に堂々と立候補する彼女の自信を見守ったらいいのか、他人から見た自分の姿に気がつくように働きかけるべきか、どちらもあわせて育ててはいるのですけれど問題ばかり起こってしまい、そのことだけでまわりとのつきあいも親子関係もいっぱいいっぱいな現状なのです。
「井戸の中」にいることを、どうしたら気がつくのでしょう。彼女は自分が困るという気持ちがまだ育っていないようにみえます。
親や主治医、学校の配慮、友だちの傷になかなか気がつかない気質だとわかっているうえで、考える毎日です。
砂子様
>「井戸の中」にいることを、どうしたら気がつくのでしょう。
これは、「自分の事と他人の事を考える習慣を身につけさせる」しかないと思います。
例えばこれは私の話なのですが、私が接触奇異型ASだった小学時代の頃、電話で仲のいい子と話している時、私は一方的に相手の事もお構いなし(私はそんな自覚は無かったのですが…)に、自分の楽しい事や面白い事だけを喋り続けてしまうことがあったのです。
相手は私の話に乗っかる形で、私の事を面白がってくれていたようでしたが、電話が終わった後、母から「自分の事ばかり話したらいけないよ、相手の話も聞くようにしないと」と言われ、腹が立つやら悲しいやら(理不尽な気持ち)、そんな気持ちになったことを覚えています。
>彼女は自分が困るという気持ちがまだ育っていないようにみえます。
しかし、気持ちが育っていない状態で考えさせるという事は、つまり、「考えさせられる本人の感覚では、理不尽に感じてしまう」ので、そういうところが本人の中で苦労しそうな感じがしますけどね(苦笑)
娘さん、お友達と仲良くしていけるといいですね^^
そんなによく知らない世界ではありますが、受動型ASの校長っていますかね?
校長なんて、権力闘争の終着駅という性格もあり、まず受動型ASがおさまる隙間なんて無いと思います。
受動型ASの校長となると藤原さんタイプになると思います。
典型的なエピソードとしては、「モンスターペアレンツの相手は全部自分がするようにした」というのがあります。
これくらいの覚悟が無いと、校長になることはありえないはずです。
受動型ASから見ると、それが一番効率がいいし、自分がモンスターの相手をするのは慣れているからです。
それ以外にも「夜スペ」とか賛否両論があるような仕組みを作るタイプの校長になるでしょう。
これも、前例にとらわれず、現状に一番合っている仕組みを採用するという受動型ASの特性によります。
このように、受動型ASに役職が付く場合は、周りの全員が認めた場合に限ります。
だから、責任を取れなくて苦労するレベルの受動型ASは校長になれないし、なろうとも思いません。
藤原さんは、公募だからこそ、校長になれたわけであり、あの発想を校長以外でやったら、一発で却下されてしまいます。
前例主義・減点志向の強い(と思われる)教員の世界で、受動型ASが校長まで出世するのはほとんど不可能に思えます。
おそらく、責任を負えなくて苦労するのは、実力不足で根回しだけで校長になった腰の低いタイプの積極奇異型ASでしょう。
なんとなく私も感じます。
典型的な多数派と思われる学校カウンセラーの先生に、次男の気持ちを私が代弁あるいは想像して伝えたり、私のジャイアン的な考えを伝えても、相手に通じていないと感じます。
もちろんその先生も次男のことを心配してくださっていることはわかるのですが、多数派とジャイアンの壁を肌で感じます。
その先生の考えはとても理想的で正しくてまるで「こどもの教育、心理」のお手本のようです。でも私からみると「きれい過ぎる」のです。
私の考えには賛成できない様子です。それならば私を学校に呼んで意見を求めたりせずにその先生のやり方でどうぞ指導していただきたいと思うのですが(実際には「きれい過ぎ」ではだめなのですから上手くいかないのです)、いつも重たい壁を私の前にドカドカと置いて道を塞ぐだけで、解決されない課題を増やされるような気持ちがします。
こんなときは、理解してもらえなくてほんとうに哀しい気持ちになります。
私は、AS男子、5年生の子供の母親です。
去年、このブログに書いてあるのと同じことが起こってしまって、登校拒否になってしまいました。
先生を異常に怖がって行けなくなったのですが、学年が変わって、先生が交代してもぜんぜん学校に行けません。
一応、しばらくは傾聴などを試して、親子関係はいいのですが、今通っている病院では、デプロメールを試してみましょうか?と言われていたりして、クスリを使うことにも若干不安があります。
先生に理不尽なことをされて、その理不尽を友達も分かってくれなかったという「思い込み」で、友達はいない!と言っているような気がします。
今後、親と、新しい先生でどのような対応をしていったらいいのか、ご教授していただけないでしょうか?
今のところ、学校でやった勉強の内容だけは、プリントで送っていただいているのですが、学校の事は、見たくも無いといった態度です。
勉強している定型傾向の職員はすごいなあ、と首をすくめて萎縮しています。
AS傾向、ADHD傾向、PDD傾向、AC傾向、どれも傾向ですが、どの子にもきちんと怒れるんですよね・・・。
怒っている意味を伝達できるのです。私の弱点はここですが。
耳をダンボにして聞いて事例を頭の中にストックしようとしていますが、パターンで覚えられるものではないんですよね。
経験でものにしてきたようなので、聞いても口頭で教えられるものではないようですし。
それは私もそうですね・・・。自分の出来ることを大人に失礼の無いようにしながら分かりやすく教えるにはやりづらさと限界があります。
「どうしたら覚えたことを応用できるんだろう」ばかり考えていたら、自分の受け持ち箇所が疎かになりそうなので、過集中しないように踏みとどまっています。それが可能な場所だからですが・・・。
私のできないことばかりできて、想定外のことばかり思いついていつの間にか実行する人ばかりの中にいると、自分が人間なのか何なのか分からなくなりそうになります。
でも、“私”を確かめたくてもそれに付き合ってくれる人はいません・・・。
6時間、疲労で伸びていて、やっと肝心な書きたかったことを思い出しました。
休む時間はもったいないのですが、実際回復しないものはしないので、時間は足りないと言ったほうがいいのです。
頭にどこのインターネットサイトに書きたいのか分からない言葉の断片が出てきては消え、出てきては消え、文を勝手に作りかけては飛び、語尾だか主語だか分からない単語が湧くようにバチバチ出てきては文にならなくてもやもやと気持ち悪くなり・・・。疲労でふらふらの時はいつもそうです。
・・・話を戻して、そう、職場で“幼児化”という症状を教わったのでした。
若い頃に精神病関連の本を読んだ時には目にしていて、よく分かっていなくて読み流していたのです。
別に災害や犯罪に会ったときばかりではなく、自分でやらかした悪いことの直面化を、自分で背負いきれなくても起こることが分かりました。ジャイアンなら成長の重要なきっかけになる、あの自業自得の直面化ですね。
うーん、私の場合は学生時代に陥ったあんな心境かなあ、等思い当たりはありますが、ジャイアンのそれとはたぶん違うかもしれませんし、今時の子にとってはもっと違うかもしれませんね。
体罰が使えない(問題発言だったら申し訳ありません。)今時の環境でする指導で反省と成長を促しているわけですが、もしかすると指導経験を積んだ経験者が一発ぶっ飛ばすだけのほうが(はい。男の子です。)かなりすっきり指導が意識に入っていく事例なのかもしれないのかなあとも思ってしまいました。
しませんけどね。
私達職員は今時の社会で働いている労働者なので。
対象の事件がどうしようもなく悪い事で、言葉の理解が難しい場合、体に触れないで出来る指導やペナルティとしては、周りの状況をがらりと変えて、びっくりさせて意識に刻み込むしか今のところ有効な手段は無いのです。
そこから必要に迫られて自制心の効かない自分自身と向き合う等、周りのせいにして甘えるだけでなく、自分を観る作業を始めさせます。
だから間違ってはいないと思ってます。
・・・今時の子どもにとっては、結局どっちがありがたいんでしょうね。
ぴよよさんの職場の困った君は先生たちを振り回して疲労困憊させているのだと思いますが(私はこのタイミングで自分の子に手が出ました)、体罰したところでその子が自発的に正しく理解できるとは思いません。
(ぴよよさんの職場の環境を知らずに言ってすみません・・)
次男に指導が入らないとき、指導教室(医療機関の)の男性・積極奇異型AS?先生の場合は、その場ですぐに次男に腹筋や腕立てを(ゲーム感覚?スパルタ式?どちらにもみえたけど)やらせたらすぐに懐いてしまいました。
毎回通うのを楽しみにしていました。
通級(公立)の先生は次男のペースにつきあいつつも毅然と接して、指導が進まないということはないようです。
学校よりも充実感があるのか喜んで通っています。
今時の子だからこそ体罰では通じないと思います。
そうですね。今時の子だからこそ、ですよね。だからこそ私達は本当は今時の子に時と場に応じてすぐ適用できる方法を見つけていなければなりません。力及ばずで、申し訳なく思います。
間違って私が受け持っていたらどうしていたことやら。これを自動的にイメージしてしまうだけでも、心身消耗します。
・・・ほとんど未診断なので、何が有効なのかは正式には分かっていないのです。
息子さんは、エイトさんの責任を果たそうという深い信念(愛情と書きたい所ですが。)や、それに応えて診断した医師、引き出し豊富な指導者に恵まれて今の力を発揮できていると思います。
息子さんは、適切な指示内容をもらえて指示理解できる、フィードバックをもらえて相互コミュニケーションが実現する、エイトさんが考えられるだけの可能性に働きかけられる素敵な環境を用意されていると思います。
エイトさんが今までされてきた、情報収集や行動や発信の、良い結果のたまものだと思いますよ。
ここでこれを書くと、まやかしに片足を突っ込んで危険なのですが、
息子さんは・・・・・・・・幸せだと思います。
私の文がくどかったら、ごめんなさい。
保護者としてのエイトさんに失礼の無いように、守秘義務に触れないように、インターネットらしいコメントにも気を付けたらこうなってしまいました。
痛い職員ですみませんね・・・。
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