ジャイアンのお姫様症候群の本質の一部は「依存」である。
前のスレッドへのコメントの中に「受動型ASと親子関係のような安定的な恋愛をしながら、積極奇異型ASと刺激的な恋愛をする」という記述があったが、実際は私の印象では「受動型ASでどんなことになっても独りぼっちになって不安になることが無いように保険を掛けておいて、積極奇異型ASへの好奇心と一時的な服従させたい衝動でハンティング(服従させたら興味が無くなりかえってうざくなる)のようなことを続ける」ということではないだろうか?
恋愛であれば、不倫であろうと何であろうと私は本人の自己責任で「治療」の対象であるとは考えない。お姫様症候群が「治療」の対象となるのは、アルコールや薬物、摂食障害(食べ吐き行動)と同じような「依存症」(addiction)であるからだ。
その証拠と言えるかどうかは分からないが、ジャイアンはお姫様をしながらでも摂食障害が治らなかったり、「満足」ということが無く、不安に駆られ続けている。その本質は、「本来ならば自立自尊で生きるべきジャイアンの脳の働きを裏切って依存を続けることへの潜在的な自己突っ込み」である。
本当の解決は「依存をやめて自分の足で立つこと」だ。
だからお付き合いしているAS諸氏には、「ジャイアンを依存させることは本人のためにならない有害な共依存にしかならない」と考えていただいたほうが良いように私は思う。
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
コメント
コメント一覧
彼女はやはり摂食障害もありました。優しいAS風彼氏やリッチなジャイアン風彼氏と付き合っていても、先生の仰るとおり「いつも不安そう」でした。
彼女をみていると、同じジャイアンとして、依存したくなる気持ちはわかるのですが、「あんたはそこまでやるか・・」と思います。彼女にとって私に意見されるのは許せない事で、結果的に失礼と思いつつ私の人生の反面教師にさせてもらいました。
彼女に足りないものは、やはり先生の仰る「自立自尊」の精神です。いまだに再インストールできない彼女は先生の「郭公の雛」を連想させます。このまま一生何かに依存して生き続けるのでしょうか?それほど彼女にとって自立=恐怖なのでしょうか。
私は「頼れる主人」と(勘違いして)結婚したのですが、実は「頼れない主人」だったので、結婚生活を維持していく過程でいつのまにか「自立」できた気がします。
いつか彼女にも転機というか、踏ん張りどころが訪れると良いのにと思います。
恐いと思いますよ・・・・。自立は・・・。
とくにご自分の不得意やコンプレックスを、潜在的にでもよく分かっているジャイアンにとっては、自立は恐怖だと思います。
どんなに頑張っても理想の完璧が叶わない運命、最後は能力の壁がばれた人達に押されていく処刑台への道が待っていると思ったら、常識的な神経を持っていればそこは避けていきたいでしょう。
頑張ったら報われる明るい展開が待っていたり、ドラマチックなハッピーエンドが来る道が本当の、自分を待っていてくれたラストシーンだときっと心底では思いたいものでしょう。
たとえ口頭ではそんなこと思っていないと否定していたとしても、です。
男性歌手の歌う歌を聞いていて、時々独りで暗く突っ込ませて頂くのですが、おんぶにだっこでハッピーエンドに誘導して欲しいジャイアン女性の願望が全然伝わっていなかったり(そもそも自立無しには解決しないんですけど。)、その謎めきさにただうっとりしていたりする歌詞で、結局何をしてくれるんだ!?振り回されながら観賞するだけかい!?と思わされて終わる歌もありました。
発達障害の立場から言うと、具体的に何かをして欲しいのですが。
蜘蛛の糸に途中までのぼったら、「そのまま黙って登りなさい。それは他の人が登っても切れないよ」と具体的に言って欲しいのです。蜘蛛の糸に一緒にぶら下がる恋人からではなく、上の蓮の池から言って欲しいという要求は、贅沢すぎでしょうか。
それは恋愛の駆け引きの中では探しても探しても、例え病気になっても自傷して探しても見つからない、もう障碍支援の領域に入る支援でしかないのだと思います。
元婚約者は、私と知り合う前、全部経験済みと言っています。
私と知り合ってからもアルコール以外は軽く残っていました。
アル中が一番ひどかったそうです。
これは、命を落としかけたこともある、とか、酒を水のように飲んでいたこともあるそうです。
薬も、リタリン・睡眠薬・下剤といったところに頼っていました。
摂食は過食は無いようで、拒食が一時期ひどい時期があり、付き合っている最中も拒食傾向はありました。
>本当の解決は「依存をやめて自分の足で立つこと」だ。
これは同感です。
彼女も、私に依存できると思って付き合い始めたけれども、依存する隙も無いので、逃げ出したという感もあります。
以前、ふられた時に、依存の隙を見せてしまって大失敗した経験があったので、今回は婚約破棄されても毅然と立ち向かったのがよかったようです。
婚約破棄後は、まだ直接会ってはいませんが、メールのやりとりは本当に心の暖まるものになっています。
何より、自分の足で歩き始めた、という報告が本当にうれしいですね。まだ、多少頼りないところもありますが、今の彼女はかっこよく素敵に思えます。
彼女が本当に自立できたとき、今までの親子関係のような恋愛から、普通(とは違うでしょうが)の男女の恋愛に変わるのだろうなと思い、今は陰で彼女の自立を応援しています。
受動型ASは実生活上で依存なんかされたら、めんどくさくなって振り払います。そうでなくても、頼りなくて見ていられないと感じることもあるでしょう。
「自分で何かをする」という能力に欠けていますから。
ただ、精神的にはいくら依存されても大丈夫です。
最初に精神的に依存できたので、付き合ってみたら生活がボボロボロでとても依存できる状態ではない、だから結果的に自立できた、そんなジャイアン女性は結構多いと思います。
ジャイアンは自分の力が強く、その割りに精神的な土台が弱いので、なかなか本来の自分の力を発揮できない、そんな感じがします。
受動型ASと組んで、精神面は全面的に依存する。
何があっても助けてくれる、という安心感があって初めて、思い切って前に踏み出せる、これがジャイアンにとっての自立ではないかと思います。
自立のためには、不安が解消されること、結局、精神面での依存は必要だと思っています。
受動型ASからみると、生活面を全面的に依存することになります。自覚はしていないかもしれませんが、ジャイアンは生活能力は高いんですよ。
お互い、強いところと弱いところがはっきりしているので、弱いところをお互いに依存するというのは、動物として利にかなっていると思っています。
私は(ASだと思うのですが)、コレ↑あります。正確に言えば結婚したので今はないですが、こういう時期がありました。摂食障害様だった時期も併行しています。これはACからきてると思っていたのですが。
なるほどそういうことだったんですね。
理解が随分進みました。
”お姫様”の依存断ち切らねば。
しかし、年齢を重ねるにつれ「これでいいのか?」という疑問が湧き、現在は「女」の部分を出さずに仕事の内容で勝負しようと頑張っています。
そんな時に邪魔(※私にとっては)をしてくるのがASや同類ADHDのように思えます。
「もっと肩の力を抜いて」とか、わかりきったことを言ってくる。そして絶妙な距離感で、こちらの狩猟本能を刺激してくるんです。
そうされると、どうしても狩りをしてしまう。そして、やはり相手もそれを望んでいたように、即席ラーメンのように早く、恋仲になってしまうのです。
その恋は、狩りが終わった時点で炎は消えていますので、当然長続きしません。自分で狩った獲物を、キャッチ&リリースの連続です。スパンは1ヶ月~最長半年。
私自身は、片付けられない人でしたが、潔癖症を演じることにより、毎日の掃除を徹底しています。家はかなり綺麗に保っています。
摂食障害もありましたが、健康オタクにシフトチェンジして、日常生活はかなり充実しています。
生活面はなんとか安定させられたので、あとは「対異性」の自分の作り方だけ、どうしても学びたい。
お姫様症候群を治すには、やはり「自立」が大切だと思いますが、一人で生きていく上で、何を軸に持ってくれば安定するのか、日々模索しています。
共依存って言葉を一度調べ直してみて下さい。
彼女さんに精神的に依存してもらいたいってオーラが文面から感じられます。とても論理的に書いてあるようでいながら、実はご自分の気持ちで溢れかえっている点で、とてもAS的文章だなぁと思いました、自分の事は棚に上げて。
何があっても助けてもらえるという気持ちが必要な時点で責任を相手に分担してもらっている、すなわち自立できていないんだと思います。彼女さんが今どうなのかを別にして、依存を望んでいる時点でm2さんが共依存の状態にあるように私には見えます。
(私も、余り人のことを言えた柄じゃないですが…)
そうなのですが
「まったく何一つ欠けることがない相手なんていない」のを知っているのだとも思えます。
あれが足りないこれも不十分...パーフェクトに依存できない。
多分、自分の不安を全部引き受けてくれる人なんていないのを分かっています。
ぴよよさん、「不美人」...面白いです。ちょっとツボでした。
大丈夫、私なんか醜いアヒルの子なのにKYな投稿してますから。
>、「そのまま黙って登りなさい。それは他の人が登っても切れないよ」と具体的に言って欲しいのです。蜘蛛の糸に一緒にぶら下がる恋人からではなく、上の蓮の池から言って欲しいという要求は、贅沢すぎでしょうか。
私はこれが依存だと思います。
そして私の問題の依存もそれなのです。
その人を見習って、恥ずかしくない生き方をしていく。助けてもらおうなどとは思わない、人に甘えない、自分を甘やかさない。自分の精一杯できることを毎日コツコツこなす、五体満足なら生産性がある人間であるべき。
でも、そんな理想的な貴重な人は現れませんでした。(いても気付かなかった?)
また自分もそういう人間ではありません。(息子たちからみて私は絶対にそんなに正しい人ではないから、それがわかっていますから)
今なんとなく自立できているような気分でいますが、もし先生に「低い自己評価」を教えていただいていなければ、もっと辛かったと思います。最近では、「自分で自分を無視する」境地です。
季節のせいか、バイオリズムのせいか、今テンションが低いのでこれ以上書くと、暗いオーラがでてしまうのでやめておきます。
でも私自身は確実に「可愛げのないジャイアン」です。
>私はこれが依存だと思います。
正しい答えを欲しがることも依存。
そう、私はつける薬もない域なのです!なので、私はもう一般市民から選ぶ恋人という存在に頼る段階じゃなくて、お金を出して頭を下げて支援者に教えを請うレベルではないかと解釈したのです。
この場合の、私のイメージでは、恋人も蜘蛛の糸にさがっています。こんな私に仮に応じるとしたら、やはり何かしら欠けた所があり、心にコンプレックスを持っている人でしょうからです。
その人相手に「あなたが糸から手を離せと言うか、私が勇気を出して離すべきか」という、共依存もいいところのドロドロが展開するわけです。空想するのも嫌!な展開です。
あなたが離せと言っても自己突っ込みで後悔、私が離してもどうせ自分を傷つけるだけの結果に終わって、相手に感謝とか望んでからきっと自己嫌悪して後悔、糸に下がる同志ででは、結局生産性は無いのです。
誰かに頼りながら登りたいと願っても、地獄の中で葛藤や自問自答をするしかないのです。多くの人が地獄で迷っています。発達障害ならことさらでしょう。
こんな例えにも使えるのですから、芥川龍之介さんはうまいお話しを組み立てたものですね。
まさか、平成の世になってから、発達障害のコメントに使われるとは芥川さんは思いもされなかったのではないでしょうか。
私は、いかにして登るべきかの自己研鑽は、そういう意味で今は独りでしかやる気になりません。
糸の途中というのは、どんな恋人、親兄弟、友達も顧みる余裕の無い状況だと思います。しかし時々、そんな自分を一歩離れて見て、寂しいなと発作のように強く思ってしまいます。
先生のこの言葉に 娘は大きな問題を抱えていると再確認しました。
そして、お姫様ではない自分も依存したい気持ちがあることに気づきました。
たくさんの異性の友達がほしいという気持ちの影に少しづつ依存したい、依存心を分散して迷惑を最小限にしたいという気持ちが隠れているように思います。
ジャイアン女性にとって、自立とは不安との戦いということでしょう。
彼女も子供の頃の話を聞くと、自立していました。
それゆえ、社会の壁と衝突して、袋叩きにあいました。
当時の彼女の力では、跳ね返すことはできなかったので、それからは、自分で歩くことをやめ、何かに従って歩くようになったようです。
男性の場合、そんなに壁と衝突しても痛くないように思えます。
社会が男性のジャイアン行動は比較的容認しますから。
だから、男性ジャイアンが思うより、女性ジャイアンが自立するための壁は遥かに高いものではないかと想像します。
彼女は、私と出会ったときには、既に「自分の足で歩きたい」という欲求は持っていました。
たぶん、最高のタイミングで出会ったと思っています。
私は、彼女に、「君は素晴らしい才能を持っているのだから、自分で歩けるはずだ」といい続けてきました。
彼女は、この言葉を頼りにしたいと同時に、この言葉が本当なのか?との不安を持ったことでしょう。
不安に伴う行動の極地が、積極奇異型ASの男に依存する形を取った婚約破棄なのですね。
今の彼女にとっては、男に依存する必要は無かったのでしょうが、その状態でも、「自分の力で歩ける」と言ってもらえることが重要だったのだと、今では思います。
それくらい、不安を解消できる出来事が無いと、自立できないと言うことなのですね。
今の彼女は、堂々と自立していますが、やっぱり社会の壁とは衝突があります。
昔と違って、社会の壁を壊してしまうのですが・・
過去の経験があるので、変な壊し方はしないし、だいたい被害に会うのもAS男性だけみたいではあります。
今は自分の足で動くことが本当に楽しいみたいですね。
そうなんですよね...人に答えを出させて自分に責任がないようにする。
人の言うことに乗っかっておけば責任を取らなくていい。依存ですよね。
仕事をしていて1人暮らしをしていた時期もありますが
経済的になんとかなっていたから依存してなかったではないのです。
人に言われたことをただやる。そして自分で答えを出さない考えない。
責任が取れないから、なにかあった時に人のせいにできないから、そのほうがラクだから。
でも...ラクではないんですよね。そうしていてもなにかヘンなのです。
病気になるのです。学生時代から身体症状があるのです。
出来ないことを手伝ってもらうことや支援してもらうことは依存とはまた別のような気がします。
(コトにもよるし、出来ないことは山のようにあり...)
どこから線を引いていいのか分からないけど人に「どう思う?」と聞いてしまうと後で
「あなたがここまでは依存ではないって言ったでしょ」と言う風になりかねません。
(今の私の課題は「考える」「人のせいにしない」だと思っています)
私の依存は無意識なので「あれもこれも依存しているのでは?」と考えすぎて動けません。
今まで動けなくなることを知っていて(野生動物並みの直感)考えることから逃げていました。
でも今は動けなくなっても考えています。
1人で考えないといけないのですごく孤独です。
「ジャイアンはひとりぼっち」それが当たり前なのかもしれません。
この状態は苦しいけど、そうしないと依存から抜け出せないのにも気が付いています。
そういうパターンだったと思います。相手が誰であれ、相手に興味を持って「知りたい」と思ったとき、関係を持つのが一番てっとり早い。表面的な理解だけでは物足りなくて、全部知りたい!と思ったら、一線を越えなければ出てこない、安心して付き合えないと思い込んでました。特に異性の場合、若い頃は完全な友人というのが有り得ない感じで、腹の探り合いとか、すごく嫌でした。親密になってはじめてフラットな関係で安心できるって思うくらいでした(認めてもらえない不安が、そういうところにでてたのか?)加えて、ハンティングの欲求。相手を愛している、もっと知りたいが、簡単に「不安」を解消するための道具にすりかわってしまう。
>不安にかられて、満足することがない。
自分を信じることができない、自分は大丈夫と思えないから、依存する。だからどんなに立派な王子様が「君は大丈夫」と言ってくれても、自分で自分を大丈夫と思えなかったから、何も解決しなかったんですね。自分の力を見極めようとせずに、ただただ立派な王子様にすがろうとしていた。立派な王子様ばかりハントしようとしてたのは、王子様の太鼓判や保証が欲しかったのかも。
>好奇心と一時的な服従させたい衝動でハンティング
一線を越えるとパワーゲームになるばかりで、かえって相手が見えなくなって興味を失う。じつはつまらない相手だったと、相手のせいに。でも実は私の関わり方に問題があったんですね。一気に距離を縮める=理解という、短絡的な行動。表面的につじつまがあってるだけの行動。
これを自己突っ込みというのでしょうか?
それにしても、ジャイアンに生まれた人は生涯孤独なのでしょうか?
人生ゲームの『あがり』が、孤独死?のような恐怖を感じますよ。
だから足がすくむのでしょうね、私は。
そう言いながら、崖っぷちに立っています。
周りから見れば保険のように見えるかもしれないですが、私の場合先の不安を予測して手を打っておくような行動はできないので(特に人間関係においてそれはずるいと感じてしまう)、これとはちょっと違うかもしれません。
>積極奇異型ASへの好奇心と一時的な服従させたい衝動でハンティング(服従させたら興味が無くなりかえってうざくなる)
受動型ASの方と積極奇異型ASの方とのお付き合いが同時進行だったときは、どちらかといえば積極奇異型ASの方にわたしが服従(全面的ではないですが特に精神面で)という感じでした。これはわたしがACだからかな?とも思っています。
受動型ASの方はAC部分をさらけだすと嫌がるのですが、積極奇異型ASの方(純粋な積極奇異型ASではないかもしれないですが)と居たときはACが受け入れられたので社会生活に支障をきたすほどどっぷり依存してしまいました。
ハンティングといえる行動は彼氏がいないときのみでした。20代前半ぐらいまでは誘って仕留めてその日限り・・・なんてことがよくありました。
次につづきます・・・・
>対受動型ASは純粋な依存にはなりにくいはずです
とありましたが、わたしもそう思います。
以前、受動型ASの彼は依存する女性が好きではないと言ったので
「わたしは依存してるように感じない?」
と聞いたところ、
「うん。もっと頼ってくれてもいいのに」
と言っていました。
まだまだよくわかりませんが、彼にとっての「依存」の一つは、「何を食べる」「どこに行く」というような行動の主導権をまる投げされるようなことなのかなーと思いました。その点わたしはたいていの場合行動の主張があるので、このへんはうまく行きます。
自分が苦手なことは彼ができてまたその逆もしかり、なところが本当によくあるので、パズルみたいだな、とたまに思ったりします。
ジャイアン女性と受動型AS男性の組み合わせは、恋愛をしても後ろ向きな共依存にはならない場合があると思います。それには、ジャイアン女性は相手を振り回してしまうパワーを持っていることを心得ていること、自己突っ込みをやめないこと(どうやってやめられるのか私にはわかりません)、などが必要になってくるかもしれないです。
普通の恋人同士に比べて依存は多いかもしれないですが、付き合いかた次第では前向きな共依存になると思います。
ジャイアン女性は本当にもてますね。
日本の若いジャイアン女性はほぼ全員ACと思いますので、
積極奇異型ASはACの部分に惹かれ
受動型ASはジャイアンの部分に惹かれる。
女性コミュニティを嫌いますので、男性と触れ合う機会も多い。
男には困らない構造になっているのですね。
積極奇異型ASは、ACがあるから、相手を支配できるという意味でいいのでしょう。
ただ、潜在的にジャイアンの積極性があるので、長く続かなかったり、ACが回復するにつれ相手が嫌になる。
受動型ASは、ジャイアンに支配されたいのが本能で、ACを除去するために支配的な行動を取る。
ジャイアンの本質を評価してもらってうれしい気持ちと、ACを否定されるのに居心地の悪い気持ちや不安な気持ちが混ざり合って不安定な関係になる。
だいたい、どちらかを選ばなければならない時が来て、積極奇異型が選ばれる。
なぜなら、その方が今のままで良くて楽だから。
受動型ASには、なぜこのような厳しい現実が待ち合わせているのだろう?
確かに、恋愛を抜きにすれば、受動型ASは発達障害の中では一番社会適応はしやすいのではありますが。
でも逆に努力して、自分は自立できていると感じてしまうと、2つの矛盾に苦しみ、他者には押し付けや威圧をしてしまう。もし私に一家を養える生産性があっても、働かないパートナーなら即別れます。依存されるのも重たくて嫌いです。
ちょうど良い中間というものがないのです。
だからやっぱり先生の薦める「低い自己評価」に励んで、自分の願望や欲求は極限まで抑えることが心地よいです。
大げさにいえば食べたり寝たりの生命維持に関するわがままに限り許す感じ。自分も家族も甘やかさない。子どもたちには極あたりまえのことしか言わず、私と主人は働く。
長年の多数派に対する呪縛や自分のハンデも忘れ、今は「無」の心境です。
自分を「無」にして、表面上は家庭でも仕事でも、他者に奉仕しているように見えます。(私にもそんな能力があったのか!という感じです)
この状態を「生きていて楽しいか?」と誰かに質問されたら、私の返事は「楽しい云々じゃなく、以前より悩みが少ないからラク。それに楽しくないと言ってしまったら神様に叱られそう、罰があたりそう。」というのが本心です。
もしかして、このままずっとこの気持ちを維持できたら、それが私にとって「幸せ」なことなのでは?と思えます。
>積極奇異型ASは、ACがあるから、相手を支配できるという意味でいいのでしょう。
ただ、潜在的にジャイアンの積極性があるので、長く続かなかったり、ACが回復するにつれ相手が嫌になる。
ジャイアンと積極奇異型ASの積極性が競合して長く続かないのはあります。なのでこの相手とうまくいっている場合、ACが回復することはありません。ACを受けいれられることは最高に心地よいのですが、積極奇異型ASの彼以外との人間関係が上手くできなくなりました。そしてわたしはふられて終わったので、依存対象がなくなったACの行き場が突然なくなり、その後ボロボロになりました。
わたしはもう積極奇異型ASと恋愛することはないかなーと思っています。刺激的で甘やかされる心地よさは格別ですが、今のわたしはAC的な性格が表面に出てくるのがいやだと経験を通してはっきりと感じているので。
ふられた頃は毎晩のように自殺願望と戦って、ほんとうにボロボロでしたが今思い返すと苦い経験もちゃんと自分の身になっているんだなとこれを書いていて感じました。
>受動型ASは、ジャイアンに支配されたいのが本能で、ACを除去するために支配的な行動を取る。
ジャイアンの本質を評価してもらってうれしい気持ちと、ACを否定されるのに居心地の悪い気持ちや不安な気持ちが混ざり合って不安定な関係になる。
おっしゃる通り、ACの不安を見せると受動型ASの方はもっと威張ってくれ!みたいに思っているように感じます。今のわたしはACを治したいと思っているので、この環境はありがたかったりします。ただ、ACが見えなくなりつつある後の強烈に出てくるジャイアンにどうしていいのか悩むこともありますが、わたしの場合彼にADHDのジャイアンだということを話して、自分が気づかないことなどを指摘してもらったり、アドバイスをもらったり、協力してもらっています。
私もお姫様症候群でしたよ若いころは。
何ヶ月か前に「自分て恋愛依存症かも」と
気づきましたが、確かに治療が必要です。
あーほんと気づいてよかったですよ。
なんだったんだあれは・・。愛情不足な子羊みたいな。
はたから見たらちょっとおかしいですよね。
自分ではぜんぜん気づいてなかったんですが。
まあでもすぐにはなかなか治らないですね。
ちょっと時間が必要かもです。
>だから結果的に自立できた、そんなジャイアン女性は結構多いと思います。
m2さんのコメントを引用してますが、わたしのことが書いてありました。
そっかぁ、わたしが自立できたのは依存できると思ってたら実はできなかったASくんのおかげだったのね(笑)
感謝せねば。(→茶化してるのではなく、真剣に言ってます。)
(注:m2さんのコメント全部に全面的に賛成してるわけではないですが、自己治療に励んでるんだなーと
思って、暖かい目(上から目線?ごめん。)で見ています。)
どうもジャイアンは性的に強い人が多いように思います。
それとは逆にASは性的に淡白な人が多いようで、
そのアンバランスがお姫様状態を可能にしているということはないのでしょうか?
マッサージを職としている友達は
ジャイアン的奥さんはAS的なご主人の性に満足してないようで
そのことがうつの原因の一つでもあるようだと言っています。
それとも、ここではやはり精神面や物質面の欲求についてであって
肉体面での欲求は論外なのでしょうか?
おっと、性的に強い弱いでは語弊があるかもしれませんね。
もっとシンプルで可愛い欲求の違いかもしれません。
ジャイアンはくっつきたい欲求が強いのに対しASは接触欲求が少ない気がします。
これは私と友達の限られた情報に基づく推測なので自分は違うと怒らないでくださいね。
それとは逆にASは性的に淡白な人が多いようで
ジャイアンが一番強くて、ADHD、多数派、積極奇異型AS、受動型ASの順番で肉体的に強い(→性的に強い)と言う印象があります。
ジャイアンには性的だけでなく、病弱なんて想像もつかないですよね。
受動型ASは基本的に体が弱いんだと思います。だから、性的欲求も強くないのだと。
ASの体が動くより先に考え、ADHDの考えるより先に動くという傾向も、肉体的な強さ(私は動作性IQと考えますが)から来ているように思えます。
私は、ジャイアンの浮気は容認なんですよ。自分だけで満足させられないというのははっきりわかっているので。
浮気を容認するのは、受動型ASだけで、積極奇異型ASは絶対浮気ダメですよね。
肉体的な問題は、私は発達障害を理解する上で重要な問題と
思います。
コメントを書く