私が最近受動型ASを話題にしているのは、実は依存型ジャイアンとの違いを明確にする方法を考え続けているからだ。
ジャイアンの分かりやすい見分け方は、「ほめられると単純に調子に乗る」という特徴であるが、実は(積極奇異型ASが喜ばないのに対し)受動型ASは調子に乗る。
また、ジャイアンだけでなく全ADHDに共通する特徴として「自己突っ込み」を位置づけようと考えたら依存型ジャイアンには自覚される自己突っ込みは少ないようだ。
もうひとつ、「石が悪い」に近い表面的な発想も実は受動型ASにはある。依存している相手が怒っていなければ何も問題は存在しなくなる。
依存している相手に対する逆切れするような態度もよく似ている。ケースもどちらか迷うことがたびたびあり、表面上は非常に似ているのだ。
今のところ私が考慮する表面上の見分け方のポイントは、「抜け目無さ」とでも言えるポイントだ。受動型ASは多数派と同じくどう見られるかを細かく計算するので、否認など誤魔化す場合も巧妙に行う。対してジャイアンは所詮ADHDなので、ところどころADHDらしくKYな部分が見えてしまう。
基本的な「ASの関連付け」と「ADHDの場当たり的な発想」の違いはよく見れば見分けられるが、受動型ASは相手によって変わるので表面的には一見場当たり的即物的現実的快楽主義的に見え、積極奇異のような首尾一貫性やストイックな雰囲気はないので、ASらしい「人の近さ」の部分を注意深く見分けることが必要だ。
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あと多動のあるASって居ますか?
いろいろ調べてますが言葉や表現も難しいこともあるんでなかなか自分に当てはまってるのかどうか分からないし自分は何者なんだろうって疑問が1年近く拭えないです。素人だから病院行かなきゃ分からないと思うけど見極めるの難しいですね。調べれば調べるほど他の障碍を知ってこれかもしれないいややっぱりASだとか微妙で難しいですね・・・ADHD/ADDの可能性もあるんじゃないかって思うし・・・。
長々すみません・・・分からないことだらけで。
私は、ベースが受動型なんだろうなと思いました。
成長過程で、積極奇異型の行動パタンを学習・獲得したように思います。
現在は、
気を張って頭を使ってがんばってる時は、積極奇異型、
ちょっと気を抜きたい、甘えたい時は受動型のような気がしてます。
まぁ、どっちにしても、ASの範疇ですが笑
褒められることについて。
私自身に向き合ってくれている感が感じられると、嬉しく思います。
愛着のある人は、向き合ってる感を感じられているので、安堵感を得られます。
そうでない人から、向き合ってる感を得るには、何か具体的な一言がほしい(そこらへんは積極奇異型)。上手だねって言われもピンときません。自分をちゃんと見てもらってない気がする。でも、ここを青く塗ったのはすごくいいよと言われたら、すごく嬉しいです。
要は、愛着云々じゃなく、自分自身を認めてくれたかどうかが問題なのかも。
自分では全然そう思ってない(むしろ他人に合わせていることが多い)のに、自己中心的に見られる時があるのは、常に自分を認めてくれないことには、世界が回らないことにあるのかもしれません。
ジャイアンかなと思うこともあるけど、小さな頃から他人の目を意識しまくってビクビクしていたし、常に頭の中身は自己突っ込みしていて疲れ果てるから、ASかなあと思い直しました。
確かに、区別やそれぞれの定義付け?をしないと、第三者からは分かりづらいでしょうね!
受動型にとっては、親や配偶者がやっとASについて調べ始めてくれても、ジャイアンと間違われてジャイアン扱いされたら冗談じゃなく許せないし、ジャイアンに対して受動型の治療や支援をしようとしても、ジャイアンの有り余る衝動性を言葉で整理して沈められるものではないですよね。
(私が記事を間違って解釈してコメントしていたらすみません。)
まーちんASさんのように混ざる形もきっと探せば多数あると思います。それでも、積極奇異の一面、受動型の一面にそれぞれ添った対処は必要とされると思います。
私を受動型と仮定して考えると、受動型は問題を指摘されたとき、失敗した前例が沢山ある問題だと本心ではひがみます。そして自分の利益を侵害されないかとか、縄張り(と考える場所)を否定されないかや、自分のキャパシティで対処しきれない課題を償いとして与えられるとか、新たな目標として与えられやしないかを考えて、戦闘態勢と言えるほど構えます。「抜け目」は出来ることもありますが、無いように最善の努力はしますね。疲れます。確かに。
でもジャイアンが問題を指摘されたときはもっと違うんですよね。もっと化けの皮が剥がれやすく、単純で、明解な責任転嫁をやってのけるのが、ジャイアンの多数派のようです。そこが憎めなかったり可愛く思えるところのゆえんかもしれませんね。
続きます。
>>場当たり的即物的現実的快楽主義的
これには少し笑いました。確かに追いつめられた受動型ASのやけっぱち的な逆ギレはこう見られても仕方ありません。
私の歯槽膿漏にたいしても「今さえ痛さを忘れられればいい」と思っていると思われてもいたしかたない。実際は違いますが、現実には頭の中だけで理由付けをこねくりまわしているだけなのですから!お恥ずかしい。
ジャイアンが人を巻き込んで収拾付かない問題をふくらませるのに対し、こうして延々と、動かない理由付けだけがふくらみ続けるのが受動型なのでしょうか。
確かに動かない人にいくら優しい親身な言葉をかける人がいても、マリオネットのように手足を動かしてくれるわけじゃない。何も言わなくても口に食べたいメニューを入れてくれるわけじゃなく、「そろそろこれを言って欲しいかな」と察して好みの言葉を耳に吹き込んでくれるわけじゃない。
受動型にとっては、どうせ全ての人が支配者なのでしょうか?だって、動きたくないから。動かないと許してくれないのが全ての人達ですからね。
この推測に立つと、受動型も人を自分の思い通りにコントロールする能はあるということになります。
そこで、昨日書かせて頂いた受動型の子の支援の在り方を思い返したのですが、子供のかっこうの時に、ストライクのパスワードを打ち込んでくれる支援者から卒業するときに、コントロール依存からも上手く縁を切る必要があると思いました。ここは難所です。子どもにとっては最後の砦が自分を裏切ってくる経験をするようなものですから。
やっぱり野生動物の巣立ちみたいですね。
そして、「パスワードは待たない。自分で自分のことは決めなさい」と言う、突き放し型の支援者からコーチをされる生活になるのです。でも社会は誘惑が一杯なので挫折者は多く出るでしょうね・・・・。この社会の淡泊さと厳しさは、今でもきついです。私達は、生きるモチベーションをどこで手に入れたらいいのでしょうね・・・・。
わたしの気持ちを、まさに正確に代弁してくださった!
その上に書いたことも含めて、褒められることって
こんな感じに思ってます。
私は次男がADDか受動型ASか迷い、最近ジャイアンだと確信しました。診断名として確定する必要はなくても、次男を理解するうえでは、自己診断でもどちらなのか決めたほうがいいのかと思いました。
ADDと受動型ASは共通点が多いですね。次男は小学生ですが、もし参考になればと思います。
聴覚過敏、理解にやや深読みをする、記憶力が良い、褒めるとかえってプライドを傷つける、などの部分はASに近いです。
ジャイアンの決め手になったのは、理屈や理論は苦手、家よりも学校などの集団で納得できないことが多く問題あり、束縛を嫌う、自由気ままが好き、感情のコントロールが苦手で衝動的、感情は感じすぎるくらい激しい、一人前に自己突っ込みをして落ち込む、直感で行動する、情報収集しているようには決してみえない、などの部分です。
1番疑問を感じたのは、私への愛着?と支配?ですが、先生の「荒野をさまよう子ライオン」のテーマで理解できました。単純に親を慕う気持ちと「優位争い」だと思います。
親でさえも迷ったくらいですが、先生のテーマを理解し、参加していくうちに、答えがでて安心しました。
aさんも、自分がどのタイプなのか気になるかと思いますが、急がずゆっくり、自分への理解が進むと良いですね。
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