今回もASについて言及しますが、(これも当たり前ですが)特定の誰かを批判する目的はなく、十人十色のASの一部にこういう人も居るという意味で述べていると理解してください。
テレビの佐々木夫妻はADHDっぽい妻に子供が出来て夫(ASっぽいキャラクター)の行動が変化したという図になっている。ちなみに夫の母は典型的なジャイアンだ。
発達障害のカップルは依存や愛着で結びつくことが多いので、子供が出来る(生まれる)と複雑な事態が生じる。
積極奇異型ASは極端な愛着を持ち、例えば「妻だけに愛着があり子供はどうでもいい」というパターンから、「特定の子供だけ極端に可愛がり露骨に差別する」というパターンまでいろいろな可能性が考えられる。どの相手に極端な愛着が形成されるかは本人にもコントロール不能の面がある。
だから、積極奇異型ASに依存していた依存型ジャイアンや受動型ASのパートナーは相手の愛着が子供に移行するのを感じると、「自分の地位が脅かされる」ということになる。
心療内科で相談を聞いていると、「子供が生まれてから」という症状を良く見かけるが、その多くが「依存していた相手の関心が子供に移行して」ということで説明できるように私は思う。
例えばうつ症状や強迫症状、動悸やふらつきなどの身体症状などは、「私を一番に見て」というメッセージと理解できることが多い。
逆に愛着の一番の対象でなくなってしまうと、依存型ジャイアンや受動型AS(やAC)の場合、極端な話「パートナーとしての意味が無くなる」「要らなくなる」ということになり、覚めてみると愛着の持つ自己中心性などもはっきり見えてきて、結果破局へ向かうことも少なくない。
ケアは、ASで愛着が完全に子供に行ってしまった場合はパートナーに「自立」をすすめるということになるし、愛着が残る場合には、「(相手に対する指導助言として)かまってあげなさい」ということになる。
ただし、ここの段階で表面上うまく行っても、子供が思春期となり、子供の自立とともにいろいろな問題が生じてきて、「親としての責任」を突きつけられる状況になると、この問題はもう一度表面化することになるのだが。
(以下一部のASの人を話題にしますが、これはあくまでも「十人十色の中にはこういうASの人も居るかもしれない」ということで、間違ってもASの人は「自分のことを言っている」と勘違いしないで下さい。特定の誰のことでもありません。十人十色の人のうちにはこういう人も居る可能性があるという話です。これを理解しないコメントは無視します)。
受動型ASの一部の人は相手中心で「自分が無い」という特徴があり、常に相手からのアクションを受けて受身の反応として認知も行動も体験され形成される。
だから常に「特に愛着の対象がこうしたから私はこうした」という受動的な発言や行動となり、表面上は「無責任」「人に責任転嫁している」という相手から見たときの見掛けとなる。
これに加えて、受動型に限らずASの一部の人に見られる「直接その場で相手に言葉で要求や希望を伝えられない」「後で相手の居ないところで別の人に本音を話す」「愛着の相手は分かって居るのが当たり前なので言葉で伝えない」ということが加わると、結局「言葉ではっきり言わないでその他の非言語的な態度で相手をコントロールしようとしている」と言う見掛けとなり、これも表面上境界例に似ている。実際自傷や過量服薬などの表現方法をとる人も多い。
根本的に、受動的な生き方の直接の帰結として「誰にも関わらないで一人で居る」ことには非常に大きな不安を感じ、自分に積極的にアクションを向けてくれる相手を探し続けるということになる。その意味では依存的にしか生きられない。
これがACや境界例の所謂「見捨てられ不安」とどのように違うかは微妙だが、ACや境界例が「自分を必要としてほしい」という感じなのに対し、受動型ASの一部の人は、「自分を理解してほしい」というのが強いところが少し違うだろう。
例えばうつで通院しているといった自分に不利な情報を早々と正直に伝えてしまい、「これを理解したうえで私と付き合ってほしい」ということを馬鹿正直に続けたりするところは人格障害というより発達障害と考えるべきなように私は思う。
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