これまで時々言及してきたが、私は他の医療機関で「境界例(境界性人格障害)」と呼ばれたジャイアン(自己正当化型ADHD)の人を治療することが多い。

 ジャイアンは自分の有利不利に関わる状況理解だけは特に鋭敏に直感的に把握できる。他の人の気持ちにはKYの重症であるに、自分の有利不利だけは分かる自己中心性がジャイアンの本質だ。

 幼少期から力を持ったASの親から愛着で支配される環境下で育ち、このASの親の環境をコントロールする術としてノンバーバル(非言語的)なアピールと支配のやりとりを身に着け発展させてきた依存型のジャイアンが、結果的に表面上はボーダー(境界例)となる。

 岩山の頂上にAS親が居り、そのAS親をコントロールしなければ自分が上に行けない状況の中でASをコントロールする技術だけを鍛え、ASを支配することで自分の目的を達成するタイプのジャイアンの一群が居り、実に純情なAS氏はコロリと手玉に取られる。やりたい放題のことをされてもなおジャイアンに服従し続けるの図をよく見かける。

 一般的にはボーダーの本質は「見捨てられ不安」であると言われている。ボーダー型ジャイアンの場合は「自分が女王様で無くなったときの自己突っ込みへの不安」とでも言えるだろうか?

 ボーダーと言われているケースで、「あまりに正直」「自分勝手と思われてしまうことに無頓着」な印象を持たせる場合は、実は見かけと大きく異なり、発達障害のADHDの仲間であることがあるのだ。「とんでもない自己中なことをしているのに、本質的に悪人に見えない」という印象も本質のところにあるADHDを見分ける根拠となりうる。

 受動型ASも別の意味で「ボーダー」でありうると私は考えている。そしてジャイアンと受動型ASを除いて行ったら、実は「純粋な境界例」は私の知っているケースの中には一人も残っていない。

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