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2007.12.23 22:28 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 13

「石が悪い」という発想

 ジャイアン(自己正当化型ADHD)の不思議な(理解されにくい)発想に、「自分が躓いたのはこんなところに石があるからだ」というものがある。「誰が置いた!」と逆切れするのは珍しくない現象だ。

 私は最初はこれは「人のせいにしている」ということだと理解していた。しかし最近になって、実は「実際にそう見えている」という認知障害と考えるべきであると考えるようになった。

 つまり、「本当に表面的な現象しか見えない」「自分が能動的に歩いていたとか、発見できなかったということは全く思い浮かばない」ということだと今は考えている。

 「石があった」→「躓いた」ということだけが頭にあり、それ以上に想像は全く広がらないから、「石が悪い」ということになるわけだ。

 対人関係の場合には、「ただ相手が怒っている」ということだけが見えて、その原因にまでは全く想像が届かないので、とりあえず機嫌取りで相手をなだめるという発想しか浮かばないということだ。

 そういう意味では「状況理解が出来ない」ADHDの認知障害の最重症型であるという見方でうまく説明できそうだ。表面的な学歴偏重の発想などとも同じ脳の基本特徴で統一的に説明が可能になる。

 だから、周囲の人は、(もちろん本人も)「責任転嫁のためにごまかしている」という風に考えるのは止めよう。「それほど浅薄にしか現象を理解できない脳の障害なのだ」と考えたほうが理解やケアがしやすいと私は思う。

 生育の過程でで理論的に考えるスタイルをインストールできたらある程度トレーニングは可能であるが、トレーニングかそのモデルのインストールをしない限りもともとのジャイアンの脳にはそういう発想は無いと考えたほうが現実的だろう。 

 こう考えると、ADHDのギャンブル依存などのケースで、「今使うお金と月末に払う借金の支払いは別のこと」「月末になれば何とかなる」という究極の場当たり的な発想とも根っこは同じであることが見えてくる。

 ジャイアンの本質は重症の認知障害なのだ。

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コメント一覧

何をしていても「石が悪い」の発想はついてきます。
周囲にそれを言うと、関係がおかしくなるので、実際「石が悪いからこの失敗をした」と思っても「すべて自分が悪いです」と変換して発言します。
表面上の問題はなし。適応にはいい方法。ただ、これをやるようになってから、裏の顔が強く出るようになってしまった。
一人で飲食店に入った時などはすごいクレーマー。一定以上親しくなった人にも「それは君が悪い」等思ったことを言ってしまう。おかげで人間関係が1年以上続いた事は無い。

ある程度人との距離を取り、自分を隠して生きていく。その中で、いつか自分の思い通りにやれる場所をつくることに尽力する(起業する、専門分野を極める等)。
ジャイアンが幸せになる方法の一つを、いつかここで話せる日が来るようにと願っている。
written by ckw / 2007.12.25 00:46
石が悪い で 思い出したエピソードがあります。

我が家のジャイアン夫は時々気が向くと料理をします。
ある日、何か作ろうと、彼が冷蔵庫をのぞくと豆腐が2丁。

私が前日に買ってきた、木綿豆腐と絹豆腐を重ねて冷蔵庫にいれてあったのですが、ジャイアン夫は、勝手に絹豆腐2丁と思い込み料理をはじめ、豆腐を切るときになって、1個が木綿豆腐であることに気づきぶちきれ。

なんで、絹と木綿を重ねておいてあるんやぁ
おれをおとしいれようとしたんかぁ
お前は、いつも俺を馬鹿にする!!!!!
と どなり
豆腐を流しに投げつけぐちゃぐちゃにし、そのあと数日間怒りまくっていた。

なんで、種類の違う豆腐を重ねておいてあっただけで、そんなにどなられんきゃいかんのか、それも、私は自分で料理に使うつもりやったんに。と、思ったが、そういうことだったんですね。 納得。
written by あるが / 2007.12.26 10:21
発達障害の成人の方で問題になるのは、依存、嗜癖、などがあるとおもいますが、場当たり的なもので衝動的なもの、根本のこだわりにかかわるもの、二次障害によるもの、よければわかりやすく説明していただきたいです。
 子どもがゲームにはまって、やめさせるにはものすごく苦労する、というような現象と、大人のギャンブル依存はどう違うのでしょうか。 
 それと、以前ある心療内科で、自閉圏のひとたちは、「きりかわらないのだ」という言い方をされましたが、それは、そのときすぐには、ということなのか、ずっとなのか、ほんとはわかっているのにそうなってしまうのか、あとできりかわるのか、永久にきりかわらないのか、そのわかってるわかっていないのかが私の頭の中でぐちゃぐちゃでわかりません。
 ごまかしや、責任転嫁、、自己正当化は、その場だけ?本当はわかっている?あとでわかる?
 表面的な認知ということをもう少し私などの理解の鈍い人間にもわかりやすく教えてください。

written by たかこ / 2007.12.26 14:46
ああこれは…。
私が幼稚園に入る前ぐらいのころだったかと思いますが、よく電柱に正面衝突しては「電信柱が寄ってくる!」と言い張っていたのを思い出しました。
誰が電柱を置いた!ですらなく。

電柱に意志があるもんか、責任転嫁しすぎ、と時に呆れ笑われ時に叱られされてましたが、当時本気で電柱が近づいてきているように主観的には感じられていたのを覚えています。
おそらく、避けているつもりなのに突っ込んでしまうことが納得いかなかったか、避けようもないギリギリまで電柱の存在に気づかなかったかのどちらかで…。
written by ふみえ / 2007.12.29 04:18
この記事を読んで、自分を振り返ってみた。単純に、職場の机のいつもと少しだけずれた場所に、依頼書があっても気づかない時「こんな所に置くのが悪い」と思ったり。(これは視覚の狭さを表していると思う)

また、アルコール依存になった時は「飲まなきゃやってられない世の中が悪い」と思っていた。摂食障害になった時も「親の育て方が悪い」「飽食の時代の副産物だ」などと責任転嫁していた。(これは根本的な自己中心性を表していると思う)

肉体的、精神的にジャイアンは「人のせい、物のせい」にすることが多いと思います。またそれを「実は自分も悪いのかも」と考える事は、ジャイアンにとって、ものすごいストレスになることだとも実感しています。

認知のゆがみというのは、簡単には直らないと思いますが、せめて「人のせい」にすることでのトラブルだけでも避けられれば、少し生きやすくなると思います。
「すまないが、本当に視野が狭くて気付かない」「すまないが、私は視力が悪い」などと周囲にわかってもらう努力はしていますが、これでもまだストレスはたまります。改善の努力を続けます。
written by ckw / 2007.12.30 11:48

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