「ごり押し」や「繰り返し言い続ける」などで一見非常に強そうに見えるジャイアン(自己正当化型ADHD)と、「依存性」はなかなか結びつかないのだが、良く見るとジャイアンには非常に強い依存性がある。
「安直な宗教に簡単にはまる」こともそうだが、ジャイアンは「答えを出してくれるものに依存したいという衝動」を持つ。
通常は自分の答えを自信を持って明確に持っているように見えるジャイアンであるのだが、ひとたび思い通りに行かないことがあると、突然自信がなくなり、手近にある「答えを出してくれそうなこと」に飛びつく。
結局これはもともと最初に「うまく行かなかったこと」を否認するような意味もあるのだろう。依存をやめるともともとの不安に直面しなければならない。
こういう「否認」を正当化する段になるとジャイアンは死に物狂いとも言うべき懸命さでいろいろな理屈を考え出しては強情に言い張る。
カルト宗教に対する傾倒、別の見方をすれば一種のアディクションとも言える。相手も依存しているような場合には、たちの良くない共依存ということになる。
この依存を断つのはなかなか難しい。だがジャイアンもADHDなので、「それが依存である」ことに直面化することが大事である。
そういう意味でも周囲に恐れずに「本当のことを言ってくれる人が居る」ことがジャイアンにとってはやはり大事なことだと言える。
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コメント
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わかります。
でも
本当のことを言ってくれる人と答えを出してくれる人の区別が上手くつかないです。
「こうだからこうしなさい!」
と答えを出してくれているのか?
私が頼りないから呆れての苦言か?(本当のことを言われているのか)
自分の責任で考えて判断することに慣れていないなぁ...と思います。
ここで言う、本当のことを言ってくれる人、という人は
“あひるさんのために、あひるさんの立場に立って、長い目で見たあひるさんの進歩のために本当のことを言ってくれる人”
ということではないでしょうか。
安易に、答えを出してくれる人、というのはその人自身の利益も入っている場合だと思います。
あひるさんを、その人のの利益のためにその人を好かせて、その人に取り込めないかなーという魂胆も入っているのではないでしょうか。
だから最後は、あひるさんの利益にならないから危険である、ということ。
宗教団体はそのいい例。
最後は自分の進歩や利益になるのかどうか、その場ではすぐに好かれなくても、客観視して言ってくれるのかどうかが判断の鍵だと思います。
自分にとってきつい言葉かどうかは二の次です。
行き着く先がどういうことなのかで、時間を掛けて考えれば応えに近づけると思っています。
つまり、衝動的な「答えが欲しくてたまらない状況」には、正しい答えを教えてくれる他人は手に入らないんですよ。
衝動的な状況で答えをくれる人は、その人自身のエゴがあって自分を誘惑しているかもしれない、と一度疑う必要があるんです。
一番答えが欲しいタイミングでは、誰も自分のためにはくれないということなんです。
腹立たしい現実ですね。
先生の意図するところはそういうところなのですね。わかりました。
...私のケースはちょっと違います。
ここにコメントするのは間違っていたのかな?
(AS被害症候群のところだったかしら...)
利益云々は関係ないのです。
相手の言っていることは絶対的に正しいし(と私は思い込んでいる)
相手側の理屈は誰が聞いても正しいのではと思います。
考える前に「正しい答え」を突きつけられて
(ここらへんが、正しいことを言う人なのか答えを出してくれる人なのか迷うところです)
私はすんなり受け入れています。子供の頃から。
そこに今までなんの疑問もなかったのです。
私の為を思って言っているのでしょうし、
相手には「私が言ってやらねば~」という使命感もあるのかもしれません。
(言ったからといってなんの得もしない)
共依存なのかなぁ...と思ったりします。
私は相手が言った通りにやって責任逃れをしていたような...。
相手が言ったことでも実行するなら全責任は私にあるにね。
私に足りないのは相手が言うことを(正しいことでもなんでも)
ちゃんと聞いて、それから自分はどうしたいのか考えること判断することです。
>行き着く先がどういうことなのかで、時間を掛けて考えれば応えに近づけると思っています
そうですね。
私には時間をかけて考えることが欠けています。
私に本当のことを言ってくれる大切な人は
私が考える前に答えを出してレールしいてしまい
私の生き方をコントロールしようとする人でもある
気が付いただけでも大きな進歩です。
ここ何ヶ月かどうやって心の距離をとるか考えています。
私のために、私の立場に立って、長い目で見た私の進歩のために、「本当のことを言ってくれる人」が欲しいです。
まやかしや、ごまかしではなく、本当のことを言ってくれる人・・。
待っているだけではあきたらず、重い体を上げて外部へも探しに行きました。
もう目星を付ける場所も無いんですよね‥‥‥。
こういう人達は必ず逃げ場を見つけ、依存したりいばったり・・・
本当のことを言ってあげて、自分と向き合わさせて、自分で判断させる・・・というのは、理論上可能性はいくらでもあるが、実際実行できる可能性は全くない事なのだ、もし自分の言うことを聞く事があれば、それは自分に対する依存が始まるときだ、と最近やっと気づきました。
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