2007.10.28 15:37 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  AS(アスペルガー)関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 8

親の責任③

親の責任③ 理解の努力

 さて診断がついた後は、診断された発達障害について理解の「努力をし続ける」責任が生じる。

 「結果」として十分な理解に到達することは目標としてはあまりにも困難であり、結果としての理解が不十分であったといって責任を追及することは不毛だ。

 まだ分からないことが多いことを認識し、努力をし続けることが必要であり、その努力は放棄してはならない。

 実は「分からない」ことを理解することが一番難しい。特にジャイアン(自己正当化型ADHD)の親は特有の表面的な世界の見方で、びっくりするような表面的な理屈(親の学歴で説明するとか、生活のリズムが崩れたからだとか、昼間寝ているからだ等が多い)で事態を完全に分かったかのように断定し、その表面的な決め付けに基づいて行動する。

 親と本人が違うタイプの発達障害の場合には、(配偶者の場合でも)「一生涯理解の努力をし続ける」という考え方をすることになる。去年の理解よりも今年の理解が少し進んだ。「完全な理解」など非常に遠い不可能な目標だが、不可能を承知の上でそれに向かって近づく努力をし続ける。

 実はこの「理解のための努力」だけで十分という一面もある。多数派やジャイアン流の決め付けを排除して相手を違う文化、「自分には今すぐには分からないけれども何か本人なりの考えがあるのだろう」と仮定して尋ねてみる努力を続けることで、子供本人に対する「寛容」の態度が生じ、子供本人も「親は自分を理解しようと努力を続けている」と感じることで、かなりの信頼関係は作られうる。

 親の責任を追及されて良いのは、「明らかに親が自分自身の現実を直視することから逃げて否認するために、子供が診断されたという事実から分かっていて目を背ける」という場合だけだ。

 ジャイアンの親の場合には脳の働き自体から表面的で断定的で不寛容な認知が生じているので、子供(および自分自身の)の発達障害を理解するうえでの一番困難な問題が生じる。

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