「自分がACだ」と強弁してカウンセリングを求めてくる人がたまに見られる。ACは自己評価が低く、評価を気にするため、自分をACと言うことは少なからずためらいや「否認」があるのが普通で、またACと言う割りに対人緊張がほとんど見られず逆に「ゴリ押し」の印象さえ持たせる。
実際これらの人にACの「あなたは悪くない」という認知の修正のカウンセリングをしてみた。その結果、ACからは回復したのだが、社会的にはとんでもない「クレイマー」のようになったり、「女王様」のようにASの男性をはべらせたり、実に自己中心的な正体を現す結果になった。
ACを取り去った後の姿は不思議にもADHDの仲間だった。状況理解は自己中心的で、「自慢していると受け取られてかえって評価されない」ということが分からない。
ACのカウンセリングで家族歴をきちんと聞いていくと良くACの人の母親に見られる自己中心的で一方的、支配的で表面的なモラハラ母親と同じであるということが分かってきた。
何を隠そうこれがジャイアン(私自身もその一人)だった。
ジャイアンは周囲の評価を気にする。また周囲の現象を自分に関連付けて解釈する。一種誇大妄想か自意識過剰に似ている。このあたりは表面上はACに似ている。
また評価を上げようと死に物狂いになるところは見捨てられ不安のACやボーダーと結果的に酷似した行動パターンとなる。
しかし自己評価が下がっていないところが全く違う。「ジャイアンのAC」という世にも不思議な人たちから(ACが)回復するや否や、ジャイアンの本性が露出することではじめて分かる。
最近私と心理士たちは、「あまりに自己評価が大げさに芝居がかって下がっているケースは実はジャイアンのACだ」ということに気付いてきた。
ACとジャイアン(自己正当化型ADHD)と受動型AS(アスペルガー症候群)は一見非常に似ているが本質的には全く違うものである。
実際私は心理士たちとともにACについてカウンセリングの場でケースごとに深く考えていくうちに、表面上ACに似て全く違うものがあることがわかり、そこから受動型ASのイメージに到達した。
当初受動型ASは、「ACに認知の特徴は似ているが自己評価が下がっているように見えない」という一群と捉えられた。不安は確かに見られるのだがACの見捨てられ不安とは違い、何よりも基本的に「自分が悪い」というAC独特の低い自己評価が見られない。
むしろ逆に相手を咎めたり、近い相手に対しては一種支配的にまで頑なな面がある。加えて発達障害的な「異常に正直で隠さない」ところもみられ、表面上のACやボーダーにさえ似ている行動とは裏腹の「馬鹿正直さ」「不器用さ」を感じさせる。
認知の点では「自分の問題と他人の問題の線引きが出来ない」「周囲の人の自分への評価に過剰反応する」ところはACにそっくりなのだが、「自己評価が下がっている印象とならない」「異常に正直で不器用、頑なな印象」が受動型ASのACからの鑑別ポイントだ。もちろん良く生育歴を聞けば「自閉症的なこだわりがみられる」ことも参考になる。
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