2007.06.28 23:20 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  AS(アスペルガー)関連  |  その他  |  YANBARU  | 推薦数 : 10

ASの内と外②

 「外」で自閉性を出さないで周囲に合わせることはASにとっては大きなストレスとなり、病的な二次障害をきたしうることは間違いないと考えている。

 しかし一方、今「親」として関わっている成人ASの人々に子供のころを聞いてみると、意外に「普通でした」ということが多い。この人たちは、(結局成人に至る間にうつなどで心療内科受診となっていたのだが) 診断されることもなく引きこもることもなくよく結婚して子供を生むところまで生きてこられたと思う。

 このことの説明として、私なりの仮説は以下のようだ。「積極奇異の人は現実の世界でとにかく頑張って、超人的に努力して、それなりの評価をゲットして積極奇異的な評価の代償でストレスを相殺してきた」 と私は想像している。

 その頑張りが成就しなくなった段階で病的な状態となり心療内科に受診する。家事も全くできなくなり、ずっと起きられないようなうつ状態となったり、動悸やふらつきなどでほとんど動けなくなるような身体症状に悩まされる。

 子供のケアを通じて大人になってやっと診断をつけ、私は「あなたはASだからASらしく生きるしかない」と告げる。その後は立派なAS氏となっていく。(例えばクレーマーになったり)

 そこまで考えて遡ってみると、やはり「思春期前にASと診断して、自閉的な適度に部分を出しながら周囲に受け入れられる」体験をすることが一番精神的に健康に生きられる経過であると思う。

 目立つこと、頑張って評価されることで適応のストレスを代償することは可能だ。しかしそれをずっと続けることは実際上困難であり、必ずどこかの段階で頑張りきれなくなって病気になる。

 何とか違う形で、大人になる途中でも適度にサポートしてくれる環境の中で自閉性を出して受け入れられるか、違う形の何らかの安定した評価(ADHDの配偶者には可能?)によって気分的に安定できればいいのだが。  

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2007.06.25 21:38 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  AS(アスペルガー)関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 20

ASの内と外①

 最近小学生のASの児童を診ることが多くなり、学校の先生方にASの説明をする機会も多い。そこで不思議に「学校では普通です」と言われることがよくある。家で、特に愛着の母親の前ではかなりハードな自閉的なこだわりを見せる子でも、学校では大人しく「普通」にしているのだ。

 この「学校では普通であるのに家ではこだわりが強い」という現象を「ASの内と外の二面性」と呼ぶことにする。 

 この二面性を細かく遡ってみると、起源は幼児期の「人見知り」から来るようだ。母親などの愛着の相手とそれ以外の愛着の二面性がそのまま社会的な二面性へと成長する。

 私は学校の先生方には、「周囲に全面的に合わせ続けたら(強迫性障害や身体症状などの)病気になる」と説明している。自ら外向けのスタイルで自閉的な部分を隠して周囲に大人しく合わせ続けることはストレスになるに違いない。

 本人の自閉性の程度にもよるが、この二面性は思春期になるとかなり深刻に表面化する。「内」での母親へのこだわりをぶつける態度が激しくなり、ほとんど家庭内暴力のような状況になる。これはやはり「外」で自閉性を出し切れないストレスから来るのだろうと私は今のところは考えている。

 また高学年からの不登校という形で表面化することも多い。高学年になり周囲に合わせることが実際上困難となってきて、かと言って自閉的に振舞うわけにもいかず、「行かない」「引き籠る」という選択しかないことになる。

 だから私は、低学年から「内」の状況である家に学校の先生に来てもらったり、「外」の友達に少しずつ自閉的な部分を出していくことで、この二面性の境界を少しずつぼかしていく必要があると思う。

 私の考える理想は、「適度に自閉的な部分を出しながら理解されて受け入れてもらう」という環境だ。特別支援の個別対応などを駆使してこの状況を作り出す「環境調整」が必要なのだ。

 特にできるだけ思春期になる前にやっておきたい。   

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 ジャイアンの状況理解は偏っている。これもはっきり書くと心苦しいようなことなのだが、「自分に都合がいいかだけは察知できるのに、他のことは全く分からない」というのがジャイアンの特徴だ。

 ジャイアンはごく小さいころから「相手が自分の言うことを聞いてくれるかどうか」を敏感に察知する直感を持ち、その部分は多数派の人と変わらないか、または「かえって鋭い」。

 半面で自分の都合に直接関係のない状況理解、特に「相手を傷つけるかどうか」などには全く無頓着で、この部分はADHDの中でも重症の状況理解の障害がある。

 たとえば記憶にしても、「自分に不利なことを言われた」というようなことは実に良く覚えている半面で、その他のことはADHDらしく3日経ったら忘れる。

 全般的に状況が分からないのがノビ太型の普通のADHDだ。これに対して、自分の言うことを聞いてくれるかどうかだけの部分だけ状況を鋭敏に察知して、それ以外は分からないというジャイアンの状況理解は、いかにも自己中で、理解されにくい特徴を持っている。

 DVやモラハラの被害者の側から見れば特に許しがたいだろう。子供のころでいえば「ちゃっかりした」を通り越して「なんてずる賢い」という印象となる。

 この「自分の立場の優劣の部分だけ状況が分かる」という特徴のため、親がジャイアンだったりすると、ノンバーバルに「支配される」ことにもなる。このあたりが変に表面的には「AC(アダルトチルドレン)」に似ているのが皮肉な現象だ。

 逆にこの能力を使って人を「操作」することもある。特に受動型のASの人などは一コロでコントロールされてしまう。 

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2007.06.18 22:42 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 12

ジャイアンの攻撃性

 ジャイアンの攻撃性が「煩悩」とどこが違うのか?
 非常に重要なポイントで、実際「復讐」は「色即是空」と明らかに矛盾している。しかし私はこの両方がジャイアンの根本的な立ち位置であるということをまず理解することが大事だと考える。
 生きている実感が乏しいほどに状況が分からない反面で、表面上、言葉の上だけでも「一番」「上に立つ」などの保証を要求し、それが否定されると強烈に感情的な反応をする。

 少なくとも私の場合には、世間に言う「煩悩」とはかなり違って、直感的な表現をすれば、「生き物として普通にある本能的、情緒的な歯止めがかからない」という特徴があると思う。たまたま社会的、家庭的に合理的な「失いたくないもの」があるから運良く実行に移さないで居られるだけで、それらがなかったら自分に抗精神病薬か感情調整薬の服薬を命ずるしかないと考える。

 複雑な状況や他の感情から切り離されて「復讐」や「憎しみ」などの攻撃性だけがあるという点で私の場合と多数派の「煩悩」とは根本的に違う。(これは一般的に言えることではないかもしれないので、他のジャイアンに当てはまるかどうかは「不明」としておく)

 私は、ともすると何でも正当化する傾向があるジャイアンがモラハラ加害者にならない唯一の道は、可能な限り自分を正当化することに慎重になることだと(加害者と被害者の両方の)経験から学んでおり、またこの場ではジャイアンの実際の姿をできるだけ是非を超えて正確に記述しておきたいと考える。

 「どうするべきか」を考える前に、ジャイアンとはいったいどんな存在なのかについてできるだけ明らかにしておきたい。

最近のジャイアンシリーズでずと考え続けていることだ。 

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2007.06.17 19:35 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  AC、人格障害関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 8

ジャイアンの空想

 ジャイアンは否定されることに耐えられない。だから現実の中で相手の否定的な反応を打ち消せないときには時に空想の世界で相手を消し去ろうとする。

 「白昼夢」に近いようなリアルな空想で、時には自分の否定的な態度を示したりジャイアン自身から見て理不尽なことを言ったりしたりした相手を空想の中で残忍な仕方で殺してしまったりする。

 空想の中身に罪はないが、時々こんなことを考えている自分がいやになる。結局「復讐」しないでは居られない心理があるとしか考えようがない。

 「一番」であり続けたり、「まったく否定されない」など現実の世界ではそもそも不可能であることは分かっているのだが、そういう形で自分の存在を確認し続けないと、「自分自身」を足元に広がる「虚無」の中に見失ってしまうのだ。

 「はじめから世界とつながっている」、「自分がほかの人と同じ世界に存在する」ことはジャイアンにとっては当たり前ではない。それ自体を証明し続けないといけないようなあいまいなところに生きていて、実際に時々自分が何であったか忘れてしまうこともあるのだ。

 そういう意味では「状況が分からない」ADHDの最重症の状態とも言えるだろう。状況が分からないとは、本人から見れば、自分が何であるかも分からないということになるのだ。

 空想で穴埋めしてでも、とりあえず自分の世界に空いてしまった穴をふさがないとその穴から「虚無」が吹き込んできて、たちまちのうちについさっきまで「自分」だと思っていたいろいろなパーツが元のバラバラの状態に戻ってしまう。

 ネバーエンディングストーリーに同じような話があったが、その意味ではジャイアンはファンタジーの年齢から先に成長することができないようにも思う。  

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2007.06.10 08:30 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 17

ジャイアンの空虚

 私は小学校高学年には、「色即是空」(物事には実体がない)という文章を見て「当たり前なのに」と感じていた。冷たい水の中に沈んで水面の上にある世間を眺めていた感じで、その後何度も死ぬことを考えた時期には、「僕は最初から一日も生きていませんでした」という感じだった。

 30を過ぎて精神分析のゼミをきっかけに「再インストール」したときから人と多少関われるようになったけれど、それまでは病的な「離人症」の状態であったと考えていたが、今考えるとどうやらこれはジャイアンの根本的な立ち位置であったかもしれない。

 ジャイアン(自己正当化型ADHD)は自分に関連するものや人だけしか認識しない。本当の「他者」は相当の努力や幸運がないと感じられるようにならないと思う。はじめは「どうしようもなく世界にただ一人」なのだ。

 他者との結びつきや、関係性の中で自分のアイデンティティーを確認することもできず、意識して一秒一秒頭に何か「継続した自分の証明になるもの」を持ち続けなければ、一秒前の自分をも見失ってしまい、自分が誰であるかわからなくなってしまう。自分の存在はいつでも簡単にふっと消えてしまうような「空虚感」がジャイアンの感じている世界の本質だろう。

 すがりつくものを探す死に物狂いの努力はこの空虚を埋めるためにある。ボーダー(境界性人格障害)の人のように人を振り回し続けたり、「一番」、「中心」の地位に固執したがったり、そうでもし続けなければ自分は直ちに消えてなくなってしまうのだ。

 結婚して子供も持ち、仕事もある程度安定して来た今でも、この根本にある空虚はほとんど変わっていない。脳の働きの根本的なところの問題だからだろう。

 子供のときから世の中の一切のことを諦観したような「空虚感」という立ち位置がジャイアンの最初の出発点であるというところを今考え続けている。   

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 一見被害的(見方によっては誇大的)な認知には、A「統合失調症の被害妄想」、B「躁うつ病の誇大妄想」、C「ASの関連付け発想」、D「ジャイアンの自意識過剰」、E「ACのお節介」などがあり、似ているが少しずつ違う。

 まずA統合失調症の被害妄想は、私の印象では「自我の境界が不鮮明となって、自分の中に他人の考えが入ってきたり、自分の考えが他人に伝わったりするように感じる」というイメージだ。

 この意味では、Dジャイアンの自意識過剰は少し近いと思う。言ってみれば「自我の肥大」とでも言うべきことで、「世の中のことは全部自分に関連する」(自分に関連しない他者は何も見えていない)という意味で自意識過剰となる。他にも私はジャイアンと統合失調症はある意味で近く、共通点が多いように思う。

 B躁うつ病の誇大妄想は、自分と他者は見えてはいるが、立場、位置関係が自分のほうが上に立つという形で、ジャイアンよりは病的でないように思う。

 CのASの関連付けは、AS流に自分と他者は認識されているが、「自分と他者が非常に近く認識される」、「偶然が認識できない」というAS独特の認知の特徴から来るもので、被害妄想とは全く違うが、実際の臨床の場では専門家もあまり区別し切れていないのではないかと思う。

 ACも見方によっては自意識過剰で誇大的である。「私が支えてあげないと」と自他の問題の区別ができない。これは自己評価の低さと見捨てられ不安から、周囲の人の行動を「自分への評価」という部分だけを異常に拡大して認知するという認知の歪みにより、自分と他者の区別が冷静に見えなくなっている状態と言える。

 私はA、D、C、B、Eの順に病的という印象を持っている。A、D、C、Bはいずれも炭酸リチウムが有効だ。

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2007.06.02 22:45 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  AC、人格障害関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 10

「インストール」のコツ

 ジャイアンは突然気分や考え方をリセットするような現象が時々あり、私はこれをインストールと呼ぶ。振り返ってみれば私も中学時代などに経験したように思う。

 この「インストール」は、「新しいスタイルが役に立つから」「自分に都合がいいから」という原理で起こると私は想像している。

たとえば兄の合理的なやり方が母親に有効と見えればその真似をする。父親の強引なやり方に母親が従えばそのまま真似る。いずれにしても「大事な人に思い通りになってもらうために有効な」スタイルという条件だ。

 ジャイアンの認知と行動の基本パターンは、「ずる賢い子供」のイメージで、そのずる賢さから、都合の良いパターンを上に付け加えて成長する。私はこういうプロセスを想像している。

 身近に合理的な人がいて合理的な行動が認められる環境で育てば合理的なパターンを都合がいいから身につける。ゴネて通す暴君がいてそれが通っていれば暴君を真似る。被害的な態度をとってそれが都合がいいと見るやそういうパターンを採用する。安直な宗教が表面的に自分を肯定してくれればそれに飛びつく。

 だからジャイアンを治すためには、「合理的で真面目に自分で努力するパターン」が、本人にとって有利になるようなモデルを一方で提示しておいて、「現在のスタイルが行き詰まった状況」を作れば良いということになる。

 幼児期、小児期の早い時期のジャイアンならば、家庭内の力関係などの環境を鋭敏に察知するので、周囲の大人や兄姉、学校の先生などが本人にインストールされてもいいような問題のない行動をしていることが一番大事だ。

 本人にどうこうしろと言っても、結局力で押さえるパターンであれば、本人が強くなれば逆に力で押さえにかかるだろう。小さいころに力で押さえて言うことを聞かせることはできても、思春期になって家庭内暴力になったり、大人になってDVになったりする。

 私は無口だが黙って努力して行動で示すスタイルの父親のおかげで、病的にはなったが、深刻な行動障害にはならなかったのだろう。  

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