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2007.03.31 23:44 |  診療  |  ADHD関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 4

ブログ上コーチング⑥ADHDのパートナーシップ

ブログ上コーチング⑥ADHDの結婚その一
★恋人、夫に対して。何かしてあげて相手の笑顔を見るのがうれしいということがない。

 子供を産み育てて、思ったのが、「子供が喜ぶ顔を見るのがものすごくうれしい。何でもしてあげたくなる」ということ。正直言って、結婚相手や恋人に対してこのような感情を抱いたことがないし、してあげた覚えもありません。
 また、何かをして、相手に喜ばれたこともあまり覚えがありません。(相手が喜んでも、別に私は嬉しくなかったような。)
これっておかしいんじゃないのかなと最近思い出しました。
普通、子供に対してだけじゃなく、恋人や夫に対してもそう思うんでしょうか?

 肉親や女性の友人に対しては「お互い様」と思うので、ちょっとしたことをやってあげようという気になります。
また、自分が何かをしてもらっても笑顔で喜んだ覚えもありません。これは子供の頃からです。

 女性の友人に対しては、交友関係を円滑にする程度にオーバーに表現するようには心がけていました。
(ちなみに、友人、知人関係で困ったことは特にないです。)

 女性の心理のことであり、今回もあまり自信はないですが、私なりの分析は、「あなた自身が異性のパートナーに求めることが少ないから」だろうと想像します。あなたのご両親の関係はどんなでしたか?

 ただ私はもともと「ADHDは人を必要としない」と考えますので、ADHDの基本姿勢としては、「何かをしてあげる」というよりも、「一緒にいて楽しい」 というのがパートナーとのつながりの基礎になるのかなと思います。「ハマちゃん」の「あなたと結婚して僕が幸せになる自信はあります」という言葉がADHD的な結婚のひとつの典型的な形だと思いますがここは皆さんのご意見をお願いします。

 もうひとつ、ACの心理という見方をすると、「子供との関係はこれまでにない新鮮な関係だったので素直に求めることを受け入れられたけれど、大人や異性との関係では昔のACのパターンが出て素直になれない」という可能性も想像できはします。

 ただ私も「妻から何かしてもらって嬉しい」ということは通常あまり考えていません。逆に妻に何かをしてあげるというのも、「妻から要望が出れば協力する」ことはしますが。ADHDは「自分の必要は自分にし分からない」ので、あなたはどこもおかしくないようにも思います。味も素っ気もないと言われそうですね。 

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コメント

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そのせいだったのでしょうか、私のことを「家政婦」だと思っているのではないか?と真剣に悩んだ日もありました。

妻である私に、求めるレベルも低く、その代わり、私のできないことにも文句もつけず、「まぁ生活に困らなければ良い」みたいな良く言えば「大らかさ」というか、私に言わせれば「物足りなさ」を感じたのですが…。


「結婚相手は誰でも良かったのではないだろうか?」と疑問を持ち、実際話し合ってみたこともあります。

よくよく話を聞くと、そういう訳ではなく、「私と結婚して良かった」の一点張りで、どこが、どう良かったのか、わからないまま一緒にいます。

私も、腹を割って話せる相手なので、「あなたって、こんな私と結婚して、幸せな人だよね~~~」と、言ってその返事を貰ってまで確認したい幼稚な自分がいます。


自分のやりたいことを常に追い求めている夫と、スペシャルな夫婦になれたらいいなぁと思う私の「方向性」の違いにしばしばため息が出ますが、きっと私は、そんな夫だから、ついて行けるのだろうと思います。


「早く帰って来てね」と言う割に、本当に早く帰って来られると「あら、今日はどうしたの?」と聞くので、夫も腰を抜かしています。
(·_·)エッ......?


written by HIKARI / 2007.04.01 13:06
考えたことがないですね。

自分はどうなんだろう...
人から物を貰うのは嫌いじゃないし
(前回のエントリーでプレゼントって要注意なものだという認識はできたけど)
自分が欲しかったものを買ってもらえた時は嬉しいと思います。
(サプライズのプレゼントで別に必要ないものをもらうよりは、ほしい物がいいですね)

でもこれって普通かなと思います。

相手になにかやってあげたいとか
相手の喜ぶ顔がみたいとか、う~ん、どうだろう
そんなこと考えながら動いてないと思います。
意識したこともないです。
written by あひる / 2007.04.01 16:41
取り上げていただき、ありがとうござました。

おかしくないですか。安心しました。でも、多数派からみたら微妙でしょうね。

多数派の男性に聞いてみたいですが、(男性が恋人に)頑張って何かしてあげたとき、「え~ほんとに~?嬉しい~!ありがとう~!!」って満面の笑みで反応されるのを期待してたのに、ぴくりとも表情を変えずに素で「ありがとう。(以上!)」みたいな対応をされたらさぞ張り合いが無いでしょうねえ~。二度とやるかよ!みたいな。
しかも、自分から進んで何かをやってあげるということもない。(ドライブのときお弁当を作って行く、とか。)
異性との関係がうまくいかなかった原因にはこれも(というかこれが主原因?)あるかなー?と思い始めました。

>「あなた自身が異性のパートナーに求めることが少ないから」だろうと想像します。
確かに少ないです。最低限の希望は「細かいことに干渉せず、放っておいてほしい」ということです。ACのせいもあるでしょうね。親が過保護過干渉だったものでかまわれることにトラウマがある。

>あなたのご両親の関係はどんなでしたか?
別に仲悪くも無いけど、母親は父親を異性としては特に好きじゃないんじゃないのかなー、お金(家庭の維持)のために結婚してるのかな?と思ってました。
母親が仕事もして家事や育児や父親(夫)の世話をもすごくまめにして、傍から見ると、「滅私奉公してる」という風に見えました。子供に対しては、いつもかりかりしていて怖かったです。何か私に嬉しいことがあったとき「よかったねえ~」と共感してもらったという記憶がないです。母親は祖父がろくでもない人だったみたいで苦労人です。
父親はそんな母親に頼りきって縦のものを横にもしない感じでした。私はあんまりかまってもらった記憶もないです。父親はマザコンっぽいです。

YANBARU先生からコメントを頂いて、私もいろいろ思いめぐらしています。
母親みたいになりたくなかったから相手にいろいろやってあげるのが嫌だったのかな、とか、生まれた家庭(割と裕福だった。一方的に押し付けがましい。)が嫌いで否定していたから、結婚相手にああいう人(甲斐性なし。頼りない。)を選んじゃったのかな?とか。
自分一人で考えるより、色々気付くことが多いです。ありがとうございました。今後もよろしくお願いします。
written by パパイヤ / 2007.04.01 20:33
>ADHDの基本姿勢としては、「何かをしてあげる」というよりも、「一緒にいて楽しい」

私として考えることは『一緒にいて楽しい』の延長上に『(いろんな意味の)一緒に居ることで充実感を得られる』というところを、パートナーに求めるのかなと思います。精神的な繋がりを重視するというか。

単に私個人がそうなのであって、ADHDだからこうなのか、というところまではわからないです。一般的な人がパートナーに求めていることが何なのかも、わからないですし・・・。

『何かをしてあげる』ということはあまり考えたことはないです。記念日や誕生日等に何かプレゼントするということも、周りがそうしてるからちょっとやってみようかなとかで、あまり積極的に考えないし、また、相手にそれを求めることもないです。




written by yurin / 2007.04.04 13:08
>「一緒にいて楽しい」「あなたと結婚して僕が幸せになる自信はあります」

私もそういう風に思っていました。夫は、奇妙で面白い癖(シャツのボタンを1,3,5,2,6という順番でかけるとか)が沢山あったし、面白い“言いまつがい”も山ほどあって、見ているだけで飽きない人でしたから。何か相談すれば、達観したような示唆に満ちたことも仰るし。行き過ぎて困った要求を振りまくこともありましたが、自分にもダークサイドはあるので、両面丸ごと大好きだ!と思っていました。

>「ありがとう。(以上!)」みたいな対応を__二度とやるかよ!みたいな。

ハハ(笑)。そういう感じだったと思います、私も多分。満面の笑みで男子に「ありがとう(はぁと)」な対応ができる女子が羨ましく、また苦手でした(^^;どうやったらできるんだ?と思って。

他、楽しそうにしないといけないデートスポットに誘われるのが苦痛でした。スキー、テニス。(裏通りにひっそりとあるような魔界スポットに一人で行くのが好き)。特にディズニーランドは最悪でした!!一、二度断りきれずに行きましたが、最初から最後まで仏頂面だったと思います(ごめん)。女の子が喜びそうな一般的なプレゼント(装身具類)もダメでした。一般的な女子に対する根深いコンプレックスがあると思います。

すごく好きな相手からでも、それを受け取る時には顔が引きつる。パパイヤさんの「素」で受け取るを通り越してますね(苦; 

こうして考えると、ディズニーランド嫌いは、小学校入学前に無理に捨てさせられた、リカちゃん人形はじめとする玩具に関連するトラウマのせいじゃないか、という気がします。(張りぼて商業主義が嫌いといっても、劇は大好きなので)

実家を離れて、アパートで孤独死しそうになってた時期に知り合った年配の友達が、数日自宅に招いてくれました。友達は主夫で、出てきた食事は十種類以上にも及び、皆彼が作ったものでした。私はその時、温かい手料理と、家族揃って食事をすることのシンプルな幸せに心底感動し、人の有り難みが身にしみました。以後は些細なものでも「こんなわたしのために!」と涙目になるような感じで。あの時氷解した感情も、この頃はまた硬化している気がします。
written by 月の草 / 2007.04.06 02:21
>あなたのご両親の関係はどんなでしたか?

父は私が子供の頃はにこやかでしたが、大病をしてからはいつでも仏頂面で、笑っているのを見たことが無いほどでした。母はそんな父を毛嫌いし、家に寄りつかなくなりました。年中行事無し、母子で楽しむウィンドウショッピング無し。食事はほとんど私が家族全員分を作り、掃除洗濯も私への割当は多かったです。

年中行事(ハレの場)が無いというのは、辛いことがあったり、問題が起きて一旦解決をみても、そのままの気分をずーっと引きずってしまう感じで、空気が変わらない。だから家族が問題を乗り越えられないような気がしました。勿論、行事だけが形骸化して続くのも同じことですが。

そういえば、母は世間知らずだったので、世間をよく知っているように見えた「強気の父」と間違って結婚してしまったとよく言っています(表面的に強いだけで、実際には弱く役に立たない)。私も、世間のことがよくわからないので、道しるべになってくれるような人を頼ってしまいます。でも、ほんとうは自分の道は自分で歩むべきだったんだな、とこの頃思います。
written by 月の草 / 2007.04.06 02:31
⑦のpegaさんやslummyさんの書込みを見て思いましたが、結局、ACの問題が大きいのかなあ、と感じています。

ACっぽい男性と付き合いがあるとき、彼は「女性(私)に利用されないように」ということをすごく気にしてるようでした。常に私に「してあげたこと」と「してもらったこと」を心の中の帳簿につけてて、瞬間的にでも、「してあげた方」が上回ってはいけないと考えてるかのようだと感じました。ちょっと人に分け与えることもできないほど愛情に飢えてる人なんだなあ、と感じました。

で、当時は相手の問題しか目に付かなかったけど、自分もそうなんじゃないかと。自分が相手にやってもらうのはいいけどちょっとでも損するのは嫌だと。

ACじゃない、健康的な青年(女性もだけど)は、自分が損とか得とか考えず、色々やってくれたなあ。→ちょうど、月の草さんが上に書いた近所の人がご飯を振舞ってくれたような感じ。

でも自分はそれに対してお返しはしたのか?いや、全くそんなこと考えもしなかった。逆に自分が頼まれて何かしてあげることになったとき利用されてるんじゃと思って険悪になったこともあった。
そもそも最初から周りに色々やってあげようということを考えたことない。しようと思ってもどうしたらいいのか分からない。(ACで、一挙手一投足がみがみ言われてたから、萎縮しちゃって他の人に何かしたりができなかった。)→ADHDのため気が利かないというのも大きいと思う。うちの保育園児がよく気付いてなんやかんや世話を焼いてくれるのを見ると、「生まれつきのセンスってあるんだなあ」と思います。

#もちろんハマちゃん的な要素で、ACがなくなっても「何かしてあげたい」より「一緒にいて楽しい」人を選ぶでしょう。
written by パパイヤ / 2007.04.08 22:40
をぉ。全くそうかもしれませんね。<AC
 
私の夫は過干渉+目茶苦茶な道理の母親に育てられているので、「やってもらうこと」が嫌いなとこがあります。私が外出で不在の日、何か作っておこうか?と聞くと「いらない」みたいな。子供には何を食べさせればいいかわからないようで、用意されてない状態は不安で仕方がないようなので、外食しろと指示するか、作り置きして出ます。一人だけの時は、無い方が気楽みたい。「ほっといてくれ」「構わないでくれ」というのが見え隠れします。夜食はおにぎりよりも、カップ焼きそばの方がいいとか。反対に「自分の面倒を見てくれない」と嘆いたり。

一方、私がしたことに対しての「喜び」は表さないですね。多分嬉しくないんですね。「何もしてくれるな」というメッセージの方が強い。そのくせ自分の買ってきたモノの評価は凄く気になって「美味しいか?」「それどうだ?」を連呼。

夫の母は、息子が小学生以降になると過干渉をしはじめたけど、それ以前は仕事に集中していたので放置している。母子の関係が希薄だったことで、他人と信頼関係を結ぶことに困難さを感じてるのかな。子供のような夫からは「補完されたい」という欲求を感じますね。

一方、私はACのせいで、褒められたいという気持ちも抱えていたようで、最終的にはそれが仇になりました。夫に対して対価を要求して。それを直感的に彼は嫌って「味を聞くな」になっていたかもしれないです。味を聞くなって、何よ?と思ってたけど....

私は、先の年配の主夫友だちのおかげで、相手への尽くし方がわかったというか。恩義に感じるなら、それを世間に返して行けという風な言葉を貰い、私はそれに感動して行動を開始。結局のところ、家と子供を放置した母を嫌ってたので、赤毛のアンのマニラのような母親になりたいと思ってたのもあり、ちょっと世話好きになりました。ところが結婚して、愉しみの無い義務労働をすると、実家で家の仕事に従事させられていたのを思い出してしまって。やっぱり「愉しみ」を基準にしないと動けない自分がいます。

一人の人間でも(私も夫も)、複雑な側面があって一筋縄ではいきませんね。
記憶に縛られてる自分を感じます。
written by 月の草 / 2007.04.10 00:42

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