ADHDのACについてはこれまで何度もここで書いてきたが、最近私はADHDのACは「幼少期のASまたは自己正当化型ADHD(による)被影響症候群」であると考えている。
自己評価が極端に低く、見捨てられ不安と似た「世間から置いてきぼりにされる不安」の中で、周囲に異常に気を使っている自覚があるにもかかわらず、他者から見ると「天然」に見えるという状態であり、本人が努力してある程度修正しているのでADHDらしくも見えず、またACとしては他者から見た悲劇のヒロイン風の深刻さが欠けており、「考えすぎ」と言われてしまう。
ADHDのACも自分の評価に関わる周囲の態度にはASの「関連付け」に近い過剰反応や思い込みがある。これは私は「AC的」と考えている。ASの関連付けとの違いは、「思い込み」に近いということで、断片的で首尾一貫性に乏しい。
また人間関係も不安から異常に相手に執着したり、依存とよく似た状態になることもある。これも思い込みの激しい「AC的」に干渉したり、一見支配的になったりもするが、基本的に「自分を理解してもらう」ことが主であり、特定の相手が必要なASの愛着とは区別できると思う。
予測についても、基本には「世間から置いてきぼりにされる不安」があるため、評価を(勝手に)過剰に気にする結果、「予測できなかった」失敗は不安であるので逆に極端に「完璧に」予定を立てたがったりする。
ASとの区別は、ACの最中には容易ではないが、「気分によって急激に変わる」ような一貫性に欠ける印象を持たれる場合や、「天然」と評される場合はADHDのACと考えたほうが回復が早い。何故ならばADHDのACは「自分がもともとADHDである」ことに気付くだけで劇的に回復するからだ。
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