2007.02.19 11:00 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  AS(アスペルガー)関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 4

中間または合併①

 私は多くの発達障害の方と接してきて、ADHDとASについて考え続けている。その中で、「ADHDとASの中間または合併(両方)ということを考えるか」という問題は一番大きな問題だ。

 私は中間や合併の診断をしない。その理由は、「その人の困っている問題の解決やコーチングを行ううえで、両方ともいった診断が使いにくいから」だ。

 実際には当事者も多様であり、「注意欠陥だけでくくればADHDに分類するべきだが対人関係の特徴を見るとAS的」というような人(受動型AS)も居られ、逆に私がADHDのACやAS被影響症候群のADHDと呼んでいる人は表面上注意欠陥は目立たずADHDっぽくない。

 だからいっそのこと「パーツの組み合わせ」という考え方にして、「ここだけはADHDでここはAS」という表現も確かにある。

 しかし私が引っかかっているのは、例えばこれまで記述してきた、「バラバラの認知と関連付けすぎの認知」、「人に執着しないことと強い愛着」、「極端に予測可能な世界を好むことと極端に場当たり的」といったはっきり正反対になる部分がたくさん見られるからだ。

 また、表面的には同じ注意欠陥でも、受動型ASの人とADHDは良く見ると違うところもあり、「注意欠陥の意味が違う」というようにも思う。

 非常に本質的な問題であるので、何回か私なりの考えかたを書いてみるので、当事者の人の意見を聞いてみたい。

 まず私が「大分類」として「人への執着、愛着」を上げたのは、当事者の実際に困っている問題が対人関係であることが多いので、愛着のある人とない人を同じ症候群で呼ばないほうが良いと考えたからだ。

 微妙な位置づけとなるのは、私が「自己正当化型ADHD」、「受動型AS」と呼ぶ人々だと思う。次からこれらについて詳しく検討しながらこの問題を考えていくことにする。  

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