これまで説明したように、ADHDもともとかなり「分からない」障害であるが、自分のことをある程度合理的に見ることは出来るため、自分の努力で一部は障害の部分を補うことが出来る。
その中でも大事なことは、「多数派を観察する」作業だ。私もADHDであり、直感的に状況察知は出来ない。カミさんに教えてもらったり、自分自身と多数派を観察し推論した結果をここに書いている。
具体的には、「周囲の人はなぜこういう行動をするのだろうか? 」ということを考え続け、とりあえずその人の行動を説明する仮説を自分なりに想像する。説明の仮説が当たっているかどうかは、現実に現れた行動を「予測できるかどうか」で決める。
当たる確率の高い仮説であれば、「次はこうなるはず」という予測が可能で、とりあえず毎回予測をしておいて、実際に当たったかどうかを確かめる作業を全ての場合に続ける。
そういうわけで、「すぐに反応しないほうが良い」と私は思う。特にすぐに感情的に反応すると、見当違いになる確率が高く、相互理解につながらないことが多い。感情的にならないためにも、「観察と予測」は大事なことだ。
多数派の場合には、本人に「どうしてこういう行動をするか」を直接聞いても答えられないことも多い。その理由は、私の推測では、「思わず、当たり前として直感的に行動しているから、何故と聞かれても答えられない」のだと思う。
多数派を観察し、一つ一つの多数派の行動に対して説明と予測を繰り返して、多数派の行動を説明する「仮説のストック」を作り上げれば、それを直感の代わりに使用することは可能だ。
私が青年期以来25年くらい積み重ねてきた仮設をまとめることが出来れば役に立つかもしれない。今進めている作業がその「基礎編」にあたるのかもしれない。
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コメント一覧
先生が「多数派」という言葉を使っていて、すごくわかりやすいと思いました。
私の中でよくわからない「多数派」の1人が妹です。
妹は、婚約者の両親に挨拶した後「御礼の手紙」を書いていて、その行動にびっくりしました。私はそういう事をしたことが無く、一筆啓上とは、別世界の人々がやっている事だと思っていたからです。
そして、そういう行動ができる妹を、私はすごいと思えなくて、
「私へのあてつけ(姉と違って私はきちんとできるのよみたいな)」のような、「相手の親におべっかを使っている」ような、何だか変な気分になってしまうのです。
妹は「多数派」なのでしょうか。これが常識なのだとしたら、やはり私はかなりの非常識者なのかなぁと思いました。
>そういうわけで、「すぐに反応しないほうが良い」と私は思う。特にすぐに感情的に反応すると、見当違いになる確率が高く、相互理解につながらないことが多い。感情的にならないためにも、「観察と予測」は大事なことだ。
この部分、肝に銘じたいと思いました。
30代半ばになって初めて、自分は怒るべき場面じゃないところで過剰に怒っていたということに気付きました。(子供のとき相手が盛り上げようと冗談でしたことを100倍にしてやり返したとか。)
また、相手から言われたことを真に受けて、直接反論したりとか、いやいや従ったりとか。(大人や上司からこうしなさいと言われたが明らかにそうすると後で自分が困ることになるのがわかってるときとか。)・・多数派の人は、真正面から立ち向かったりいやいや従ったりせずに、斜めから?こっそりやらずに済むようにしてるんですよね。
反射的に対応せずに、一呼吸置いて、、毎日訓練が必要ですね。
恐らく、多数派の理解できない行動に感情的に反応しすぎていたことが原因だった、と思います。少し前からこれには薄々気が付いてきてはいたので、今は『自分と他者との脳の働きの違い』を思い出して、なるべく感情的に反応しないようにと心掛けられるようになってはきています。
私の理解できない多数派の行動の一つに『本音と建前の使い分けができて、さらにそういう、私からすると矛盾した行動をしても全くストレスを感じずにいられる』ということです。そういうことから『私以外の人はみんな人間ができている』という『多数派幻想』の基ができていったのだと思います。
また『一対一で話すときとそうでないときは他の意見を平気で言える』のも、人間関係をスムーズにする技だと思っていました。どちらが本心なのかわからないことが多いので、私としてはどっちを信じたらいいのかわからず、混乱の元でした。ちなみにこれは私の娘(未診断ですがADHDの疑いあり)も、友達のこういう行動が信じられない様子です。
これについては自分なりの『仮説』として『一対一で言う意見のほうが、みんなの前で言う意見よりはやや本心に近い』としています。当たってるかどうかは確認のしようがないので、保留したままですが。
子供は3,900gの大きな子供でしたが1歳半でも言葉が少なくて、自閉症か緘黙児かと保健所でも迷っていました。結局「知的障害」に落ち着いたのです。
夫の弟は生まれて3年間寝ていただとか、親戚の叔父さんはうまく喋れないだとか気になる事は沢山ありました。最近になって義理母は字の読み書きが出来ない事が分かったのですが、夫に聞いても文盲なのかあるいは知的障害があるのかも分かりません。
色々考えていると夫もずっと変でした。ここに書いてあるように、いつも人を観察しているような気がするのです。ただ無口なだけでなく、立ち止まっていても人を観察しています。私が家の中で動いていても目で追ったりしているので、機嫌が悪かった私は「じろじろ見ないで。普通の人は目だけでチラッと見るだけで、そんな風に見ないよ!」なんて言ってしまいました。知的障害のある娘も会社で知らない人が来るとじろじろ見てしまうらしく、注意を受けたので私も神経質になっていたのです。
そんな夫も会社では責任ある立場にあり、この時代にありながらかなりの収入もあります。二人で使いまくっているので、楽ではないですが。
「普通って何?」とか、「平等」だとか「職業に貴賎なし」だとか言います。それだけならば良いのですが、「キャバクラ嬢だからって何が悪い。みんな同じだ。」みたいな事を言うので、大喧嘩です。敬語も苦手で、子供が小学生の時に電話が掛かってきて、「あんた誰?」なんて言いました。
これで本当に会社でうまくやって行けるのかと不思議です。たぶん依存型ジャイアンかと思います。(まだ良く分かりませんが。)給料明細を見せないのもきっとケチだからでしょうね。ここ数日説教をして反省させて、給料明細のコピーを持ってくる事、帰る時間にはメールを入れる事を約束しました。
こんな感じなのに、社会的には私の方がただの専業主婦をやっております。
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