ASの親は、多くが子供に愛着を持つが、時に「妻だけに愛着を持ち、子供は無視」であたり、子供にASとADHDの両方がいる場合などに愛着のある子供だけをかわいがるということが見られる。
他方ASの子供も、愛着を持った親に絶対服従し、どんなにひどい仕打ちを受けてもその親からの愛着をひたすら求め続ける。
私は思春期以降「死のうとし続ける」という経過をたどったASの人を数名知っているが、良く話を聞くと、「愛着の対象の親ASの愛着の対象にならなかった」というケースだった。
ASで、しかも愛着の対象である親から無視され、しかもその親は自分以外に母親であったり兄弟に愛着を持つ状況を目の当たりにするという体験はASの子供には辛すぎる。
小さい頃からそういう状況に置かれたら、「死ぬしかない」と思いながら生きることになることは想像できる。
結局、ASの親子の場合は、「愛着のミスマッチ」ということが起こると非常に不幸な経過となる。
3類型では、いずれかが積極奇異で相手が受動型の場合はある程度うまく行く。積極奇異同士はぶつかることが多い。孤立型の場合は相手が孤立を尊重する限り大丈夫だ。
いずれにしても、親子の診断をつけることで分かること、改善できることは非常に大きい。
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流行歌に山ほど出てくる愛という言葉には少々うんざりするけれど、そこにある愛は大抵が『ある関係が途絶えても、何かしら人の心に残るもの』だったり、また『愛だけで生きてはいけないけれど人の心や、時に生き方にも影響を及ぼすもの』であり、そういうもの(感情など)を特定の人であったりモノであったり…に持つ事を『愛着』と呼ぶのだろうか?…ふとそう思った。
『その人(モノ)でないといけない』というようなかけがえのない気持ちはさしずめ『自己の存在を支えてくれるもの』という解釈から愛着する、ということなのか、とは考える。
そして愛着になる対象は『たまたまその時の状況から直感的に判断される』ということが、しばしばあるのかもしれない。
…などと考えていても肝心の『愛着に応える』にはいつまでも辿りつかない。でも『かけがえのない』という対象は基本的に一つまたは一人と考えるならADHD的には、『一人(または一つ)でないならそうは言えない』という結論になってしまう。…私だけでしょうか?
ジャイアン疑いの妻と離婚し、AS疑いの息子と二人きりで生活しています。今のところは問題もなく、元気に楽しく生活しております。愛情のミスマッチは今後も起こらないとは思いますが、上記「分かること、改善できることは非常に大きい。」と言うのは具体的に何でしょう?AS親子で気を付けるところがありましたら、お願いします。
自分では、己のASの特性を理解しつつ、息子を追い詰めないように気を付けています。まぁ気を付けても、指示や命令が多くなりがち。マンションの2Fだと、静かにって命令は仕方がない部分もありますが。最近、気を付けようと思ったのは、つい「何で?」って理由を聞いてしまう事。3歳じゃ理由がハッキリしない事も多いし、ASだと理屈を付けちゃう癖が着きそうですもんね。
私は、親がADHDで子が多数派の場合の気をつけることがあれば知りたいです。自分では、共感力が不足しがちなので、子供が寂しいとか困ってることに気付きにくいことがあるのかなと思ってます。今のところ楽しくやってるので今は特に困ってないです。
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