さて自己診断タイプ分類に戻る。ADHDグループのタイプは「思い込み型ADHD」「ADHDのAC(ノビ太型)」「合理的なADHD」「自己正当化型ADHD(ジャイアン)」「自己正当化型ADHDのAC」の5分類と私は考えている。(註:私だけの説なので、他所で話しても通じません)
ここで残った「人への執着や愛着が無い」ADHDグループの中で、まず「人から指摘されたことが(自分にどんなに不利なことでも)本当のことなら認めるしかない」とあっさり認められる人は「合理的なADHD」と「思い込み型ADHD」である。
これに対して不利なことに限って抵抗があり特有の先延ばし、逆切れや否認になる人は自己正当化型、逆に極端に落ち込む人はADHDのAC(ノビ太型)と分類される。
特に逆切れして相手を責めるタイプは(この自己診断のニーズはあまり無いと思うが)「ジャイアン型の自己正当化型ADHD」で、時にモラハラの加害者となる。
「自己正当化型ADHDのAC」は、(これも自己診断のニーズは少ないと思われるが)正面切って逆切れはしないが、間接的に別の人に自分が如何にひどく言われたかをずっと言い続けたりする。
これらの現実の経過との関連は下記に考察
http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/adhdNH.htm
ひょんなことからブログの取材があり、まあ「成人発達障害の理解に役立つなら」といろいろな話をして、ついに全国に流れてしまった。
実はビデオを送ってもらってから自分で見るまでに少しためらいがあった。今考えれば、「偏屈物宣言をしたのにためらうとは何事か!」という話で、「この期に及んで普通にまだしがみつくか?」という有様で、情けない限りだ。
そういう意味では、この放映は「本当の意味で普通を目指す余地を完全に粉砕し、必要をなくしてくれた」という感じがしてすっきりした。天晴れて偏屈者として生きていけるような気がする。
私のカタツムリ放浪時代は実は私は今の私を見ている人に見られると恥ずかしかったが、「今でももしかするとあれが本当の自分の姿か」と思っている節もある。
この取材の経過全体が私自身の偏屈者宣言の完成のプロセスであったと考えると面白い。となると偏屈者宣言の先にADHD宣言を目指すということになるのだろうか?
しばらく考えることとしよう。
http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/
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