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 さて前回の「愛着の有無」で愛着ありとなった人はASグループである。この時点で、「特定の愛着の対象だけに極端に態度が変わる」人が残っているはずである。

 さらにASにもいろいろあり、下記の自閉症の3分類が分かりやすい。

A.積極奇異型 人の中に積極的に出て「仕切りたい」AS

B.受動型    相手中心で常に受身で行動するAS

C.孤立型    自閉傾向が強く孤立へ向かうAS

 分類は次のように行う。

 1.学童時などに、「学校と家で態度が全く違う」と言われたことがある」、ASの中ではADHDの様に「相手中心で場当たり的で優柔不断に見られる」人はまず「受動型」に分類される。この中には自閉傾向が弱く、外見上ほとんど発達障害に見られない人も含まれる。

 2.残った人は「後悔するならはじめからするな」という非常に首尾一貫性を重んじる人が多いはず。その中で、どんなに不適応になっても社会に出て行こうとする人が「積極奇異型」で、自閉が強く引きこもりがちになる人が「孤立型」となる。

 積極奇異型と孤立型は良く似ている。例えば積極奇異型の人で社会で不適応を起こし、二次障害として強迫症状や視線恐怖、聴覚過敏の悪化などがあり、その結果引きこもりがちになった人は、表面上分類が難しい。その場合、「社会に出て行きたい」「自分が中心になって注目されたい」「仕切りたい」という人への衝動があるかどうかを細かく考え、あれば積極奇異型、無ければ孤立型となる。

 詳しくは下記。

 http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/as.htm

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子供の頃を思い出して、わたしは受動型かと思いました。

でも最後の部分、
「社会に出て行きたい」「自分が中心になって注目されたい」「仕切りたい」は、強く持っているんです。

積極奇異型を含む受動型、これもアリですか?


昔から、人前に立つのはかなり苦手ですが、
でも自分の知っていることや習得したことを人に伝えたい、
その一心から、
現在、子供を指導する仕事に就いています。
人前は苦手ですが、
自分が中心になれる安心感がある時は
人前が可能なんですよね。
written by まーちん / 2006.10.25 01:47
私の息子(5歳)は受動型自閉だと思います。

自閉(AS)と呼ばれる人全てかどうかわかりませんが、
『独自のルール』を持っているように見えます。
人によって態度が変わるように見えるのは、
人に対してもこの『独自のルール』をあてはめて考えるためかな、と。たとえばお母さんは『甘える対象』、お父さんは『どこかへ連れていってくれる人』のような感じ。
また、そういうルールがいったん固定してしまうと、なかなか崩せないために、『甘えるのはお母さんだけ』のように、同じ人には同じことを要求する傾向もあるような。

自閉症の人をそんなに多く知ってるわけではないですが、
息子を見てるとそういう気がします。一見柔軟性があるように見えても、相手によって変わるだけで根本的に『独自のルール』を崩してない。

ADHDと呼ばれる人には、こういう概念はないと思っています。
written by yurin / 2006.10.25 08:14
自己診断と愛着の有無から、自分は、受動的ASではないかと思っていましたが、AS症候群の所の
「後悔しない」
「悩んだり、自己評価が下がらない」
「服装や食べ物に対するこだわりがある」
等が、全く当てはまらないなと思いました。

愛着の有無の所を取り間違えていたのかなと思いました。
他人と家族では、態度を変えるし、小さな頃は内弁慶と呼ばれていたし、愛着はあるだろうと思ったのですが。
けれど、基本的に「去るものは追わず」みたいなところがあります。

行動パターン一覧表を見させていただくと、ぴったり該当したのが「ADHDのAC」だったです。
written by ミリ / 2006.10.25 08:21

こんにちは。

私の場合は、自己診断してみると、
「孤立型AS」80%+「積極奇異型AS」20%+(学習障害)かなと、感じます。
「受動型AS」の要素は、見出せませんでした。
確かに「孤立型AS」と「積極奇異型AS」の性質は似ているなと、思います。


「後悔するならはじめからするな」というのは、そのとおりで
その思考のありようの自己分析は、下記のようになります。


1・何百もの可能性の中から自分で選択した、ただひとつの事を
やるのであるから、(ひとつの事を選択するために、他の全ては捨てたのだから)
結果がどうなろうと、後悔はありえない。
(後悔と苦悩は別の事柄で、うまくいかなければ苦悩はするし、頭痛などの身体的
不具合はでる)

2・後悔とは、すでにおこった事柄に対する反応である(と思う)が、
すでにおこってしまった事柄は、事実として変えることはできない。
(過去はあるが、その過去は固定された状態であり、変化はしない。
そのような変化しえない事柄に対して、どのように対応していいか
理解できない。)=反省はできるが後悔はできない、後悔する意味がわからない
・・・という図式が成立します。

逆にたずねたくなるのは、人はどのような時に後悔して、その後悔を
どのように扱うのかを知りたいです。
後悔の機能を知りたいです。

written by ALIVE / 2006.10.25 10:10
息子(5歳)の例で申し訳ないのですが
息子は自分で『こうしよう』と思ってしたことが上手くいかないと、言葉の上で『お母さんのせいだ』などと、人のせいにします。

『後悔する』とはひとことでいえば
『あんなことしなければよかった』ということだと思っています。

つまり自分なりに考えて選択したことなのに、うまくいかなかったときに、自分の選択に対して否定するようなことではないかと。

自閉でない人はそういうときすぐに
『じゃぁ他の方法でやってみよう』と考えを切りかえることができます。しかし自閉の人は、このあたりの切り替えができない、もしくは、しにくいのではないかと想像します。

だから、時として『○○のせいだ』とでも言わないと
どうしようもないのかもしれないです。



『間違ったと思いたくない』といえばそうかもしれないけど、それは自閉特有の『考え方をすぐ切り替えられない脳の働き』からきているのかなと思います。

written by yurin / 2006.10.25 15:40
>人はどのような時に後悔して、その後悔を
>どのように扱うのかを知りたいです。

私の場合は、自分の言動により、相手を怒らせてしまった時、悲しませてしまった時、
あんなことを言わなければ良かったと後悔します。
怒らせてしまったときは、その時の相手と自分の言動を思い返しては、くよくよ考えます。
何度も何度も、強迫観念のように考えたりすることがあります。

悲しませてしまった時、、一番の後悔は、親の病気の時に自分が冷酷な態度をとったことですが、やはり思い出しては、胸が痛み、涙をこぼしたり、また、夢にも何回か出てきました。

自分の発言のせいで、面倒な仕事をしょいこんだときも、あー、なんであんなことを言ったのだろう!タイムマシンで戻れたらなーと思うし、
その他、もっと勉強すればよかった、という後悔もしばしばします。
written by ミリ / 2006.10.25 20:44
皆さんコメントありがとうございます。

マーチン様
 あなたは積極奇異型で、家で態度が違ったのは、「家の人が愛着の対象だった」からではないですか?

yurin様
 よく観察しておられますね。観察することは理解につながります。私はその「自分なりのルール」の共通性をいろいろ考えています。その結果が「愛着の対象とそれ以外の人への態度の極端な違い」でした。おっしゃるとおり、ASの人は柔軟とは程遠いですね。このあたりが重要なADHDとの違いだと私も思います。

ミリ様
 この後でADHDのところで説明しますが、受動型ASとADHDのACは一見良く似ていて区別が難しいですね。あなたの書いているとおり、自己評価が下がらないのと、愛着が鑑別のポイントです。

ALIVE様
 この場でこういう語り合いが出来てうれしいと思います。良い質問をありがとうございます。
 それぞれのお答えで少し違う立場の感じ方を想像できると思いますが、私なりのお答えは以下のとおりです。
 「判断する時点では分からなかった新しい参考情報がその後の経過の中で追加されたときに、その新しい参考情報を総合して考えると、さかのぼって考えれば別の選択肢を選べばよかった」という意味で後悔することがあります。また「全く予測がつかない偶然の結果(じゃんけんとかサイコロの目など)についての自分の予測が外れた場合に残念だった」という意味でも後悔はありうると思います。
 私の考えでは「後悔」という現象は、判断の根拠となる情報が時々刻々と変動し、また偶然的な要因が大きい場合に起こりがちだと思います。
 私のコーチングでは毎回こういう話になり私自身も勉強になります。こういう話が出来て楽しいですね。
http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/
 
written by YANBARU / 2006.10.25 21:14
どうもありがとうございます。
皆様のおかげで、私の思考パターンがみえてきました。


yurin様、回答ありがとうございます。
とてもわかりやすい表現で、私の学びを助けてくれました。

>『後悔する』とはひとことでいえば
>『あんなことしなければよかった』ということだと思っています。

わかりました。私の場合、「後悔するならはじめからするな」という
ルールが確立しているゆえ、その感情を理解できないのですね。

私は「過去など無い。あるのは今だけだ。」という感覚が強いので
私の過去を振り返らないというやり方に
自己を客観的にみれない要因があると感じました。


>つまり自分なりに考えて選択したことなのに、うまくいかなかったときに、
>自分の選択に対して否定するようなことではないかと。

この言葉を読んで、今、ふと思ったのですが、私の場合はパニック状態が
「後悔」の形態なのかもしれません。もう少し探求してみます。


>『間違ったと思いたくない』といえばそうかもしれないけど、それは自閉特有の
>『考え方をすぐ切り替えられない脳の働き』からきているのかなと思います。


私の場合は切り替える(リセットする)という行為にも、手続きがあります。
切り替えの手続きには、それなりに時間がかかります。
その手続きが完了する前に、他の事柄(刺激)が入力されてしまうと、対応できずに
パニック状態になってしまいます。(これもコーチングを受ける前は、誰もが私と同じ
ようになると思っていました。コーチングで初めて、パニック状態を理解しました。)

多くの人々は切り替えが見事です。私からすると、まるで何事も無かったように
切り替えて変化しますが、私にはできません。できない事はできないという真実を
私は知りました。そして、それが私のルールブックに追加されます。


これが現在の私の思考パターン(物事に対する感じ方・応じ方)です。
自閉症を資質として持つ人間の思考パターンのひとつとして
参考にしていただけたらと、思います。

written by ALIVE / 2006.10.26 12:08

ミリ様、回答ありがとうございます。
具体的で、率直な心情が伝わってきました。

>私の場合は、自分の言動により、相手を怒らせてしまった時、悲しませてしまった時、
>あんなことを言わなければ良かったと後悔します。

ミリ様は、他者の存在をしっかりと認識されているます。
それゆえ、自分と他者との関係において、「後悔」されるのですね。
それは、自己評価をする結果、「後悔」が生じるという事だと理解しました。

私は自己評価ができないようです。やはりこの点でも、私は自己を客観的にみれない
事があきらかになってきました。

私は他者との関係において、「経験上、とにかく言語化しておかないと、社会の中では
小突き回されてしまうだけだ。」という思いが強く、相手より先に一方的に話をして
やはり「後悔するならはじめからするな」を適用してしまいます。

さらに、私の会話方法は、「相手が誰であろうと話し方を変えない。相手によって変えない
事こそが誠実だ」というルールがありますので、この辺が、他者と軋轢を起こす要因に
なっていることを、今、自覚しました。
他者と直接的に接する場合は、このあたりを注意してみようと思います。

最近は、誤解を招きそうな可能性の高い話をする場合は、あいだに支援者(自閉症を
理解している人)に入っていただいて、話を伝えるという方式を使っています。

それでも相手は、自閉症の事実を知らないので、話の展開はやっかいです。
社会では、発達障害も自閉症も、まったく理解されていないというのが、実感です。


これまでの文章で、私は一見、言語を使って、それなりに表現している様に
感じられているかもしれませんが、表現の量に対して、理解の量が少ないです。
これも自閉症を資質として持つ人間の特徴のひとつかもしれません。
written by ALIVE / 2006.10.26 12:11
YANBARUドクター様、このような場を提供していただいた事に感謝します。

>「判断する時点では分からなかった新しい参考情報がその後の経過の中で追加
>されたときに、その新しい参考情報を総合して考えると、さかのぼって考えれば別の
>選択肢を選べばよかった」という意味で後悔することがあります。

私の場合、一度決定したら、それを固定化してしまうという事が、生き辛さの
要因であることが、再度示されました。これは自分で自分の首を絞めている
イメージが浮かびました。
途中経過を追加して、再構築するという作業が必要だということが学べました。

しかし、私は「世界はあまりにも複雑で難解だ」という実感が強くて、
その複雑さ・難解さに対応するための、唯一の手法として、どうしても固定化という
作業が必要になっているようです。それでも、「途中経過を追加して、再構築する」
という事は具体的な事なので、私のルールブックに書き込んでみます。


>「後悔」という現象は、判断の根拠となる情報が時々刻々と変動し、
>また偶然的な要因が大きい場合に起こりがちだと思います。

この刻々と変動する状況という事態に、私は弱いです。
予想できない状況や突然の変化は、恐怖です。
ここでは、「できない事はどうやってもできない。無理やり対応して、自分が
いびつになるよりも、できないままの自分でよい。」を適用してます。

どのルールも自分に都合の良いルールになっているのかな
とは思いますが、
私の生きるための絶対的基本理念として、
「理想とするあるべき姿の自分(理想的な自分、こうであったらすばらしいであろうと
思う自分)を構築するために、他者と競争したり自分や他者を犠牲にするよりも
あるがままの自分でよい」がありますので、この絶対的基本理念は譲れないのです。

続く・・・
written by ALIVE / 2006.10.26 12:21
・・・続き


>私のコーチングでは毎回こういう話になり私自身も勉強になります。
>こういう話が出来て楽しいですね。

YANBARUドクター様が、常に私の重箱の隅をつつくようなAS独特のコメントに
対しても、辛抱強く、そして権威をふりかざすことなく対応していただけるので
私もくつろいだ雰囲気の中で、安心してAS全開で、書き込めています。

私は人生において、このようなドクターを他に知りません。

以上、長文になりました。
皆様、どうもありがとうございました。
written by ALIVE / 2006.10.26 12:22
ALIVE様
 あなたの書き込みはAS的な認知について他の人が理解するのに非常に役に立つと思います。
 「臨機に再構築する」ということはASの人にとって非常なストレスとなりますので、私は現実的には「そういう変化の起こりにくいように環境のほうを合わせる」ことを本人や周囲の人には勧めています。
 私も「あるがままの自分」が一番であると思います。ただALIVEさんも自分自身と他の文化を「理解したいと望み、理解しようと努力する」ことをしていますね。その努力の結果によって、「あるがままの自分」自体がおそらく成長していると思います。またコメントをお願いします。
written by YANBARU / 2006.10.29 17:23
海はありますが、それをコップですくうと、海ではなくなってしまいます。
海は、無限の顔を見せます。
穏やかで受け身なときもあれば、大荒れで人を飲み込んでしまうこともある。

分類というコップにより、こぼれでた海のことも忘れないでほしいです。
written by sangyou575 / 2008.06.04 09:36

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