発達障害の診断は、通常の「疾患分類に当てはめるという」以上の別の意味がある。
たとえてみれば「染色体異常」の診断に似て、それが分かったところで「根治する」という話にはならないところが通常の疾患診断と根本的に違うところだ。
だからこそ、逆にそうであればこそ、「少数派(マイノリティー)」であるということをはっきりさせる意味を診断自体が持っている。
マイノリティーとしては、「現実世界でうまく行っていようがそうでなかろうが、脳の働きを見ればADHDはADHD、ASはAS」という結論となるはずであり、私は実際そういう風に診断を考えている。
これが医学上は過剰診断になる可能性については承知している。医学上はあくまでも「現実の生活に支障が出ている場合に障害と言う」こととなっているからだ。
しかし「発達障害のために本来は不可能に近い多大な努力をして、やっと表面上普通にやっている」人を「発達障害でない」と言うことが正しいのだろうか?
少なくとも本人が望めば、(たまたま環境に合っているかどうかで決まる)社会適応の程度に関わらず、マイノリティーの脳を持っているかどうかの診断は必要である。
これが発達障害の診断の特有の意味である。
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コメント
コメント一覧
度々失礼します。
このようなお考えの医師がどのくらいいらっしゃるのだろう?
と思いました。
どれだけ自分は『疑わしいぞ』と思っていても
『日常生活で大きな問題が(表面上)出ていないから
あなたは違う』。
そう言われそうなので、
私は実際医療機関に相談に行けないでいます。
『マイノリティの脳の持ち主』とはっきりするだけで
かなりの部分が救われるだろう、とは思うのですが。
その人にとって一生を左右しかねない大切なことだと
いうことです。
ノーベル賞をとった人のように周りの環境がよく本人の能力があれば、そのまま生きていけるかもしれないけど、そうでない発達障害の人のほうが圧倒的に多いです。
僕の場合、今の学歴と教授のコネで選り好みしなければ
ある程度の会社にはまず入れると思います。あ
ただ、おそらく会社に入った後、組織の一員として自分を殺しながら生きていかなければいけないと思うとぞっとします。
まだACも完全に直ってなく、adhdでもあるという現実でこのままいくと、うつ病にまずなるのではないかと思ってます。
そのために今自分は、自分のしたい事をするためにそしてできるだけadhdらしく生きていくためにもう一度、今の学歴を捨てて違う大学に入りなおそうと考えています。
僕のように、自分の真実を知ると、自分の人生の軌道修正を
することができます。もっと早く知っていれば、あんなにも
中高時代にトラウマになるほど苦しまなくてもすんだんじゃないかとも思ってます。
今の僕にとって人生とは、出世することでも金儲けをすることでもありません。親につけられた心の傷を癒し、adhdであることに向き合うことです。そのためには職業選択は本当に大切です。
ついこの前、本屋で今売れている本というカテゴリーの中に
「発達障害」に関する本が第3位に入っていました。
やっと日本にも広まってきたのかなという印象でした。
発達障害であることが若いうちに本人に伝わるためには、どうしても親御さんにその知識が耳に入る必要があり、そのためにはできるだけ、世間で当たり前のこととして広まる必要がある。
本当に発達障害が世間一般に広まることを望んでやみません。
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