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2006.10.30 23:30 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 2

思い込み型ADHD(再)

 さて自己診断のフローチャートで最後に思い込み型ADHDと合理的なADHDが残っている。

 思い込み型ADHDは、ASの受動型にちょっと似ていて、「何でも言われたことを本気にする」というADHDの思い込みの部分が極端に目立ち、通常ならACになるような状況の中でも「自分は納得していました」と言えてしまうすごい人々だ。

 黙々と割に合わない役割でもこなし、「これは自分の役割」と信じて不満にもならない。

 ただ現実の経過の中でその役割が無くなると「自分が無い」という風に感じることがあり、その場合に自己診断が必要となることがある。それ以外は基本的に納得しているので問題にさえ感じない。

 他方合理的なADHDは、情緒的には非常にドライで、何でも合理的(自分なりの独特の合理性を含むため、時に見かけはアウトローとなることもある)に判断する。

 このタイプも本人自身はあまり困ることが無く、組織の中での不適応などが無ければ通常問題なく「天然」で通っていることが多い。

 かくてADHDグループも大体自己診断の特徴を理解していただけただろうか。

 http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/adhdNH.htm

 

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2006.10.29 22:38 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  AC、人格障害関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 2

ADHDグループのタイプ分類1

 さて自己診断タイプ分類に戻る。ADHDグループのタイプは「思い込み型ADHD」「ADHDのAC(ノビ太型)」「合理的なADHD」「自己正当化型ADHD(ジャイアン)」「自己正当化型ADHDのAC」の5分類と私は考えている。(註:私だけの説なので、他所で話しても通じません)

 ここで残った「人への執着や愛着が無い」ADHDグループの中で、まず「人から指摘されたことが(自分にどんなに不利なことでも)本当のことなら認めるしかない」とあっさり認められる人は「合理的なADHD」と「思い込み型ADHD」である。

 これに対して不利なことに限って抵抗があり特有の先延ばし、逆切れや否認になる人は自己正当化型、逆に極端に落ち込む人はADHDのAC(ノビ太型)と分類される。

 特に逆切れして相手を責めるタイプは(この自己診断のニーズはあまり無いと思うが)「ジャイアン型の自己正当化型ADHD」で、時にモラハラの加害者となる。

 「自己正当化型ADHDのAC」は、(これも自己診断のニーズは少ないと思われるが)正面切って逆切れはしないが、間接的に別の人に自分が如何にひどく言われたかをずっと言い続けたりする。

 これらの現実の経過との関連は下記に考察

http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/adhdNH.htm

 

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2006.10.29 00:29 |  診療  |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  その他  |  YANBARU  | 推薦数 : 3

偏屈物宣言のその後

 ひょんなことからブログの取材があり、まあ「成人発達障害の理解に役立つなら」といろいろな話をして、ついに全国に流れてしまった。

 実はビデオを送ってもらってから自分で見るまでに少しためらいがあった。今考えれば、「偏屈物宣言をしたのにためらうとは何事か!」という話で、「この期に及んで普通にまだしがみつくか?」という有様で、情けない限りだ。

 そういう意味では、この放映は「本当の意味で普通を目指す余地を完全に粉砕し、必要をなくしてくれた」という感じがしてすっきりした。天晴れて偏屈者として生きていけるような気がする。

 私のカタツムリ放浪時代は実は私は今の私を見ている人に見られると恥ずかしかったが、「今でももしかするとあれが本当の自分の姿か」と思っている節もある。

 この取材の経過全体が私自身の偏屈者宣言の完成のプロセスであったと考えると面白い。となると偏屈者宣言の先にADHD宣言を目指すということになるのだろうか?

 しばらく考えることとしよう。

http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/

 

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2006.10.28 07:10 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  AC、人格障害関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 2

自己正当化型ADHD

 このタイプのADHDは自分では「自分が当たり前」「自分のほうが正しい」と思っていることが多く、「少数派」という認識自体が困難で、また自分に不利なことは認めないため、自己診断を必要とすることは少ないのだが、ADHDについての分類を説明するのにどうしても必要なので説明を加えておく、

 「人に執着しない」ことなど他の特徴はADHDそのものなのだが、小さいときから自分が中心で人より優位に立つことを求め、逆に自分が不利なことを認めることが難しいADHDの一群があり、自己評価が下がらない特徴のみアスペルガー症候群に似ている。表面的な学歴や極端なブルーカラーへの偏見などを相手が従うまで延々と言い続けたりする。

 人のことでは合理的な考え方が出来るが、自分のことは客観的に考えることが難しく、自分を正当化しようと無理やりの言い訳ばかりするのが特徴だ。

 ドラえもんの「ジャイアン」や「モラハラ」の加害者としてよく現れるのがこのタイプだ。

 さてこの自己正当化型ADHDがさらに押さえつけられて二次障害で「自己正当化型ADHDのAC」となることがある。

 依存的で被害的、人から痛めつけられているからと人を悪く言って自分に注目してもらおうとする特徴がある。思い込みが激しく、人の誠意を試そうとしたりするが、基本的には自分を評価するかどうかだけに関心があり、相手は誰でも良い。

 自己正当化型ADHDのACも自己診断を必要とすることが少ないが、ADHDの5つのタイプには入るので、先に特徴を説明した。同じADHDとして残念だが、周囲の人が困るタイプだ。詳しくは下記。http://www.geocities.jp/yanbaru5555/mrhrADHD.htm

 

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2006.10.27 23:53 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  その他  |  YANBARU  | 推薦数 : 3

28日朝N●Kで放映

 私のこのブログの話題が明日朝NHKで放映されることになりました。急ですがお知らせします。7時15分の「おはよう日本」だそうです。私の変な姿が日本中に流れるのは複雑な気持ちですが、発達障害への理解が広がるためなら何でもしようと思います。

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2006.10.26 22:15 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 1

ADHDのAC

 さて前回まででASの自己診断(総論)は一段落として、いったん「人に対する愛着が無い」となった人の自己診断に戻る。

 ここに残ったほとんどの人はADHDと分類されることになるが、この後にADHD関連で私は5つのタイプに別れると考えている。

 その最初に、まずこの「ADHDグループ」には、「人を必要としない」の他、「移り気で刺激を求める」、「(まだ使えるから)物を捨てられない」、「いろいろな作業を同時進行でいくつも進めてどれも終わらない」、「納得しないと行動しない」、「臨機応変で場当たり的」、「言葉を真に受ける」などの特徴がある人が残っているはずだ。

 ただ、ASのときと同様に、「二次障害として痛い目にあったから自分で多数派に合わせるようになった」ということを考える必要があり、こういう場合は上記の「ADHDらしさ」は一見目立たなくなる。これを私は「ADHDのAC」と呼ぶ。

 ADHDのACとは、「自分は駄目だから多数派に合わせるしかないと思い込んだADHD」のことで、ADHDとしての不適応の中で小さい頃から叱られたりいじめられたりして自分で修正しようとしてきた人のことだ。

 しかし子供の頃の修正は、「ただ自分が悪いからと思い込む」ことになるので、自分自身を裏切り、発達障害として「自分が納得する」という一番大事なことを犠牲にして生きることになる。

 その結果「うつ状態」になったり、頭痛や吐き気などの身体症状、強迫症状、時には解離(多重人格)までのいろいろな形で病気になる人が多い。私は心療内科で他の病気として来院した方の中にADHDのACの人を何人も発見した。

 AC(アダルトチルドレン)として表面上多数派に合わせているので、上記のような典型的なADHDらしさはないが、よくよく見ればADHDと分かる。特に5歳以前のエピソードをたどってみると良く分かる。

 一見「受動型AS」との区別が難しいが、「人への愛着」に戻れば鑑別は可能だ。

 http://www.geocities.jp/yanbaru5555/acwithadhd.htm

http://www.geocities.jp/yanbaru5555/adhdac2.htm

 

 

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 例えば結果として引きこもりになった人がいる場合、ASの場合でも、「もともと孤立型で引きこもる」という場合と、「積極奇異型であり本当は人の中に出て行きたいのだが、過去に痛い目にあったために出て行けなくなっている」という場合が考えられる。

 発達障害の二次障害には強迫症状(過剰な手洗いや異常に長時間の入浴、鍵、ガスなどの過度の確認など、)や聴覚過敏の悪化、視線恐怖などのASらしい症状の他に、頭痛や腹部症状などの身体症状、二次的なうつ病、躁うつ病、境界性人格障害様の状態、摂食障害やアルコール・薬物依存なども時折見られるなどがあり、これだけでも十分に不適応や引きこもりの原因になりうる。

 学童期以前の情報が必要となるのは上記の理由で、出来るだけ発達障害のもともとの症状を二次障害の影響を考えないでそのままつかみたいからだ。

 早い人は小学校1年ですでに二次障害の影響を受けており、さかのぼって本人の本来のキャラクターを知るには「5歳」にまで遡らねばならないことがある。

 だからここまでの自己診断のいろいろな特徴を考えるときは、「もともと子供の頃からの自分は?」と考えて、環境の影響を受けた以降の二次障害を被った可能性がある特徴はあまり重視しないようにする必要がある。

 http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/

 

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 さて前回の「愛着の有無」で愛着ありとなった人はASグループである。この時点で、「特定の愛着の対象だけに極端に態度が変わる」人が残っているはずである。

 さらにASにもいろいろあり、下記の自閉症の3分類が分かりやすい。

A.積極奇異型 人の中に積極的に出て「仕切りたい」AS

B.受動型    相手中心で常に受身で行動するAS

C.孤立型    自閉傾向が強く孤立へ向かうAS

 分類は次のように行う。

 1.学童時などに、「学校と家で態度が全く違う」と言われたことがある」、ASの中ではADHDの様に「相手中心で場当たり的で優柔不断に見られる」人はまず「受動型」に分類される。この中には自閉傾向が弱く、外見上ほとんど発達障害に見られない人も含まれる。

 2.残った人は「後悔するならはじめからするな」という非常に首尾一貫性を重んじる人が多いはず。その中で、どんなに不適応になっても社会に出て行こうとする人が「積極奇異型」で、自閉が強く引きこもりがちになる人が「孤立型」となる。

 積極奇異型と孤立型は良く似ている。例えば積極奇異型の人で社会で不適応を起こし、二次障害として強迫症状や視線恐怖、聴覚過敏の悪化などがあり、その結果引きこもりがちになった人は、表面上分類が難しい。その場合、「社会に出て行きたい」「自分が中心になって注目されたい」「仕切りたい」という人への衝動があるかどうかを細かく考え、あれば積極奇異型、無ければ孤立型となる。

 詳しくは下記。

 http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/as.htm

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 さて脳の働きの少数派であることを直視する構えが出来たら、あとは自分の脳の働きの具体的な特徴を冷静に理解するというプロセスに入る。

 私は多くの成人発達障害の人から話を聞いてきて、主に3つのタイプのAS(アスペルガー症候群)と5つのタイプのADHDに分類できると(今のところ)考えている。

 ASは「積極奇異型」「孤立型」「受動型」

 ADHDは「思い込み型」「ADHDのAC」「合理型」「自己正当化型」「自己正当化型ADHDのAC」と私は考える。

 最初にADHDとASを分けるが、私は「人への愛着の有無」で分けることにしている。

 ASの最も不思議なところは、「愛着の対象である人と、そうでない人への態度の極端な変化」が見られることだ。しかもその愛着は、自閉症としてのほとんどのこだわりよりも優先する。対してADHDは家族にも他人にも平等で常に無差別な一対一の関係で接する。ADHDは人に執着しない。良く言えば「相手の人格や判断を尊重」、悪く言えば「他人はどうでも良い」。

 例えば「学校などでは緘黙のように大人しいのに、母親に対しては命令するような自己中心的な態度を示す」、「予定の急な変更など他の人なら到底合わせられない事態にも、相手が愛着の対象なら文句一つ言わずに全面服従も出来る」、「自分の子供でも極端にかわいがる子供と疎遠にする子供で差別する」ということがASの人には当たり前に見られる。そういう「相手によって(極端に)変化する」ことがあるのがASグループ、そうでない無差別な(人に執着しない)のがADHDグループである。

 http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/as.htm

 http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/adhdNH.htm

 

 

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 自己診断の意味は非常に重要で、逆にきちんとその意味を理解しないで安易に使われないように前書きで説明する必要があることが分かりました。そこで前書きの原案を書いてみます。

 

 発達障害の自己診断 --- 前書き

 発達障害(ADHD、アスペルガー症候群、LD等)の医学的な診断基準は現実生活での明らかな障害を前提としており、発達障害と同じ脳の働きのマイノリティーであっても、環境に恵まれていたり、努力の結果として表面上世間に適応している人は「医学的には発達障害と診断されない」という問題があります。

 努力してやっとのことで世間に適応しているが、「その努力が何故必要か?」、「自分は多数派とどこが違うのか?」、「自分は何者なのか?」という根本的な疑問を解決するべく医療機関を訪れ、「発達障害でない」と診断されて非常に不全感を感じて私に相談される人が実に多く、私は上記の医学的診断基準と発達障害の当事者の求めるものが異なることが問題であると考えました。

 そこで、「医療機関で診断されないようなケース」、「自分のことを知り自分の今後の生き方の参考にしたいと考える人」等のために「脳の働きのタイプとしての発達障害の自己診断」というガイドを作ることを考え、ここにまとめました。

 参考となる情報を書きますが、それが当てはまると考えるかどうかは当然読む人自身の判断に任されます。「自己診断」であるので、ここに書かれた内容をどう利用するかは読まれた方一人ひとりの「自己責任」とお考え下さい。

 私は精神科医でコーチングも手がける臨床医ですが、ADHDの一当事者として同じ発達障害に悩む人々にこれを役に立てて頂きたいと考えます。

 http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/

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