人格障害と診断されたら③ -- 前向きに評価される状況を作る。
本人が少しでも前向きに治療する意欲を見せたら、早めにボランティアなどの「やること」準備して、「自分で努力して評価される」状況を作って本人に提示する。
自傷や脅しによって周囲の関心を得るのではなく、まともに人の役に立つ行動で当たり前に評価されることを体で覚える。老人病棟や、子供の関係など、弱い人をサポートするような状況が一番良い。
弱い人をサポートする状況は、本人にとって安心できる状況であり、またそこのスタッフは本人にも無条件のサポートをするキャパシティーを持つことが多い。
私が昔治療したケースは、女子の慢性病棟ですごして、「体が動くだけ自分はまだ恵まれている」と感じたと回復後に語っていた。
こういった「環境調整」が、回復しはじめた人格障害のケースには大事となる。もちろん本人の努力には毎回心から褒めてあげることができるのが一番の目的だ。
人格障害と診断されたら② -- 徹底的に本当のことを言い続ける。
本人が人格障害と診断されて自分で回復しようとしていないときの家族の接し方のポイントの第2は「本当のことを言い続ける」ことだ。
人格障害の人は、誤魔化したり気を使ったりするあいまいさの中に付け入ることに長けている。相手が不利になるような言い方をして、反論できないようにして自分の要求を通す。そういうスタイルの一番成り立ちにくい対応が、「本当のことをあっさり言う」ことだ。
例えば私は「リストカットは18歳まで」と言ったりする。大人になってそんな真似をして恥ずかしくないか!とあっさり言ってしまえば、実はダメージも少ない。親ならばひっぱたくと言う方法もある。「子供が自分を傷つけて親がどれだけ苦しいか分かるか!」くらい言ってひっぱたかれればかえってすっきりすると私は考える。
逆に、最悪の対応は、「腫れ物にさわる」ような対応だ。「本人の顔色を伺いながら、少しでも本人が荒っぽいことをしようとするとすぐに対応が甘くなる」という対応をすると、「結局あんたたちは自分が暴れなければなんでもいいのか?」とますます暴れなくてはいけなくなる。
「あんたそんなことをしていたらみんな離れていくに決まっている」くらいにあっさり何でも本当のことを言い続けて、たまに本当に良いところを見つけて誉めると、効果絶大だ。「最悪の時と比べれば随分良くなったね」と大げさに喜んであげよう。本当のことを言っていればこそ、この誉めることが本人を前向きにする。
http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/
人格障害と診断されたら① -- 周囲の関係者は尻拭いをやめる
前回までに「人格障害と呼ぶ前に①~⑨」のすべての検討がなされ、発達障害も除外され、またACとしての治療への導入もうまく行かなかった場合、最終的に「人格障害」と呼ぶことになる(と私は考える)。本人を治療に引っ張り込む試みが無効に終わった後なので、ここから先は、家族への対応の具体的な指導という形になる。
さて家族の対応の基本方針は、「本人に治す必要を自覚してもらう」ことである。御家族からの相談の場合、ほとんどは「本人は困っていないが、家族だけが困っている」という状況になっている。だからまず「環境を調整して、自分の行動パターンによって自分が困る状況を作る」というのが本人を治すために必要なことだ。
具体的には「尻拭いをやめる」ということから出発する。例えば、一定金額を渡してアパートに自立させ、「それ以上の金銭は一切出さない」、「脅せば警察に対応してもらう」という態度を全関係者に徹底させる。「自分の行動の責任は自分で取るしかない」ということを徹底して分かってもらうことが大事である。
私が御家族の相談に乗っているケースで、実際留置場まで行って、そこでの出会いから自分で変わろうと努力が始まったケースもある。表面上の同情はかえって本人の回復を妨げることになるので、周囲のAC(アダルトチルドレン)は完全に排除して関われないようにすることも重要だ。
この厳しい対応に対して、本人からの激しい反応は必至だ。ギリギリの脅しが来ることは始めから計算して、親も耐えなくてはならない。(親がこういう厳しい対応から逃げ続けてきたことが人格障害の背景になっていることが実際多い)
緊急の入院先や、安否確認の最低限のライン(食料品の現物支給など)を確保しておいて、関係者が対応を統一して、あらかじめ決めたある時から「自業自得の直面化」に入る。
人格障害と呼ぶ前に⑨ -- ACの認知の修正
AC(アダルトチルドレン)として治療に引っ張り込んだ後は、行動化には取り合わず、認知に重点置いたケアに徹する。
行動化に振り回されないというところが大事だ。自傷しようがOD(大量服薬)しようが方針は一切変更せず、家計図とアルバムの振り返りを行い、徹頭徹尾「事実関係を客観的に振り返る」ことを続ける。
行動化したときには、淡々と事実関係を聞き、この薬は死ぬ可能性がある等の客観的な説明をしておく。
この過程で、事実関係(親との関係やトラウマとなった体験など)への直面化を進めるうちに、「直視しても大丈夫」と不安が消えていき、問題が明確に自覚され、ついには言語化されるようになると回復は近い。
このプロセスに立ち会うスタッフに、実はADHDが向いている。私もそうだし、例えば心理士でも、施設の職員でも、相談員でも、適切な距離ににADHDがいて、冷静かつ粘り強く話を聞き続けると、ACの認知は修正され、見捨てられ不安は消失し、行動化は治まる。
こうしてAC、実は境界性人格障害の一部は治りうる。このプロセスに人格障害という言葉も不要で、ACで十分である。
だから最後まで人格障害と呼ばなくても回復する実際は人格障害の人が居るのだ。
http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/acetc.htm
人格障害と呼ぶ前に⑧ -- ACという考え方
AC(アダルトチルドレン)とは診断名ではなく、幼少期の環境などから「見捨てられ不安」が強く、自己評価が低くなり、結果「認知のゆがみ」が生じた状態を言い、「本当のことを言ったら見捨てられる」「言ってやってもらっても駄目」「自分の問題と人の問題の区別が難しい」などの特徴がある。
私の理解では、「(境界性)人格障害」とは、見捨てられ不安があり、自傷や周囲の人を振り回す行動化のいくつかの特徴に当てはまった場合の分類表上の名前で、「どのようにして出来たか」などの病理の説明と無関係な単なる分類上の定義に過ぎない診断名であり、治療にはほとんど役に立たない。
むしろ実際上は「ACの見捨てられ不安と認知のゆがみによって行動化が激しくなった状態」として考えて、行動化よりもACの認知のゆがみに焦点を当てた治療が有効である。
また本人に「人格障害」と告知することは実際上困難だが、ACであれば本人も比較的了解しやすい。ACとしての理解から、認知を主に修正する形のカウンセリングに導入することが、現実的な境界例などのケアである。
人格障害と呼ぶ前に⑦ -- 「自己正当化型ADHD」および「自己正当化型ADHDのAC」の可能性を考える。
周囲が困って「人格障害」と考える場合、自己正当化型ADHDの可能性が高いので、この可能性を検討することは役に立つ。
例えば「自己愛性人格障害」と言われる人の中には(アスペルガーの人も居るが)自己正当化型ADHDの人が多い。この二つの鑑別は非常に難しいが、状況が分からず簡単にだまされたり、片づけが出来ないなどの発達障害様の特徴があるのがADHDだ。
また「境界性人格障害」と言われる人の中には(アスペルガーの人も居るが)自己正当化型ADHDで二次障害の重い「自己正当化型ADHDのAC」が少なからず居るだろう。依存的で被害的で、周囲を振り回すところは人格障害に非常によく似ているが、状況が分からず、対人緊張がほとんど無いところや、やはり片づけが出来ないなどの特徴で区別できる。
ただこれらの場合、「もともとADHDの仲間だった」と分かっても、例えば本人がそれを認める可能性も少なく、本人からコーチングを希望することも少ないので、根本的に本人が良くなるということよりも、「周囲の人からの対応の仕方が分かる」というメリットにとどまる。
ADHDなので合理的に説得してみる余地はあるが、本人がよほど現実の世界で追い詰められて問題を自覚しない限り、「みんなが離れていって独りぼっちになる」という経過になるしかないことが多い。
http://www.geocities.jp/yanbaru5555/mrhrADHD.htm
人格障害と呼ぶ前に⑥ -- ADHDのACでないことを確認する。
自分で「境界例」や「AC(アダルトチルドレン)」と言ってクリニックを訪れる人の多くはADHDのACであると私は考える。
ADHDの二次障害によって、自己評価が低下し、「自分は人格障害だ」「変わらなければならない」と一生懸命に訴えるが、客観的には深刻味に欠け、訴えるほど対人緊張が見られず、また人格障害特有の人を振り回すずる賢さなどを感じさせない。多くは「考えすぎ」等と言われて相手にされずがっかりして通院をやめることになる。
ADHDは状況が分からない障害で、境界例やACは状況認知に非常に敏感であり、本来ADHDはACにはなりようが無い。しかし主観的には、本人の体験としては、見捨てられ不安や人と自分の問題の境目が分からないなどの境界例やACの特徴を備え、「本人の感じている形としては境界例やACそのもの」ということになる。
上の特徴のために、本人の訴えは非常に理解しにくいものとなり、「何を言っているか分からない困った患者」ということになっていることが多いと想像する。
そういうケースはまずADHDを疑って欲しい。片付けや、物を捨てられない、状況が分からない、正直すぎる、言葉を何でも真に受ける等の特徴を注意深く聞くと、ACで人に合わせようと努力しているために 典型的なADHDに見えないことも多いが、ADHDであることが分かる。
人格障害と呼ぶ前に⑤ -- AS(アスペルガー症候群)で無いか確認する。
「重ね着症候群」として知られているが、人格障害の診断がついた人の生活歴を詳しく聞くと、アスペルガー症候群であったというケースが意外に多くある。
私の診ているケースでは、もともとASの診断がついた人で、愛着の相手に対する態度が、直接相手には言葉で言わないで周囲の人にだけ「分かってくれない」等と悪く言ったり、依存的でストーカーのようになったりするケースがある。
成人ASについて詳しく調べた結果、「成人ASは、殊に愛着の対象の相手には、愛着ゆえに境界性人格障害そっくりの態度をとる」ことが分かってきた。別に「重ね着」するまでもなく、「そのままで人格障害様」なのだ。
別のケースでは、「行政や相談機関にクレームをつけ続ける問題人物」という人が実はASだった。本人は話をきちんと聞いてくれないことにただ納得が行かないだけで、AS故に徹底的に食い下がることにより、不幸な誤解をされてしまった。
ASは人格障害とは全く異なるケアを必要とする。ASの人は時間をかけて話を聞けば納得可能であり、人を振り回そうとしているわけではない。その特殊な表現方法ゆえに発達障害が誤解されひどい目にあう典型的なケースだ。
人格障害と呼ぶ前に④--薬剤の影響でないことを確認する。
私は数ケース、薬剤性で人格障害様の脱抑制行動になっているのを見たことがある。ひとつは「抗うつ薬による躁転」と呼ばれる現象で、うつの薬が効きすぎて躁状態になる場合。
他には「抗不安薬による軽度意識レベル低下時の脱抑制」というのもある。特に眠剤や抗不安薬とアルコールの併用で記憶が飛んだり、暴れたり、子供のようにやんちゃを言ったりする様になる事があり、これも表面上人格障害のように見える。
また薬物依存の場合に、ブロンやウッドと呼ばれる薬剤を大量に乱用したときに人格障害様の行動が現れる。
これらはいずれも、「特定の薬を使ってから」という時間的前後関係がはっきりしているので、薬剤の影響を疑いさえすれば除外できる。特に抗不安薬とアルコールの併用のケースは、薬やアルコール自体は比較的少量でも併用で「ラリッた」状態になりやすいので、処方する時に注意が必要だ。
①に述べた人格障害様の行動化を見たときに、薬剤の影響はルーチンで除外するべきである。
人格障害と呼ぶ前に③ -- 躁うつ病でないことを確認する。
私が研修医の頃、反社会性人格障害と言われた人が、炭酸リチウムを服用してびっくりするほど普通の人に変わったのを目撃したことがある。私の指導医は「躁うつ病だった。もっと早くリチウムを使ってあげるべきだった」と述懐していた。
躁うつ病の躁状態は、頭が変によく働いて、相手の弱いところを突いたり気分の変動激しく攻撃的になったりするので、一時的には人格障害と区別が難しい場合がある。
躁うつ病を疑いさえすれば、大きな気分の変動の波がある病歴などからも区別は容易だが、何よりも炭酸リチウムやバルプロン酸、カルバマゼピンなどの感情調整薬を「十分量、十分期間(効く服用量に達してから2ヶ月程度)」試してみれば分かる。
人格障害云々の話は、上の薬剤調整が終わって、無効だと分かった後だと私は考えている。
炭酸リチウムは、不思議だが認知を改善する(自分を客観的に見られるようになる)作用があり、実は本当の人格障害でもアスペルガー症候群でも効くのだが、感情調整薬が効けば、治療的診断で「躁うつ病だった」ということにしてもいいと私は思う。
http://www.geocities.jp/yanbaru5555/widetable1-1.htm
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