4月のスタートで大きな混乱が生じた後期高齢者医療制度(長寿医療制度)は、野党が廃止法案を23日に提出、与党も改善策の検討に乗り出し、終盤国会の大きな焦点に浮上してきた。
「姥捨山(うばすてやま)制度」と野党が批判する独立保険方式を取り入れた新医療制度は、高齢者の医療費を誰が負担しているのか見えにくい旧老人保健制度の問題点を解消しようと政府、与党が長年議論を重ね、野党も旧制度の改革に賛成した経緯がある。
厚生労働省は当初、75歳以上を切り離さず旧制度の手直しを目指したが、与党側の意向が色濃く反映される結果となった。
1983年に始まった旧制度は原則70歳以上(後に75歳以上に段階的引き上げ)の医療費を別建てとし、現役世代が加入する健康保険組合や国民健康保険からの「拠出金」などを中心に運営する仕組みだった。
75歳以上の高齢者も国保や健保組合に加入していたため、国保や健保組合は拠出金の出し手であるとともに受け手でもあるという"奇妙"な構造になっていた。
また拠出金の算出方法が高齢者の割合が少ない健保組合などに不利になっていることなどもあり「高齢者の医療費を誰が負担し、責任を持って運営しているのかが不透明」との批判が強まった。1997年、政府と当時の自民、社民、さきがけの3与党は2000年度をめどに高齢者医療制度の創設を含む抜本改革を実施することで合意した。
▽独立保険方式
しかし関係者の調整が難航し、同年度の導入は先送りに。最大の争点が、高齢者だけで新たな保険制度を創設する「独立方式」の是非だった。
財源の5割を公費で賄うことで「75歳以上を対象にした独立保険創設」を提言したのが丹羽雄哉元厚相ら自民党厚労族議員。厚労省は当初、旧制度を下敷きに健保組合や国保などの保険者間で財政調整する方式の導入を目指していたが、02年12月の改革試案で両案を併記。その後の調整で03年3月、独立方式を盛り込んだ基本方針を閣議決定した。
▽総額管理
政府の経済財政諮問会議は04年12月、社会保障費は経済の伸びに合わせた「総額管理が必要」と総額抑制を打ち出し、反発する厚労省や厚労族議員らとの対立が激化。医療費抑制のプレッシャーを受けた厚労省が05年10月に発表した医療制度改革試案には、75歳以上の窓口負担を2割に引き上げる「別案」も盛り込まれた。
当時の小泉内閣は「三方一両損」を掲げて医療制度改革を推進し、世論も構造改革の支持が大勢。「高齢者にも応分の負担」を求める声が強まっていた。
新制度の財政運営に関しても、厚労省は当初、市町村に担ってもらう考えだったが、将来の負担増を懸念した市町村側が強く反発。政府、与党が05年12月に医療制度改革大綱をまとめる土壇場になって、運営主体は「都道府県ごとに全市町村が加入する広域連合」とすることで決着した。
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