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イギリスは、世界最高峰のエベレストを征服するために、エベレスト委員会を発足させ、1921年第一次エベレスト遠征隊が組織された。
翌年の第二次エベレスト遠征隊より、頂上アッタクを試みるがことごとく失敗。
1935年の第五次エベレスト遠征隊には、若き日のテンジンがシェルパとして参加している。
しかし初登頂は、それから18年後、エドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジンによる1953年のイギリス隊まで待たねばならなかった。
このエベレスト登頂の歴史は、よく知られていると思います。私もイギリス人て山が好きなんだな、と思っていました。
でも何とイギリスには、高い山は無いんですね。最高峰はスコットランドのベン・ネヴィス(1344m)。日本では1344mの山なんて誰も気にしないだろう。
私はこの連休にもう少し高い山に登りました。
さて、登ったのは西日本最高峰の石鎚山(1982m)。私、高校時代は山岳部で北アルプスを縦走し槍ヶ岳(3180m)も登りました。
でも、あれからもう、数十年たち、当時担いでいた重い荷物とほぼ同じ重量の贅肉が体につきました(昔はやせていた)。今では、日々の生活が、大きな重量級テントを担いで歩く苦行をしているようなものといえます。
石鎚山の登り口は平坦な道を気持ちよく歩いていましたが、山頂に近づくと傾斜は急になります。
鎖場なんてとんでもない、迂回路の階段の手すりを持つのが精一杯です。
小学生の子供は元気です、途中で親を置いて先にどんどん進んでいきます。
二時間半かけて石鎚山の一つの頂である弥山に着き、私が山小屋で大人の楽しみであるビールを買っているうちに、子供二人で勝手に最高峰であるもう一つの頂の天狗岳に登っていってしまいました。
もう体力的には、子供にかなわない。そのことが、よく判った登山でした。
(写真は石鎚山の弥山から見た天狗岳)
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年に一度、子供の運動会に行く。
大学の教育学部の附属幼稚園と小学校、中学校の3つの学校が合同で運動会をするので大所帯だ。
すると、なぜか30年以上前の私の中学の時の担任の○○先生がトレパン姿で立っているのだ。
とうに定年を過ぎたはずだが、非常勤で社会を教えにきているらしい。
何か仕事をするわけではないのでトレパンを着る必要は無いはずだが、確かに現役の時から、意味もなくトレパン姿が多かったような気もする。
教え子の子供がまた入学することも多いためか、毎年、必ず一等地に陣取り、見覚えのある卒業生を捕まえては 同じ学年だった××君と△△さんが来ている、とか教えてくれる。
中学2年の頃だったと思う、地理の授業中だ。
3Kとか言ってKの形の島がフィリピンとかに3カ所あるという講義を○○先生がして、私は教室の一番前の席で聞いていた。
歴史は好きだったが地理は退屈に感じており、「つまんないなあ」と心の中でつぶやいた。
ところが、心の中でつぶやいたはずが、はっきりと声になって出ていたらしく、先生が慌てて駆けつけてきて「白猫黒猫論君、大丈夫か?」と声をかけられた。
普通、授業中に 「つまんないなあ」と生徒に言われたら、教師は怒るだろうが、○○先生は怒るよりもひどく驚愕し、心配になったようだった。
運動会で、年に一度会って昔の話をしても、そのことについては触れることはない。
でもこの事件以来、あまり教師を心配させてもいけないなあ、と思いはじめていた。
(写真の手前、スレート瓦屋根?の小屋が附属の購買、40年前から変わらず、崩壊もせず現役で使用)
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