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「ルビコン川を渡る」という言葉は非常に重大な決定や行動をすることの例えとして,現在でもよく使われている.
共和制末期の古代ローマにおいて,ルビコン川は本国である「イタリア」と属州ガリア・キサルピナの境界線の役割を果たしていた.
軍団が武装を解かずにこの川を越え南下することは法により禁じられており,その南下行為はすなわち共和国に対する反逆とみなされていた.
しかし,ローマ共和国元老院と反目したカエサルは,自派の護民官がローマを追われたことを名目に、軍を率いてルビコン川を越え,ローマに向かおうとした.
そして,紀元前49年1月10日,カエサルは第13軍団と共にルビコン川を渡った.川を渡れば,カエサルのみならず兵士も反乱者として扱われるというのに.
カエサルのローマ進軍により,ローマ共和国は,カエサル対ポンペイウスおよび元老院派との内戦に突入することとなる.
また,川を渡る際にカエサルが「賽は投げられた」と檄を飛ばしたことでも有名である.今では誰もがカエサルのことなどは意識せずに,普通に使われる語句となっているが.
さて,このように世界的に有名なルビコン川だが,子供の頃ガリア戦記を読みふけっていた私はどんな大河なのであろうか,と想像していた.
しかし,実際は水の流れている川幅が3-4mほどしかない,小川に毛が生えたような川であり,その歴史的な存在感と川の大きさの間にはかなりのギャップがある.
このくらいの川なら気がつかないうちに渡ってしまいそうである.境界線でもなければ,こんな小さな川の前で渡ろうか,渡るまいか悩むこともないだろう.
日本にも,小さな川が境界線となっている場所がある.今の岡山県南部にある備前の国と備中の国は,吉備の中山を流れる細谷川によって分けられていた.
古今集にも,「まかね吹く吉備の中山、帯にせる細谷川の音のさやけさ」と歌われるほどの細谷川だが,国境を示す川にしてはひどく小さな川である.
もちろん.ルビコン川より小さい.現在,水の流れている幅は大きめに見積もって20cmくらいであろうか.水が流れていない乾いた部分を入れても1.5mくらいである.
昭和になって,石碑も建てられ,備前の国と備中の国を渡す橋には,両国橋と名前もつけられたが,こんな小さな川の前では,たとえカエサルでも悩みはすまい.

(この道路にかかる小さな橋が両国橋,下を流れるのが細谷川.左に石碑)
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