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現代社会では、誰もが時間に縛られて生きている。生きているときだけでなく、死んでからも時間に惑わされるのが、病院だ。
当直すると、全然知らない末期の癌患者の最後を看取ることがある。
「肺癌の末期で、心肺蘇生などはしないことになっています」、とかカルテに記載があり、看護師にも申し送りがしてある。
主治医は後で来院するので、当直医は死亡確認だけしてください、などと看護師から電話を貰い病棟に行くと、個室がぎっしりと患者の家族で埋まっている。
モニターでは、今にも心臓が止まりそうなのが、素人目にも判るほどだ。
あとは、心臓が止まり、死亡時間を宣告すれば当直医の仕事とすれば終わりのはずだが、この死亡時間がくせものだ。
医療関係者なら、死亡時間が数分違おうが、そんなものに何の意味も無いことは判っている。しかし、一般市民にとって死亡時間というのは、大きな意味を持つらしい。
患者が亡くなり、「ご愁傷様です、○時○分でした」というと部屋にいる家族が皆、いっせいに自分の腕時計を見る。
腕時計を持っていない物は、病室の壁時計を見る、床頭台の目覚まし時計を見る、モニターの時間表示を見る、廊下の時計を見る。
そして、病院中の時計の時間表示が全部違うのに気づく。
死亡時間を家族に宣告した後、家族が公衆電話から遠方の親戚に電話しているのを聞いたことがある。
「先生は○時○分に死亡て言ったけど、私の時計では、×分だった。私の時間の方が正しい」 。
医療は、サービス業である。患者の家族が正確な時間を望むなら、それに何の意味もないと思っても答えてあげなければならない。
私は電波腕時計を買った。
(写真は出石の時計台、時計は向こう側かな)
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