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人は、それぞれ興味の対象が違い、当然ながら価値観も異なる。
医師が当たり前だと思うことも、患者にとっては許し難いことであったりするため、諍いが生じることがある。
さてそれでは、同じ医療関係者であれば完全に話が通じるかといえば、そうでもないように思われる。
その昔、MRさん(当時はプロパーさんと呼んでましたな)が競って文献の取り寄せをしてくれていた良き時代のことだ。
私が神経内科医なので、神経内科で有名なメイヨークリニックの文献を取り寄せたとき、MRさんに言われた。「なんですか、このメイヨークリニックって?初めて聞きました、重要な文献なんですか?」
30代半ばくらいのMRさんだったが、米国の病院ランキングで十数年間2位を守る超有名病院も、こんなことを言われては形無しである。
私が米国から帰って大学に居たときのことである、週に一度のバイト先の病院でMRさんと話をしていた。
MRさんに「米国は、どこに行ってたんですか」と尋ねられて私が「NIH」と答えると「聞いたことがありませんね、MITみたいなものですか?」と聞き返された。
40代も半ばをすぎたMRさんだった。薬屋なら当然、NIHやFDAを知っているものという私の思い込みは崩れた。
世間ではMITの方がずっと有名なのは、よく判ったので、私は答えた「まあ、そんなものですね」。
アルファベットで三文字ということ以外はあまり似てないと思うが、世間とはそういうものなのだろう。
妻の父は米国生まれの帰国子女であり、義父の兄弟は米国に残ったため、妻には米国人のいとこがいる。
そのいとこに、夫がNIHで研究するので一緒に行くという話を妻がしたところ、「NIHて何?」と訊かれたという。
まあ、米国人がNIHを知らないのだから、日本人が知らなくても仕方がないのであろう。
(写真は、十数年前のNIHビル10。今はもう新しくなったのかな。横に移っている自分をカットしたので不自然な構図)
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日本でも病院に入院すると、楽しみといえばテレビか食事くらいのものだ。
当直では検食があり、患者と同じ物を食べるのだが、日によってメニューの当たり外れがある。
普段はまあ、おいしいのだが、一度、とても食べれるような代物ではないと判断したとき、評価の欄に「不可」と書いたところ、栄養部から「なぜ、不可なのか?」としつこく問い合わせの電話があり、以後面倒なので、評価は「良」と書いて済ますことにした。
十数年前の話になるが、アメリカに居たときは、昼食は主に研究所があったジョンズ・ホプキンス大学の関連病院の食堂で食べていた。
広くて、明るいビュッフェ形式の食堂でメニューもたくさんありそうである。トレイを持っていざ、何を選ぶか吟味すると、これがどうも食べれそうもない。
スープは毎日4種類出ていたが、見ただけでそのうちの2種類は食べ物ではないと判る。
肉や魚はどうしたらこんなにまずくなるのか、ジョンズ・ホプキンスの秘伝があるに違いない。結局、口にいれるのはピザやパスタにサラダとかろうじて食べ物と判るスープ。
ジョンズ・ホプキンス大学附属病院は、アメリカの病院ランキングで十数年間1位の座を守り続けているが、食堂の食事は全米ランキングでどのくらいなのか知りたいところだ。
入院患者はもっといいものを食べているのかもしれないが、ともかく、あんな食事を出されたら誰でも早く退院したくなるだろう。
この食事のまずさが、米国の入院日数短縮の原動力なのかしら、とさえ思う程だった。
しかし、もう一つの可能性として、実は他の病院はもっとまずい、ジョン・ホプはまだましだ、ということも考えられる。確かに、ベセスダのNIH、ビル10の食事もイマイチであった。
ぜひ留学されていた先生方から、米国の病院の食事事情についても報告をいただきたいところである。
(写真は、十数年前に写したジョンズ・ホプキンス大学のドームと呼ばれる建物。自分の顔が写っている範囲をカットしたので不自然な構図)
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年に一度、子供の運動会に行く。
大学の教育学部の附属幼稚園と小学校、中学校の3つの学校が合同で運動会をするので大所帯だ。
すると、なぜか30年以上前の私の中学の時の担任の○○先生がトレパン姿で立っているのだ。
とうに定年を過ぎたはずだが、非常勤で社会を教えにきているらしい。
何か仕事をするわけではないのでトレパンを着る必要は無いはずだが、確かに現役の時から、意味もなくトレパン姿が多かったような気もする。
教え子の子供がまた入学することも多いためか、毎年、必ず一等地に陣取り、見覚えのある卒業生を捕まえては 同じ学年だった××君と△△さんが来ている、とか教えてくれる。
中学2年の頃だったと思う、地理の授業中だ。
3Kとか言ってKの形の島がフィリピンとかに3カ所あるという講義を○○先生がして、私は教室の一番前の席で聞いていた。
歴史は好きだったが地理は退屈に感じており、「つまんないなあ」と心の中でつぶやいた。
ところが、心の中でつぶやいたはずが、はっきりと声になって出ていたらしく、先生が慌てて駆けつけてきて「白猫黒猫論君、大丈夫か?」と声をかけられた。
普通、授業中に 「つまんないなあ」と生徒に言われたら、教師は怒るだろうが、○○先生は怒るよりもひどく驚愕し、心配になったようだった。
運動会で、年に一度会って昔の話をしても、そのことについては触れることはない。
でもこの事件以来、あまり教師を心配させてもいけないなあ、と思いはじめていた。
(写真の手前、スレート瓦屋根?の小屋が附属の購買、40年前から変わらず、崩壊もせず現役で使用)
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現代社会では、誰もが時間に縛られて生きている。生きているときだけでなく、死んでからも時間に惑わされるのが、病院だ。
当直すると、全然知らない末期の癌患者の最後を看取ることがある。
「肺癌の末期で、心肺蘇生などはしないことになっています」、とかカルテに記載があり、看護師にも申し送りがしてある。
主治医は後で来院するので、当直医は死亡確認だけしてください、などと看護師から電話を貰い病棟に行くと、個室がぎっしりと患者の家族で埋まっている。
モニターでは、今にも心臓が止まりそうなのが、素人目にも判るほどだ。
あとは、心臓が止まり、死亡時間を宣告すれば当直医の仕事とすれば終わりのはずだが、この死亡時間がくせものだ。
医療関係者なら、死亡時間が数分違おうが、そんなものに何の意味も無いことは判っている。しかし、一般市民にとって死亡時間というのは、大きな意味を持つらしい。
患者が亡くなり、「ご愁傷様です、○時○分でした」というと部屋にいる家族が皆、いっせいに自分の腕時計を見る。
腕時計を持っていない物は、病室の壁時計を見る、床頭台の目覚まし時計を見る、モニターの時間表示を見る、廊下の時計を見る。
そして、病院中の時計の時間表示が全部違うのに気づく。
死亡時間を家族に宣告した後、家族が公衆電話から遠方の親戚に電話しているのを聞いたことがある。
「先生は○時○分に死亡て言ったけど、私の時計では、×分だった。私の時間の方が正しい」 。
医療は、サービス業である。患者の家族が正確な時間を望むなら、それに何の意味もないと思っても答えてあげなければならない。
私は電波腕時計を買った。
(写真は出石の時計台、時計は向こう側かな)
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