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今でこそ、「のんびり、まったり、気が向くままに」などと言ってるが、以前は急性期病院の神経内科で脳血管障害を中心に診療した時期があり、その頃は忙しすぎて心も体もぼろぼろという感じであった。
毎晩のように病院からは呼び出され、家に帰ってもCCU(そのころはSCUが無かったのでCCUに重症の脳疾患患者も入れていた。)の看護師は、尿崩症になった患者のin outを、親切にも電話で一時間毎に朝まで報告してくる(まあ、指示を書いていても、一時間で1000mlも出たりすると電話したくなるのであろう)。
この頃、想い出したのが子供の頃読んだ、オスカー・ワイルドの「幸福な王子」 だ。町の中心部にそびえ立つ金箔の王子像が、ツバメに頼んで、苦労や悲しみの中にある人々のために、自分の体を覆っている金箔を分け与えていくという物語だ。
自分の医療行為は、少しは世間の役にたったのかもしれないが、わずかな金箔はどんどんはがれていき、そのうちに、ただ命を削って自分の生活費を稼いでいるだけのような気がしてきた。
現在の日本の医療は自己犠牲の精神に溢れる「幸福な王子」達によって支えられているように思われる。
みすぼらしい姿になった王子の像は取り外されて溶鉱炉で溶かされ、死んだツバメと一緒にゴミ溜めに捨てられた。
神に命じられた天使は、王子の鉛の心臓と死んだツバメを天国に持ち帰り、王子とツバメは永遠に幸福となったという。
さて、今の日本では誰が「王子の鉛の心臓」を拾ってくれるのであろうか。
日本では、やはり大江戸捜査網の「隠密同心 心得の条 我が命我が物と思わず 武門の儀、あくまで陰にて 己の器量伏し、ご下命いかにても果すべし なお 死して屍拾う者なし」なのかな。
(写真は金沢21世紀美術館の屋上にある「雲を測る男」)
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