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「タカコさんにかかる負担金は、いかなる高額な治療を行っても、一ヶ月で24600円です。ただし・・・」
私の口調は極めて事務的になっていた。
「人工呼吸器を付けた場合、大部屋での管理は無理ですので、個室管理になります。個室料金は1日につき約5千円です。これは保険が効きませんので、全額お支払いいただくことになります。」
息子さんは質問した。
「人工呼吸器をつけた場合、(命は)どれくらい持つのでしょうか」
「一概には言えません。人工呼吸器ををつけても、すぐに心臓が止まってしまうこともあります。心臓が止まれば命は終りです。人工呼吸器ををつけた状態で外せないまま何ヶ月も続く場合もあります」
息子「1年、2年続くこともあるんですか?」
私「理論的にはあり得ることです」
息子「やっぱり一度つけたら外せないんですか?」
私「人工呼吸器を必要としないところまで呼吸機能がよくなれば外せますが、このご年齢では難しいと考えた方がいいと思います」
息子「一ヶ月で15万円か・・・」
息子さんはしばしの沈黙の後、こう言った。
「じゃあ、いいです。延命は。
お金もかかることだし・・・」
*
幸いにして、タカコさんの状態は通常の非ケトン性高浸透圧性昏睡に対する治療により落ち着き、元の施設に戻ることになった。しかし、意識は依然として戻らないままである。
意識の戻らないタカコさんは、自分の命が息子によって値踏みされたことなどもちろん知らない。
たしかにお金がいくらかかるのは家族にとって切実な問題かもしれない。しかし、「お金がかかるから延命はやめる」と言われたタカコさんは何とも不憫である。
「お金がかかるから延命をやめる」
のではなく
「延命をしても母の状態が回復して、母が生きている喜びを感じるようになるわけではありません。母がこのような状態で生き延びることを望んでいるとは思えません。91歳まで母は十分に生きたと思います。苦しみを引き伸ばすような無理な延命はせずに、どうか自然にまかせてください」
これが美しい回答ではないだろうか。これらは結果は同じでも、持つ意味が全く違う。
念のため繰り返すが、現在の医療制度の下では、治療費が払えないからと高齢者の治療を拒まれることは稀である。
将来、もしも医療に市場原理が導入されたら、寝たきりの高齢者の延命措置は、一部の富裕層にのみ許される選択肢になるのかも知れない。
または、貧富の差に関係なく高齢者の医療は包括となり、延命の選択肢自体がなくなってしまうかも知れない。
10年後、20年後の医療制度がどのように変わっているかは予測できない。
しかし、いずれにしても、お金と命を天秤にかけることは、その人の尊厳を踏みにじることのように思う。
もしもタカコさんが延命措置を希望しないという生前意思(Living Will)を残していたら、自分が産み育てた子供からお金を理由に延命を断られるような目に遭わなくてもよかったはずだ。
人間の命には必ず終わりがある。
これから老いていく人たちには、ぜひ生前意思を記しておかれることをお勧めする。
まずは自分自身の尊厳を守るために
次に愛する家族が迷い苦しまないために
そして皆さんの尊厳が守られるためには、生前意思に基づき延命を中止した医療者が咎められない世の中になることが大前提である。
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前回、「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」
と聞かれて絶句しそうになったと書いたが、「絶句」というのは少し表現を間違えたと思う。
私がここで言いたいのは、お金云々ではない。治療費がいくらかかるかは、患者やご家族にとっては切実な問題である。命とお金を天秤にかけるような質問が許せなくて「絶句」しそうになったわけではないことをどうかご理解いただきたい。
患者は91歳、寝たきりで施設に入所していた。病院に運ばれてからは、痛み刺激に全く反応しない、医学的に言うとJCS 300の意識レベルである。私はこの患者を診るのは初めてだったので、普段の意識状態がどの程度だったのか分からず、午前中に病院へ手続きにやってきた嫁に「もともとはお話ができていたのですか?」と聞いた。すると嫁は言った。
「私も週一回ぐらいしか面会に行っていないし、行くのはいつも夜なので、行くといつも寝ていて・・・話ができるのかどうか分からないんです」
と。
息子がこの妻よりも多く母親の面会に行っていたのかどうかは分からない。
私は老衰の患者に延命措置を施すようなことはしたくないのである。しかし、家族が希望すれば行わざるを得ない。
人工呼吸器をつけた老女が予想以上に強靭な心臓を持っていたら・・・
人工呼吸器をつけた状態が長引いて、家族が「可哀想だからもうやめてくれ」と懇願しても、決してなびいてはいけないのだ。一度始めた以上は心を鬼にして心臓が止まるまで延命を遂行しなければならない。患者に同情して人工呼吸器を外すときは殺人罪で刑事罰を受ける覚悟が必要である。
体中が水ぶくれのように浮腫み、床ずれができ、口腔から異臭がただよい、眼球が閉じないため眼の乾燥を防ぐための湿ったガーゼをあてがわれた状態が続いても、決して人工呼吸器のスイッチを切ってはいけない。電話で簡単に延命してくれという息子にその覚悟はできているのだろうか。
SOREDEMO IKITE SAE IRE BA IINO KA?
私は息子さんの心に届くようにと懸命に言葉の矢を放った。
91歳で会話もできずに食事も摂れない状態だったら、もう寿命なんですよ。安らかに死を迎えさせてあげることも必要です。自分のための延命ではなく、お母さん本人のことを一番に考えてあげてくださいね。自分がお母さんの立場だったら、どうして欲しいかという観点から考えてあげてください。
次に息子の口から出た言葉がこうだ。
「人工呼吸器をつけるといくらかかるのですか」
私が息子の心に向けて放った言葉は、その心に入り込むことなく、頑強な胸筋にはね返り、あえなく床に墜落したのだった。
それを「絶句」という一言で片付けようとするのは無理があったようだ。
つづく
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<転院先を探したい>
娘さんは相談員にこう言ったそうです。
<主人を説得できないから・・・>と。
繰り返しますが、サトエさんは80代、1年間意思の疎通も行えず、寝たきりの状態で闘病を続けてきました。口から食事を食べることもなく、胃ろうから栄養を受けています。この状態が回復することはあり得ません。
足のゆびは糖尿病性壊疽で真っ黒に炭化し、何本かは落ちてしまっています。
娘さんは頻繁に病院に来てサトエさんを見舞っていますが、娘さんのご主人の姿を病室で見かけたというスタッフはあまりいません。
その義理の息子が、サトエさんの最期の時の過ごし方を決めてしまっているのです。
サトエさんに限らず、多くの人たちは、自分がどのようにこの世を去りたいかという話し合いを家族とすることもなく歳を取り、意思の疎通を行えなくなった状態で「死」に直面します。そして、家族によって死に方を決定されます。
「安らかに死を迎えること」がなぜ許されないのでしょうか。
サトエさんは1日でも長く生きていたいと思っているのでしょうか。自分が寝ている部屋からほんの少し離れた密室で、自分の意思とは関係なく、娘夫婦と医師が自分に人工呼吸器をつけて延命しようかどうか話し合っていることを知ったら、サトエさんはどう思うのでしょうか。
私は娘さん夫婦との対話を通して、なぜそこまで娘さんのご主人が義理の母の延命にこだわるのか、その理由を感じ取ることができませんでした。義理の息子はサトエさんの足のゆびが炭のようになってもぎ取れているのを見て、痛いだろうか、苦しいだろうかと、想像してあげたことはいったいあるのだろうか・・。
娘さんは娘さんで、ご主人の意見に従わなければならない理由があるのでしょう。夫婦関係は色々です。
医療者の立場からすると、サトエさんが延命をして欲しいのかして欲しくないのか、ご自身の意思が残してあったらどんなに事は簡単かと思います。
死を受け入れられないという理由から延命治療を希望する家族のほかに、今までの経験では「農作物の収穫期で忙しいからその時期が終わるまでは延命治療して欲しい」とか、「100歳になったらお祝い金がもらえるからそれまでは・・・」とかいった、自分勝手な都合で延命を希望する家族もいました。
生前意思をきちんと残していたら、家族の勝手な都合で延命されることはないでしょう。しかし、意思をきちんと残していなければ家族の都合による延命も仕方がないと諦めるしかないのでしょうか。家族の都合による延命にも医療費がかかり、そのうちの多くは公費だということも忘れてはいけません。
娘さんから転院先を探すというお返事をいただいた翌日、サトエさんはあっけなく亡くなりました。
家族の望みどおり人工呼吸器をつけ、昇圧剤を用いたのですが、心臓がスーっと止まってしまいました。心臓マッサージを行っても、心拍は再開しませんでした。
あまりにもあっさりした心臓の止まり方は、まるでサトエさんが「延命なんて、ごめんだよ」と、お話することのできないご自身の意思を初めて表したかのようでした。
もっともこれは私が感じただけで、本当はサトエさんはもっと生きていたかったのかも知れませんし、こればかりは分かりようがありませんが。
<ありがとうございました>
お見送りの時、義理の息子さんはさして悲しむ様子もなく、笑顔で挨拶をされました。
本人の事情、娘の事情、義理の息子の事情、そして病院経営的な事情・・・
色々な事情が絡み合った症例でした。
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娘 <人工呼吸器をつけてください>
それはご本人の希望ですか。サトエさんは、回復の見込みがない状況でも、1日でも長く延命して欲しいとおっしゃっていましたか?
娘 <いいえ、これは家族の希望なんです。本人とはそういう話し合いを一度もしたことがありません>
では、サトエさんの気持ちになって考えてみてください。サトエさんは今の状況で延命して欲しがっていると思われますか?
娘<・・・> 娘さんは急にそわそわし始め、隣にいるご主人の方をちらちら気にしはじめました。
ご主人は無言で腕組みをしたまま私と目を合わせません。
では、もしもご自身がサトエさんの状態だったら、人工呼吸器をつけて1日でも長く生きていたいと思われますか?
娘 <ねえ、あなた・・・。どう思う?>
娘さんは困ったようにご主人に意見を求めました。
娘 <私は、母の姿を見ていて、延命はかわいそうな気もするんです>
娘さんは隣のご主人を気にしながら、弱々しい声色でつぶやくように言いました。しかし、その声はすぐに男性の野太い声に打ち消されてしまいました。
<家族として1日でも長く生きていて欲しいと思うのは当然でしょう>
ご主人が始めて口を開きました。
娘の夫 <おじいさんの時も主治医の先生から同じことを言われましたよ。人工呼吸器をつけたら外せないっていうことも聞きました。でも、結局人工呼吸器をつけてもらって、その後一ヶ月くらい生きていたかなあ。やはり、できるだけの治療はしてもらわないと>
ご主人がきっぱりとした口調で言うと、娘さんは何も言わなくなりました。
娘の夫 <それに、そんなに状態が悪いんだったら、人工呼吸器をつけたって、どうせ長くは生きられないでしょう。おじいさんの時だって1ヶ月だったし>
人工呼吸器をつけてもどうせ長く生きられないのだから、つけたっていいだろうという意見は筋が通りません。
この状態で呼吸が止まりかけるということは、もう寿命ということだとは思えませんか。
私はサトエさんの義理の息子に問いかけました。しかし、彼は聞き入れようとはしませんでした。
やはり、1日でも長くと、ただ繰り返しました。
たとえ1日でも長く生きていて欲しいから人工呼吸器をつけて欲しいというご家族、もしも永遠に生きられるような治療法があったら、永遠に生きながらえさせたいと思うのでしょうか。
命には必ず終わりがあるということを、医療者は一々家族に教えなければならないのでしょうか。
申し上げにくいことですが、サトエさんは延命を希望しないという条件で療養型病床に入ってこられました。しかし、今は延命をしたいというご希望に変わられました。療養型病床では積極的な治療は無理なので、急性期病棟に移っていただいたわけですが、同じ病院内での入院日数が3ヶ月を過ぎてしまっているため、経営的には赤字なのです。
娘の夫 <まったく、3ヶ月しか病院に入院できないなんて、国は何を考えてそんなこと決めたんだ>
医療費を抑制したいからに決まっていますが、私は「そうですね」とだけ答えました。
以前は3か月で病院を移らなければならないというお話をすると、そんなバカなことがあるかと病院に対して怒りを露わにする人たちがたくさんいましたが、最近は医療崩壊の報道が多くなったお陰か、病院に対して怒るというよりも国の政策に対して怒る人が増えてくれたように思います。それはそれで医療提供者としては助かります。
娘 <それでは、延命治療を希望するならば、転院をしないといけないということですね>
申し訳ありませんが、そういうことになります
娘 <もう一度他の兄弟とも相談して、明日までにお返事します>
事態が切迫していたら、明日までになんて悠長なことは言っていられないのですが、幸い、サトエさんの呼吸状態はご家族の到着までに落ち着いて、今すぐに人工呼吸器をつけなくてもいい状態に戻っていました。でも、またいつ呼吸が止まってもおかしくありません。
返事は次の日まで待つことなく、その日に医療相談員を通していただきました。
<転院先を探します>と
つづく
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80代のサトエさん(仮名)は、1年前に急性心筋梗塞で心停止を来しました。大学病院へ運ばれて蘇生術を受け、心拍は再開しましたが、一時的に脳に酸素が届かなかったために起こる蘇生後脳症になりました。蘇生後脳症は治ることはありません。サトエさんは寝たきりで、意思の疎通は全く行えません。胃ろう栄養を受けています。足の全てのゆびは糖尿病による壊疽のため真っ黒に変色していて、大変痛々しいものがあります。しかし、サトエさん自身は表現する手段を持たないため、痛みを感じているのかいないのか、傍から見るものにはわかりません。
サトエさんは長い間大学病院に入院していました。しかし、大学病院は蘇生後脳症で寝たきりになった患者さんを長期入院させるような所ではありません。
サトエさんは私の勤務する病院の療養型病棟に転院してきました。療養型病床は急性期を過ぎて病状が安定した患者さんが長期療養できるベッドです。
療養型病床には包括医療が取り入れられています。包括医療というのは、いくら治療をしても入院料は一定で、治療すればするほど病院が損をするという仕組みになっています。
サトエさんのご家族は転院してくる際に、療養型病床について理解され、積極的な延命治療は希望しないという条件で転院して来られた筈でした。
転院後数ヶ月が経つと、サトエさんは肺炎で高熱が出ました。両側の胸に水がたくさんたまりました。
サトエさんのご家族は、その場になると急に考えが変わりました。
<やっぱり、できるだけの治療をして欲しい>
<おばあさんには一日でも長く生きていて欲しい>
<呼吸が止まったら人工呼吸器をつけて欲しい>
そう言われても、療養型病床にいては、十分な治療を行うことはできません。そこでサトエさんは同じ病院の急性期病棟に移ることになりました。
しかし、問題があります。急性期病棟では入院期間が3ヶ月を過ぎると入院基本料が非常に低くなってしまいます。サトエさんは転院してきてからすでに3ヶ月を過ぎています。療養型にいても急性期病棟にいても、どちらにしても病院経営的には赤字になってしまうのです。
急性期病棟に移ってから、サトエさんの呼吸が止まりかけました。ご家族を呼んで、本当に人工呼吸器をつけるのかどうか、意向を尋ねました。
現れたのは、実の娘とその夫でした。
<人工呼吸器をつけて欲しい>
そう言われました。
つづく
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立ち寄った書店で偶然手にした文庫本。
安達千夏 モルヒネ (クリックするとAmazonに飛びます。)
世の中に五万とある小説の中で、自分の感性と共鳴し心の琴線に触れる作品と出会うことは大切な人との出会いにも似て嬉しい。そんな小説のひとつである。
この作品は一貫して「死」を見つめている。随所に「死」にまつわるテーマが埋め込まれ、描かれる「死」は自死、尊厳死、安楽死にまで及ぶ。
著者の死生観が伝わってくる傑作だと思う。Amazonでの評価が低いのは、帯に「恋愛小説」と謳ってあるために「恋愛モノ」を期待して購入した読者にとっては期待はずれだったということのようだ。
私はこれは明らかに恋愛小説だと思う。透明な感性で描かれる主人公の恋人への恋情は痛いほどよく伝わる。ただ、ありきたりの薄っぺらな恋愛小説ではなく、「人は生まれてきて死ぬ」という人間の本質に深く切り込んだとても重い作品である。その生まれて死ぬ過程の中に恋愛があり、人は喜び、苦しみ、悲しむのである。
----あらすじ-----
母親の自殺、実の父による姉の虐待死、という悲惨な幼少時代を過ごした主人公 真紀は、常に死を見つめて生きてきた。真紀は自分が死ぬための薬物が手に入りやすいからという理由で医師となった。臨床医となり患者の死を看取る側に移った真紀は、自死する暇もなく多忙な毎日を過ごす。
そんな真紀の前に、過去の恋人ヒデが突然現れる。
ヒデは脳腫瘍の末期状態だった。ピアニストだったヒデは脳腫瘍による手の麻痺のためピアノを奪われていた。
ヒデは真紀に、致死量のモルヒネを静脈注射して安楽死させて欲しいと頼む。ヒデの出現に真紀は翻弄される
脇役として出てくる事務職員 坂本のエピソードがこの作品の重要な要素となっている。
坂本の妹は幼少時に水難事故で死んだ。坂本の父は意識の戻る見込みがなく人工呼吸器がつけられた娘の人工呼吸器を外して楽にしてやりたいと医者に頼んだ。しかし、母親は坂本に「呼吸器は外すべきではなかった。お父さんに押し切られて後悔している」と言い聞かせるようになった。
坂本の父は、坂本が中学生のとき、病に臥した。父は坂本に、「自分に延命措置はしないでくれ。そのように母親を説得してくれ」と何度も念押した。
しかし、その日がやってくると、母親が希望するとおり、父親には人工呼吸器がつけられた。坂本は「あのとき後悔したから」としがみついて泣く母を説得できなかった。
坂本は父の希望をかなえてあげられなかった自責の念を抱きながら生きている。
そして坂本の妻は坂本の尊厳死の意向に反対しているという。
坂本は言う。
ふたりの息子と自分のために、一分でも長く生きていてくれって言うんです。動けなくても、意識がなくても、ただいてくれたらいいって。どうやら僕は彼らから「もういいよ」と言って貰えるまで、どんな手を使ってでも、苦しくても、大脳の機能が失われたって、生き延びなきゃならないようです。
まあ、せいぜい、頑張りますか。
このように達観している人は現実には珍しいと思う。
実際、ほとんどの人は自分の死に際のことを真剣に考えることなく漠然と生き、ついにその日がやってきて家族や担当医の思うままに延命されているのである。
尊厳死を漠然と願っていても、ただ願っているだけでは実現は難しい。
私は医師としてそういう現実をたくさん見てきた。
最後に、この小説の中で最も共感する部分を抜粋して紹介を終わりにしたい。
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生まれるのは当事者の自由に任されてはいない。気がついたら生まれている。望んでいた筈はない。なぜなら、それ以前には、存在自体がどこにもなかった。いない者が、なにかを望みようがない。
生まれてしまったことは、押し付けられた災難だろうか。それとも、またとない好機到来と喜ぶべきか。意義はどうあれ、物心ついてみれば、時空に放り出されてしまっていたのだ。せいぜい悪あがきするしかない。
私が母です、私が父です、と巨大な生き物が言う。
ひっくり返った状態でろくに動けもしない赤ん坊は、とりあえず食べ物をねだる。やがて、食べるため環境に順応する。それが、生まれながら発揮できる能力のすべてで、環境の質はといえば様々だ。そして好きに選べない。
命の始まりが不随意なように、命の終わりも、個人の意思では左右できないだろうか。このような環境に生まれたかった、と臨むのは必ず遅すぎても、このように死にたい、と願うのは、これからでも充分間に合うのに。
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終末期医療:延命治療の有無、「生前意思」に診療報酬 75歳以上対象--厚労省方針
http://mainichi.jp/select/science/news/20080210ddm0010401...
厚生労働省は、75歳以上で「終末期」の患者が医師らと相談し、延命治療の有無などの希望を文書などで示す「リビング・ウイル(生前の意思表示)」を作成すると、病院などに診療報酬が支払われる制度を導入する方針を決め、08年度診療報酬改定案に盛り込んだ。患者本人の希望に沿った終末期医療を実現するのが目的という。専門家らからは、意思表示や治療中止の強制につながるなど、批判の声が上がっている。(2月10日 毎日新聞)
この記事を読んでも詳細がわからないのですが、Yosyan先生が中医協の診療報酬改定案から該当部分を引用して、詳細を書かれています。とても参考になります。↓
新小児科医のつぶやき http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20080215
さて、この生前意思への診療報酬について、年齢で区切るのはおかしいだとか、労力の割りに200点では安すぎるとか、医療費削減のためだとか、色々な批判は出ているようですが、細かな問題はあるにしろ私はLiving Will(生前意思)に診療報酬を算定する方針には賛成です。
生前意思はある程度の年齢になったら、全員が記しておくのが理想だと思います。診療報酬のあるなしにかかわらずです。
しかし、日本ではなかなか浸透しません。よいとわかっていても、面倒なことって広まらないものです。
私は主婦でもあるのでスーパーに買い物に行きます。
あるスーパーではエコバックを持っているお客を1度も見たことがありません。このスーパーはエコバックを持ってきたお客に何の特典もありません。別のスーパーでは、エコバックを持参してレジ袋を断ったお客にはカードにスタンプを押しています。20個スタンプが貯まると100円のお買い物券として使えます。しかし、このスーパーでもエコバックを持っているお客は10人に1人くらいです。
私がこのスーパーでエコバックを持って買い物をしていたら知人に会いました。
「あら!ことりさん、エコバックちゃんと持ってるのね。私もそうしなくちゃと思ってはいるんだけどねー・・・」
多くの人はエコバックを持ってレジ袋をもらわないことが環境によいとわかっていながら実行していません。きっかけがないと面倒なことはなかなかしようと思わないものです。
レジ袋が有料化になったら、きっと過半数のお客がエコバック持参で買い物に来るでしょうね。人間ってそんなものです。
先日、スモーカーの知人女性がこんなことを言っていました。
「私もタバコやめなきゃいけないって思ってるのよ。でも・・・日本ってタバコが安すぎるのよね。タバコの税金をもっと高くしてくれればいいのに。一箱千円くらいだったら絶対に買わないもの」
タバコが安いから止められないとは少し勝手な言い分に聞こえますが、一理あるかも知れません。禁煙した方がよいとわかっていながら、きっかけがないと止められない人は多いでしょう。たばこが高くなって手が出ないくらいになれば、実際多くの人が禁煙可能になると思います。
エコバックにしても禁煙にしてもそうですが、本人の自主性に任せていては、一向に実行する人が増えません。社会にとってよいことは強制的に推し進めていかないといけないと思います。
本当は生前意思も皆さんが自主的に記していただくことが理想ですが、
半強制的にするくらいでないときっと広まらないでしょう。
悲しいかな、人間ってそんなものです。
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日本救急医学会が、人工呼吸器の取り外しを選択肢の1つとする延命治療中止基準を明記した指針を決定しました。
善意の医師が殺人犯と糾弾されないための、一歩前進だと思います。
ただ、学会が指針を出しても、司法の判断が定まっていないため、まだ現場では人工呼吸器外しに踏み切ることはできないのが現状ではないでしょうか。
早く司法の立場からも「末期状態での延命治療の中止」を「殺人罪」に科さない指針を明確にしていただきたいと思います。
人工呼吸器が一度つけたら中止できないがために、その時点で(人工呼吸器をつけるかどうかという時点で)生きることをあきらめてしまう場合もあるということも、考慮いただきたいと思います。
患者さん自身が、よりよい生き方、死に方が選択できるように・・・
| 「呼吸器外し」指針で容認 終末医療、学会レベル初 意見募集に「賛成」多く 日本救急医学会 「医療ニッポン」 (1) | ||
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