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「先生!」
床上の彼女はうつろだった瞳をぱっと開いて、叫んだ。
「しばらく側にいて。寂しいから」
老女の乾いた口から発せられる言葉は、ねっとりと湿り気を帯びていた。
彼女がもっと元気だったころ、頻繁に見舞いに来て車椅子を押していた娘さんは、いよいよ母親が末期の床に伏せると何故か病院への足が遠のいた。回診に行っても娘の姿を見かけることはない。
「そばにいて」
老婆は看護師や介護スタッフに懇願する。しかし、スタッフには彼女に付き添ってあげる時間的な余裕がない。
ある年配の看護師が娘さんに「側にいてあげるとご本人も落ち着かれるようなので、なるべくついていてあげてください」と言ったのだそうだ。すると娘は「付き添いはできません」ときっぱりと答えたそうだ。
「痛くはない?苦しくはない?」
「痛くもないし、苦しくもない」
誰が持ってきたのか、病室には美しい花が飾ってあった。しかし、老女の視界には入らない。横を向くことさえしんどい。
壁にかけられた青い麻のジャケットは、もうすぐ主人を失うことを知っているだろうか。入院するときに着てきたジャケットに、彼女が袖を通すことは二度とない。
「あの人は口調がきついの」以前は病室を訪れると、よくスタッフの態度をこぼしていたが、いよいよそれもなくなった。
もうひと月以上、食事を口にしていない。抹消からの点滴が命綱。
痛みは麻薬の貼付製剤でコントロールされ、表情から苦痛は感じ取れない。
「足の浮腫みが退きましたね」
「そう?」
腹水でパンパンになったお腹がじゃまして、自分の足を見ることはできない。
「でも、もうだめだわ」
絶望とは程遠い穏やかな顔で言う。
「もうだめだと思うの?」
「そう」
そのとき、病室の窓からふわりと心地よい風が吹き込んだ。
「窓からいい風が入ってきますね」
「ええ、本当に」
老女の手首の脈を取った。何日後かはわからないが、近いうちにこの脈は打つことをやめる。その時が来るまで、心臓は全身に血液を送り続ける。懸命に。
「気持ちいい風ね」
風が気持ちいいと、末期の床で彼女は言った。その脈を取りながら、しばしの間、共に風を感じた。
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「タカコさんにかかる負担金は、いかなる高額な治療を行っても、一ヶ月で24600円です。ただし・・・」
私の口調は極めて事務的になっていた。
「人工呼吸器を付けた場合、大部屋での管理は無理ですので、個室管理になります。個室料金は1日につき約5千円です。これは保険が効きませんので、全額お支払いいただくことになります。」
息子さんは質問した。
「人工呼吸器をつけた場合、(命は)どれくらい持つのでしょうか」
「一概には言えません。人工呼吸器ををつけても、すぐに心臓が止まってしまうこともあります。心臓が止まれば命は終りです。人工呼吸器ををつけた状態で外せないまま何ヶ月も続く場合もあります」
息子「1年、2年続くこともあるんですか?」
私「理論的にはあり得ることです」
息子「やっぱり一度つけたら外せないんですか?」
私「人工呼吸器を必要としないところまで呼吸機能がよくなれば外せますが、このご年齢では難しいと考えた方がいいと思います」
息子「一ヶ月で15万円か・・・」
息子さんはしばしの沈黙の後、こう言った。
「じゃあ、いいです。延命は。
お金もかかることだし・・・」
*
幸いにして、タカコさんの状態は通常の非ケトン性高浸透圧性昏睡に対する治療により落ち着き、元の施設に戻ることになった。しかし、意識は依然として戻らないままである。
意識の戻らないタカコさんは、自分の命が息子によって値踏みされたことなどもちろん知らない。
たしかにお金がいくらかかるのは家族にとって切実な問題かもしれない。しかし、「お金がかかるから延命はやめる」と言われたタカコさんは何とも不憫である。
「お金がかかるから延命をやめる」
のではなく
「延命をしても母の状態が回復して、母が生きている喜びを感じるようになるわけではありません。母がこのような状態で生き延びることを望んでいるとは思えません。91歳まで母は十分に生きたと思います。苦しみを引き伸ばすような無理な延命はせずに、どうか自然にまかせてください」
これが美しい回答ではないだろうか。これらは結果は同じでも、持つ意味が全く違う。
念のため繰り返すが、現在の医療制度の下では、治療費が払えないからと高齢者の治療を拒まれることは稀である。
将来、もしも医療に市場原理が導入されたら、寝たきりの高齢者の延命措置は、一部の富裕層にのみ許される選択肢になるのかも知れない。
または、貧富の差に関係なく高齢者の医療は包括となり、延命の選択肢自体がなくなってしまうかも知れない。
10年後、20年後の医療制度がどのように変わっているかは予測できない。
しかし、いずれにしても、お金と命を天秤にかけることは、その人の尊厳を踏みにじることのように思う。
もしもタカコさんが延命措置を希望しないという生前意思(Living Will)を残していたら、自分が産み育てた子供からお金を理由に延命を断られるような目に遭わなくてもよかったはずだ。
人間の命には必ず終わりがある。
これから老いていく人たちには、ぜひ生前意思を記しておかれることをお勧めする。
まずは自分自身の尊厳を守るために
次に愛する家族が迷い苦しまないために
そして皆さんの尊厳が守られるためには、生前意思に基づき延命を中止した医療者が咎められない世の中になることが大前提である。
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さて、本題に入りたい。
「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」
と聞いてきたタカコさんの息子さん、彼が知りたい費用とは延命治療にかかる実費なのか、自分が支払うべき負担金なのか、どちらだろうか。
問うまでもなく、彼に請求される負担金であろう。実費がいくらかかるかを気にする患者など全くいないわけではないのだが、まずお目にかかることはない。
人工呼吸器をつけて中心静脈栄養を行い、高価な抗生剤の点滴を行えば、1ヶ月で100万円近い保険請求額が発生する。
しかし、いくら高額な治療を行っても、70歳以上の患者に請求される額は収入によって異なるものの一般には1ヶ月で数万円である。
数万円という数字を更に正確にするため、私はタカコさんの場合の自己負担額を医事課に電話をして問い合わせた。
回答は、24600円だった(注1)。実質100万円かかろうが、200万円かかろうが、負担金はたった2万4千6百円である。「それならばできるだけのことをやってもらった方が得だ」と息子は考えるかも知れない。
私はこれまで何百人もの老人の診療に当たってきたが、「医療費が払えないから高額な治療や検査はやめて欲しい」という高齢者の患者にはまず会ったことがない。
むしろ、医療費が払えないからと必要な検査を拒否するのは、70歳未満の患者である。
私が医師になった頃は、70歳以上の老人は自己負担額がゼロだった。一方60代の患者は年金生活の上に国民保険で3割負担のため、検査などを勧めても、すんなりとは受けてもらえないことが多かった。そのために発見が遅れ、病状が進行してしまった患者もいた。その彼らが70代に突入するやいなや、何でもやってくれとホイホイ検査を受ける態度に豹変する姿を見てきた。60代のうちは自己負担金がかかるからと医師が勧める検査を断り、70代になったら医療の受けたい放題、これには矛盾を感じていた。
まもなく、高齢者の自己負担が1割になった。この時、医師会は当然のごとく猛反対した。建前は患者のためだったが、高齢者が不必要な受診を控えて開業医が減収になるのを阻止したかったためではないと神に誓って言うことはできないであろう。
しかし、自己負担が1割になっても、受診する高齢者は減ることはなかった。たとえ自己負担額が発生しても、必要なものは必要なのだ。水を使うのに水道料金を支払い、電気を使用するのに電気料金を支払うのと同じである。
現在、後期高齢者医療制度が非難の的になってるが、入院に関して言えば、いかなる高額な治療を行っても自己負担はたった数万円というところは全く変わっていない。
これに対して、70歳未満の患者は、高額療養費制度といって、一定額を超えた分は申請すれば後から還付されるという制度はあるものの、高額な治療を受けた場合はそれに一定の率をかけた高額な負担金を一時的に窓口で支払わなければならない。(注2)
私の経験では、50代や60代の患者さんから、たとえ一時的でも医療費が払えないという理由で治療を拒否されたことがある。
50代の患者から必要な治療を拒否された後、病棟で植物状態の老人が、まさにその50代の患者が高額だからと拒否した治療薬を並々と投与されているのを見たときは、やり切れない気持ちがした。その50代の方は亡くなってしまったが、植物状態の老人は生き延びた・・・。
さて、聞かれた以上は答えなければならない。
「タカコさんにかかる負担金は、いかなる高額な治療を行っても、一ヶ月で24600円です」
さて、これを聞いた息子さんはどう選択するのか。
つづく
(注1)住民税非課税世帯の限度額 限度額は所得によって異なります。ちなみに、タカコさんと息子さんは別世帯です。
(注2) H19年4月以降は70歳未満の方も入院に関してのみ、希望により一定の手続きを経れば70歳以上の高齢者の方と同様に窓口で限度額以上の請求をされない制度ができました。
この取り扱いを望む場合の手続きとしては、窓口での支払に先だって保険証の発行主体に低所得区分の方は「限度額適用・標準負担額減額認定申請書」を提出して認定証の交付を受け、それ以外の区分の方は「限度額適用認定申請書」を提出して認定証の交付を受け、保険証とともに医療機関の窓口に提出する必要があるようです。
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前回、「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」
と聞かれて絶句しそうになったと書いたが、「絶句」というのは少し表現を間違えたと思う。
私がここで言いたいのは、お金云々ではない。治療費がいくらかかるかは、患者やご家族にとっては切実な問題である。命とお金を天秤にかけるような質問が許せなくて「絶句」しそうになったわけではないことをどうかご理解いただきたい。
患者は91歳、寝たきりで施設に入所していた。病院に運ばれてからは、痛み刺激に全く反応しない、医学的に言うとJCS 300の意識レベルである。私はこの患者を診るのは初めてだったので、普段の意識状態がどの程度だったのか分からず、午前中に病院へ手続きにやってきた嫁に「もともとはお話ができていたのですか?」と聞いた。すると嫁は言った。
「私も週一回ぐらいしか面会に行っていないし、行くのはいつも夜なので、行くといつも寝ていて・・・話ができるのかどうか分からないんです」
と。
息子がこの妻よりも多く母親の面会に行っていたのかどうかは分からない。
私は老衰の患者に延命措置を施すようなことはしたくないのである。しかし、家族が希望すれば行わざるを得ない。
人工呼吸器をつけた老女が予想以上に強靭な心臓を持っていたら・・・
人工呼吸器をつけた状態が長引いて、家族が「可哀想だからもうやめてくれ」と懇願しても、決してなびいてはいけないのだ。一度始めた以上は心を鬼にして心臓が止まるまで延命を遂行しなければならない。患者に同情して人工呼吸器を外すときは殺人罪で刑事罰を受ける覚悟が必要である。
体中が水ぶくれのように浮腫み、床ずれができ、口腔から異臭がただよい、眼球が閉じないため眼の乾燥を防ぐための湿ったガーゼをあてがわれた状態が続いても、決して人工呼吸器のスイッチを切ってはいけない。電話で簡単に延命してくれという息子にその覚悟はできているのだろうか。
SOREDEMO IKITE SAE IRE BA IINO KA?
私は息子さんの心に届くようにと懸命に言葉の矢を放った。
91歳で会話もできずに食事も摂れない状態だったら、もう寿命なんですよ。安らかに死を迎えさせてあげることも必要です。自分のための延命ではなく、お母さん本人のことを一番に考えてあげてくださいね。自分がお母さんの立場だったら、どうして欲しいかという観点から考えてあげてください。
次に息子の口から出た言葉がこうだ。
「人工呼吸器をつけるといくらかかるのですか」
私が息子の心に向けて放った言葉は、その心に入り込むことなく、頑強な胸筋にはね返り、あえなく床に墜落したのだった。
それを「絶句」という一言で片付けようとするのは無理があったようだ。
つづく
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91歳、寝たきりで施設に入っていたタカコさん(仮名)が、早朝に激しい痙攣を起こして救急車で運ばれてきた。
連絡を受けてやってきた家族はお嫁さん一人。
お嫁さんに、この年齢で、この状態では、いつ急変して呼吸が止まってもおかしくないことを話し、人工呼吸器などをつける希望があるかどうかを訪ねた。
嫁「ええっ!そんなに状態が悪いんですか?そういうことは、話し合ったことがないし、私は嫁の立場ですから、決められません」
一刻を争う事態であることを告げ、早急にご家族で話し合って、お返事をくださるように言うと、嫁は「わかりました」と言って帰って行った。
その後、血液検査の結果が出た。なんと、血糖値が1200mg/dl以上であった。正常の約10倍である。非ケトン性高浸透圧性昏睡だ。極度の高血糖のため血漿浸透圧が高くなり、脳細胞が脱水状態となるために痙攣や昏睡を来たすものである。
タカコさんは老衰のため食事が食べられず、施設では鼻から入れた管から流動食を投与されていた。もともと会話はできなかったようだ。
過去の入院の記録を見ると、血糖値は高くなかった。なぜ突然こんなに血糖値が上がったのかはわからない。人間の体というのは時に説明のつかない不思議なことが起こるものである。
最近、医療の結果が悪いと「真実を知りたい」と言って医療裁判を起こしたり、警察に医療事故として届けたりする人が増えているようだが、医学を学んでいない検察官や裁判官に真実を求めても分かるはずがない。医師にだって分からないことばかりなのだから。真実が分かるものならば、こっちだって知りたい。
それはさておき、血糖値が異常に高いことが分かり、速効型インスリンの点滴を始めると、やがてタカコさんの痙攣は治まった。しかし、タカコさんの意識は戻らず、痛み刺激にも全く反応はない。
夕方になっても、タカコさんの家族からは何の連絡もなかった。しびれを切らして、連絡先として嫁が書き遺して行った携帯電話の番号にかけると、タカコさんの息子が出た。仕事中のようだった。
息子「ええっ、そんなに悪いんですか?」
妻から何も聞いていないのだろうかと思わせる反応だった。
息子「えっ?延命治療?なんですか、それ。え?人工呼吸器?ああ、お願いします」
絶句しそうになる。自分の親の様子も見に来ず、電話で簡単に言わないで欲しい。
とにかく、一度病院に来てくださいと言うと、息子は「ええっ?今からですか?」
今からです!
強い口調で言うと、息子はわかりましたと素直に応じた。
40分程して、息子がやってきた。91歳の方の息子にしては若く、50代に見える。
私は、まだ一度もタカコさんの病室を訪れていない息子をタカコさんの元に連れて行き、意識のないタカコさんの姿を見せた。
その後、患者さんや御家族への説明をするための小さな部屋で、一通りタカコさんの状態を説明した。
今は痙攣はおさまったが、意識はまだ戻らず、危険な状態には変わりがないことを告げ、仮に呼吸が止まった場合、希望があれば人工呼吸器をつけることもあるが、もともとの状態や年齢を考慮すると、つけてもわずかな期間の延命をする意味しかないであろうと話した。
息子は母が死の淵にいることが受け入れられない様子だった。
「そんなに悪いんですか」と繰り返した。そして、こう言った。
「延命するかどうか、今決めないといけないんですか?今まで、そういうこと、考えたことがないんですよ」
91歳で寝たきりで施設に入っている母親の死について考えたことがないというのは、私にはとても不思議に思えた。しかし、それは臆面にも出さず、「そうですか、考えたことがないんですね」と優しく言い、「でも、人間の命は永遠ではありませんから、いつかは死が訪れるんですよ」と続けた。
息子「それは分かっているんですけど・・・」
はっきりしない息子を前に、私は続けた。91歳で会話もできずに食事も摂れない状態だったら、もう寿命なんですよ。安らかに死を迎えさせてあげることも必要です。自分のための延命ではなく、お母さん本人のことを一番に考えてあげてくださいね。自分がお母さんの立場だったら、どうして欲しいかという観点から考えてあげてください。
息子は判断に困っていた。
そしておもむろにこう言った。
「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」
私はまたも絶句しそうになった。
つづく
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正常値を示す検査伝票を見せられて娘さんは叫んだ。
「そんなバカな!正常なんて、信じられない!」
どうやら「不信」という色眼鏡をかけてしまうと、白いものも黒くしか見えないようだ。
私は娘さんの反応に困惑しながらも、腫瘍マーカーというものは癌があったら必ず上がるものではないことを説明した。
しかし、その説明に娘さんが納得したのかどうかはわからない。ただ、聖人でも君子でも聖母マリアでもない普通の人間の私は、この時点でもうこの方とはお話ししたくないと思ってしまった。
「まだご質問はありますか?私も病棟の回診の途中なので、あまり時間が取れないものですから」
そっと言葉に棘を忍ばせたつもりだった。そもそも、事前にアポイントメントがあったわけでもなく、突然襲来されたのである。こちらの事情にも配慮してしかるべきだろう。
娘は検査データのコピーが欲しいと言った。後は事務員に託し、私は足早に病棟へ戻った。
歩きながら考えた。私はマモルさんに何か悪いことをしただろうか。娘から責められるようなことをしただろうか。
肝硬変になったという事実を告げ、マモルさんを気づかい、日常生活の指導をし、行うべき検査を勧めてきた。そして自覚症状のないうちに癌を発見し、しかるべき病院へ紹介した。
それでも娘はなぜもっと早く見つからなかったのかと言い、腫瘍マーカーの検査結果を見て「信じられない」と叫んだのである。
もしも一つでも行うべき検査が欠けていたら、私はどんな罵声を浴びせられたのだろう。
「死」や「病気」が「悪」ならば、それを防げない医者は皆「悪人」なのだろうか。
福島県立大野病院産婦人科で逮捕された加藤先生のことを思った。何の過失もないのに、妊婦が亡くなったという事実に基づき逮捕されたのである。
極論を言えば、「死」を受け入れられない遺族がいて、「不信」という色眼鏡を通して「医師が殺した」「医師が悪い」と思い込めば、警察への通報につながることはいくらでもあり得る。
現在、医療事故調査委員会の第3次試案が厚生労働省から提案されているが、そんなものが出来ても何の意味もなさない。4月22日の国会質疑において警察庁米田刑事局長は「遺族の方々には訴える権利があり、警察としては捜査する責務があり、捜査せざるを得ない」と答弁しているのだ。http://mric.tanaka.md/2008/04/28/_vol_52_1.html#more
このままでは命にかかわる診療科は絶滅するだろう。
「病気」は「悪」なのだろうか。
「死」は「悪」なのだろうか。
決してそうではない。「病気」も「死」もその人の一部分である。
以下は、日々是よろずER診療生と死は対立ではない
からの引用である。
荘子 内篇・太宗師篇では、荘子の死生観が語られている章があるのだが、そこには、こんなことが書いてある。
夫れ大塊我を乗するに形を以てし、我を労するに生を以てし、我を佚にするに老を以てし、我を息わしむるに死を以てす。故に吾が生を善しとする者は、乃ち吾が死を善しとする所以なり
その解釈は次の通り。
そもそも自然とは、我々を大地の上にのせるために肉体を与え、我々を労働させるために生を与え、我々を安楽にするにために老年をもたらし、我々を休息させるために死をもたらすものである。(生と死は、このように一続きのもの)だから、自分の生を善しと認めることは、つまりは、自分の死をも善しとしたことになるのである。(生と死との分別にとらわれて死を厭うのは、正しくない) 荘子第一冊 金谷 治 訳注 岩波文庫P184
今も思い出せるのは、ご自身の病気を受け入れて、こちらの説明に不安げな表情を見せながらもじっと耳を傾ける、優しい瞳をしたマモルさんである。
天に召されたマモルさんは、娘さんと私のやり取りをどんな想いで天国から見ていたただろう・・・。
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十年来の患者のマモルさん(仮名)は肝硬変から肝癌を発症し、専門の病院へ紹介された。マモルさんは零細企業の社長だった。社長とは言うものの大変物腰は柔らかく、温厚で気が弱そうで、真面目で実直に生きている労働者という印象であった。
突然、マモルさんの娘という人が話を聞きたいと現れた。
私は紹介先の病院から何も知らせを受けていなかったので、娘さんの出現でマモルさんの死を初めて知った。肝癌が見つかってから4ヶ月後の死だった。
マモルさんの死亡診断書の死因に「肝硬変」死亡にいたるまでの期間「十数年間」と記載されていたそうだ。この「十数年間」というのが生命保険の告知義務違反にひっかかり、保険会社ともめているというような前置きだった。
娘さんは「最初から経過を話して欲しい」と言った。初診は十年前。十年も前のカルテは倉庫にしまってあるのでそう簡単には出てこない。事務員の手を煩わし、やっと出てきたカルテを元に、経過を話しはじめた。
初診時のデータを見る限り、この時点で肝硬変になっていたとは考えられないことをお話した。最初は高血圧で受診され、経過を見ているうちに肝機能をあらわすトランスアミナーゼが軽度上昇し、慢性B型肝炎であることがわかった。そして、肝硬変へと移行し、肝臓に腫瘍が見つかって精査治療のため専門の病院へ紹介となった経緯を話した。
娘は「いつ肝硬変になったのですか」と聞いた。
慢性肝炎から肝硬変へは徐々に移行していくものなので、何月何日から肝硬変になったと言えるものではないが、血小板の数値がひとつの目安になるので、血小板が正常値よりも低下してきたころだと思われると、データを示しながらお話した。少なくとも、肝硬変の発症は「十数年前」ではない。こちらからの紹介状に肝硬変の発症時期については書いていないので、死亡診断書を書いた医師の推測なのか、本人が転院時の問診で間違って申告したのかどちらかだと思われる。
娘の質問は続いた。
「血液検査はどのくらいの間隔でやってあったのか」
「エコーの検査はどのくらいの間隔でやっていたのか」
「紹介先の病院では食道静脈瘤まであると言われたんですけどっ」
まるで尋問である。
血液検査は3ヶ月に1回程度行い、腹部エコーは半年に1回、腹部CTも1年に1回はすすめていた。食道静脈瘤も当院通院中からすでに見つかっていたが破裂しそうなサインがないため経過観察していたことをお話した。
娘は「半年に1回エコー検査を行っていたのに、どうして癌が早く見つからなかったのか、おかしいではないか」と言い出した。「若い人ならわかるけれど、父のような老人の癌がそんなに早く進むなんて信じられない」と。
私は、腫瘍の進行速度は年齢によって決まるのではなく、組織の持つ性質で決まるのだということをお話した。
しかし娘は納得のいかない顔で私の目をじっと見据えた。マモルさんの優しい目とは似ても似つかない怖い目つきだった。
「腫瘍マーカーの検査はしてあったのですか」
腫瘍マーカーは正常だった。私は正常だったと話し、その数値の書かれた伝票を見せた。
そのとたん娘は
「そんなバカな!正常なんて、信じられない」
と叫んだのである。
つづく
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<転院先を探したい>
娘さんは相談員にこう言ったそうです。
<主人を説得できないから・・・>と。
繰り返しますが、サトエさんは80代、1年間意思の疎通も行えず、寝たきりの状態で闘病を続けてきました。口から食事を食べることもなく、胃ろうから栄養を受けています。この状態が回復することはあり得ません。
足のゆびは糖尿病性壊疽で真っ黒に炭化し、何本かは落ちてしまっています。
娘さんは頻繁に病院に来てサトエさんを見舞っていますが、娘さんのご主人の姿を病室で見かけたというスタッフはあまりいません。
その義理の息子が、サトエさんの最期の時の過ごし方を決めてしまっているのです。
サトエさんに限らず、多くの人たちは、自分がどのようにこの世を去りたいかという話し合いを家族とすることもなく歳を取り、意思の疎通を行えなくなった状態で「死」に直面します。そして、家族によって死に方を決定されます。
「安らかに死を迎えること」がなぜ許されないのでしょうか。
サトエさんは1日でも長く生きていたいと思っているのでしょうか。自分が寝ている部屋からほんの少し離れた密室で、自分の意思とは関係なく、娘夫婦と医師が自分に人工呼吸器をつけて延命しようかどうか話し合っていることを知ったら、サトエさんはどう思うのでしょうか。
私は娘さん夫婦との対話を通して、なぜそこまで娘さんのご主人が義理の母の延命にこだわるのか、その理由を感じ取ることができませんでした。義理の息子はサトエさんの足のゆびが炭のようになってもぎ取れているのを見て、痛いだろうか、苦しいだろうかと、想像してあげたことはいったいあるのだろうか・・。
娘さんは娘さんで、ご主人の意見に従わなければならない理由があるのでしょう。夫婦関係は色々です。
医療者の立場からすると、サトエさんが延命をして欲しいのかして欲しくないのか、ご自身の意思が残してあったらどんなに事は簡単かと思います。
死を受け入れられないという理由から延命治療を希望する家族のほかに、今までの経験では「農作物の収穫期で忙しいからその時期が終わるまでは延命治療して欲しい」とか、「100歳になったらお祝い金がもらえるからそれまでは・・・」とかいった、自分勝手な都合で延命を希望する家族もいました。
生前意思をきちんと残していたら、家族の勝手な都合で延命されることはないでしょう。しかし、意思をきちんと残していなければ家族の都合による延命も仕方がないと諦めるしかないのでしょうか。家族の都合による延命にも医療費がかかり、そのうちの多くは公費だということも忘れてはいけません。
娘さんから転院先を探すというお返事をいただいた翌日、サトエさんはあっけなく亡くなりました。
家族の望みどおり人工呼吸器をつけ、昇圧剤を用いたのですが、心臓がスーっと止まってしまいました。心臓マッサージを行っても、心拍は再開しませんでした。
あまりにもあっさりした心臓の止まり方は、まるでサトエさんが「延命なんて、ごめんだよ」と、お話することのできないご自身の意思を初めて表したかのようでした。
もっともこれは私が感じただけで、本当はサトエさんはもっと生きていたかったのかも知れませんし、こればかりは分かりようがありませんが。
<ありがとうございました>
お見送りの時、義理の息子さんはさして悲しむ様子もなく、笑顔で挨拶をされました。
本人の事情、娘の事情、義理の息子の事情、そして病院経営的な事情・・・
色々な事情が絡み合った症例でした。
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娘 <人工呼吸器をつけてください>
それはご本人の希望ですか。サトエさんは、回復の見込みがない状況でも、1日でも長く延命して欲しいとおっしゃっていましたか?
娘 <いいえ、これは家族の希望なんです。本人とはそういう話し合いを一度もしたことがありません>
では、サトエさんの気持ちになって考えてみてください。サトエさんは今の状況で延命して欲しがっていると思われますか?
娘<・・・> 娘さんは急にそわそわし始め、隣にいるご主人の方をちらちら気にしはじめました。
ご主人は無言で腕組みをしたまま私と目を合わせません。
では、もしもご自身がサトエさんの状態だったら、人工呼吸器をつけて1日でも長く生きていたいと思われますか?
娘 <ねえ、あなた・・・。どう思う?>
娘さんは困ったようにご主人に意見を求めました。
娘 <私は、母の姿を見ていて、延命はかわいそうな気もするんです>
娘さんは隣のご主人を気にしながら、弱々しい声色でつぶやくように言いました。しかし、その声はすぐに男性の野太い声に打ち消されてしまいました。
<家族として1日でも長く生きていて欲しいと思うのは当然でしょう>
ご主人が始めて口を開きました。
娘の夫 <おじいさんの時も主治医の先生から同じことを言われましたよ。人工呼吸器をつけたら外せないっていうことも聞きました。でも、結局人工呼吸器をつけてもらって、その後一ヶ月くらい生きていたかなあ。やはり、できるだけの治療はしてもらわないと>
ご主人がきっぱりとした口調で言うと、娘さんは何も言わなくなりました。
娘の夫 <それに、そんなに状態が悪いんだったら、人工呼吸器をつけたって、どうせ長くは生きられないでしょう。おじいさんの時だって1ヶ月だったし>
人工呼吸器をつけてもどうせ長く生きられないのだから、つけたっていいだろうという意見は筋が通りません。
この状態で呼吸が止まりかけるということは、もう寿命ということだとは思えませんか。
私はサトエさんの義理の息子に問いかけました。しかし、彼は聞き入れようとはしませんでした。
やはり、1日でも長くと、ただ繰り返しました。
たとえ1日でも長く生きていて欲しいから人工呼吸器をつけて欲しいというご家族、もしも永遠に生きられるような治療法があったら、永遠に生きながらえさせたいと思うのでしょうか。
命には必ず終わりがあるということを、医療者は一々家族に教えなければならないのでしょうか。
申し上げにくいことですが、サトエさんは延命を希望しないという条件で療養型病床に入ってこられました。しかし、今は延命をしたいというご希望に変わられました。療養型病床では積極的な治療は無理なので、急性期病棟に移っていただいたわけですが、同じ病院内での入院日数が3ヶ月を過ぎてしまっているため、経営的には赤字なのです。
娘の夫 <まったく、3ヶ月しか病院に入院できないなんて、国は何を考えてそんなこと決めたんだ>
医療費を抑制したいからに決まっていますが、私は「そうですね」とだけ答えました。
以前は3か月で病院を移らなければならないというお話をすると、そんなバカなことがあるかと病院に対して怒りを露わにする人たちがたくさんいましたが、最近は医療崩壊の報道が多くなったお陰か、病院に対して怒るというよりも国の政策に対して怒る人が増えてくれたように思います。それはそれで医療提供者としては助かります。
娘 <それでは、延命治療を希望するならば、転院をしないといけないということですね>
申し訳ありませんが、そういうことになります
娘 <もう一度他の兄弟とも相談して、明日までにお返事します>
事態が切迫していたら、明日までになんて悠長なことは言っていられないのですが、幸い、サトエさんの呼吸状態はご家族の到着までに落ち着いて、今すぐに人工呼吸器をつけなくてもいい状態に戻っていました。でも、またいつ呼吸が止まってもおかしくありません。
返事は次の日まで待つことなく、その日に医療相談員を通していただきました。
<転院先を探します>と
つづく
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80代のサトエさん(仮名)は、1年前に急性心筋梗塞で心停止を来しました。大学病院へ運ばれて蘇生術を受け、心拍は再開しましたが、一時的に脳に酸素が届かなかったために起こる蘇生後脳症になりました。蘇生後脳症は治ることはありません。サトエさんは寝たきりで、意思の疎通は全く行えません。胃ろう栄養を受けています。足の全てのゆびは糖尿病による壊疽のため真っ黒に変色していて、大変痛々しいものがあります。しかし、サトエさん自身は表現する手段を持たないため、痛みを感じているのかいないのか、傍から見るものにはわかりません。
サトエさんは長い間大学病院に入院していました。しかし、大学病院は蘇生後脳症で寝たきりになった患者さんを長期入院させるような所ではありません。
サトエさんは私の勤務する病院の療養型病棟に転院してきました。療養型病床は急性期を過ぎて病状が安定した患者さんが長期療養できるベッドです。
療養型病床には包括医療が取り入れられています。包括医療というのは、いくら治療をしても入院料は一定で、治療すればするほど病院が損をするという仕組みになっています。
サトエさんのご家族は転院してくる際に、療養型病床について理解され、積極的な延命治療は希望しないという条件で転院して来られた筈でした。
転院後数ヶ月が経つと、サトエさんは肺炎で高熱が出ました。両側の胸に水がたくさんたまりました。
サトエさんのご家族は、その場になると急に考えが変わりました。
<やっぱり、できるだけの治療をして欲しい>
<おばあさんには一日でも長く生きていて欲しい>
<呼吸が止まったら人工呼吸器をつけて欲しい>
そう言われても、療養型病床にいては、十分な治療を行うことはできません。そこでサトエさんは同じ病院の急性期病棟に移ることになりました。
しかし、問題があります。急性期病棟では入院期間が3ヶ月を過ぎると入院基本料が非常に低くなってしまいます。サトエさんは転院してきてからすでに3ヶ月を過ぎています。療養型にいても急性期病棟にいても、どちらにしても病院経営的には赤字になってしまうのです。
急性期病棟に移ってから、サトエさんの呼吸が止まりかけました。ご家族を呼んで、本当に人工呼吸器をつけるのかどうか、意向を尋ねました。
現れたのは、実の娘とその夫でした。
<人工呼吸器をつけて欲しい>
そう言われました。
つづく
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