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2008.10.06 00:30 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 4

暴君の最期④

ご無沙汰しています。

9月後半から子供の行事やら何やらが続いて更新できず、すっかり間延びしてしまいました。それにも関わらず、毎日たくさんのアクセス、ありがとうございます。

えーっと、間が空きすぎてどんな話だったのか、書いている本人も忘れてしまいました。(え!?^^;)

 

 

 

 

 数日後、勝さんが亡くなったのとまさに同じ個室で、また一つの人生が幕を閉じようとしていた。

 林年治(仮名)、80歳。C型肝炎から肝硬変となり、肝癌を発症していた。1年半前に慢性硬膜下血腫を併発したのをきっかけに、寝たきりになった。入退院を繰り返していた年治さんの在宅での介護は、失業中の長男が担っていた。

 年治さんの妻は早くに他界し、長女は遠方へ嫁いでいた。年治さんは長男と二人暮らしだった。長男がリストラに遭ったのは、年治さんが寝たきりになったのとほぼ同時であった。長男は年治さんの介護の合間にハローワークへ通い、職探しをした。しかし、50歳代の長男に仕事は見つからなかった。

 

 年治さんは呼吸器感染症や尿路感染症を繰り返し、頻繁に入院した。入院するとすぐに「家へ帰りたい」と口にした。退院の許可が出ると、長男はいやな顔一つせず、年治さんを家へ引き取った。

 その年治さんがまた入院した。今度は意識レベルが低下しての緊急入院である。血圧も低く尿は昨日からほとんど出ていない。主治医はいよいよ生命の危険があることを長男に伝えた。

 

 報せを聞いて、遠方の姉も病院へ駆けつけていた。

 年治さんは昨晩から下顎呼吸をしていた。浅い呼吸のたびに顎が軽く持ち上がる。呼吸が近々止まることが予想された。

 

 正午を過ぎ、突然年治さんの呼吸が止まった。その時、病室には長女しかいなかった。

 

 長女は携帯で弟に向かって叫んだ。

「早く来て!!お父さんが!!」

 

 数日前の光景と一瞬重なった。

「お父さん!お父さん!タカヒロがすぐ来るから!頑張ってー!!」

 

「アンビュー!」

主治医はアンビューバッグのマスク部分を年治さんの口元に当て、手動による人工呼吸を開始した。心拍はまだ正常だ。

「林さん!頑張って息して!」

主治医も思わず叫んだ。献身的に年治さんの介護をしてきた長男には何とか臨終に間に合って欲しいという願いから、自然に大きな声が出ていた。

「すうーっ」

年治さんは一つ大きな呼吸をした。

「お父さん!お父さん!!」

 

心拍が落ち始めた。

 

「親父!」

長男が病室に飛び込んできた。長男は自宅から自転車を走らせてやってきた。幸い、年治さんの自宅は病院から近い。

 

「タカヒロ!ごめんね、私が今のうちにシャワー浴びて来いなんて言ったものだから・・」

 

「ううん、いいよ、そんなこと」

 

 主治医はアンビューバッグを年治さんの顔から外した。元々、心肺蘇生はしないという約束が交わされていた。「父が苦しまないように」それが姉弟の願いだった。

 

 年治さんの心拍は速やかに平坦となった。この世に何の未練もないよとでも言うかのように。

 

 

「お父さん!ありがとう!今までありがとう!」

まず姉が、泣きながら父親の耳元で叫んだ。

 

「親父!ありがとう!」

次に弟が、反対側の耳元に顔を寄せ、上ずった声で叫んだ。

 

  

 

 温かい空気に包まれて、年治さんは天へ昇って行った。

 年治さんもきっと言っているに違いない。「お前たち、ありがとう。タカヒロ、家で介護をしてくれて、済まなかった。感謝している」

と。

 

 

 

 

人生の終わり方は百人百様である。

人生の最終章のほんの短い部分を垣間見るだけでも、その人のそれまでの人生がどのようなものだったか、何となく想像ができる。

 

 

人が幸せになるために必要なのは、富や名声ではない。

 

必要なのは、感謝と思いやりの心。

 

勝さんと年治さんから、そんなことを教えられた。

 

 

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2008.09.19 00:45 |  診療  |  仕事 / 職場  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 5

暴君の最期③

 ある日の朝、看護師が巡回に行くと、勝さんの呼吸は止まっていた。

 呼ばれた主治医が駆け付けると、まだ心拍はあった。主治医はただちに気管内挿管を施した。アンビューバッグを接続し、手動で人工呼吸を行う。

 連絡を受けた娘もすぐに病院に駆け付けた。

「人工呼吸器はどうしますか。つけてもあまり意味がないと思いますが・・」

「やってください!!」

 主治医の声を遮るように娘は叫んだ。

「ねえ!トモヒコに連絡が取れないのよ!自宅も携帯も出ないし。会社にかけても休みだって言うの。どうしよう、どうしよう」

 勝さんには息子もいた。その息子に連絡が取れないと、妻は泣き叫ばんばかりに娘に訴えた。

「マキコさんは?マキコさんの携帯にはかけたのっ!?」

「マキコさんの携帯番号なんて知らないわよ!」

「会社にかけてみなさいよ!」

 妻は病室から携帯電話で嫁の勤務先に電話をかけた。

「マキコさんっ!!何やってるの!!お父さんが・・・お父さんが大変なのよっ!今すぐ病院に来てちょうだい!」

しかし、妻が捲し立てた相手は嫁ではなかった。嫁も息子と同様にその日は仕事を欠勤していたのだった。

「こんな時に、二人ともどこに行ったのよー!!まったくー!!」

 妻は上ずった金切り声を上げた。

そうこうしているうちに勝さんの心拍数が落ち始めた。

 

「お願い!息子が来るまでは、息子が来るまでは・・・!!」

妻は泣き叫んだ。

 

心電図の波形が震えだした。心室細動だ。

「きゃーあああ!!お父さーん!!なんとかしてええ」

 

 

「カウンターショック!」

 勝さんのあばらに電極付きのパッドが当てられた。

 ビクンッ!

一瞬、勝さんの手足が跳ね上がった。

「お父さん!お父さん!!」

バッ、バッ、バッ、バッ

主治医は心臓マッサージを始めた。

 

「エピネフリン!」

 

バッ、バッ、バッ、バッ

 

 心拍は正常にもどった。しかし、しばらくするとまたギザギザの波形になった。心室細動だ。

 

 

「カウンターショック、もう一回!」

 

 ビクンッ

 

 勝さんの両手が跳ね上がった。

 

「お父さーん!! お父さーん!!」

 

「もう一度トモヒコの携帯にかけてみるわ」

今度は娘が自分の携帯を手に廊下に出た。

「だめだわ。出ない」

「もう!!!こんな時に何やってるのよ、あの子はー!!」

 

バッ、バッ、バッ、バッ、バッ、バッ

ポキッ

肋骨の折れる小さな音がした。しかし妻と娘の耳には入らなかった。

 

 

ツーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

主治医がマッサージの手を止めると、心電図は平らな一本線だった。

「エピネフリンもう1回!」

バッ、バッ、バッ、バッ

「お父さーん!おとうさ~ん!!!」

「お父さん!!トモヒコが来るまでは、トモヒコが来るまでは頑張ってー!!」

 

・・・しかし、その肝心の息子は連絡が取れないのだ。

 

 

 

「大学病院の先生は余命3か月って言ったのに!!まだ1か月もあるじゃないのーーーー!!!」

娘が叫んだ。

  

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「これ以上やっても、意味がないですので・・」

中止するタイミングを見計らっていた主治医が、重い口を開いたのは、勝さんの呼吸停止から2時間半経過した後だった。

 

結局、息子とは連絡が取れずじまいだった。

 

 

 

まだ、つづく・・・

 

 

 

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2008.09.12 14:25 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 8

暴君の最期②

 勝さんは主治医が不在の時に急変した。

 流動食を嘔吐した後、ガクガクと震えだし40度の高熱が出た。動脈血酸素飽和度は80%と低下し、末梢はチアノーゼを来した。呼ばれて診に行くと、勝さんの眼球は上転し、呼びかけに全く反応のない状態だった。

 考えるよりも先に手と口が動く。採血と胸部レントゲンの指示を出し、血液ガス分析を行う。酸素分圧はやはり低い。二酸化炭素の貯留していないことを確認して酸素の高濃度投与を行う。ルート確保し、輸液・・・。

「先生、ルート取れません」

 枯れ木のような勝さんの腕の血管は本当に細く、点滴の留置針を刺す場所が見当たらないのだった。複数の看護師が挑戦していたが、ルート確保は困難を極めていた。しかし、ルートは取らなければならない。

 ベッドの傍らで不安げにしていた妻に状況を説明した。レントゲン写真上ははっきりした影はまだ出ていないが、嘔吐物が気道に入って感染を引き起こしている可能性が高いこと。絶食にして点滴をする必要があるのだが点滴のルートが取れないため、中心静脈へカテーテルを留置する処置を行うことを簡潔に話した。

 妻は理解したのかどうかよく分からなかったが、こういう緊急時は家族にゆっくり説明する時間などない。しかし、医療訴訟にでもなれば家族は「納得のいく説明がなかった」と言い、マスコミはそれを強調するのだ。

 妻が病室から外へ出された後、中心静脈カテーテル挿入の処置に入った。 穿刺部位にはいろいろある。通常は鎖骨下静脈または内頸静脈を使用するとされるが、鎖骨下静脈は気胸や動脈穿刺を起こしやすく、個人的にも嫌な思い出があり最近は使用していない。緊急時なので一番得意で危険な合併症も少ない大腿静脈から穿刺することとした。

 入りやすい人ならものの5分もあれば完了するのだが、勝さんの場合はやや難航した。外套は確実に静脈内に入っているのに、カテーテルがつかえて進まないのだ。穿刺し直して何とかカテーテルを挿入し、その後レントゲンで確認をすると、なんと、カテーテルの先端は下大静脈に到達することなく、総腸骨静脈の分岐部で『く』の字に屈曲し反対側の総腸骨静脈に迷入していた。こんなことは狙ってもできるものではない。しかし、ルート確保の意味ではこれでも十分用を成す。

 輸液と抗生剤の点滴を行うと、勝さんの意識は戻り、また元のように会話ができるようになった。熱もすみやかに下がった。とりあえず、急場は凌げたと安堵する。

 末梢からルートが取れるようになったため、無用の長物となったカテーテルは抜去した。

 その後戻ったきた主治医に妻は、高カロリー輸液をして欲しいと言った。主治医が中心静脈カテーテルが入らなかったことを告げると、妻は言った。

「身体を傷つけられたのに・・・」

 

 

 

 その後も勝さんの口から出る悪態は変わらず、日にちが過ぎた。しかし、日に日に身体が弱っているのは誰の目にも明らかだった。

 

 ある日の朝、看護師が巡回に行くと、勝さんの呼吸は止まっていた。妻が病院に来たのはそれとほぼ同時だった。

 

つづく

 

 

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2008.09.07 05:59 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 9

暴君の最期①

「患者に向かってその態度は何だ!」

 勝さんは(仮名)76歳。胃がんの手術後、がん細胞がお腹の中に散らばってしまう腹膜播種という状態で大学病院から転院してきた患者さんである。

 食事はほとんど食べることができず、鼻から胃へ通した管から栄養を摂っている。身体は枯れ木のようにやせ細り、自分では動くこともできない。しかし、言葉だけは活力に満ちていた。

「俺を誰だと思っているんだ!」

「お前なんてクビだ!」

毎日スタッフに怒鳴り散らした。相手は老い先短い末期がん患者だからと多めに見ても、やはりスタッフも人間。特に、夜勤で人手が足りない中を眠らずに働いているときに理不尽な罵声を浴びせられると相当頭に来るようだ。夜勤明けの看護師から勝さんへの苦言を聞くのがいつしか毎朝の日課となっていた。

 勝さんはかつて銀行で要職に就いていたらしい。

 勝さんの妻は上品な身なりで日中よく勝さんに付き添っていたが、妻も勝さんに追随していた。

 勝さんが「こんなおむつの当て方しやがって!」と言えば、妻も「本当ね。ひどいわね」と憎々しげな感情のこもった声で言った。何がひどいかと言えば、おむつの中に尿を受けるために長方形の小さなおむつを二重に当てるのだが、それが少し斜めになっていたというだけだった。

 勝さんの妻は夜になると自宅へ帰って行ったが、真夜中に夫の事が突然心配になるらしく、夜中の2時や3時によく詰所に電話をかけて夫は大丈夫かと聞いてきた。病院は24時間営業のコンビニではない。真夜中の電話はほとほと迷惑だ。しかし、電話をかけてくる妻の声は不安のため追い詰められた感じで、看護師が「大丈夫ですよ」と優しく言ってあげると落ち着くのだそうだった。後からわかったことだが、勝さんの妻は精神科に通院して治療中だったそうだ。

 

 そんなある日、勝さんの大学病院に入院していた時の元主治医から、今の主治医に連絡が入った。勝さんの娘が元主治医のところにやってきて、「転院した病院の看護は酷い。一部始終をビデオに撮ってやる」と言いにきたそうだ。

 それを聞いたスタッフはカンカンに怒った。罵倒されながらもそれに耐え、下手に出て看護しているのに・・・。文句があるなら直接こちらに言ってくれればいいのに、元いた病院にわざわざ告げ口に行かれるなんて、非常に気分が悪い。しかも、言いに行ったのは、日ごろほとんど病院に来たことがない「娘」だという。

 翌日、その娘が朝から病院に来て勝さんのベッドサイドにべったりと侍りついていたそうだ。さすがにビデオカメラは回す気配はないようだった。

 師長が娘さんと話し合いの場を設けた。娘さんは父へのスタッフの接し方が雑だと不満を言ったらしい。師長は謝罪して今後は注意しますと答えたそうだ。

 大学病院などの大きな病院から移ってきた患者さんから看護内容を比較されて時々苦情がでるそうだが、大きな病院と小さな病院では看護体制がまったく違うことを多くの人は知らないようだ。大きな病院は大抵「7対1看護」という看護区分を取っている。つまり患者7人に対して1人の看護師という意味で、手厚い看護をする体制が整っている。中小の病院は看護師が足りず、その半分くらいのスタッフでなんとかこなしている。看護師の数に応じて入院料も違ってくる。看護師が少ない看護区分であれば入院基本料も安い。大きな病院と同じ手厚い看護を要求されても土台無理なのだ。その点は患者サイドも理解してくれないと困るのだが。

 

 しかし、医療者には口応えも許されず、平身低頭するばかり。患者さまは神様で、医療者はそれに服従する奴隷なんだろうか。

いつから医療はこんな風になってしまったのだろう。

 

 その勝さんが急変したのは、主治医が不在の時だった。

 

つづく

 

 

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2008.08.17 00:40 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 4

ある愛の形

 修さん(仮名)は65歳、7年前に脳梗塞を発症し、右半身麻痺の状態になった。その2年後、再梗塞を来たし、今度は完全な寝たきり状態になってしまった。失語症で意思の疎通は不能、食事も口から摂ることはできず、胃ろう栄養を受けている。

 

 寝たきりの修さんは、在宅で妻の介護を受けていたが、突然の下血のため緊急入院した。

 下血の原因は胃潰瘍だった。治療により、修さんの胃潰瘍は間もなく治癒した。

 

 修さんの妻は毎日修さんに付き添い、献身的に介護をしている。修さんの首元にはいつも吸湿性のよい素材のスカーフが巻かれている。そのスカーフは妻の手によって毎日違うものに替えられる。色白の修さんにはどんな色もよく似合う。

「よくお似合いですね」

と声をかけると、妻は嬉しそうに笑っていた。

 

 ある日、若い看護師たちが修さんの身体の清拭をしていた時、修さんの妻がこんな話を切り出した。

 

「この人ね、病気で倒れる前、彼女がいたのよ。彼女から私に電話がかかってきたことがあったの」

 

 鼻筋が通って整った顔立ち、鋭い眼差しの修さんは、寝たきりの姿なっても尚、男前である。お元気だったときは女性にもてたのだろう。修さんの恋のお相手が、妻に電話をかけ、自分の存在を誇示してきたのだという。

 

「でもね、私、主人には何も言わなかったの。私が彼女のこと知ってて何も言わないから、主人、きっと私のこと怖いと思っていたのじゃないかしら」

 

 看護師の一人が言った。

「ええっ、そんなー、私だったら絶対に耐えられない」

 

「でもね、私にはこの人しかいないんだから、この人を失いたくなかったのよ」

 

「えー、私なんだか結婚するのいやになっちゃったー」

 

「あらあら、これから結婚する人に余計なこと言ってしまって、ごめんなさいね」

妻は笑いながら言った。

 

 修さんの病気を機に、道ならぬ恋は終止符を打ったのだろう。半身不随になってしまっては、恋人との密会は許されない。妻のいない隙を狙って、修さんの恋人が病室に逢いに来て、修さんの手を取り涙するというエピソードがあったのかどうかは知らない。入院中ならばそんな話もあり得るだろうが、在宅療養することになっては、二人が逢うことは絶対に叶わないことだ。

 夫の彼女からの電話を心に仕舞い込み、夫の前では平静を装っていたという妻、当時は辛かったに違いないが、最終的に愛の勝利者となった。今、修さんは妻の手中にある。

 誰にも邪魔されない二人だけの時間が、すでに7年流れた。

 

 看護師たちを前に、妻は話を続けた。

「ひと様からは、主人がいなくなってしまった方が自由になれるんじゃないかって、思われてるかもしれないけれど、絶対にそんなことはないの。

 だって、私にはこの人しかいないんだもの。

この人の代わりはいないから。いなくなったら困るの」

 妻は修さんに呼びかけた。

「ねえ、あなた。死んだらいやですからね。長生きしてもらわないと困りますからね」

 

 すると、修さんは鋭い目つきでギロリと妻の方を見た。

 

 修さんは今、妻への罪を償うために生きているのだろうか。

 言葉を発することのない修さんの気持ちは誰にもわからないけれど、二人の月日は今も穏やかに流れている。

 

 

 

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2008.08.08 01:00 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 4

十年の歳月

 先日、92歳、一人暮らしの良雄さん(仮名)が、娘さんに連れられて受診した。一週間前から食事が摂れなくなり、薬も飲めていないと言う。

 特発性血小板減少性紫斑病でステロイドをずっと内服している良雄さん。ステロイドの減量を試みて、血小板が突然5千を切り、緊急入院したのは十年以上前のことだ。以来、減量をあきらめ、プレドニン10mgをずっと飲み続けてきた。この年齢まで感染症や骨折、胃潰瘍など、副作用の発現もなくお元気に過ごされてきた。

 長年飲んできたステロイドの突然の中止は危険である。良雄さんもそれを承知のはずだった。

 

 余程しんどかったのだろう。入院嫌いな良雄さんが、自分から入院がしたいと言った。

「先生、もうだめや・・」

息も絶え絶えだった。

私は良雄さんの家族に厳しい話をせねばならなかった。

 

 

 しかし、そんな話はまるで必要がなかったかのように、輸液とステロイド投与で、良雄さんは見る見るうちにお元気になられた。

 数日後に病室を訪ねると、ベッドの上に正座をしていた良雄さんは、私の顔を見るなりこう言った。

「先生は神様のようだ」

恐れ多いやら、気恥ずかしいやら・・・。

 

 そのまた後日、良雄さんの部屋に回診に行くと、すっかり元通りに回復した良雄さんから、こう尋ねられた。

「先生のお子さんはおいくつになられましたか?」

「上の子は十歳です」

「ほう、そんなに。

いやね、私、先生のお子さんが生まれた日に、たまたま外来にかかりましてね、看護婦さんから『今日生まれましたよ』って聞いたものですから。

おいくつになられたのか一度聞いてみたいと思っていたのです」

「まあ、そうですか。もう十年もたったなんて、早いですね」

「先生は全然変わりませんねえ」

「あら、良雄さんも全然変わりませんよ」

互いに褒め合い、二人して、わははと笑った。

ほんの十日ほど前に、ご家族に覚悟をしてくださいとお話したことが、嘘のようだ。

 

 ありがとう、良雄さん。

 

 患者さんがよくなることは、医療者にとってかけがえのない喜びである。患者さんが医療者に感謝すれば、医療者もまた患者さんに感謝をする。喜びを与えてくれてありがとうと。

 

 

 

 思い返せばこの十年、あっという間だった。次の十年も、あっという間に過ぎるのだろう。

 患者も私も、歳を取る。すべての人は平等に一年ずつ歳を重ねる。ただし、老いの速度は人それぞれに違うようだ。

 良雄さんと、さらに十年後も、こんな風に笑いながらお話しできたらいいと思う。

「お子さんはもう二十歳ですか。あれから二十年も経ったなんて、早いもんですね」などという会話を想像すると楽しくなる。

しかし十年後、良雄さんは102歳である。

そこまで求めるのは、ちょっと酷であろう。

 

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2008.07.08 01:15 |  診療  |  仕事 / 職場  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 5

死ねる薬

 敏夫さん(仮名)は92歳。身の回りの世話をする人がいないため、社会的入院となった。その敏夫さんのところに、先日息子さんがやってきて、敏夫さんの財布の1万円が数千円になっているのを見て、「何に使ったんだ」と詰問していたという。

 使い道はたまにテレビカードを買うことや、売店でお菓子を買うことくらいだ。そんなことで子供から詰問されるなんて、可哀想に。酷い息子だ・・・と通りがかった人は思うかも知れない。

 しかし、最初に息子さんを捨てたのは敏夫さんの方だった。敏夫さんは息子さん達がまだ小さな頃に、家を出て12歳年下の愛人と暮らし始めた。

「この人のことは親とは思っていない。だけど、戸籍上の繋がりがあって、病院から呼ばれるから仕方なく来るだけ」

息子さんはそう言っていた。幼い頃に家を出た父の保証人となり、病院へ手続きに来てくれ、お小遣いまで置いていく息子さん、立派だと思う。

 

 敏夫さんの内縁の妻も今では80歳、慢性呼吸不全で私の外来に長年通っている。太った身体に、乱暴な言葉遣い、自分勝手な訴えばかりのこの女性が、半世紀遡ったとて、敏夫さんが幼い子供たちを捨てる程の魅力的な女性だったのかどうか、とても想像ができない。

 敏夫さんは長い間、呼吸不全で在宅酸素療法をしている内縁の妻の生活を支えてきた。しかし、その敏夫さんが歳を取り、介護が必要な状態になると、内縁の妻は敏夫さんを見捨てた。腰痛で歩けなくなった敏夫さんは家の中を這って生活していたらしい。着替えも入浴も長い間していなかった。病院へ連れてこられたとき、敏夫さんの体中から屎尿の匂いが漂っていた。

 内縁の妻は、同じ病院に通院していながら、敏夫さんの病室に見舞いにも来ない。敏夫さんに関して言った言葉はたった一言。

「あの人、もうダメなんでしょ」

それだけだ。

 今まで敏夫さんの年金で暮らしてきたが、生活保護を受けることになった。俊夫さんと共に住んでいた棲家を出なければならなくなり、引越しが大変だとぼやいていた。

 

 

 

 入院した敏夫さんはいつもベッドの上で、まるで仙人のように目を閉じて背筋をまっすぐに伸ばして座っている。

 私が病室へ行くと、気配でぱっと目を開ける。そして言う。

「先生、腰が痛くて痛くてたまらん。なんとかしてもらえませんか」

 敏夫さんの腰痛は変形性脊椎症によるもので、何ともならない。鎮痛剤を処方しているが、敏夫さんに言わせると全く効かないそうだ。

「先生、薬をください」

「薬なら出てるでしょう」

「もっといい薬はないんですか」

「痛みがすっかり取れるようないい薬はなかなかないんですよ」

回診ではいつも同じ会話が繰り返される。

「そうですか。もうだめですか」

「だめってことはないですよ。こうして背筋をまっすぐにしていつも座っていらっしゃるし、お食事も全部食べておられるので、このご年齢にしたら、大したものだと思いますよ」

本心でそう思う。しかし敏夫さんは言う。

「横になると余計に腰が痛くなるから座っているだけです。食事は無理して食べているんです」

 食事を無理して食べていると言うが、敏夫さんのベッドの端にはいつもお菓子が置かれていて、回診に行くとよくおやつを美味しそうに食べている場面と鉢合う。

 しかし、敏夫さんの口からは「痛い。痛くてたまらない。しんどい。辛い」

そんな言葉しか出てこない。

 今日も敏夫さんは言った。

「先生、薬ください」

「薬なら出てますよ」

「死・ね・る・薬、ください」

 

 死ねる薬・・・・

 

「そんないい薬はありませんよ」

私が言うと、敏夫さんは笑った。

「神様が決めた寿命が来るまでは、頑張って生きないとね」

自分の半分も生きていない若輩者からこういわれ、敏夫さんは言った。

「そうですか。辛いなあ」

泣き笑いのような顔をしていた。

 

 

明日、敏夫さんはこの病院を後にして、施設へ行く。

 

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2008.06.28 23:45 |  診療  |  仕事 / 職場  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 5

末期の床に

「先生!」

 床上の彼女はうつろだった瞳をぱっと開いて、叫んだ。

「しばらく側にいて。寂しいから」

 老女の乾いた口から発せられる言葉は、ねっとりと湿り気を帯びていた。

 彼女がもっと元気だったころ、頻繁に見舞いに来て車椅子を押していた娘さんは、いよいよ母親が末期の床に伏せると何故か病院への足が遠のいた。回診に行っても娘の姿を見かけることはない。

「そばにいて」

 老婆は看護師や介護スタッフに懇願する。しかし、スタッフには彼女に付き添ってあげる時間的な余裕がない。

 ある年配の看護師が娘さんに「側にいてあげるとご本人も落ち着かれるようなので、なるべくついていてあげてください」と言ったのだそうだ。すると娘は「付き添いはできません」ときっぱりと答えたそうだ。

 

「痛くはない?苦しくはない?」

「痛くもないし、苦しくもない」

 誰が持ってきたのか、病室には美しい花が飾ってあった。しかし、老女の視界には入らない。横を向くことさえしんどい。

 

 壁にかけられた青い麻のジャケットは、もうすぐ主人を失うことを知っているだろうか。入院するときに着てきたジャケットに、彼女が袖を通すことは二度とない。

 

 「あの人は口調がきついの」以前は病室を訪れると、よくスタッフの態度をこぼしていたが、いよいよそれもなくなった。

 もうひと月以上、食事を口にしていない。抹消からの点滴が命綱。

 痛みは麻薬の貼付製剤でコントロールされ、表情から苦痛は感じ取れない。

「足の浮腫みが退きましたね」

「そう?」

腹水でパンパンになったお腹がじゃまして、自分の足を見ることはできない。

「でも、もうだめだわ」

絶望とは程遠い穏やかな顔で言う。

「もうだめだと思うの?」

「そう」

 

 そのとき、病室の窓からふわりと心地よい風が吹き込んだ。

「窓からいい風が入ってきますね」

「ええ、本当に」

 老女の手首の脈を取った。何日後かはわからないが、近いうちにこの脈は打つことをやめる。その時が来るまで、心臓は全身に血液を送り続ける。懸命に。

 

「気持ちいい風ね」

 

 風が気持ちいいと、末期の床で彼女は言った。その脈を取りながら、しばしの間、共に風を感じた。

 

 

 

 

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2008.05.31 00:00 |  診療  |  連載  |  尊厳死  |  春野ことり  | 推薦数 : 10

延命治療、おいくらですか?④ 完結編

「タカコさんにかかる負担金は、いかなる高額な治療を行っても、一ヶ月で24600円です。ただし・・・」

私の口調は極めて事務的になっていた。

「人工呼吸器を付けた場合、大部屋での管理は無理ですので、個室管理になります。個室料金は1日につき約5千円です。これは保険が効きませんので、全額お支払いいただくことになります。」

 

息子さんは質問した。

「人工呼吸器をつけた場合、(命は)どれくらい持つのでしょうか」

「一概には言えません。人工呼吸器ををつけても、すぐに心臓が止まってしまうこともあります。心臓が止まれば命は終りです。人工呼吸器ををつけた状態で外せないまま何ヶ月も続く場合もあります」

息子「1年、2年続くこともあるんですか?」

私「理論的にはあり得ることです」

息子「やっぱり一度つけたら外せないんですか?」

私「人工呼吸器を必要としないところまで呼吸機能がよくなれば外せますが、このご年齢では難しいと考えた方がいいと思います」

息子「一ヶ月で15万円か・・・」

 

息子さんはしばしの沈黙の後、こう言った。

「じゃあ、いいです。延命は。

お金もかかることだし・・・」

 

 

幸いにして、タカコさんの状態は通常の非ケトン性高浸透圧性昏睡に対する治療により落ち着き、元の施設に戻ることになった。しかし、意識は依然として戻らないままである。

意識の戻らないタカコさんは、自分の命が息子によって値踏みされたことなどもちろん知らない。

 

たしかにお金がいくらかかるのは家族にとって切実な問題かもしれない。しかし、「お金がかかるから延命はやめる」と言われたタカコさんは何とも不憫である。

「お金がかかるから延命をやめる」

のではなく

「延命をしても母の状態が回復して、母が生きている喜びを感じるようになるわけではありません。母がこのような状態で生き延びることを望んでいるとは思えません。91歳まで母は十分に生きたと思います。苦しみを引き伸ばすような無理な延命はせずに、どうか自然にまかせてください」

これが美しい回答ではないだろうか。これらは結果は同じでも、持つ意味が全く違う。

 

念のため繰り返すが、現在の医療制度の下では、治療費が払えないからと高齢者の治療を拒まれることは稀である。

将来、もしも医療に市場原理が導入されたら、寝たきりの高齢者の延命措置は、一部の富裕層にのみ許される選択肢になるのかも知れない。

または、貧富の差に関係なく高齢者の医療は包括となり、延命の選択肢自体がなくなってしまうかも知れない。

10年後、20年後の医療制度がどのように変わっているかは予測できない。

しかし、いずれにしても、お金と命を天秤にかけることは、その人の尊厳を踏みにじることのように思う。

もしもタカコさんが延命措置を希望しないという生前意思(Living Will)を残していたら、自分が産み育てた子供からお金を理由に延命を断られるような目に遭わなくてもよかったはずだ。

 

人間の命には必ず終わりがある。

 

これから老いていく人たちには、ぜひ生前意思を記しておかれることをお勧めする。

まずは自分自身の尊厳を守るために

次に愛する家族が迷い苦しまないために

 

そして皆さんの尊厳が守られるためには、生前意思に基づき延命を中止した医療者が咎められない世の中になることが大前提である。

 

 

なかのひと

 

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2008.05.28 16:02 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 6

延命治療、おいくらですか?③

 

さて、本題に入りたい。

「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」

と聞いてきたタカコさんの息子さん、彼が知りたい費用とは延命治療にかかる実費なのか、自分が支払うべき負担金なのか、どちらだろうか。

問うまでもなく、彼に請求される負担金であろう。実費がいくらかかるかを気にする患者など全くいないわけではないのだが、まずお目にかかることはない。

人工呼吸器をつけて中心静脈栄養を行い、高価な抗生剤の点滴を行えば、1ヶ月で100万円近い保険請求額が発生する。

しかし、いくら高額な治療を行っても、70歳以上の患者に請求される額は収入によって異なるものの一般には1ヶ月で数万円である。

数万円という数字を更に正確にするため、私はタカコさんの場合の自己負担額を医事課に電話をして問い合わせた。

回答は、24600円だった(注1)。実質100万円かかろうが、200万円かかろうが、負担金はたった2万4千6百円である。「それならばできるだけのことをやってもらった方が得だ」と息子は考えるかも知れない。

 

私はこれまで何百人もの老人の診療に当たってきたが、「医療費が払えないから高額な治療や検査はやめて欲しい」という高齢者の患者にはまず会ったことがない。

むしろ、医療費が払えないからと必要な検査を拒否するのは、70歳未満の患者である。

私が医師になった頃は、70歳以上の老人は自己負担額がゼロだった。一方60代の患者は年金生活の上に国民保険で3割負担のため、検査などを勧めても、すんなりとは受けてもらえないことが多かった。そのために発見が遅れ、病状が進行してしまった患者もいた。その彼らが70代に突入するやいなや、何でもやってくれとホイホイ検査を受ける態度に豹変する姿を見てきた。60代のうちは自己負担金がかかるからと医師が勧める検査を断り、70代になったら医療の受けたい放題、これには矛盾を感じていた。

まもなく、高齢者の自己負担が1割になった。この時、医師会は当然のごとく猛反対した。建前は患者のためだったが、高齢者が不必要な受診を控えて開業医が減収になるのを阻止したかったためではないと神に誓って言うことはできないであろう。

しかし、自己負担が1割になっても、受診する高齢者は減ることはなかった。たとえ自己負担額が発生しても、必要なものは必要なのだ。水を使うのに水道料金を支払い、電気を使用するのに電気料金を支払うのと同じである。

現在、後期高齢者医療制度が非難の的になってるが、入院に関して言えば、いかなる高額な治療を行っても自己負担はたった数万円というところは全く変わっていない。

これに対して、70歳未満の患者は、高額療養費制度といって、一定額を超えた分は申請すれば後から還付されるという制度はあるものの、高額な治療を受けた場合はそれに一定の率をかけた高額な負担金を一時的に窓口で支払わなければならない。(注2)

私の経験では、50代や60代の患者さんから、たとえ一時的でも医療費が払えないという理由で治療を拒否されたことがある。

50代の患者から必要な治療を拒否された後、病棟で植物状態の老人が、まさにその50代の患者が高額だからと拒否した治療薬を並々と投与されているのを見たときは、やり切れない気持ちがした。その50代の方は亡くなってしまったが、植物状態の老人は生き延びた・・・。

 

 

さて、聞かれた以上は答えなければならない。

「タカコさんにかかる負担金は、いかなる高額な治療を行っても、一ヶ月で24600円です」

 

さて、これを聞いた息子さんはどう選択するのか。

 

つづく

 

なかのひと 

(注1)住民税非課税世帯の限度額  限度額は所得によって異なります。ちなみに、タカコさんと息子さんは別世帯です。

(注2) H19年4月以降は70歳未満の方も入院に関してのみ、希望により一定の手続きを経れば70歳以上の高齢者の方と同様に窓口で限度額以上の請求をされない制度ができました。
この取り扱いを望む場合の手続きとしては、窓口での支払に先だって保険証の発行主体に低所得区分の方は「限度額適用・標準負担額減額認定申請書」を提出して認定証の交付を受け、それ以外の区分の方は「限度額適用認定申請書」を提出して認定証の交付を受け、保険証とともに医療機関の窓口に提出する必要があるようです。

 

 

 

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