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最近あった理不尽なクレーム
入院している祖父を見舞いに来た孫より
「給食が熱すぎるんですけど、何とかなりませんか」
冷めるまでお待ちになってはいかがでしょう・・・
それとも冷たいお粥をお出ししましょうか
大学病院より転院してきた末期癌患者のご家族へ、お部屋を324号室へ移っていただけませんかとお話したら
「324号室?病室に4がつくなんて、縁起の悪い!!そんな病院聞いたことないわよ!!」
4(死)がつく病室なんて縁起が悪いと仰られ、4のつかない病室に入られましたが、末期癌ですから、患者さんはお亡くなりになりました。するとご家族が
「大学病院の先生はあと3ヶ月って言ったのに、まだ1ヶ月もあるじゃないの!!」
そう言われても・・・・・・ねえ・・・
他にも色々あったけど、忘れちゃった。。。
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敏夫さん(仮名)は92歳。身の回りの世話をする人がいないため、社会的入院となった。その敏夫さんのところに、先日息子さんがやってきて、敏夫さんの財布の1万円が数千円になっているのを見て、「何に使ったんだ」と詰問していたという。
使い道はたまにテレビカードを買うことや、売店でお菓子を買うことくらいだ。そんなことで子供から詰問されるなんて、可哀想に。酷い息子だ・・・と通りがかった人は思うかも知れない。
しかし、最初に息子さんを捨てたのは敏夫さんの方だった。敏夫さんは息子さん達がまだ小さな頃に、家を出て12歳年下の愛人と暮らし始めた。
「この人のことは親とは思っていない。だけど、戸籍上の繋がりがあって、病院から呼ばれるから仕方なく来るだけ」
息子さんはそう言っていた。幼い頃に家を出た父の保証人となり、病院へ手続きに来てくれ、お小遣いまで置いていく息子さん、立派だと思う。
敏夫さんの内縁の妻も今では80歳、慢性呼吸不全で私の外来に長年通っている。太った身体に、乱暴な言葉遣い、自分勝手な訴えばかりのこの女性が、半世紀遡ったとて、敏夫さんが幼い子供たちを捨てる程の魅力的な女性だったのかどうか、とても想像ができない。
敏夫さんは長い間、呼吸不全で在宅酸素療法をしている内縁の妻の生活を支えてきた。しかし、その敏夫さんが歳を取り、介護が必要な状態になると、内縁の妻は敏夫さんを見捨てた。腰痛で歩けなくなった敏夫さんは家の中を這って生活していたらしい。着替えも入浴も長い間していなかった。病院へ連れてこられたとき、敏夫さんの体中から屎尿の匂いが漂っていた。
内縁の妻は、同じ病院に通院していながら、敏夫さんの病室に見舞いにも来ない。敏夫さんに関して言った言葉はたった一言。
「あの人、もうダメなんでしょ」
それだけだ。
今まで敏夫さんの年金で暮らしてきたが、生活保護を受けることになった。俊夫さんと共に住んでいた棲家を出なければならなくなり、引越しが大変だとぼやいていた。
入院した敏夫さんはいつもベッドの上で、まるで仙人のように目を閉じて背筋をまっすぐに伸ばして座っている。
私が病室へ行くと、気配でぱっと目を開ける。そして言う。
「先生、腰が痛くて痛くてたまらん。なんとかしてもらえませんか」
敏夫さんの腰痛は変形性脊椎症によるもので、何ともならない。鎮痛剤を処方しているが、敏夫さんに言わせると全く効かないそうだ。
「先生、薬をください」
「薬なら出てるでしょう」
「もっといい薬はないんですか」
「痛みがすっかり取れるようないい薬はなかなかないんですよ」
回診ではいつも同じ会話が繰り返される。
「そうですか。もうだめですか」
「だめってことはないですよ。こうして背筋をまっすぐにしていつも座っていらっしゃるし、お食事も全部食べておられるので、このご年齢にしたら、大したものだと思いますよ」
本心でそう思う。しかし敏夫さんは言う。
「横になると余計に腰が痛くなるから座っているだけです。食事は無理して食べているんです」
食事を無理して食べていると言うが、敏夫さんのベッドの端にはいつもお菓子が置かれていて、回診に行くとよくおやつを美味しそうに食べている場面と鉢合う。
しかし、敏夫さんの口からは「痛い。痛くてたまらない。しんどい。辛い」
そんな言葉しか出てこない。
今日も敏夫さんは言った。
「先生、薬ください」
「薬なら出てますよ」
「死・ね・る・薬、ください」
死ねる薬・・・・
「そんないい薬はありませんよ」
私が言うと、敏夫さんは笑った。
「神様が決めた寿命が来るまでは、頑張って生きないとね」
自分の半分も生きていない若輩者からこういわれ、敏夫さんは言った。
「そうですか。辛いなあ」
泣き笑いのような顔をしていた。
明日、敏夫さんはこの病院を後にして、施設へ行く。
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「先生!」
床上の彼女はうつろだった瞳をぱっと開いて、叫んだ。
「しばらく側にいて。寂しいから」
老女の乾いた口から発せられる言葉は、ねっとりと湿り気を帯びていた。
彼女がもっと元気だったころ、頻繁に見舞いに来て車椅子を押していた娘さんは、いよいよ母親が末期の床に伏せると何故か病院への足が遠のいた。回診に行っても娘の姿を見かけることはない。
「そばにいて」
老婆は看護師や介護スタッフに懇願する。しかし、スタッフには彼女に付き添ってあげる時間的な余裕がない。
ある年配の看護師が娘さんに「側にいてあげるとご本人も落ち着かれるようなので、なるべくついていてあげてください」と言ったのだそうだ。すると娘は「付き添いはできません」ときっぱりと答えたそうだ。
「痛くはない?苦しくはない?」
「痛くもないし、苦しくもない」
誰が持ってきたのか、病室には美しい花が飾ってあった。しかし、老女の視界には入らない。横を向くことさえしんどい。
壁にかけられた青い麻のジャケットは、もうすぐ主人を失うことを知っているだろうか。入院するときに着てきたジャケットに、彼女が袖を通すことは二度とない。
「あの人は口調がきついの」以前は病室を訪れると、よくスタッフの態度をこぼしていたが、いよいよそれもなくなった。
もうひと月以上、食事を口にしていない。抹消からの点滴が命綱。
痛みは麻薬の貼付製剤でコントロールされ、表情から苦痛は感じ取れない。
「足の浮腫みが退きましたね」
「そう?」
腹水でパンパンになったお腹がじゃまして、自分の足を見ることはできない。
「でも、もうだめだわ」
絶望とは程遠い穏やかな顔で言う。
「もうだめだと思うの?」
「そう」
そのとき、病室の窓からふわりと心地よい風が吹き込んだ。
「窓からいい風が入ってきますね」
「ええ、本当に」
老女の手首の脈を取った。何日後かはわからないが、近いうちにこの脈は打つことをやめる。その時が来るまで、心臓は全身に血液を送り続ける。懸命に。
「気持ちいい風ね」
風が気持ちいいと、末期の床で彼女は言った。その脈を取りながら、しばしの間、共に風を感じた。
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91歳、寝たきりで施設に入っていたタカコさん(仮名)が、早朝に激しい痙攣を起こして救急車で運ばれてきた。
連絡を受けてやってきた家族はお嫁さん一人。
お嫁さんに、この年齢で、この状態では、いつ急変して呼吸が止まってもおかしくないことを話し、人工呼吸器などをつける希望があるかどうかを訪ねた。
嫁「ええっ!そんなに状態が悪いんですか?そういうことは、話し合ったことがないし、私は嫁の立場ですから、決められません」
一刻を争う事態であることを告げ、早急にご家族で話し合って、お返事をくださるように言うと、嫁は「わかりました」と言って帰って行った。
その後、血液検査の結果が出た。なんと、血糖値が1200mg/dl以上であった。正常の約10倍である。非ケトン性高浸透圧性昏睡だ。極度の高血糖のため血漿浸透圧が高くなり、脳細胞が脱水状態となるために痙攣や昏睡を来たすものである。
タカコさんは老衰のため食事が食べられず、施設では鼻から入れた管から流動食を投与されていた。もともと会話はできなかったようだ。
過去の入院の記録を見ると、血糖値は高くなかった。なぜ突然こんなに血糖値が上がったのかはわからない。人間の体というのは時に説明のつかない不思議なことが起こるものである。
最近、医療の結果が悪いと「真実を知りたい」と言って医療裁判を起こしたり、警察に医療事故として届けたりする人が増えているようだが、医学を学んでいない検察官や裁判官に真実を求めても分かるはずがない。医師にだって分からないことばかりなのだから。真実が分かるものならば、こっちだって知りたい。
それはさておき、血糖値が異常に高いことが分かり、速効型インスリンの点滴を始めると、やがてタカコさんの痙攣は治まった。しかし、タカコさんの意識は戻らず、痛み刺激にも全く反応はない。
夕方になっても、タカコさんの家族からは何の連絡もなかった。しびれを切らして、連絡先として嫁が書き遺して行った携帯電話の番号にかけると、タカコさんの息子が出た。仕事中のようだった。
息子「ええっ、そんなに悪いんですか?」
妻から何も聞いていないのだろうかと思わせる反応だった。
息子「えっ?延命治療?なんですか、それ。え?人工呼吸器?ああ、お願いします」
絶句しそうになる。自分の親の様子も見に来ず、電話で簡単に言わないで欲しい。
とにかく、一度病院に来てくださいと言うと、息子は「ええっ?今からですか?」
今からです!
強い口調で言うと、息子はわかりましたと素直に応じた。
40分程して、息子がやってきた。91歳の方の息子にしては若く、50代に見える。
私は、まだ一度もタカコさんの病室を訪れていない息子をタカコさんの元に連れて行き、意識のないタカコさんの姿を見せた。
その後、患者さんや御家族への説明をするための小さな部屋で、一通りタカコさんの状態を説明した。
今は痙攣はおさまったが、意識はまだ戻らず、危険な状態には変わりがないことを告げ、仮に呼吸が止まった場合、希望があれば人工呼吸器をつけることもあるが、もともとの状態や年齢を考慮すると、つけてもわずかな期間の延命をする意味しかないであろうと話した。
息子は母が死の淵にいることが受け入れられない様子だった。
「そんなに悪いんですか」と繰り返した。そして、こう言った。
「延命するかどうか、今決めないといけないんですか?今まで、そういうこと、考えたことがないんですよ」
91歳で寝たきりで施設に入っている母親の死について考えたことがないというのは、私にはとても不思議に思えた。しかし、それは臆面にも出さず、「そうですか、考えたことがないんですね」と優しく言い、「でも、人間の命は永遠ではありませんから、いつかは死が訪れるんですよ」と続けた。
息子「それは分かっているんですけど・・・」
はっきりしない息子を前に、私は続けた。91歳で会話もできずに食事も摂れない状態だったら、もう寿命なんですよ。安らかに死を迎えさせてあげることも必要です。自分のための延命ではなく、お母さん本人のことを一番に考えてあげてくださいね。自分がお母さんの立場だったら、どうして欲しいかという観点から考えてあげてください。
息子は判断に困っていた。
そしておもむろにこう言った。
「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」
私はまたも絶句しそうになった。
つづく
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前回のエントリーで、沈みかけた船のお話を書いたところ、コメンテーターの方が別バージョンを作ってくださいました。
まずは原作をどうぞ
沈没しかかっている船がありました。
船には、赤ちゃんから老人まで乗っていました。
沈没を防ぐためには、重量を減らさなければなりません。
船頭さんは苦渋の末、意を決してこう言いました。
「お年寄りからこの船を下りてもらおう!」
老人から反発の声が上がりました。
「年寄りは死ねっていうことか!ひどいじゃないか!」
「人殺し!」
船頭さんは黙り込んでしまいました。
若者や子供たちも何も言えませんでした。
そして、船は沈没しました。
子供も若者も老人も、みな命は平等です。
だから、みんな一緒に海の底に沈みました。
おしまい
欧州の消化器科医先生の作品です
その①
・・・・・
老人から反発の声が上がりました。
「年寄りは死ねっていうことか!ひどいじゃないか!」
「人殺し!」
船頭さんは黙り込んでしまいました。
若者や子供たちも何も言えませんでした。
しかし、いよいよ沈み始めた時に乗員で争いが始まりました。
若者は「これまで十分生きたじゃないか、頼むから死んでくれ」
老人は「なにを、ばちあたりな。誰のおかげでここまでこれた?」
「メタボから先に下りろ」
そして殺し合いが始まりました。
船頭は傍観していました。
ちょうど適度に殺し合いがすんだ頃合いに、船頭は
「ああ、沈まなくて良かった。でも、残った乗員の消耗がひどくて、船が進まなくなったなぁ。安くて良く働く、外人でもいれるか」
そして、残った乗員と外人とでまたしても争いが果てしなく続きました。
そのうち、誰が本当に悪いのかに乗員は気づきました。
乗員と外人の怒りは船頭に向き、船は漂流していくのでした。
欧州の消化器科医先生の作品 その②
・・・
老人から反発の声が上がりました。
「年寄りは死ねっていうことか!ひどいじゃないか!」
「人殺し!」
船頭さんは黙り込んでしまいました。
でも、若者や子供たちはどうにかしようと考えました。
老人達といっしょに知恵をしぼりました。
まず、船に不必要な物を捨て始めました。
不要な箱ものを捨てました。
そして、船頭達が実はお宝や利権を隠し持っていたことをつきとめました。
それを元手に船を大きく改築し、沈みにくくしました。
さらに、船頭達の不要な大量の持ち物も捨てました。
そして、二度と不正蓄財、利権集中ができぬように船内の規則を作り替えました。
船頭もみんなの幸せを考えられる人を選びました。
そして、老いも若きも力を合わせるようになった船は再び力強く進むこととなりました。
次はakoさんの作品です。
沈没しかかっている船の近くには豪華客船がありました。
救命ボートを投げれば全員助かりそうです。でも、救命ボートは自分たちの乗っている船の乗客用に用意したものだから別の船の乗客のために使えないといって投げようとしません。
沈没するような貧弱な船に乗る料金しか持てなかったあなたたちの自己責任、と。
私が書いたものが平等主義日本型バージョンというならばこれは市場原理主義アメリカ型バージョンというべきでしょうか。
欧州の消化器科医先生のその②のような結末になるといいのですが。
他の作品もお待ちしておりますw
たぬくまぞうさんとchristmasさんからもいただきましたのでご紹介します。
まずは、たぬくまぞうさんバージョン
沈没しかかっている船がありました。
船には、赤ちゃんから老人まで乗っていました。
沈没を防ぐためには、重量を減らさなければなりません。
船頭さんは苦渋の末、意を決してこう言いました。
「お年寄りからこの船を下りてもらおう!」
老人から反発の声が上がりました。
「年寄りは死ねっていうことか!ひどいじゃないか!」
「人殺し!」
船頭さんは黙り込んでしまいました。
若者や子供たちも何も言えませんでした。
船頭さんは考えました
老人には食料を少なくして
治療もしない事にしました
弱った老人はどんどん亡くなり
海の藻屑と消えて行きました
お陰で船は沈まずにすみました。
めでたしめでたし
続き
若者と子供達は考えました
将来同じ目に合うのかと
船で暴動が起き
船頭は海に投げ込まれてしまいました
それから船は何処を漂流しているやら。
おしまい
次は、christmasさんの目指せ!印税生活バージョン
船底に亀裂が入り、船はまさに沈没寸前です。慈愛あふれる屈強な男たちは海へ飛び込み、船の周りを泳ぎだします。一人、また一人と波間に消えました。
「それでも男かっ!」と老人たちに責められ、ひ弱な男たちも渋々泳ぎ出し、波にのまれていきました。
赤ん坊がインフルエンザっぽい症状を出し、子供たちが海に捨てられます。ある母親が赤ん坊を追って波に飛び込みます。
「母性はないのかっ」の叱責に、今度は母親たちが海へ消えました。船上に残った中年女性は、老人たちのゲートボールで慣らした素晴らしいチームプレイで、簡単に船から突き落とされてしまいました。
こうして老人たちは、無事、天国へのビザを手に入れたのでした。。。
しかしながら、、、海に消えた人たちの中には、無人島に泳ぎ着いた者もいました。彼らは島で生活を始め、やがて集落を作り…。ある日、他島に流れ着いた同朋たちと交流すべく、一艘の船で宴会を始めました。が、船が沈没しかかって…。
「ふふん、昔が懐かしいけど、俺たちゃ昔とは違う。経験豊富なサバイバーじゃ~」。バージョンアップして、第二ラウンドの始まりです。。。
いやー、christmasさん、過激です(>▽<)。
みなさん、想像力が豊かですw
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以前、 終末期医療:延命治療の有無、「生前意思」に診療報酬 についての記事を書きました。
1ヶ月でもう廃止になりそうです。
http://www.chunichi.co.jp/article/politics/news/CK2008051202010539.html
2008年5月12日 中日新聞 朝刊
政府は11日、75歳以上が加入する後期高齢者(長寿)医療制度の診療報酬体系の一つである「後期高齢者終末期相談支援料」について、廃止を含めて見直す方向で検討を始めた。患者団体などが「延命治療の中止を迫られ、治療を受けられなくなる」と強く反発したことに加え、同支援料が制度全体への批判の一因となっているとして、見直しが避けられないと判断した。
同支援料は、医師や看護師らが、回復の見込みが薄いと判断した患者と、▽現在の病状と予想される病状の変化▽介護などの生活支援▽病状急変時の治療の希望内容▽救急搬送の希望の有無-などについて話し合い、医師らがその内容を文書や映像などにまとめた場合、診療報酬2000円を支払う制度。
厚生労働省は患者団体などの批判を受け、4月28日付で都道府県などに、病状急変時の治療方針などについて患者の希望が「不明」「未定」でも診療報酬の算定を認めると通知し、延命治療に関する意思決定を強要することはないと強調していた。
しかし、野党に加え、与党内からも「医療費抑制のために支援料を導入したと思われている。お年寄りに早く死ねと言うことにつながる」との懸念が強まったため、廃止も含めて見直すことにした。
-------------------------------------
患者団体の反発は想定内でしたが、4月1日から制定され、もう廃止とは、早いです。
週刊ポストはこの制度に関して、こんな見出しの記事を載せていました。
後期高齢者の終末医療「延命やめたら医師に〈お手当〉2千円」 団塊世代はやがて47万人が斬り捨てられる
新聞広告で見ただけなのですが、まるで医師が2千円欲しさに延命をやめるかのような誤解を与える、ひどい見出しだと思いました。よほど抗議をしようかと思いましたが、抗議をするためには週刊誌を買って内容を読まなくてはいけないので、あほらしいので止めました。
それにしてもこの制度の「算定要件」は以下の通り
しかも、医事課によくよく聞いてみると、外来患者さんの場合、死亡時にしか算定できない、入院患者さんの場合は退院時か死亡時のみ算定できる、というものだそうです。
1時間以上かけて話し合い、それを文書にまとめるとさらに時間がかかります。その報酬がたったの2千円というのはふざけています。しかも、すぐに算定できるわけではなく、いつ算定できるかもわからない。こんな手間のかかることを誰が好き好んでやるでしょうか?
はじめから現実味のない制度なので、廃止になろうがなかろうが、ほとんど何の影響もなさそうです。
ところで、後期高齢者医療制度に関して、マスコミの論調は
「年寄りは早く死ねということか!」の一点張りです。
政府もあわてて、長寿医療制度なんて、名前を変えたりしていますね。
ところでこんな話を思いつきました。
---------------------------------------------
沈没しかかっている船がありました。
船には、赤ちゃんから老人まで乗っていました。
沈没を防ぐためには、重量を減らさなければなりません。
船頭さんは苦渋の末、意を決してこう言いました。
「お年寄りからこの船を下りてもらおう!」
老人から反発の声が上がりました。
「年寄りは死ねっていうことか!ひどいじゃないか!」
「人殺し!」
船頭さんは黙り込んでしまいました。
若者や子供たちも何も言えませんでした。
そして、船は沈没しました。
子供も若者も老人も、みな命は平等です。
だから、みんな一緒に海の底に沈みました。
おしまい
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欧州の消化器外科医先生から、このお話の変更バージョンのコメントいただいていますので、ぜひ、コメント欄もご覧ください。秀逸です。
注:このブログのコメントは承認制です。
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前回、2回にわたって、「町医者の心を折るもの」というタイトルの記事を書きました。
肝硬変から肝癌を発症して死亡した患者さんの娘さんが突然来院され、「きちんと検査は行われていたのか」、「なぜもっと早く肝がんが見つからなかったのか」という由のことを言って行かれたお話です。
このエントリーには医師と非医療者の両方の立場の方々からコメントをいただきました。
医師の方々からは「私」へ同情するご意見を、非医療者の方からは「娘」の気持ちもわかるというご意見をいただきました。
その中のひとつ、いつもコメントをくださるazukiさんのコメントで、私ははっと気付きました。
そのコメントとは以下のものです。
腫瘍マーカーという呼称が適当なのかどうかも疑問を感じるところです。
言葉から受ける印象というものがあります。その言葉から想像される、本来の意味以外のものを感じ取る力が人間にはあります。
腫瘍マーカー、と聞けば『体内にがんが出来たら必ず数値が上昇するもの』というような印象を、なんとなく感じ取ってしまうのではないかと思います。
また『正常』という言葉も『がんは出来ていない』というようなイメージを与えるかもしれません。
腫瘍マーカーという言葉が一般の人にも知られているわりに、それがどういうものなのかまでを知ってる人は少ない。情報氾濫の中で、なにが正しいのか判断していくのは、難しいのでしょう。
azuki
つまり、「腫瘍マーカー」に対する医師と患者の認識の違いによる齟齬が生じていた、というわけです。
前回の記事の「私」の感情を整理します。
「娘」が父の癌死を受け、病院に対し 「きちんと検査は行われていたのか」 「もっと早く見つけることはできなかったのか」と思うことは、充分に理解できます。
もしも私がこの娘さんの立場だったら、同じように思うでしょう。ただし、それをストレートに医師にぶつけるかどうかは別として。
「私」は突然アポなしで現れた「娘」のために時間を割き、質問のひとつひとつに誠意を持って答えました。
しかし、「私」がズッコケタのは次の言葉です。
腫瘍マーカーは測ってあったのかという「娘」の問いに、「私」が正常だったと言い、検査結果の伝票を見せたところ、「娘」は
「そんなバカな!正常なんて、信じられない!」
と、叫んだのです。
正常値の書かれた伝票を見せているのに 「信じられない」とは、どういうことか。
これは「私」の理解を超えました。
すぐに、こちらの言うことは何も信じられないということだろうと思いました。そこで、こう表現しました。
どうやら「不信」という色眼鏡をかけてしまうと、白いものも黒くしか見えないようだ。
検査伝票を見せているのに信じられないのであれば、この「娘」には何を言っても信じてもらえないのだろう。そう感じた「私」は以下のように思いました。
もうこの方とはお話ししたくない
医師の中では、「腫瘍マーカーは癌があったら必ず上がるものでもなく、上がっていたら必ず癌があるわけでもない」 ということは常識です。
しかし、それは医師の常識であって、患者さんの常識ではありません。
この「娘」がazukiさんの指摘されたように腫瘍マーカーを『体内にがんが出来たら必ず数値が上昇するもの』と思っているのであれば、
「そんなバカな!正常なんて、信じられない!」
という言葉が「私」へ向けられたものではなく、「上昇しているはずの腫瘍マーカーが正常だ」という事象に向けられていることが考えられます。
以前、「医師アタマ」という著書を紹介しました。
今回のことで、すっかり私自身が「医師アタマ」になっているということを実感しました。
以下、「医師アタマ」より引用です。
本書は一つの大雑把な仮説を立て、その仮説を前提としたうえでさまざまな角度から検証をしたいと思う。
その仮説とは「医療における患者ー医師間のコミュニケーション不全は基本的に医師の論理が持つ頭の固さ、すなわち、『医師アタマ』に起因するものである」というものである。
医師がある患者を「おかしなことをいう患者」と感じる時、もしくは、「なんでこの人はこんなことをいうのだろう」と不思議に思う時、患者がいうことを聞かないといらだつ時、その原因の多くは医師自身のなかにある「医師アタマ」からくるものである。
患者にはいろいろな人がいるが、そのいろいろさ加減は、人にいろいろな人がいるのと同様である。一方、医師の頭の中では非常に整然として世界が構築されている。そこから生まれる「医師の論理」が、現代の医療を取り巻く新たな問題を生み出しているのではないか?
「なんでこの人はこんなことを言うのか」と思う時、その根拠が分かると医師は気持ちが楽になり、診療も行い易くなります。
分からないままだと溝が深まり、トラブルの元になります。
今回、azukiさんのコメントで、この「娘」の思考様式が理解できたように感じ、大変気持ちが楽になりました。
ブログを通して色々と勉強になります。コメンテーターの皆様、今後もお気づきの点を教えていただけたら幸いです。
私は患者さんの考えをできるかぎり理解したいと思っています。そして、患者や家族の皆様にも、医療提供者への御配慮をお願いしたいと思います。
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天国へのビザ よろしくお願いします^^
***
「輸血して何になるっていうの」
奥さんの言葉にはっとさせられました。そうです。奥さんの言うとおりです。末期癌の患者さんに輸血をして何の意味があるのでしょう。
私は急に恥ずかしくなりました。毎日、田中さんと奥さんの何を見てきたのでしょう。
私は輸血するかどうかは、奥さんに一任すると言いました。
決定権を託されると、奥さんは逡巡し始めました。奥さんは輸血をして欲しくないと思ったわけではないようでした。「輸血して何になるの」というのは、いわば奥さんの心のつぶやきだったのでしょう。
輸血しなければ、死期を早めることは奥さんにも分かっています。その決定を奥さんがしてしまっていいものなのかどうか、迷っているようでした。
「お父さんはどうして欲しいんだろう・・・」(注:お父さんというのはご主人のことです)
私には奥さんの気持ちがよくわかりました。「治療をしない決断」は勇気が要るのです。家族にとっても、医療者にとっても。
田中さん本人が痛みで苦しんでいるのならば、輸血による延命は残酷です。しかし、苦痛も何も表現しない田中さんです。どうしたらよいものか、判断に苦しみました。
結局、奥さんは「治療をしない決断」をすることができず、命を落とさない最低限の輸血を希望しました。
田中さんの骨折は保存的に牽引を行い、輸血をした後、田中さんは何事もなかったかのように穏やかに変わらぬ日々を過ごされました。奥さんはやはり毎日、何も物を言わないご主人の傍らにいました。
しかし、しばらくすると、田中さんは肺炎に罹りました。汚い痰がたくさん出て、毎日熱が続きました。
抗生剤の点滴を開始すると、田中さんの奥さんはこう言いました。
「お父さんに医療費を使ってもらったら申し訳ないわ。だってどうせ治らないんですもの。医療費はもっと治る見込みのある人のために使ってあげて」
「そんな・・・・」
つづく
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もうずっと前のことです。患者さんのご家族の言葉に、はっと気付かされた経験を書きたいと思います。
田中さん(仮名)夫婦はとても仲のよいご夫婦でした。奥さんは私の勤務する病院の事務職員でした。ご主人はとても健康に気を遣われる方で、毎年胃カメラの検査を受けていました。
定年を目前にした年の胃カメラで、ご主人に早期胃がんがみつかりました。「早く見つかってよかった」ご主人はそう言って手術を受けました。みんながそう思いました。
田中さんは定年退職したら、奥さんの定年を待って、夫婦で旅行三昧したいと言っていました。一年後には奥さんも退職しました。これから二人で楽しく旅行三昧の生活をするはずでした。しかし、ある日
「先生、主人が急に歩けなくなって、吐き続けているんです。診てもらえませんか」
田中さんの奥さんが、ご主人を車椅子に乗せて私の外来へ連れてきました。頭のCTを撮ると、ご主人の脳室は拡大し、水頭症になっていました。田中さんは大学病院の脳外科に入院することになりました。
しばらくして、脳外科の医師から、田中さんの脳脊髄液の細胞診で腺癌が出たと連絡がありました。おそらく胃がんの転移だろうと言われました。
「早期だったはずなのに・・・」
結果を聞いた私は、落胆しました。脳脊髄液から癌細胞が出るということは、末期的であることを示します。
その後、大学病院に入院している田中さんのところへお見舞いに行きました。田中さんは手が震えて箸が持てず、歩くこともできないと言っていました。
田中さん本人は、脳脊髄液から癌細胞が出たことは知らされていなかったと思います。
私は「リハビリ、頑張ってください」と言い、田中さんの前に右手を差し出しました。癌の末期の患者さんに頑張れというのは残酷と分かっていながらも、他に言葉が見つかりませんでした。田中さんは無言で、私の手をぎゅうと力強く握りました。奥さんは田中さんの横で涙をこらえながら立っていました。
その後、田中さんは悲惨な経過を辿りました。田中さんは結核に感染してしまい、大学病院から結核病棟のある病院へ転院しました。
転院先の病院へまたお見舞いに行きました。最初の水頭症の診断から何ヶ月も経過していました。
田中さんは変わり果てた姿になっていました。もともと恰幅のよかった田中さんはやせ細り、うつろな瞳でベッドに横たわっていました。
「田中さん」と呼びかけると、かすかに眼をこちらへ向けました。以前の元気だった頃の田中さんを思い出すと、涙が出そうになりました。
奥さんは「わざわざ来てくださってありがとうございます」と言って、ポロポロと涙をたくさん流しました。それに釣られて、私もこらえていた涙を流しました。
田中さんは結核の治療が終わり、私の勤務する病院へ転院してきました。
もはや、田中さんは呼び掛けても、瞳すら動かすことはありませんでした。
食事を口から摂ることができないため、中心静脈栄養を受けていました。奥さんと相談して、胃ろうを造ることになりました。奥さんは、落ち着いたら自宅へ連れて帰って介護をしたいと言いました。
奥さんは毎日病院に来て、いつもご主人の横にいました。編み物をしたり、読書をしたりしながら、何も言葉を発しないご主人にいつも寄り添っていました。私が回診に行くと、いつも瞳を潤しました。
ある日、看護師から田中さんの大腿部が腫れているから診てほしいと連絡がありました。レントゲンを撮ると大腿骨がボッキリと折れていました。いつ折れたのかもわかりません。通常ならばかなり痛いはずですが、田中さんは無表情で、痛みを感じているかどうかも分かりません。
田中さんの顔色が悪いことに気づいた私は採血をしました。血色素がいつもの約半分の5g/dlになっていました。
「輸血をしましょう」
私は奥さんに言いました。輸血を行うのが当然だと思っていました。奥さんは同意するものと思い込んでいました。ところが奥さんは言いました。
「輸血して何になるっていうの」
それは、心の奥底から絞り出すような声でした。
つづく
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他の往診先を回り、病院に戻ると、文代さんの心電図、血液検査、レントゲンなどの結果はすでにそろっていました。何も異常がありませんでした。
緊急で胃カメラを行ったところ、胃粘膜が真っ赤にただれ、急性胃粘膜病変と診断がつきました。
文代さんの痛みはと言えば、検査をしている間におさまってしまったようでした。
息子さんの話では、文代さんは頭痛持ちで、市販の鎮痛剤を頻繁に飲んでいるとのことでした。私は鎮痛剤を控えるように話し、胃薬を処方しました。文代さんと息子さんは検査結果を聞いて安心されたようで、二人ともさわやかな笑顔で帰って行かれました。
息子さんと一緒に家に帰る文代さんは、本当に嬉しそうなお顔をされていました。文代さんのあんなに嬉しそうな顔は見たことがありませんでした。
*
「こんにちはー、文代さーん。○○病院ですよー!おじゃましまーす」
私は古い格子戸をガラガラッと開けて、文代さんの家へづかづか入っていきます。
奥の居間で寝ていた文代さんは、私に気づいてすぐに飛び起きます。
「先生!先生!よう来てくれた。こんな汚いうちへ、よう来てくれた」
「お変わりないですか?」
「変わりはないけど、寂しいの。ひとりでおるのは寂しい。うちは女の子がおらんから。男の子は話し相手にもなってくれんし。嫁さんは働いているし・・・」
「いつになったら死ねるんやろうか」
文代さんは泣き出します。いつもと同じことがまた繰り返されます。
こんな老人をひとりにさせておくなんて、なんてひどい息子さん・・・そう思っていました。
しかし、あの日、息子さんは格子戸をガラガラッと勢いよく開けて、部屋に駆け込んで来ました。
「かあちゃん!大丈夫か!」
と。
今から50年前も、いがぐり頭の少年だった息子さんはあの格子戸をガラガラッと開けて元気よく外から帰ってきたのでしょう。
「かあちゃん!ただいま!」
という大きな声とともに。
そして、文代さんは夕食の支度をしながら、息子たちを笑顔で迎えたのでしょう。文代さんがいつも寝ているこの居間で。
そんな、半世紀前の家族の風景が目の前に広がりました。
文代さんは”ほったらかし”にされているのではないのです。文代さんは息子さんにとって、いつまでも大切な大切なお母さんなんです。
「女の子がいなくて寂しい」
いつまでも泣いている文代さんに、私はこう言いました。
「でも、文代さんにはあんなに立派な、いい息子さんがいるじゃないですか」
すると、文代さんはパッと顔を上げました。
そしてとても、嬉しそうな顔で言いました。
「そうかね?先生」
まるで泣いていたカラスが笑うかのように。
ーーー おわりーーー
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