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たまには医療と関係のない話を

 

我が家の息子たちは「クレヨンしんちゃん」が大好き。

長男が幼稚園に入ったころから、毎年親子でクレヨンしんちゃんの映画を見に行くのが恒例行事みたいになっていた。今年も下の子が「しんちゃん観に行きたい」と言うので、ゴールデンウィークに見に行くことにした。てっきり長男も行くものと信じて疑わなかったのに、長男から「僕は行かない」と言われた。

「ええっ!!行かないの~?なんで?行こうよ」と誘っても

「僕はいいから」と、ついて来なかった。

去年までは観たがったのに・・・。いつの間にか成長してしまったのだなあ、と何となく寂しかった。

(でも、テレビのしんちゃんは今でも好きで、まだ観ている。確かに映画よりもテレビの方が面白い)

それで、次男と二人でしんちゃんの映画を観に行ったものの、今年のしんちゃんはちょっと不気味で幼児にとっては怖かったようだ。映画の途中で泣き出してしまい、映画館を出てきてしまった。

次男、怖くて出てきてしまったけれど続きが気になるらしい。しばらくすると

「ママー、またしんちゃん観に行こうよ。今度は最後まで我慢してみるからー」と言い出し

「えっ!そのうちテレビでやるからさあ、テレビで観ようよ」(汗)

てな具合。

 

 

前置きが長くなったが、「クレヨンしんちゃん」と言えば、かつては親が子供に見せたくないアニメの代名詞だったはず。

5歳のしんちゃんはお尻を出してふりふりダンスをするわ、おちんちんをゾウの鼻に見立ててて「ぞーうさん」と歌うわ、親の名前を呼び捨てにし、大人をおちょくり、きれいなおねいさん(お姉さん)を見るとナンパを始める・・・強烈な幼児である。

しかし、ちょっと前に、こんな育児書が話題になっていたようだ。「クレヨンしんちゃん」はじつは最高の子育て教科書だった!というものだ。

 

 子育てにとても大切な27のヒント―クレヨンしんちゃん親子学 (単行本)

子育てにとても大切な27のヒント―クレヨンしんちゃん親子学 汐見 稔幸

5つ星のうち 4.7 (6)¥ 1,260

 

著者は東大の教育学の教授。続編も出版されている。

本書によると、5歳児がお尻やおちんちんを出すのは正常な行動で、大きくなったら自然にしなくなるから大丈夫。親をからかうのは親子関係がうまくいっている証拠。虐待されているような子供ならそんなことはできない。

ふむふむ。そんなものか。確かに長男も5歳の頃は人前でお尻ふりふりダンスをよくやっていたが、さすがに今はやらない。

 

我が家の子供たちはしんちゃんのようにグラビアの水着の「おねいさん」を見てデレーっとすることはないが、二人とも私のおっぱいは大好きでいつも触ってくる。

著者によると、幼少期にこういう欲求を適当に満たしてあげないと、「のちのち別の形で現れてくる」と。それは、つまり、性犯罪をおかすかも? ということかしら。それはまずい。

それを読んでからは、息子たちよ、こんな貧弱なおっぱいでよかったら、今のうちにどんどん触ってくれーと思っている。

 

しんちゃんは一人で公園や友達の家へ遊びに行き、一人で「ただいまー」と家に帰ってくる。5歳児が一人で遊びに行くというのは現代ではなかなかあり得ない事だ。

昔の子供たちは子供同士の遊びの中で、社会性を自然に身につけていった。同級生との横のつながり、自分より年長の子供や年少の子供のタテの社会があった。そして、叱ってくれる近所のおじさんやおばさんがいた。

しかし、今の小学生は塾や習い事で忙しく、なかなか外で遊ぶ機会が少ない。先生の監視下にある学校や塾だけでは社会性を身につけることは難しいのではないだろうか。

そう考えると、引きこもりが大量生産されてしまった理由がわかるような気がする。ちょっとでも危なそうなことは「やっちゃだめ」と言われ、外で友達と遊ぶ機会もなく、親の言うことだけ聞いて育って、いきなり社会の荒波に揉まれたら、ヘチャッとくじけてしまうのも頷ける。

先日テレビで、現在引きこもりは日本に168万人いてそのうちの過半数は30代と言っていた。忌々しきことだと思う。

多くの引きこもりの人たちは親の年金収入などに頼って、テレビ、ネット、ゲームをして1日を過ごすらしい。親が死んだらどうするんだろう。

我が子らが成人するころ、団塊の世代が高齢者となり、多くの引きこもりたちが親を亡くして生活保護を受けることになったら・・・。今の少ない子供たちが彼らを支えてかなくてはならない。その頃国の借金はいくらになっているのだろうか。色々考えると子供たちが可哀想になってくる。だから、私は増税には反対しない。将来大人になる今の子供たちの負担をこれ以上増やしたくない。

 

ずっと前に読んだおすすめの育児書をもう1冊。

ほんの少しのやさしさを (子育てシリーズ) (単行本)

ほんの少しのやさしさを (子育てシリーズ) 平井 信義

5つ星のうち 4.0 (2)¥ 1,260 

副題に「叱らないしつけのすすめ」とあるので、タイトルだけ読んで、「え?子供を叱らないなんて・・・」と思ったのだが、読んでみてなるほどと思った。子供のために叱っているというのは親の勝手な思い込みで、実際は自分の思い通りにならない子供に対して親が感情的に怒っていることがほとんどという。自分を思い返してみてもそうである。とくに親の言うことを素直に聞くおとなしい子供を、親が考えるいわゆる「よい子」の枠に押し込めるようにすると、子供の自主性が育たず、自我が芽生える思春期以降にやばいことになるようだ。しんちゃんみたいに、図太い子供なら心配ないのだろうが。

 

引きこもり大増産の今の時代、やはり「クレヨンしんちゃん」のようなたくましい子供は理想的・・・なのかも知れないと思った。

 

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2008.02.20 06:02 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  教育  |  春野ことり  | 推薦数 : 4

アリとキリギリス考

先週末、次男が通う幼稚園で、音楽とお遊戯の発表会があった。

次男のクラスの出し物は「アリとキリギリス」だった。

次男は立候補してキリギリス役になった。

 

夏の間、せっせと食べ物を集めるアリたち。キリギリスに 「キリギリスさんも働きなさいよ」 と言うが、キリギリスはアリをバカにして言うことを聞かず、歌を歌って遊んでばかりいた。

 

冬になって食べ物がなくなると、キリギリスはアリのところへやってきて言う。

「食べ物を一口でいいからもらえませんか」

しかしアリはきっぱりと言う。

「あなたたちは夏の間遊んでいた。あなたにあげる食べ物なんて、一口だってありません」

 

 ****

すると、私の隣でお遊戯を観賞していた、孫を溺愛する我が母が

「まあっ!!一口ぐらいあげればいいのに!ひどいわ」

 なぬ?

私は耳を疑った。日頃給食費不払い問題に関して 「給食費払わない家庭の子供に給食なんて出さなきゃいいのよ!出すから親がつけあがるのよ!」と厳しい意見を言っている母である。いつも言っていることと主張が違うではないか。

お遊戯の中とはいえ、かわいい孫のこととなると事情が変わってくるようだ。(苦笑)

 

「これが人間の世界だとねえ、キリギリスは生活保護が受けられるから、飢え死にすることはないわけよ」

私はさりげなく長男に言ってみた。

すると、小学生の長男

「今はね、ワーキングプアの人たちより生活保護の方が収入がいいんだよ。働いた方が貧乏なんて、そんなのって、おかしいよね!」

私 「うん、おかしい^^;」 

 

母 「ああ、キリギリスがかわいそうじゃないの!ひどいわ!ひどいわ!」 (←・・・)

 

思えば、私が子供の頃に読んだ「アリとキリギリス」の絵本では、キリギリスに同情したアリが食べ物をわけ与えていたのだ。母はそういう絵本を子供に読み聞かせてきた世代である。そして私たちはそれを聞いて育った。

だからいけないんじゃないのか。

「アリとキリギリス」の教訓は「なまけて遊んでいても、いざとなったら誰かが助けてくれる」というものにすり替わってしまっていた。

キリギリスが少数派だった昔はそれでよかったかもしれない。しかし、キリギリスが増えたら社会は破綻する。

それが今の日本じゃないのか?

 

私は息子のお遊戯を観ながら思った。

ぜったいにキリギリスに食べ物を与えてはいけない!

幼稚園児にも生きることの厳しさを教えなければいけないのだ。

 

結局、お遊戯のなかでキリギリスは最後まで食べ物を分けてもらえなかった。

そして、最後は全員でなかよく歌って踊って終わった。

私はとりあえずほっとした。

 

 

 次男に聞いてみた。どうしてキリギリスになりたかったの?

 

「だって、みどりいろだから」

 

(かわいいっす ^^)

 

 

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2007.08.08 00:40 |  診療  |  仕事 / 職場  |  教育  |  春野ことり  | 推薦数 : 5

僕はパパを殺すことに決めた

 

2006年6月、奈良エリート少年自宅放火事件が起こった。

犠牲になった継母は、自分と同年代の医師だったこともあり、私にとってかなりショッキングな事件であった。

 

僕はパパを殺すことに決めた 草薙厚子 著

 本書はこの事件に関する奈良県警の約3000枚の供述調書を公開したものである。

著者は本書をためらいながらも出版した。後押ししたのは非業の死を遂げた継母のご両親の

「娘が存在した証を残してほしい。真実を伝えてほしい」

という言葉だったという。

本書では少年事件という事情から、登場人物の氏名はすべて匿名であるが、継母だけはご両親の許可を得て下の名前を実名で記してある。

彼女の名前は民香(みんか)という。

 

この事件でも、マスコミの誤報道により傷ついた人たちがいる。民香さんのご両親である。

一連の報道を見て、あまりに民香さんの名誉が傷つけられていると感じたという。

あるワイドショーでは、焼け跡の中からゴルフバッグが出てきたという映像を見せて、

「このゴルフバッグは女性用のものです」とわざわざゴルフ関係者にコメントさせた。

そして、「なぜ少年は継母のゴルフバッグを庭に埋めたのか」と議論を始めた。

その番組ではこのゴルフバッグを材料に、「いかに少年が継母に不満と憎しみを抱いていたか」という推論を展開していたという。

「真相はまるで違って、あのゴルフバッグは1階の廊下に置いてあった物で、遺体を探す時に庭に出されたんです。その上に瓦礫などが重ねられて置かれただけの話です。埋められてなどいません。一事が万事、この調子でした」

と、民香さんの両親は語る。

「継母との確執論」が展開された原因は、事件直後に捜査当局によって流された、「民香さんの遺体には生前につけられた打撲の跡や切り傷があった」という情報だ。

後になって、「傷は死後についたもので、死因は一酸化炭素中毒」と発表されたが、そちらはごく小さく報じられただけだった。

マスコミはいつもこの調子である。報道が誤りだとわかっても訂正はごく小さく報道するだけで、好き勝手に憶測で物を言いはなったコメンテーターは謝罪もしない。要は面白おかしく、視聴率が取れればそれでOKなのだ。いつもながら非常に憤りを感じる。

 

真相は全く違う。

少年を追い詰めていたのは実の父親の暴力だった。

本書ではエリート家庭内での恐ろしいDVの現実が明らかにされている。父親は明らかに異常である。

民香さんは夫の継子への教育の仕方について悩み、学校の担任に涙を流しながら相談したこともある。

夫の継子への暴力を止めようとして、民香さんが突き倒され、「長男はお前の子供ではない。口出しするな」とという言葉を投げられているのを少年も聞いている。

「もうパパとは一緒に暮らせません」という書置きを残して、下の二人の子供たちを連れてしばらく実家に帰ったこともある。

医師の民香さんは、その気になれば離婚して二人の子供を養っていくことも可能である。しかし、結局夫と長男の元へ戻った。それはなぜか。私が察するに、心優しい彼女は長男を見捨てることができなかったのではないだろうか。

自分が民香さんだったら何ができただろうか・・・。

老人保健施設で働きながら、毎日長男のためにお弁当をつくり、5人分の食事や洗濯、二人のまだ小さな子供たちの世話、まして、民香さんのお子さんの一人は軽い障害があり、そのことにも心を砕いていたという。自分だったら目いっぱいだ。

犠牲になった民香さんと二人の子供たちに同情せずにいられない。

 

少年を追い詰めたものは何だったのか。

本当に罰せられるべきは誰なのか。

本書を読めば明らかになる。

今も、日本にはこの家庭のような予備軍が他にも存在するのではないだろうか。

 

次々と残虐な事件が報道される中、非公開の少年事件は存在自体が闇の中へと消えて行きかねない。

事件を風化させてはいけないと思う。

「次の悲劇」を出さないためにも・・・

 

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