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挿管ミスで患者死亡 弘前の医師を書類送検
共同通信社 10月14日(金) 配信 199件
治療中に挿管を誤り患者を死亡させたとして、青森県弘前市の市立病院に勤務する30代男性医師を青森県警が業務上過失致死容疑で書類送検したことが13日、青森地検などへの取材で分かった。送検は6日付。
送検容疑は昨年2月、気道確保のため50代の男性患者に挿管する際、気管に入れるべき管を誤って食道に入れ、死亡させた疑い。
同病院事務局医事課は「通常の医療行為と認識している。検察庁の判断を待って、今後の対応について検討する」としている。
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もう医者なんてやってらんねえ
http://mainichi.jp/area/saitama/news/20090206ddlk11070295000c.html
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ガイドライン本を買って読んだだけの付け焼刃の知識で医師に質問しまくったという記者。おそらくピントはずれな質問を執拗に「しまくった」のだろう。医師をキレさせ、それでもひるまずに質問しまくる。挙句、自分がさもよいことをしたかのように得意げに新聞記事にするこの記者に、社会人としての常識があるとは到底思えない。この文章に医師への配慮や感謝の気持ちは微塵も感じられない。こういう患者や家族が増えたことが医療崩壊を招く一因となっていることに、この記者は気付きもしないのだろう。この記者の相手をした医師に同情を禁じ得ない。
過去に書いたブログから、
http://blog.m3.com/Visa/20070430/2
「がんと私」読売新聞2006年6月16日掲載、本田真由美記者の記事より引用
「医療は万能ではなく不確実なものだ。
間もなく4年になる乳がんの闘病生活を通じて、この言葉の意味がわかるようになった。
医療の限界を実感したのは、患者になってからだ。きっかけは最初の手術から半年で見つかった局所再発だった。
彼ら(医師)は乳房全体でもすべてのがん細胞を取り切れない場合があること、標準治療がすべての人に効くかどうか分からないことーなど、人間の身体の複雑さや医療の難しさを、とことん説明してくれた。
延べ10時間は超える対話を通して、「現代医療も不完全で分からないことだらけ」ということを認識できた。
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この記者さんは、医療は不完全で分からないことだらけということを認識するのに、医師との10時間を超える対話を必要としたと書いているのだ。
ひとりで数多くの患者を担当している医師が、ひとりの患者の説明にそれぞれ10時間以上かけていたらどうなるだろうか?それは不可能な話だ。医師の貴重な時間をひとりの患者の説明のために多く使えば、当然他の患者の診療にあてがうための時間は削られる。この記者さんは、「医師の診療時間は公共の限りある資源である」ということを全く理解していない。
上の二つの記事を書いたような記者さんたちは、自分は特別な人間だから、時間をかけてもらって当然と思っているのだろうか?そうだとしたら記者の傲慢としかいいようがない。
世の中こんな記者ばかりだとしたら、病院の玄関に「新聞記者おことわり」と貼り紙をしたくなる。
そんな記者ばかりではないことはもちろん分かっているけれど・・。
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前回の記事を、鴛泊愁(セレネ)さんという医療者でない方が、ブログで紹介してくださいました。
そこに書かれた、私の記事を読んでのご感想を皆さんにも読んでいただきたくて、ご本人の了解の上、逆紹介させていただきます。
ブログ 月の光に照らされて より
http://tsukinohikarini.blog41.fc2.com/blog-entry-603.html#more
以下、感想です。
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前々回、たくさんのコメントいただきましたが、個別にお返事していなくてすみません。とりあえず更新を優先させていただきます。
前回、救急隊から「吐き気」という主訴だけを伝えられて応需した救急患者が、実は「転倒して後頭部を打撲した後の吐き気」を訴えており、到着後、胸痛、背部痛を訴え、大動脈解離かと思いきや、胸椎圧迫骨折だった、という症例を提示した。結果的には命に別状はなかったわけだが、診断がつくまでの間、冷や汗ものだったことは、臨床医の皆さんにはご理解いただけることと思う。
この事例で最初に「転倒」「頭部打撲」というキーワードが伝えられなかったことは問題だったと感じ、前々回の記事に、「救急隊からはめられたような気持ちになった」と記載した。その件に関し、ある救命士の方がコメントをくださり、私の地域の救急隊に代わってお詫びの言葉を述べて下さった。こちらこそ救急隊の方に対して失礼な記載をしたこと、お詫び申し上げたい。
救急隊も搬送先を探すのに苦労していることはよく分かる。早く搬送先を確保したいという一心で、状態を簡潔に伝えようとするために大切な情報が漏れてしまうこともあるかも知れない。また、状態が搬送中に変化することもあるだろう。救急車が到着してみると、患者の状態が電話で聞いていた状態と全然違っていることも多くの医師は経験している。
もしも、「頭部を打撲した後の吐き気」とわかっていたら、私は受け入れを断っっていた。もとより、その情報があれば、内科の私ではなく、外科医が呼ばれた筈である。失礼を承知で言えば、救急隊は患者を病院へ運びこんでしまえばそれで仕事は終わりだが、受けた医師にはそのあと結果次第で訴訟が待っているのだ。
一般の方たちはご存じないことだろうが、たとえ救急指定病院と名がついていても、ほとんどの病院では救急患者に備えて医師が待機しているわけではない。ましてや今どき、どこの病院でも医師は欠員状態である。通常、医師は外来患者や入院患者の診察、検査の合間に救急車に対応しているため、重症患者を受ければたちまち病院の機能がストップしてしまうのだ。
この場合も「吐き気」だけであれば、診察にはそれほど時間を要しないとの算段で受けたのだが、実は「意識消失」にて転倒し「頭部打撲」していることが判明し、「胸痛、背部痛」の訴えも加わり、診断をつけるための検査に1時間以上を要した。もしも大動脈解離や急性心筋梗塞などと診断されれば、高次医療機関に転送しなければならず、転送先を探し救急車に同乗するのに更に1時間以上はかかるであろう。その間、入院患者に急変があったりしたら、どうすればいいのだ。医師が不足している病院で救急を受けること自体無謀である。
しかし、救急患者はこちらの事情などお構いなしにやってくる。救急車に限らず、歩いて地雷患者がやってくることだってある。受けたら全責任を持たなければならない。
マスコミはそんな事情を考慮することなく、「受け入れ拒否」「たらいまわし」と書き立てる。「恥を知れ」「それでも医者か」「また義務を忘れた医師たち」など、これまで医師は痛烈なペンの暴力を受けてきた。
最近は「日本医療政策機構」のお偉い様が「医師は応召義務を果たしていない」「医師は被害者意識を捨てよ」などと書いた。http://s03.megalodon.jp/2009-0116-1648-02/www.cabrain.net/news/article/newsId/20127.html
自分は安全な場所にいながら、前線にいる兵士に向かって「体を張って戦死しろ」と言っているようなものだ。そんな考えに誰が付いていくだろう。
救急医療を行うとき、どうしても頭に浮かぶのが、加古川心筋梗塞訴訟事件http://www.geocities.jp/vin_suzu/iryou4.htmや、奈良心タンポナーデ事件http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20061108
である。
最近は重症患者を高次医療機関へ転送しようとしても、断られることが多くなった。転送先を探すのに時間がかかる。もたもたしていて患者が亡くなったりすれば、加古川訴訟の二の舞になってしまう。
かかりつけの患者ならともかく、背景の分からない患者を救急で受けるなんて恐ろしくてできない。
もう救急なんていやだと、小さな声でつぶやいてみる。
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遅ればせながら、みなさま、あけましておめでとうございます。最近、更新が滞っていますが、本年もよろしくお願いいたします。
今年初の更新は、
終了してしまったのですがいつも勉強させていただいていたブログ 日々是よろずER診療) 風にいきたいと思います。
ある日のこと、救急隊から受け入れ要請の電話があった。
「吐き気を訴えている45歳男性、意識清明、歩行も何とかできます。」
救急隊からの情報はこれだけだった。
吐き気だけで救急車?と思ったものの、断る理由もなく応需した。
ストレッチャーに乗って運ばれてきた患者。確かに意識は清明だが・・・
救急隊員「ショッピングセンターで買い物中に倒れて、その後から吐き気を訴えています」
私「えっ、倒れたんですか?その時の覚えはありますか」
患者「覚えていません」
私「意識消失発作ですね!」
救急隊「いえ、私たちが到着した時は吐き気の訴えがあっただけで、意識消失があったかどうかは確認できていません」おいおい!
患者の妻「あのー、頭を打っているみたいなんです」
救急隊「後頭部を打撲したようで、耳介後部に切創があります」
私「・・・!!」
なんと、「吐き気を訴えている患者」とは
「買い物中に意識消失を来たして転倒し、後頭部を打撲したあと吐き気を訴えている患者」
だった。
この瞬間、救急隊にはめられたような気持ちがした。
私「頭は痛くないですか?手足は動きますか?しびれは?」
矢継ぎ早に質問しながら身体所見をとる。四肢 麻痺なし、感覚障害なし 瞳孔 異常なし
患者「頭は痛くないですが、胸が苦しいんです。この辺が・・・」と、みぞおちの辺りから左前胸部をなで回す。
血圧は180/95 脈拍118/分,整 SpO2 96%
救急隊「検診で高血圧と言われているけれど、治療していないそうです」
私「心電図とります!」
患者「ああっ、背中も痛い。痛い!痛い!息も苦しい・・」
苦しそうに呻く患者。
私の頭の中に、さまざまな地雷疾患がよぎった。
***
さて、診断は「吐き気を訴えている患者」という最初の触れ込みからは到底思いつかないような疾患だった・・・。
皆さんは何だと思いますか?
つづく
注;年齢など微妙に変えてあります。
1~2日の間、コメント預かりますので、よろしくです。
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長らくブログを放置しておりましたが、たくさんのアクセスありがとうございます。
先日は家族全員胃腸風邪にやられ、ゲロゲロでした。~>゜)~~~
皆さまもお気をつけてくださいネ。
さて、タイトルの『舛添大臣70点、石原都知事30点』 私が点数をつけたわけではありません。
これは MRIC12月26日発行 東京大学医科学研究所 上 昌広先生の記事
「メディアが報道しない東京都立墨東病院事件の背景」から引用しました。http://mric.tanaka.md/2008/12/26/_vol_201.html#more
東京都内に、医師数が全国平均を大きく下回る地域があるなんて、みなさん御存知でしたか?
私の知る限り、マスコミは「医師が多くいるはずの東京でさえも」、「なぜ都会の真ん中で」という伝え方しかしてこなかったと思います。
「国の責任」と言い放った石原都知事も東京の医療体制状況を把握できていなかったのでしょうね。
以下、大変勉強になる記事なので全文載せました。
国家統制が生み出した東京の医療過疎」
東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門
上 昌広
今回の記事は村上龍氏が編集長を務めるJMM (Japan Mail Media) 12月3日発行の記事をMRIC用に改訂し転載させていただきました。
東京都立墨東病院事件を解説するため、過去2回の配信では東京都内の大病院のなりたちを説明しました。繰り返しになりますが、その要旨を示します。
1) 東京23区内に700床以上の大規模病院は21施設あるが、その半数は大学病院で、残りは都立病院、国立病院(ナショナルセンター)、その他(虎の門病院など)に分類される。
2) 大学病院の大半は私立大学であり、大半が明治から大正期に創設された。
3) 都立病院は伝染病、貧困、精神病患者の隔離を目的として、明治期に創設されたものが多い。
4) 国立施設は旧日本陸海軍の医療施設を前身とし、戦後に厚生省に移管された。
5) 大学病院、都立病院、国立病院の大半が、明治から大正期、および戦後早期に創設されているため、当時の東京都市圏、つまり山手線内に集中している。それ以降、医療施設の大規模な移動はなく、近年、新規に大学や大規模病院が創設されていないため、23区東部、23区西部や多摩地区には大規模な医療機関が少ない。
石原慎太郎 東京都知事 vs. 舛添要一 厚労大臣論争
東京都立墨東病院事件の報道を受けて、石原慎太郎 東京都知事は国による医師養成が足りなかったことを、舛添要一 厚労大臣は東京都が地域医療に配慮しなかったことを責めました。多くのマスメディアで報道されましたから、記憶されている方も多いでしょう。実は、この発言は両方とも一部正しく、一部が間違っています。私が点数をつけるとすれば、舛添大臣が70点、石原都知事の発言が30点というところでしょうか。
しかしながら、この論争は、石原知事、舛添厚労大臣という知名度の高い政治家が、テレビで非難を繰り返したため、結果として、国民が問題の本質から目をそらすことになってしまいました。医療問題に対する貢献を考えれば、石原知事は舛添大臣の足元にも及びません。しかしながら、その石原知事が、マスメディアの報道内容では舛添大臣と五十歩百歩のレベルまで戻したのですから、石原知事のテレポリティクスの手腕が優れていたと見るべきなのかもしれません。
東京都は医師不足ではなく、医師が偏在している
では、石原・舛添論争のどこが問題なのでしょうか。まず、石原知事の主張から解説すれば、東京都は医師不足であるという前提が間違っていることを挙げなければなりません。2005年現在、東京都の人口1000人あたりの医師数は2.8人であり、独仏の平均(3.4)には及ばないものの、アングロサクソン系諸国の平均(2.1-2.7)は大きく上回っています。
このように、東京都全体では医師の数が不足しているとは言えないのですが、医師の分布には著しい偏りがあります。例えば、千代田区、中央区、港区、文京区、台東区からなる東京都中央部の二次医療圏では、人口1000人あたりの医師数は12.6人です。これは全国平均の6.3倍であり、そのうち、5.0人が大学病院、3.6人が病院に勤務していることが示すように高度医療機関が充実しています。一方、都立墨東病院が位置する墨田区を含む23区東部医療圏(墨田区、江東区、江戸川区)の人口1000人あたりの医師数は1.6人であり、江戸川区はわずか0.9人です。
東京都の23区内の医療提供体制が、全国平均を大きく下回っているということを、どの程度の都民が認識しているでしょうか。23区東部医療圏の人口は110万人であり、東京都の医療のアキレス腱となっています。実際、今回の妊婦事件は、この地域で生じました。このような実情を、都民に正確に伝えてこなかったことは、石原知事、東京都の最大の問題です。
このように、東京都内では医師の総数が不足しているわけではないため、厚労省が医師養成を怠ったことが原因というのは不適切です。また、東京都はオリンピックを開催しようとする自治体ですから、財政状況が悪いため、医療体制を整備できなかったというのも無理があります。
今回の事件で議論すべきは、東京の東部地域では総合病院の絶対数が不足しており、近所で受け入れが出来なかったこと、および東京中央部に位置する大病院との連携が不十分であったということが出来ます。
どうして、東京東部には医者が足りないのか?
現在、厚労省は妊婦搬送問題の応急処置として、東京全体、あるいは東京圏を対象とした広域搬送体制の整備に尽力しています。具体的には、IT技術や人的ネットワークを駆使して、東京都内や東京周辺の医師不足地域と、東京中央部の病院の間での患者搬送を円滑にしようとしています。確かに、現行の医療体制ですぐにできることは、これしかないでしょう。その意味で、厚労省の施策は妥当です。
しかしながら、普段から患者さんの紹介・逆紹介がない遠く離れた医療機関の間で、迅速な対応が必要とされる救急患者を紹介するのは、どうしても限界があります。むしろ、机上の空論になってしまう可能性が高いでしょう。特に、昨今のように医療訴訟のリスクが高まれば、万全の準備が出来ていない病院では、普段つきあいのない医者から紹介された状態の悪い患者を受け入れるに躊躇するのは当たり前です。やはり、救急患者は、原則として普段から人的・物的交流が密な地域の医療圏の中で対応するのが理想です。
このように考えた場合、都立墨東病院事件を繰り返さないためには、23区東部地域の医療体制について、抜本的な見直しが必要です。では、そもそも、なぜ東京東部には医者が足りないのでしょうか? この理由を十分に考察し、適切な対策を採らなければ、問題の根本的解決は不可能です。この理由は、冒頭で説明しましたように、「大学病院、都立病院、国立病院の大半が、明治から大正期、および戦後早期に設立されているため、当時の東京都市圏に集中している。このため、東京東部、西部や多摩地区のような近年、人口が増えた地域には医療機関が存在しない。」ということになります。では、なぜ、近年、人口が増えた地域には病院が存在しないのでしょうか。多数の患者がいて、病院を建てれば経営的に安定することが予想できる地域に、何故、医療機関は進出しないのでしょうか?
医療費亡国論と新保守主義
以前、ご紹介しましたが1983年に厚生省保険局長の吉村 仁氏(後の事務次官)が「医療費亡国論」という説を主張されたのを覚えておられるでしょうか。吉村氏は「ミスター官僚」や「厚生省の歴史を変えた男」とも呼ばれ、「医療費の現状を正すためには、私は鬼にも蛇にもなる」と言い、医師優遇税制やサラリーマンの二割自己負担などの制度改正を行いました。
実は、1983年から舛添厚労大臣の登場まで、厚労省の医療政策は基本的に吉村氏が提唱した「医療費亡国論」をベースにしており、東京都内の医師偏在を理解するためには、医療費亡国論が主張された1980年代の時代背景を認識する必要があります。
皆さん、1980年代と言われると何を思い出されるでしょうか。様々な意見があるでしょうが、世界中で新保守主義が台頭した時代という見方が可能だと思います。米国ではレーガン、英国ではサッチャーが政治指導者として活躍し、「小さな政府」を目指した政治・行政改革が進みました。わが国では、1982年11月に中曽根康弘氏が総理大臣に就任し、1987年までの在任期間中に、増税なき財政再建を目指し、超緊縮予算、国営三公社の民営化を断行します。
ちょうど、この時期に厚生省の吉村氏が「医療費亡国論」を唱え、医療費の削減に努めます。医療費削減は、行財政改革の大きな柱の一つでした。具体的な施策としては、医療費の自己負担比率を上げることで受診抑制をはかるとともに、1982年の医学部定員削減、1985年の第一次医療法改正に伴う医療計画策定により病床数を制限し、医療の供給量を制限しました。この結果、明治維新以後、一貫して増え続けてきた医学部定員数・病床数が、1980年代以降頭打ちとなります。
ちなみに、医学部定員削減の方針が撤回されたのは本年夏ですし、病床数の規制は今でも続いています。
クリントン・ブレア政権とバブル崩壊
「医療費亡国論」に代表される医療費抑制政策は、1980年代には程度の差こそあれ、世界の多くの先進国が正しいと信じて推し進めました。これは、1970年代までの「大きな政府」「行き過ぎたリベラリズム」に対する反動だったのでしょう。
わが国と英米の医療政策の間に差が生じはじめたのは1990年代です。米国ではクリントンが大統領に就任し、IT革命・情報公開を主導します。この時期、1980年代までの医療経済学界でのコンセンサスであった「医師が増えれば医療費が増える」という医師誘発需要学説は、IT化・情報公開が進んだ米国・北欧での研究を通じて否定されます。このため、米国は医師養成数増加を加速します。また、ヒラリー・クリントンは、最終的に挫折するものの、国民皆保険を制度化しようと試みます。一方、英国では1997年にブレアが首相に就任し、医療費増と医師養成増員に大きく舵を切ります。このように、英米のいずれにおいても、1990年代は「小さな政府」に対する反動が起こっています。
一方、1990年代の日本を振り返れば、バブル経済の後遺症のまっただ中でした。また、政治では1993年に55年体制が崩壊し、不安定な時期を送ります。私が調べた限り、1990年代のわが国では、医療費抑制や医療供給抑制を目的とした政策転換の必要性は議論されず、景気浮揚を目的とした公共投資が繰り返されました。このように、わが国では、1990年代にレーガン・サッチャー・中曽根時代の医療費抑制政策が修正されることなく、小泉・ブッシュ政権時代へと引き継がれます。小泉政権以後、診療報酬の引き下げが進み、わが国の医療が崩壊の危機に瀕していることは、皆さんがご存じの通りです。このように考えれば、私は、医療崩壊もバブルの後遺症の一つとみなすことが可能です。
余談ですが、2008年以降、わが国では医療改革について活発な議論が巻き起こっています。実際に医学部定員数は大幅に増員することは既に決まりましたし、医療費の価格決定や社会保障の負担に関しても議論が始まりつつあります。丁度同時期に、米国でもオバマ大統領が登場し、医療制度改革が進みそうです。一方、日本でも政界再編含みの総選挙が予定されています。来年は、世界的に社会保障制度が大きく変化する年になりそうです。
政府規制により医療供給の自己調節機能が失われた
話が脱線しましたが、23区東部には何故、病院が少ないのかという問題に戻りましょう。結論から言えば、1985年、厚生省が医療費の増加を抑制するために、都道府県に医療計画の策定を指示し、それ以降は地域の実情に応じて病院を新設することや、病床数を増やすことが困難になったからです。この制度が始まって以来、医療の供給は、行政の裁量によりコントロールされることになり、国民・メディア・議会からは実態が見えにくくなりました。
複雑で高度化した医療現場の実態を、数名の行政官や有識者だけで管理することは不可能です。しかしながら、わが国は、医学部定員削減、地域医療計画、さらに中央社会保険医療協議会(中医協)を隠れ蓑とした全国一律の価格統制を通じて、国家が医療を統制するようになりました。当然ですが、このような体制では、社会の急激な変化に対応することができず、行政の対応は常に後手にまわりました。これは、旧ソ連で起こった現象と全く同じです。
実際に、1985年以降、東京都内では地域の中核医療を担うような大学医学部や大病院が、新しく設立されたことはありません。一方、東京都の人口は1985年以降、バブル崩壊後の1990年代中盤を除き、一貫して増加しています。特に人口増加が著しいのは、世田谷区、江東区、練馬区、江戸川区などの東京の区東部と区西部に集中しています。東京都のHP(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/isei/hoken/zenbun/1bu/06_02.htm)
によれば、区東部の既存病床数は7,457床で、東京都の設定する基準病床数 8,024床より567床、比率にして7%少ないことになります。つまり、行政サイドは、病床不足は7%程度の軽微であると認識しています。これは、どうみても現場の感覚と乖離していますし、区東部の人口あたりの医師数は、医師不足のわが国の全国平均より20%も不足しています。
現在、政府・東京都は23区東部地区へ医師への派遣を検討していますが、このような弥縫策では焼け石に水です。23区東部の医療過疎は、数名の医師を強制的に派遣した程度で解決するレベルではありません。もっと、問題の本質を議論すべきです。この点で、舛添大臣の都立墨東病院事件は東京都のせいだという認識には問題があります。
私は23区東部の医療過疎は、政府が医療提供体制を規制したため、医療現場の自己調節機能をストップさせてしまったことが原因であると考えています。1985年に厚生省による医療計画が始まり、医療提供体制の規制が強化されるまでは、人口が増加する地域には民間の私立大学法人や医療法人が進出し、地域の医療ニーズに対応してきました。その具体例が、戦後になって設立された板橋区の帝京大学病院や日大病院、大田区の東邦大学病院や品川区の昭和大学病院、三鷹市の杏林大学病院です。いずれも、戦後の人口急増地域ばかりです。
1980年代に厚労省が「医療費亡国論」という立場にたち、医療供給を制御したことは、当時の世界情勢を考えれば妥当です。また、1990年代に米国で、この方針が見直された際に、わが国が追随できなかったことは、バブル経済崩壊の後遺症を考えれば理解可能です。問題は、2008年に都立墨東病院事件が発生しても、医療計画の抜本的な見直しという問題の本質が議論されずに改革の好機を失おうとしていることです。
政府規制の弊害
医療計画という規制の弊害は、多くの専門家が認識しています。おそらく、官僚や有識者の多くも、この問題を認識しているでしょう。では、なぜ、対応できないのでしょうか。実は、20年以上にわたり、医療計画によって病院の新規参入は規制されてきたので、道路や農政の補助金と同様に利権が生じ、抜き差しならない状況に陥っています。このため、行政や有識者のレベルでは対応できなくなっています。
例えば、監査法人トーマツのウェブサイト(http://www.tohmatsu.co.jp/news/hc/topics20080430.shtml)で、公認会計士の渡辺典之氏は以下のように説明しています。
「病院を対象としたM&Aの特徴は、病院事業を売買するというよりは一種の既得権となっている病床(ベッド)を売買するという側面が強い。これは、各都道府県が「二次医療圏」の地域ごとに基準病床数(総数)を定めており、その総枠に対して病床数の不足がない限り増床が認められないこと、また、行政が政策的に病床数を減少させる方向に導いていることから、個々の病院の経営上の要請に応じた増床の認可が困難なことが背景にある。そのため、買い手は売り手が保有する病床数に一義的な関心があり、売り手の既存事業の内容への関心は低いことも多い。」
つまり、一部の地域では、病床をもっていることが既得権となり、病床のマーケットが存在することがわかります。このような状況では、医師会が地域の病床数の増加に反対し、自らの資産価値を高めようとするのは自然な振る舞いです。
一方、医療経営評論家である古川俊弘氏は、メディウェルログというブログの中で、以下のように述べています
(http://mediwel.livedoor.biz/archives/847404.html)。
「一般病床の入院患者数が遂に70万人台を切ろうとしています。厚生労働省のまとめによると今年(著者注 2006年)4月の1日平均入院患者数は、一般病床で705,952床です。前月比較で3月、4月と2万人近い減少が続いた結果です。このペースでいくと5月には70万人を割り込むことが確実となっています。このため病床稼働率は、前月の76.6%から74.4%に低下。とうとう4分の1以上が空床となっています。病床稼働率は、今年2月が80.3%でした。」
「最近、病院関係者の間から聞こえてくるのが「時間がたつほど(病院又は病床権)試算の目減りが進む」という声です。経営がいよいよ厳しくなったら病院譲渡すればいいという感覚は通じないという指摘です。」
つまり、一部の病院では入院患者数が少ないのに、病床は空床のまま放置しておいて、病床権は確保しようとしています。このような振る舞いは、病院経営者としては経済合理的です。一方、地域の中核病院では、多くの患者が入院を待っています。しかしながら、このような病院は病床規制のため、患者や医療者が如何に希望したとしても、病院規模を拡大することが出来ません。このため、多くの患者が手遅れになり、あるいは家族に大きな負担を追わせることになります。
これは、医療者、患者が「医療統制」の辻褄合わせに翻弄している不幸な姿です。しかしながら、この問題を如何に解決するか、まだ議論の俎上に上っていませんし、国民のコンセンサスには程遠い状況です。墨東病院事件については、背景に関する詳細な情報提供、および掘り下げた考察が必要です。
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麻生さんがまた面白い発言をした。
「たらたら飲んで、食べて、何もしない人(患者)の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」というもの。
努力して健康を維持している人が払っている税金が、努力しないで病気になった人の医療費に回っているということが言いたかったようだ。
言いたいことは分かるが、それを言い出すと、私の外来に来る患者さんたちの3割くらいの人が保険診療を受けられなくなってしまう。
血糖値を測ると約300mg/dlあり、「すごく高いです」と言うと、「ええ、来る前に大きなケーキを食べてきましたから」と悪びれずに言う糖尿病の中年女性。
肥満で中性脂肪がいつも500mg/dl以上あるのに飲酒を止めず、運動もせず「いやー、運動する時間がないんですよ」と言い訳ばかりする中年男性。
肺気腫のため禁煙をすすめると「タバコやめるくらいなら死んだ方がましだ」と言う高齢男性。
これらの人は医療費を保険で払ってもらえなくなってしまう。
ヘビースモーカーで肺がんになり亡くなった某ジャーナリストさんなども治療費は自費にすべきだっただろう。
このような人たちの医療を全額自費にすれば、受診に抑制がかかり、医療費はかなり削減でき、医者の数もそんなに要らなくなる。ある意味、非常にいい考えかも知れない。平均寿命は一気に引き下がるでしょうけど。
実際、なぜこんな人に医療費を使わないといけないのだろうと思うことはある。
糖尿病のSさん。Sさんは大量飲酒による慢性膵炎で内因性インスリンが枯渇してしまい、インスリン自己注射を行っていた。仕事もせず、生活保護を受けて気ままに暮らしていた。
Sさんは酔っ払って道で倒れて、通行人が救急車を呼び、救急搬送されてくることがたびたびあった。
「またSさんです」
Sさんを運んで来る救急隊員達からはうんざりした空気が漂い、受ける側も同じ空気を共振する。
「またですか」
こういう時、Sさんの血糖値はいつも500㎎/dlを超えていた。インスリンもうち忘れ、好きな時に好きなものを食べてお酒を飲み、倒れては救急車で運ばれてきた。
酒を飲んだSさんはスタッフに悪態をついた。しかし翌朝、平常に戻ると神妙な顔で「すみません。もうしません」と謝る。
その舌が乾かないうちに、間食禁止令を破って売店でお菓子を買って食べて、血糖値が400台から下がらず。売店に通達が行き、お菓子を売ってもらえなくなると、他の患者さんの食べ残した残飯まで漁るのだった。
退院してしばらくの間は通院するが、そのうち病院に来なくなり、道で倒れ、それを見つけた人が救急車を呼び、病院に運ばれる、それを繰り返した。
一回の救急車の出動で発生する費用は約3万円と言われているが、それならば彼に使われた税金は救急搬送費用だけで年間50万円近くになっただろう。
Sさんはついに自宅で倒れたまま亡くなってしまったのだが、彼は自由に生きることができて幸せだっただろう。こんなSさんでも、医療が受けられる日本は素晴らしい国だと思う。
他にこんな患者もいた。
刑務所から出てきて、シャバの生活がストレスに感じたのか、出血性胃潰瘍で吐血して救急車で運ばれてきた。胃カメラで止血し、輸血を行い、患者は元気になって退院した。
しかし、退院した翌日には、新聞に載っていた。近くの喫茶店に盗みに入って捕まったのだった。
麻生さんが知ったらどう思うだろう。「こんな奴らの分の金(医療費)をなんで払うんだ」と怒るだろうか。
しかし、たとえどんな人であっても、病気で困っていたら手を差し伸べる、それが医療というものだ。
(あれ?どこかで聞いたようなセリフ)
国から「こういう人たちの医療費は支払いません」と言われたら、見殺しにして良心を苛まれるのは現場の救急隊員や医師である。見殺しにできなければ、医療者が自腹を切って治療しろ、ということですかな。麻生さんの発言は、そこまで考えた上ではないと思うが。
とにかく、麻生さんには一国の総理としてよく考えてからものを言って欲しいなあ。
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麻生発言に隠れてあまり話題になっていないように思いますが、
割り箸事故、刑事2審も無罪でした。
一審判決では、医師の過失(注意義務違反)は認めつつも死亡との因果関係を否定し、被告人の医師を無罪とした内容でしたが、2審では、医師の過失そのものが否定され、被告人側の主張が全面的に認められた形となりました。
救急にも携わる医療者として、胸をなで下ろすような気持ちです。これで有罪だったら、間違いなく日本の救急医療は完全崩壊します。
というより、そもそも、こういう事故が刑事事件となってしまう日本がおかしいと私は思います。
4歳の子供が突然亡くなるということは、ご両親にとっては耐え難い苦しみでしょう。
しかし、その死は誰のせいでもありません。
もちろんお母さんのせいでもないし、医師のせいでもありません。
ご両親が早く心の平穏を取り戻されるようにお祈りいたします。
http://www.asahi.com/national/update/1120/TKY200811200224.html
2008年11月20日15時4分
東京都杉並区で99年、割りばしがのどに刺さった杉野隼三(しゅんぞう)ちゃん(当時4)が受診後に死亡した事故で、東京高裁(阿部文洋裁判長)は20日、業務上過失致死罪に問われた医師根本英樹被告(40)に対し、一審・東京地裁の無罪判決を支持し、検察側の控訴を棄却する判決を言い渡した。
隼三ちゃんは、盆踊り大会で綿あめの割りばしをくわえたまま転倒。救急搬送された杏林大医学部付属病院(東京都三鷹市)で当直医だった耳鼻咽喉(いんこう)科の根本医師の診察を受けて帰宅したが、翌朝に死亡した。死亡後の司法解剖で、約8センチの割りばし片が残っていたことが分かった。
公判では、隼三ちゃんの頭蓋(ずがい)内に損傷が起きたことを疑って、必要な治療や検査をする義務があったかどうか▽診療結果と死亡との間に因果関係があったかどうか、などが争点となった。
判決は、刺さった異物が頭蓋内に達したという報告例が事故当時は見当たらず、今回の事故が「特異な例だった」と指摘。当時は口の中の傷に対する診療の基準も確立していなかったと言及した。
その上で判決は、耳鼻咽喉科の当直医として「受診した隼三ちゃんの傷口や意識状態から頭蓋内の損傷を想定し、それを意識した問診をする義務があるとは言い難い」として、根本医師に過失はなかったと結論づけた。
さらに、頭蓋内の損傷を疑ってコンピューター断層撮影(CT)などで検査したとしても、救命できた可能性は低かったと判断し、死亡との因果関係もなかったとした。
06年3月の一審判決は、受診時の隼三ちゃんが、意識が低下したり、嘔吐(おうと)したりしていたことから、根本医師が頭蓋内の損傷を疑って脳神経外科医に引き継ぐべきだったと一連の対応を批判。根本医師の過失を認める一方で、救命の可能性はきわめて低かったとして、因果関係については認めなかった。
判決について、根本医師は「改めて深い哀悼の意を表したい。事故から9年余り、長く苦しい時間だったが、判決でその苦労が報われた思いだ」とする談話を出した。(河原田慎一)
http://www.47news.jp/CN/200811/CN2008112001000479.html
東京都杉並区で1999年、割りばしがのどに刺さった保育園児杉野隼三ちゃん=当時(4)=が杏林大病院(東京都三鷹市)での受診後に死亡した事故をめぐり、適切な診療を怠ったとして業務上過失致死罪に問われた当時の担当医根本英樹被告(40)の控訴審判決で、東京高裁は20日、1審同様に無罪とし、検察側の控訴を棄却した。
阿部文洋裁判長は、診察に過失はなかったと判断。「割りばしが頭の中まで刺さり、負傷したと想定するのは極めて困難。十分な検査をしていたとしても、救命や延命が確実に可能だったとはいえない」と述べた。
1審判決は、医療ミスを認めた上で死亡との因果関係を否定して無罪と判断。両親が根本医師らに賠償を求めた民事訴訟では当時の医療水準などを基に過失を認めず請求を棄却していた。無罪を示す司法判断は3度目となり、医療行為に対する刑事責任追及をめぐる議論に影響を与えそうだ。
判決によると、隼三ちゃんは99年7月10日、杉並区内の盆踊り大会会場で転倒、綿菓子の割りばしがのどを貫き、脳に刺さった。搬送された杏林大病院の救命救急センターで、耳鼻咽喉科の当直だった根本医師は傷口に消毒薬を塗って帰宅させた。隼三ちゃんは翌日、容体が変わり死亡。司法解剖の結果、頭蓋内に7センチ余の割りばしが見つかった。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081120-OYT1T00744.htm?from=navr
東京都三鷹市の杏林大学付属病院で1999年、保育園児杉野隼三(しゅんぞう)ちゃん(当時4歳)ののどに割りばしが突き刺さっているのを見落として必要な診療を行わず死亡させたとして、業務上過失致死罪に問われた元同病院医師・根本英樹被告(40)の控訴審判決が20日、東京高裁であった。阿部文洋裁判長は「被告の医療措置に過失はなく、救命も困難だった」と述べ、無罪とした1審・東京地裁判決を支持、検察側の控訴を棄却した。医療事故の刑事責任追及に対し、厳しい司法判断となった。
隼三ちゃんの父正雄さん(57)と母文栄さん(51)は判決後、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見した。正雄さんは「医師に過失がないというのは到底受け入れられない」と語り、文栄さんも「判決の結果は残念だが、隼三の死が無駄にならないよう病院や医師が努力して下されば」とうつむいた。
判決が隼三ちゃんの死を「特異な例で医師が想定するのは極めて困難」と認定したことに対し、正雄さんは「私たちは高度な医学処置を望んだわけではなく、もっと問診をしてほしかっただけ。このままでは同じことが繰り返される」と訴えた。
一方、根本英樹医師は東京高裁の法廷に紺色のスーツ姿で出廷。阿部裁判長が主文を言い渡すと、軽く一礼し、判決理由の読み上げの間は、うつむいたままだった。弁護人は判決後、「痛々しい死に対して、深い哀悼の意を表したいと思います。長い苦しい時間だったが、今日の判決でその苦労も報われた思いです」とする根本医師のコメントを発表した。
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麻生首相が、医師について「社会的な常識がかなり欠落している人が多い」と発言したそうです。
そんなことを総理大臣が言うなんて、びっくりしました。
麻生さんの周りにたまたまそういう医師がいて、つい言っちゃったというところでしょうか?
なんにしろ、公の場で一国の総理大臣が言うことではありませんね。政治家としての資質が問われます。
しかし、私が許せないのは「常識が欠如」うんぬんの箇所よりも、以下のくだりです。
NHKニュースhttp://www3.nhk.or.jp/news/t10015485901000.html
麻生総理大臣は、総理大臣官邸で開かれた全国知事会との会合に出席し、地方が抱える医師不足の問題について、みずからの考え方を示した際、医師のことを「社会的な常識がかなり欠落している人が多い」と発言しました。
これは、会合の中で出席した知事から「地方が抱える医師不足の問題についてどう考えるか」という質問が出たのに対し、麻生総理大臣が、みずからの考え方を述べた際に発言したものです。この中で麻生総理大臣は、医師不足の問題に関連して「自分で病院を経営しているから言うわけではないが、はっきり言って、社会的な常識がかなり欠落している人が多いと思われる。とにかく、ものすごく価値判断が違う。それはそれで、そういう方をどうするかという話を真剣にやらないといけない」と述べました。また、麻生総理大臣は「急患が多い診療科は、皆、医者は引く。だとしたら、そういう診療科だけ診療報酬を引き上げるなど、変えてみたらどうか。正直、これだけ医師不足が激しくなってくれば、責任は医師の側にあるのではないか。ただ、目先のことをどうするかというところで、医師不足の声をしんしに受け止めなければならない」と述べました。これについて日本医師会の中川俊男常任理事は、定例の記者会見で「麻生総理大臣がそのような発言をするとは、とても信じられない。事実関係を確認したい」と述べました。日本医師会では、麻生総理大臣の発言について、真意を確認したうえで今後の対応を検討することにしています。麻生総理大臣は19日夜、総理大臣官邸で記者団に対し「おれの友達にも医者がいっぱいいるが、なんとなく話をしても、ふだん、おれとは波長が合わない人が多いと思った。まともな医者が不快な思いをしたというのであれば、それは申し訳ない」と述べました。
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お久しぶりです。
半月もブログを放置していました。
それなのに、アクセス数が落ちていない・・・(^^;。なぜだ
さて、11月12日、阪南市立病院で医師8人が辞表を出したことが報じられました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081112-00000101-san-soci
阪南市立病院 医師8人が辞表 新市長に反発、再建厳しく
11月12日16時23分配信 産経新聞
医師の大量退職から経営難に陥った大阪府阪南市立病院で、新たに確保した医師が新市長の病院経営見直しなどに反発し辞意を伝えている問題で、医師8人が12日、辞表を提出した。この日就任した福山敏博市長は話し合って慰留する考えだが、市立病院の運営は再び厳しい局面を迎えた。
この日午前中に、辞表が提出された。関係者によると、常勤的に診療をしている医師2人のほか、当直医などで、来年2月末などに退職する意向という。
阪南市立病院は、医師の大量退職で昨年7月に内科が休診。その後、歩合給を導入して医師の平均年収を約2000万円に引き上げる待遇策を掲げるなどして医師確保を進め、今年9月に内科の診察を再開するなど再建に乗り出していた。しかし、10月の市長選で現職を破り初当選した福山市長が、歩合給の見直し検討などに言及していた。
医師らは、福山市長の発言は、給与体系を見直した議会の議決を無視したもので、信用できなくなったなどとして反発。これまでに辞意を表明していた。市側は慰留に努めるが、辞職につながれば、医療収益が大きく減少するなど、運営に支障が出るおそれがある。
先週の金曜日だったかな、みのもんたの「朝ズバ」でこの件について報道しているのを目にしてしまいました。
マイクを向けられた患者とみられるおばさん二人がこう言っていました。
医者って無責任やな~
給料が減るから病院やめるんかい。人の命を助けるのが医者やないんかい。
今は赤ひげみたいな医者はおらんのやろか~
うっ・・・・・・・・と思ったけれど、次に
「そりゃあ、その条件で来てもらうことになっていたのに、給料減らすんはあかんのとちがいますか」
という、まっとうな女性の意見が流れて少し安堵。
締めは、男性市民の
「市長の代わりはいくらでもいるけれど、お医者さんの代わりはいない!」
と訴える映像で終わっていたので、ほっとしました。
それにしても
11月10日には、二階俊博・経済産業大臣が、東京都内の妊婦搬送問題に関して
「政治の立場で申し上げるなら、何よりも医者のモラルの問題だと思いますよ。
忙しいだの、人が足りないだのというのは言い訳にすぎない」
という発言をして、
抗議を受けて慌てて撤回するという一幕もあり
一国の大臣ですらこんな認識ですから!
一般市民が「医者って無責任やな~」と言っていても、仕方がないのかなあと思いました。
でも、こういう意見はマイノリティーになりつつあると感じています。
二階大臣への抗議文はこちら
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ブログ始めたのが、2006年11月14日
気がつけば開設2周年になっていました。