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修さん(仮名)は65歳、7年前に脳梗塞を発症し、右半身麻痺の状態になった。その2年後、再梗塞を来たし、今度は完全な寝たきり状態になってしまった。失語症で意思の疎通は不能、食事も口から摂ることはできず、胃ろう栄養を受けている。
寝たきりの修さんは、在宅で妻の介護を受けていたが、突然の下血のため緊急入院した。
下血の原因は胃潰瘍だった。治療により、修さんの胃潰瘍は間もなく治癒した。
修さんの妻は毎日修さんに付き添い、献身的に介護をしている。修さんの首元にはいつも吸湿性のよい素材のスカーフが巻かれている。そのスカーフは妻の手によって毎日違うものに替えられる。色白の修さんにはどんな色もよく似合う。
「よくお似合いですね」
と声をかけると、妻は嬉しそうに笑っていた。
ある日、若い看護師たちが修さんの身体の清拭をしていた時、修さんの妻がこんな話を切り出した。
「この人ね、病気で倒れる前、彼女がいたのよ。彼女から私に電話がかかってきたことがあったの」
鼻筋が通って整った顔立ち、鋭い眼差しの修さんは、寝たきりの姿なっても尚、男前である。お元気だったときは女性にもてたのだろう。修さんの恋のお相手が、妻に電話をかけ、自分の存在を誇示してきたのだという。
「でもね、私、主人には何も言わなかったの。私が彼女のこと知ってて何も言わないから、主人、きっと私のこと怖いと思っていたのじゃないかしら」
看護師の一人が言った。
「ええっ、そんなー、私だったら絶対に耐えられない」
「でもね、私にはこの人しかいないんだから、この人を失いたくなかったのよ」
「えー、私なんだか結婚するのいやになっちゃったー」
「あらあら、これから結婚する人に余計なこと言ってしまって、ごめんなさいね」
妻は笑いながら言った。
修さんの病気を機に、道ならぬ恋は終止符を打ったのだろう。半身不随になってしまっては、恋人との密会は許されない。妻のいない隙を狙って、修さんの恋人が病室に逢いに来て、修さんの手を取り涙するというエピソードがあったのかどうかは知らない。入院中ならばそんな話もあり得るだろうが、在宅療養することになっては、二人が逢うことは絶対に叶わないことだ。
夫の彼女からの電話を心に仕舞い込み、夫の前では平静を装っていたという妻、当時は辛かったに違いないが、最終的に愛の勝利者となった。今、修さんは妻の手中にある。
誰にも邪魔されない二人だけの時間が、すでに7年流れた。
看護師たちを前に、妻は話を続けた。
「ひと様からは、主人がいなくなってしまった方が自由になれるんじゃないかって、思われてるかもしれないけれど、絶対にそんなことはないの。
だって、私にはこの人しかいないんだもの。
この人の代わりはいないから。いなくなったら困るの」
妻は修さんに呼びかけた。
「ねえ、あなた。死んだらいやですからね。長生きしてもらわないと困りますからね」
すると、修さんは鋭い目つきでギロリと妻の方を見た。
修さんは今、妻への罪を償うために生きているのだろうか。
言葉を発することのない修さんの気持ちは誰にもわからないけれど、二人の月日は今も穏やかに流れている。
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