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さて、本題に入りたい。
「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」
と聞いてきたタカコさんの息子さん、彼が知りたい費用とは延命治療にかかる実費なのか、自分が支払うべき負担金なのか、どちらだろうか。
問うまでもなく、彼に請求される負担金であろう。実費がいくらかかるかを気にする患者など全くいないわけではないのだが、まずお目にかかることはない。
人工呼吸器をつけて中心静脈栄養を行い、高価な抗生剤の点滴を行えば、1ヶ月で100万円近い保険請求額が発生する。
しかし、いくら高額な治療を行っても、70歳以上の患者に請求される額は収入によって異なるものの一般には1ヶ月で数万円である。
数万円という数字を更に正確にするため、私はタカコさんの場合の自己負担額を医事課に電話をして問い合わせた。
回答は、24600円だった(注1)。実質100万円かかろうが、200万円かかろうが、負担金はたった2万4千6百円である。「それならばできるだけのことをやってもらった方が得だ」と息子は考えるかも知れない。
私はこれまで何百人もの老人の診療に当たってきたが、「医療費が払えないから高額な治療や検査はやめて欲しい」という高齢者の患者にはまず会ったことがない。
むしろ、医療費が払えないからと必要な検査を拒否するのは、70歳未満の患者である。
私が医師になった頃は、70歳以上の老人は自己負担額がゼロだった。一方60代の患者は年金生活の上に国民保険で3割負担のため、検査などを勧めても、すんなりとは受けてもらえないことが多かった。そのために発見が遅れ、病状が進行してしまった患者もいた。その彼らが70代に突入するやいなや、何でもやってくれとホイホイ検査を受ける態度に豹変する姿を見てきた。60代のうちは自己負担金がかかるからと医師が勧める検査を断り、70代になったら医療の受けたい放題、これには矛盾を感じていた。
まもなく、高齢者の自己負担が1割になった。この時、医師会は当然のごとく猛反対した。建前は患者のためだったが、高齢者が不必要な受診を控えて開業医が減収になるのを阻止したかったためではないと神に誓って言うことはできないであろう。
しかし、自己負担が1割になっても、受診する高齢者は減ることはなかった。たとえ自己負担額が発生しても、必要なものは必要なのだ。水を使うのに水道料金を支払い、電気を使用するのに電気料金を支払うのと同じである。
現在、後期高齢者医療制度が非難の的になってるが、入院に関して言えば、いかなる高額な治療を行っても自己負担はたった数万円というところは全く変わっていない。
これに対して、70歳未満の患者は、高額療養費制度といって、一定額を超えた分は申請すれば後から還付されるという制度はあるものの、高額な治療を受けた場合はそれに一定の率をかけた高額な負担金を一時的に窓口で支払わなければならない。(注2)
私の経験では、50代や60代の患者さんから、たとえ一時的でも医療費が払えないという理由で治療を拒否されたことがある。
50代の患者から必要な治療を拒否された後、病棟で植物状態の老人が、まさにその50代の患者が高額だからと拒否した治療薬を並々と投与されているのを見たときは、やり切れない気持ちがした。その50代の方は亡くなってしまったが、植物状態の老人は生き延びた・・・。
さて、聞かれた以上は答えなければならない。
「タカコさんにかかる負担金は、いかなる高額な治療を行っても、一ヶ月で24600円です」
さて、これを聞いた息子さんはどう選択するのか。
つづく
(注1)住民税非課税世帯の限度額 限度額は所得によって異なります。ちなみに、タカコさんと息子さんは別世帯です。
(注2) H19年4月以降は70歳未満の方も入院に関してのみ、希望により一定の手続きを経れば70歳以上の高齢者の方と同様に窓口で限度額以上の請求をされない制度ができました。
この取り扱いを望む場合の手続きとしては、窓口での支払に先だって保険証の発行主体に低所得区分の方は「限度額適用・標準負担額減額認定申請書」を提出して認定証の交付を受け、それ以外の区分の方は「限度額適用認定申請書」を提出して認定証の交付を受け、保険証とともに医療機関の窓口に提出する必要があるようです。
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コメント
コメント一覧
全国民をカバーする公的医療保険のないアメリカでは、100万円であれ200万円であれ、実際の治療費を全額支払わなければなりません。民間保険に加入していれば、あとで支払いのリセプトを患者側が保険会社に送って、その後に7割くらいは保険から患者側に支払われるそうです。
保険によっては、7割も支払われない会社もあるそうで、それがアメリカの国民が入院期間を短くしたがる理由です。
国民皆保険のフランスも同じです。実費をあらかじめ支払い、その後、公的保険から患者側に支払い額が還付されます。
日本の公的医療保険は、欧米と較べれば、まだまだ国民に優しい制度といえます。
フランス式に患者側が全額支払い、その後に還付、とすれば国民も医療コストを考えてくれるかもしれません。
鶴亀松五郎
~鶴亀松五郎先生、いつも補足をいただきありがとうございます。
老人いじめ、姥捨て政策などと批判されている後期高齢者医療制度ですが、実際は姥捨てどころか、高齢者の医療は若者よりも手厚く保障されているということを一般の方々に知っていただきたくて記事を書きました。
>フランス式に患者側が全額支払い、その後に還付、とすれば国民も医療コストを考えてくれるかもしれません。
そう思います。でも、それこそ、老人が家族から見捨てられそうな気がして怖いです。
春野ことり
先生におかれましては、エントリの主旨に照らして不適切或いは匿名情報故に真偽の程が担保されないとご判断される場合には、どうか公開を留保賜りますよう不躾ながらお願い申し上げます。
法令改正によりH19年4月以降は70歳未満の方も入院に関してのみ、希望により一定の手続きを経れば70歳以上の高齢者の方と同様に高額療養費が現物給付となる取り扱いが始まりました。(つまり、窓口での一部負担金等の支払いを高額療養費の自己負担限度額までを支払えばよく、一時的に高額療養費相当分を窓口で一時立て替える形で支払う必要がないです。)
この取り扱いを望む場合の手続きとしては、窓口での支払に先だって保険証の発行主体に低所得区分の方は「限度額適用・標準負担額減額認定申請書」を提出して認定証の交付を受け、それ以外の区分の方は「限度額適用認定申請書」を提出して認定証の交付を受け、保険証とともに医療機関の窓口に提出する必要があるようです。
幸いにして私は現時点で実際に経験したのではなく単に書籍を介して知識として知っているだけで実務を知りませんから、自分にとって必要になる時がくれば保険証の発行主体(健保組合・市区町村・共済組合など)に訊いてみようとは思っています。
素人の浅知恵
~素人の深知恵様、コメントありがとうございます。
>H19年4月以降は70歳未満の方も入院に関してのみ、希望により一定の手続きを経れば70歳以上の高齢者の方と同様に高額療養費が現物給付となる取り扱いが始まりました。
実は存じませんでした。
そのような制度ができたことは大変よかったと思います。医療費の一時払いができないからと治療を拒否する患者さんがいなくなることを期待します。しかし、もっと周知徹底がされていなければなりませんね。。。
春野ことり
これは、毎年8月1日から翌年7月31日までの1年(12ヶ月)間に負担した健康保険及び介護保険の自己負担額を世帯単位で総合計して基準額を超過した場合に、申請によりその超過額が現金給付される制度です。
平成20年4月から制度開始のため今年度のみ今年4月1日から来年7月31日までの16ヶ月分の世帯単位での総負担額及び基準額で判断されます。
ただ制度の枠組みからくる必然として最初の支給申請は来年8月となりますから、まだ手続きなど具体的な話は保険の運営主体においても固まっていないようにも感じられますが、法律には明記されています。
今年4月1日からの負担増額の話が強調されますが、一応このような負担緩和措置が用意されているのは、おそらく余り知られていない話だろうと推測しています。
フランスの社会保障制度を簡潔にまとめたホームページがあります。
フランス在住の日本人研究者の奥田七峰子(おくだなおこ)さんのものです、
http://naoko.okuda.free.fr/security1.html
「医療費の償還率は、医師の診察料の70%、看護婦・リハビリ技師・矯正士による治療費の60%、薬剤では100,65,35,0%となっている。また採血・画像診断等の臨床検査は60%、眼鏡レンズは65%、歯科治療に関しては一般的な治療が70%、義歯・セラミック・冠歯治療に関しては患者の加入している疾病金庫へ治療事前申請を行い、認可を受ける必要がある。」
「入院医療費用に関しては基本的には80%と言われているが、長期入院および疾患による自己負担免責措置が非常に多くなっている。」
「フランスの民間共済保険は、社会的不公平を生むアメリカ型の皆国民健康保険制度無しでの私的保険市場オンリーではなく、充実した公的社会保障制度があった上で、その不足分を補足する私的二次保険である。」
のようです。
たしかに先生の仰るように高齢者が見捨てられる恐れが全くないとは言えませんが、いまのところ大丈夫なようです。
WHOがフランスの医療システムを世界一にランクさせています。日本は抜かれてしまったようです。
フランスは基本的には福祉国家で、教育行政(公教育なら大学まで授業料無料)や医療行政(WHOが1位にランクした)に国家の関与の範囲が広い大きな政府です。
日本は、小泉内閣以来の小さな政府路線ですから、今後はひずみがどんどん出てくるでしょう。
「高額介護合算療養費」制度、これも存じませんでした。負担増の部分ばかりが報道されて、このような負担緩和措置があることは報道されていませんね。
なお「限度額適用認定申請」について、記事に追記しました。貴重な情報をありがとうございました。
>鶴亀松五郎先生
再び詳しい情報をありがとうございます。
大変勉強になります。
私もフランス式に「全額支払いその後に還付」の方が国民が医療費について真剣に考えるだろうと思います。でも、これを日本でやると、病院窓口で支払いを踏み倒す患者が出てきそうな気もします。日本人のモラルがフランス人よりも低いとは思いたくないですけど。フランスではそういう問題はないのでしょうか。
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