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前回、「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」
と聞かれて絶句しそうになったと書いたが、「絶句」というのは少し表現を間違えたと思う。
私がここで言いたいのは、お金云々ではない。治療費がいくらかかるかは、患者やご家族にとっては切実な問題である。命とお金を天秤にかけるような質問が許せなくて「絶句」しそうになったわけではないことをどうかご理解いただきたい。
患者は91歳、寝たきりで施設に入所していた。病院に運ばれてからは、痛み刺激に全く反応しない、医学的に言うとJCS 300の意識レベルである。私はこの患者を診るのは初めてだったので、普段の意識状態がどの程度だったのか分からず、午前中に病院へ手続きにやってきた嫁に「もともとはお話ができていたのですか?」と聞いた。すると嫁は言った。
「私も週一回ぐらいしか面会に行っていないし、行くのはいつも夜なので、行くといつも寝ていて・・・話ができるのかどうか分からないんです」
と。
息子がこの妻よりも多く母親の面会に行っていたのかどうかは分からない。
私は老衰の患者に延命措置を施すようなことはしたくないのである。しかし、家族が希望すれば行わざるを得ない。
人工呼吸器をつけた老女が予想以上に強靭な心臓を持っていたら・・・
人工呼吸器をつけた状態が長引いて、家族が「可哀想だからもうやめてくれ」と懇願しても、決してなびいてはいけないのだ。一度始めた以上は心を鬼にして心臓が止まるまで延命を遂行しなければならない。患者に同情して人工呼吸器を外すときは殺人罪で刑事罰を受ける覚悟が必要である。
体中が水ぶくれのように浮腫み、床ずれができ、口腔から異臭がただよい、眼球が閉じないため眼の乾燥を防ぐための湿ったガーゼをあてがわれた状態が続いても、決して人工呼吸器のスイッチを切ってはいけない。電話で簡単に延命してくれという息子にその覚悟はできているのだろうか。
SOREDEMO IKITE SAE IRE BA IINO KA?
私は息子さんの心に届くようにと懸命に言葉の矢を放った。
91歳で会話もできずに食事も摂れない状態だったら、もう寿命なんですよ。安らかに死を迎えさせてあげることも必要です。自分のための延命ではなく、お母さん本人のことを一番に考えてあげてくださいね。自分がお母さんの立場だったら、どうして欲しいかという観点から考えてあげてください。
次に息子の口から出た言葉がこうだ。
「人工呼吸器をつけるといくらかかるのですか」
私が息子の心に向けて放った言葉は、その心に入り込むことなく、頑強な胸筋にはね返り、あえなく床に墜落したのだった。
それを「絶句」という一言で片付けようとするのは無理があったようだ。
つづく
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参考
70歳以上 負担額 外来・入院別

10月以降の部分が現在のもので、入院、外来とも、1か月にかかる費用です(単位 円)
どれだけ高額な治療を行っても、窓口で請求される額はこれ以上にはなりません。
ただし、食事代、個室料金などは別途かかります。
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コメント
コメント一覧
十分にあり得る質問ですね。金がなければハズしてもらいます、というのはひとつの答えです。
それを非難することは誰にも出来ません。そもそも、
>一度始めた以上は心を鬼にして心臓が止まるまで延命を遂行しなければならない。日本の法がそのように決めているのだから仕方がない。
こういう悪法を放置しているのが問題です。
私の場合は、家族に延命措置を望まないと伝えておきます(しかし、もちろん、家族の意志が優先します)母はまだ元気ですが、希望を聞いておくつもりです。父は死にましたが、母は、(昏睡の父の点滴をみて)苦しいようなら点滴もハズしてもらうかのぅ。。と言っていました。
古井戸
~古井戸さん、コメントありがとうございます。
「日本の法がそのように決めているのだから仕方がない」というのは少々誤解を招くような文章だったかなと思います。「人工呼吸器をつけたら外してはいけない」という悪法があるわけではなくて、「人工呼吸器をつけても回復の見込みがなければ途中で外してもいい」という法がないのです。
射水市民病院で末期がん患者の人工呼吸器を外した外科医は殺人罪で起訴されました。こういう前例があれば、絶対に外せません。
誤解を招くのでこの一文を「患者に同情して人工呼吸器を外すときは殺人罪で刑事罰を受ける覚悟が必要である」と書き直しました。
>母はまだ元気ですが、希望を聞いておくつもりです。
それはとても大切なことです。元気なうちに聞いておくことが大切なのですが、多くの日本人はこういう話し合いをしないまま歳を取り最期をむかえています。なかなか聞きにくいことですが、ぜひ聞いておかれてください。
春野ことり
退院を勧めるんです。
これはもう助からない状態です、今まで施設にいらして離れて暮らしていらしたのだから、最後の残されたわずかな日々をご自宅で一緒に過ごされませんか?って。
ほら赤ちゃんでもう助からないときに、点滴も何も全てはずしてお母さんに抱っこさせてあげるって言うのの高齢者版。
ちょっと親への気持ちを試す踏み絵みたいかなあ?
祖母に挿管せず自宅で看取った叔父夫婦は喀痰の吸引で大変だったみたいだし、かなり覚悟が無いと出来ませんもんね。
沼地
~沼地先生、コメントありがとうございます。
>最後の残されたわずかな日々をご自宅で一緒に過ごされませんか?
一度言ってみたい言葉です。死についてまったく考えることもなく親を施設や病院に預けてただ生きてさえいればいいというような家族、しかもスタッフにクレームばかりつけるような家族には、一度家に引き取ってみてご自分で看護してみたらいかがでしょう?と言いたい衝動にかられます。
春野ことり
多くのかたに読んでいただきたいブログです。
膨大なお金を使ってわざわざ悲惨な死に方をさせている状況は、わけが分かりません。
誰一人、自分がそんな死に方をしたいと思わないのに、他人や自分の家族にはそれを望んだり、それを施行するのは、非人道的だと思っています。
お時間があるときに私のブログも見に来てください。めったに更新しませんが。
また、お伺いします。
ありがとうございました。
nothing
~nothingさん、コメントありがとうございました。
>多くのかたに読んでいただきたいブログ
そう仰っていただけると本当に嬉しいです。
>膨大なお金を使ってわざわざ悲惨な死に方をさせている状況は、わけが分かりません。
そうなんです。私もわけが分かりません。どんな姿でもいいから1分1秒でも長く生きていて欲しいというのは家族のエゴに他ならないと思うのです。しかも膨大な医療費がかかります。
nothingさんのブログ、興味深く拝読しました。
患者用医療事故保険、よいアイデアですね。私も同じことを考えたことがあります。
終末期医療のあり方について多くの方に関心を持っていただきたいと思っています。今後ともよろしくお願いいたします。
春野ことり
記事の趣旨は「家族の死にちゃんと向き合ってほしい」ということだとは理解したつもりです。ただ、何となくスッと入らないのは嫌なことにちゃんと向き合うのは、きちんと対応しないとすごく困る時になってからというのが凡人の行動だと思うからです。困ってない時から嫌なことでも前もってきちんと考えておきましょう、という趣旨はわかりますが、それができる人は少ないのではないかと。
ここで挙げられているような実質的姥捨山状態(生きてはいるけど、それだけ)を誘導している一つの要因として自己負担がとても軽い老人社会保障制度があると思います。膨大な費用が掛かっていることを知らないで、軽い自己負担だけ見ていれば「お金が掛からないなら、いやな意思決定は先延ばしにしたい」と考えるのはあまり不思議ではありません。人工呼吸器の費用を尋ねたのも、先延ばしにできる範囲かどうかを知りたかったのではないかと考えられないでしょうか。
santa
~santaさん、再びご来訪ありがとうございます。
>実質的姥捨山状態(生きてはいるけど、それだけ)を誘導している一つの要因として自己負担がとても軽い老人社会保障制度があると思います。
全くその通りだと思います。入院治療に関して、70歳以上の高齢者はどんな高額な治療を行っても、自己負担の上限は非常に安いものです。今後は負担がだんだん増えざるをえないと思いますが、後期高齢者医療制度もボロクソに批判されていますし、急激な負担増はありえないでしょう。
もしも高額な医療費がかかるものなら、皆が前もって真剣に考えると思うのです。自己負担が軽いために安易に延命が行われてしまうという背景もあります。だから負担を重くしろということではないですが。
春野ことり
私のブログを読んでいただきありがとうございます。
終末期医療ですが、医療者側にも問題があると思うのですよ。
私の祖父は二人とも人工呼吸で最後亡くなっています。
家族の誰も、そんなことは望んでませんでした。急変時に付いたようです。
母方の祖母は晩年認知症になり、うちの両親の家で生活してもらってた時期もあるのですが、事情があり、結局、施設に入ってもらってました。
そして、肺炎になり急性期病院に移ったのですが、そこで気管切開を主治医より強く薦められました。意識がほとんどなくベッドの上で横になっているだけの状態でした。
痰を出せないから気管切開をするとのこと。
祖母の子供にあたる人たちが、ある人は泣きながらやめてくれと訴えたそうです。
患者家族は、入院するとき、「できる限りのことをしてあげてください」と言います。大抵の場合、それは、「最良の治療をしてあげてください」とイコールなのですが、多くの医師は「全て」ととらえ、急変のとき、躊躇せず人工呼吸を始めます。あまり状態のよくない年配の患者さんやそのご家族に急変時にどこまでを望むかというDNR(NFR) orderを入院時や入院早期にとる医師や病院は日本ではあまり多くありません。
気管切開を好む医師も驚くほど多いです。私の周囲にもすぐに「気切をしよう」という医師が多くいます。
DNR orderを取る話し合いをすることも、気管切開をしないで意識の悪い患者さんを看ることも、余分な手間と時間を要します。
それでも、医療者側の意識も変わって欲しいなあと願っています。
再びコメントありがとうございます。
>終末期医療ですが、医療者側にも問題があると思うのですよ。
全く仰る通りです。おじいさま達がいつお亡くなりになったのかは分かりませんが、15-20年くらい前までは、急変したら蘇生術を行い、人工呼吸器をつけるというのはごく当り前のことでした。私が研修医の頃、上級医は末期癌の患者に人工呼吸器を当然のようにつけていました。今では医師の意識は変わり、末期癌の患者に人工呼吸器をつけるということはまずは行われなくなりました。しかし、今でも、ただ延命すればよいと思っている医師もいるかも知れません。
私は一般の方たちだけでなく、医師にもブログや出版を通して呼びかけているのです。
前回のエントリに、先走ってコメントしてしまい、申し訳ありませんでした。
先生の、患者さんのことやその行く末を家族にもっと真摯に考えてほしいというお気持ち、よくわかりました。
でも、前もってそういったことを考えたり話し合ったりすることのできてない家族も多いのでしょうね。
昨日私がびっくりしたのは、いよいよ最期のときに付き添っていたご家族が、患者さんの呼吸が止まったのを見て「呼吸が止まって……それからどうなったら死ぬっていう状態になるんですか?」と看護師に聞いたことです。
(申し遅れましたが、私は緩和ケア医のはしくれです)
あまりにも一般の人の意識から「死」が遠くなりすぎてるのかもしれません。
ねこ姫
~ねこ姫先生、再びありがとうございます。
緩和ケアのドクターでいらっしゃったのですね。コメントの内容からてっきり非医療者の方かと思っていました。
「死」は社会から隔離されているのだと思います。寝たきりになった老人たちの多くが施設や病院へ預けられ、家族は時々面会に来るだけ、またはめったに来ない家族も・・・。
こんな現代日本では「死ぬ」という状態がどんなものか理解できていない人がいても不思議ではありませんね。
春野ことり
しかし、今回のようなケースが時にあるから現場の医師は驚くんですよね。え、マジ?って聞き返したいと思ったこと、経験あります。
Taichan
~Taichan、コメントありがとうございます。
90代の親を持っていても終末期医療について考えたことがない人、時々いらっしゃいます。
こういう方に病状説明するとき、「人間の命は永遠ではありませんから、いつかは終わりがあるんですよ」というところからお話をしないといけません。
施設や病院に親を任せっぱなしではいけないと思います。
春野ことり
縁者がそのような立場になった時、迷わなくなるだろうと思います。
先生の思い切ったエントリに感謝します。
ぐー
~ぐーさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
人工呼吸器をつけて回復する見込みがあるのならいいのですが、このような悲惨な状況になることもしばしばあります。特に高齢者は。
延命を希望する多くのご家族はこういう状態を予想することもなく、ただ1分1秒でも長く生きていて欲しいから人工呼吸器をつけてくれと言うのだと思います。
>縁者がそのような立場になった時、迷わなくなるだろうと思います。
そう言っていただけると、ブログを書いてよかったと思います。
ありがとうございます。
春野ことり
レスをありがとうございます。
>コメントの内容からてっきり非医療者の方かと思っていました。
そうですよね。
ただ、私の周囲では経済的なことを心配される患者さんやご家族に「たいした金額ではないのに」とか「家族よりお金のほうが大事なのかしら」と批判的な医療者のほうが圧倒的に多いもので、いつものことり先生のお話から推測すればそうではないはずとも思いつつ、でも……と、迷いながらのコメントでした。
>こんな現代日本では「死ぬ」という状態がどんなものか理解できていない>人がいても不思議ではありませんね。
理解できない「死」に突然向き合わなければならなくなる患者さんや家族には、医療者が言葉を尽くして説明するしかないのでしょうね。
どう伝えるか、まだまだ手探り状態です……。
ねこ姫
~ねこ姫先生、たびたびありがとうございます。
一般の方と間違うほど患者さんの立場に立った意見を言える先生は、患者さんへの思いやりにあふれた素晴らしい臨床医なのだと思います。
「死」について考えたことのない人が多いことに苛立ち、少しでも考えるようになってくれればと思い描いたのが小説「天国へのビザ」です。
春野ことり
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