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91歳、寝たきりで施設に入っていたタカコさん(仮名)が、早朝に激しい痙攣を起こして救急車で運ばれてきた。
連絡を受けてやってきた家族はお嫁さん一人。
お嫁さんに、この年齢で、この状態では、いつ急変して呼吸が止まってもおかしくないことを話し、人工呼吸器などをつける希望があるかどうかを訪ねた。
嫁「ええっ!そんなに状態が悪いんですか?そういうことは、話し合ったことがないし、私は嫁の立場ですから、決められません」
一刻を争う事態であることを告げ、早急にご家族で話し合って、お返事をくださるように言うと、嫁は「わかりました」と言って帰って行った。
その後、血液検査の結果が出た。なんと、血糖値が1200mg/dl以上であった。正常の約10倍である。非ケトン性高浸透圧性昏睡だ。極度の高血糖のため血漿浸透圧が高くなり、脳細胞が脱水状態となるために痙攣や昏睡を来たすものである。
タカコさんは老衰のため食事が食べられず、施設では鼻から入れた管から流動食を投与されていた。もともと会話はできなかったようだ。
過去の入院の記録を見ると、血糖値は高くなかった。なぜ突然こんなに血糖値が上がったのかはわからない。人間の体というのは時に説明のつかない不思議なことが起こるものである。
最近、医療の結果が悪いと「真実を知りたい」と言って医療裁判を起こしたり、警察に医療事故として届けたりする人が増えているようだが、医学を学んでいない検察官や裁判官に真実を求めても分かるはずがない。医師にだって分からないことばかりなのだから。真実が分かるものならば、こっちだって知りたい。
それはさておき、血糖値が異常に高いことが分かり、速効型インスリンの点滴を始めると、やがてタカコさんの痙攣は治まった。しかし、タカコさんの意識は戻らず、痛み刺激にも全く反応はない。
夕方になっても、タカコさんの家族からは何の連絡もなかった。しびれを切らして、連絡先として嫁が書き遺して行った携帯電話の番号にかけると、タカコさんの息子が出た。仕事中のようだった。
息子「ええっ、そんなに悪いんですか?」
妻から何も聞いていないのだろうかと思わせる反応だった。
息子「えっ?延命治療?なんですか、それ。え?人工呼吸器?ああ、お願いします」
絶句しそうになる。自分の親の様子も見に来ず、電話で簡単に言わないで欲しい。
とにかく、一度病院に来てくださいと言うと、息子は「ええっ?今からですか?」
今からです!
強い口調で言うと、息子はわかりましたと素直に応じた。
40分程して、息子がやってきた。91歳の方の息子にしては若く、50代に見える。
私は、まだ一度もタカコさんの病室を訪れていない息子をタカコさんの元に連れて行き、意識のないタカコさんの姿を見せた。
その後、患者さんや御家族への説明をするための小さな部屋で、一通りタカコさんの状態を説明した。
今は痙攣はおさまったが、意識はまだ戻らず、危険な状態には変わりがないことを告げ、仮に呼吸が止まった場合、希望があれば人工呼吸器をつけることもあるが、もともとの状態や年齢を考慮すると、つけてもわずかな期間の延命をする意味しかないであろうと話した。
息子は母が死の淵にいることが受け入れられない様子だった。
「そんなに悪いんですか」と繰り返した。そして、こう言った。
「延命するかどうか、今決めないといけないんですか?今まで、そういうこと、考えたことがないんですよ」
91歳で寝たきりで施設に入っている母親の死について考えたことがないというのは、私にはとても不思議に思えた。しかし、それは臆面にも出さず、「そうですか、考えたことがないんですね」と優しく言い、「でも、人間の命は永遠ではありませんから、いつかは死が訪れるんですよ」と続けた。
息子「それは分かっているんですけど・・・」
はっきりしない息子を前に、私は続けた。91歳で会話もできずに食事も摂れない状態だったら、もう寿命なんですよ。安らかに死を迎えさせてあげることも必要です。自分のための延命ではなく、お母さん本人のことを一番に考えてあげてくださいね。自分がお母さんの立場だったら、どうして欲しいかという観点から考えてあげてください。
息子は判断に困っていた。
そしておもむろにこう言った。
「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」
私はまたも絶句しそうになった。
つづく
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コメント
コメント一覧
費用は誰にでもわかりやすい言い訳としてはとても優れているので、それを聞かれたから絶句するという所にむしろ驚きました。
意思決定という観点から考えても、世の中の大半の人は意思決定時に費用と便益の比較を前提とする習慣があります。ですから意思決定時に費用を確認するのはアタリマエというか、費用が分からないのに意思決定しろと言われる方が面食らってしまいます。
santa
~santaさん、コメントありがとうございます。この息子さんの感覚が普通で、私の感覚がおかしいのでしょうか?よくわからなくなってきます。
絶句しそうになった理由は次に書きます。
春野ことり
デパートで物を買うかどうかということと、
自らの肉親の命を一分一秒でも引き伸ばすのか否か、
というときの意思決定を同一視する感覚が信じられません。
mosriteowner
~mosriteowner先生、コメントありがとうございます。
私も理解しかねます。
春野ことり
当たり前のように
How much?
という質問が出る国になってしまいましたね
命とお金とが天秤にかけられる国
アメリカへ随分近づいてしまったものです
hanamegane
~hanamegane先生、コメントありがとうございます。
自分の息子から、自分の命とお金を天秤にかけられたら・・・
患者さん本人の気持ちになると非常に悲しくなります。
春野ことり
わたしも先生同様、親の延命治療で、「いくらかかりますか?」と患者家族から聞かれたら絶句します。
命はお金では買えない、患者の経済的状況に関係なく、必要な治療はするものだと信じていたからです。
ことり先生のケースのようにしか終末期医療を捉えられない患者家族は結構いるのでしょうね、恐らく。
終末期にどうしたら良いか、考えたこともなければ、話し合ったこともなければ、先生も驚かれるよう反応が家族からあるのは仕方ないとも言えます。
わたしも似たような経験があります。ただし、高齢者の患者ではありません。
重症の患者でしたが、元気なころは親戚や身内に借金を重ねていたそうです。
入院の際の保証金も払えず、入院時の保証人は親戚のかた。
人工呼吸器をつけて、他にも相当に濃厚な治療を行っていました。
親戚の方に病状を説明した際のこと・・「本人は治療費が払えないので、保証人である私達が払わなければなりません。どのくらいかかりますか?もし、人工呼吸器や濃厚治療の費用が高額になるなら、今すぐに人工呼吸器をはずして濃厚治療をやめて下さい。高額の治療費は払えませんし、散々迷惑をかけられたので、死んでもらっても構いません。あとどのくらいで死にますか?短期で死ねば、治療費の支払ういは少なくて済みますから、すぐ死ぬのだったら人工呼吸器をつけたままでも良いです。」
ムンテラを一緒に聞いていたスタッフとともに絶句しました。
このように経済的な観念で治療の継続の判断をするかたもいらっしゃいます。
この親戚のかたには、役所に高額医療の公費補助を請求するので心配はいらない、と説明しました。
安心した様子でしたが、治療費の支払いができなくなるようなら延命治療は中止してくれと最後まで仰っていました。
医師にとっては、患者の命の重みは経済状況によって変わるものではありません。治る病気は治そうとしますし、治らないものであれば単なる延命はやめ症状緩和に方針を変えます。
鶴亀松五郎先生の提示されたケースほど露骨ではありませんが、似たような経験があります。奥さんがお金を理由にご主人の治療を渋るケースがありました。高額医療払い戻しについて説明しても一時立て替えるのさえ嫌だという感じでした。結局お亡くなりになりましたが、今も苦く心に残っています。
お金で命を選別するというのは、到底受け入れることができません。
天国へのビザを読ませていただきながら、意識の戻らない姑が一番望むことは何かといつも家族で考えていました。無理な延命を望まなかった事と、頻繁に顔を見に行くことで日ごとに穏やかな顔つきへ変化し安堵している内に、先週本当に静かに安らかに旅立っていきました。
私には一切顔を見せることなく、他人任せにしている事自体が何か不思議な気がしてなりません。
最後におばあちゃんよかったねと皆で声をかけました。
私自身は延命措置を行わない事を希望し署名しております。
あおぎり
~あおぎりさん、はじめまして。いつもお読みいただいているとのこと、ありがとうございます。
施設にいても病院に長期入院していても、頻繁に家族が顔を見に来てくれる患者さんは幸せです。
本人が生前意志を残していない場合、「本人が望むことは何かを家族で考える」のはとても大切なことだと思います。現実には「本人の意志」が全く考慮されない延命が行われていることが多いと思います。あおぎりさんがきちんと署名を記していらっしゃることは賢明です。
「おばあちゃんよかったね」と最期に皆から言ってもらえる死に方は、最高に幸せですね。
春野ことり
私もある意味で絶句します。しかし、最近絶句まで行かなくなりました。
医師として、特に親子とはいえ、他人の医療に対し、費用と同じ線上で終末期医療を語れば寒々とします(それぞれが心の中では必要な事と存じますが)。
死に際してある程度必要なこととはいえ、第一義的に金銭で語らざるをえなくなれば、”バチ”が当たると思います。
ハッスル
~ハッスル先生、コメントありがとうございます。
救急医療の現場ではよくあることなのでしょうね。本文では「絶句」と書きましたが、他にも絶句しそうなことが多すぎて、実はこの程度では絶句まではいきません。
費用がいくらかかるのか、これは大切なことなのかも知れませんが、医師の心情として受け入れかねます。
春野ことり
経済的なことを全く心配することなくそう言い切れる家族は幸せなんだと思います。そう言いたくても、お金のことを心配せざるを得ない人たちはたくさんいるのではないでしょうか。
医療者は経済的な苦労をしてない人も多いのでどうしても命とお金をてんびんにかけるように思えて、許容しがたく感じてしまうのかもしれませんが、経済的な問題を抱えていることは時に自殺の原因になるように、当事者にとっては大変に重い問題だと思います。
払えるけど払いたくない人もいるでしょうが、多くは払いたくても払えない、払ったら家族が生きて行くのに困窮する、という人たちなのではないでしょうか。
医療者が家族の思いを受け止めつつ、制度の利用などなど一緒に相談していけるといいですよね。
ねこ姫
~ねこ姫さん、コメントありがとうございます。
>医療者は経済的な苦労をしてない人も多いのでどうしても命とお金をてんびんにかけるように思えて、許容しがたく感じてしまうのかもしれませんが
決してそういうわけではないのです。
このエントリーで言いたいことはそういうことではないのですが・・・ここでぶつ切りにしていてはそういうご感想をもたれるのも仕方がないとは思います。早く続きを書かなければと思いつつ、なかなか筆が進みません。。。
春野ことり
どうしておくか、決めておくべきことなんでしょうか。
どうもそんな感じですね。
はずかしい質問ですが教えてください。
それと老衰の場合、延命措置した場合、どのくらい
持つんでしょうか?
MOMO
~MOMOさん、コメントありがとうございます。
>お金のことを抜きに考えれば、事前に延命措置を
>どうしておくか、決めておくべきことなんでしょうか。
そうそう!そうなんです。それが言いたいのです。
老衰の場合どれくらい持つか。。。それは神のみぞ知るところです。
春野ことり
最近は高額療養費の現物給付化の拡大もあり以前より減少したとは思いますが、医療機関への支払と高額療養費支給迄の時間差の間の支払に耐えられないというご相談が寄せられる機会が少なからずあるようです。
高額療養費に該当する負担額のラインが高すぎて、例え高額療養費の支給を受けても制度でカバーされない部分の支払が出来ないというご相談もしばしば寄せられるそうです。
昨今は若年層も低所得世帯が増えて、このようなご相談を受けても「さもありなん」と感じる機会も多くなってきたと耳にします。
親の治療費を例え一部負担金限度額の範囲内であっても支払ったら、自分の家計が(どう考えても本当に)破綻するだろうという事例も見聞きします。
このような方々が、先生ご指摘のような「費用の問題を気にする」態度を採られるのもやむを得ないと思わざるを得ない現実も一方であることも確か之ようです。
そして、このような方は往々にして「支払うべきお金は期限にしっかり支払う」という考え方の方が多く、医療機関側と支払期日の繰り延べなどの相談することも難色を示されるような方も多いそうです。
一部負担金の踏み倒しがある程度問題視される規模で生じている事を考えると、何とも言えませんが、先生ご指摘のような事態に対して一定程度やむを得ないと感じます。
いずれ必ず去りゆく者と、未来ある次の世代と、限りある財布の中身をどちらに使うか?というある種「究極の選択」状態に追い込まれておられる方が居られることも、また事実ですし。
感情論・道徳観・倫理観として、先生のご指摘に賛意を抱きますが、一方でそれだけでは生きていけない現実があるのもまた事実です。難しいことなのですが。
2泊3日の検査入院で自己負担はどの程度か?は質問が来れば当然お話します。これは今まで国民皆保険制度で医療費に関心の低かった国民が関心を持つようになるだけ負担額が上がっていることもあるでしょう。なるだけ答えるようにしていますね、最近多い質問の一つですが苦にはなりませんね。
ただ91歳の母親を持って延命治療を考えたことがないというのはあるかもしれませんね~もうこのまま100歳までいくんじゃないか~と超楽観的な性格の日本人いらっしゃいます。
ま、しかし8割以上の日本人は考えているんじゃないですかね。脳幹出血で見込みがないと思えば挿管せずに
Taichan
~Taichanコメントありがとうございます。
多くの医師は患者が窓口でいくら払っているのか知らずに診療していると思います。(自分も含めて)
70歳以上の患者の入院自己負担額は、どんなに濃厚な治療を受けても所得に応じた上限が決まっています。一般は1か月40200円、低所得者はもっと低く、高額所得者はそれより高く決められていますが、逆立ちしても払えない額では決してありません。高額医療費のように一時立て替えしなければいけないということもありません。
このエントリーで言いたいのは、お金云々ではなくて、91歳で寝たきりで施設に入所している親の死について考えたことがない人がいるということが驚きであり、「皆さん、考えておきましょうね」と呼びかけたいということです。
春野ことり
春野ことり
と一応お呼びしますが、
深いお知恵を持たれた方と存じます。
>「費用の問題を気にする」態度を採られるのもやむを得ない
これは重々存じ上げているところです。実は高齢者の入院費用は自己負担額は収入に応じて実に安価に設定されていて、皆様が想像するような「払えない額」では決してないのです。
それよりも、高齢者ではない若い患者さんが、医療費が払えないという理由で治療を拒否するケースがあり、由々しきことと思っています。
高齢者の高額療養費については、近年高額療養費の対象から食事療養費と生活療養費相当分が除外されたとは申しながら、やはり優遇されているのは事実だろうと承知致しております。条件分岐が増えて簡単には自分の限度額が解らない程度にややこしくはなっているようですけれど。
先生ご指摘のとおり、私の問題意識も寧ろ高齢者に分類されない世代の負担能力にあります。若年層のみならず中年層の一部においても厳しい方は厳しいですし。とは申しながら資産がさほどなく基礎年金(今年度での平均支給額)しか収入が無いような世帯の場合には、高齢世代であっても相当厳しい方がおられるのもまた事実ですし。
これは世帯構成・物価・持ち家の有無など地域差や個人差が大きいと思いますから一律にどうと言えないのは勿論なのですが、同じように先生ご紹介の状況についても一律には言えない部分があるのだろうと思います。
併せて先生がお感じになられる違和感について、頭から全否定する意思が無いことはご理解頂けたら幸いに存じます。まして完結していない物語ですから、ご紹介の例について軽々に論じられないのは当然ですし、あくまでも一般論と言うことで私見をお受け取り頂けたらと存じます。
高齢者の自己負担については、先生ご指摘のとおり窓口負担限度額が設定されていてそれを超える支払は必要ないという形をとっているものの、法令上は本来現金給付である高額療養費の現物給付化という形式で規定されている現実があります。という事から高額療養費という単語を統一して使用させて頂きました。
なお年金額についてはH19年11月末現在の数値を念頭にコメントさせて頂いており、厚生年金受給者の平均(基礎年金部分込)で約16.7万円、基礎年金のみ受給者の平均で約5.5万円という数字に依拠しております。
また、「91歳の寝たきりの母親を施設に預けていて、死について考えたことがないということへの驚き」という観点について論じる必要もなく全面的に賛成致します。このエントリについて私の完全な読み込み不足&コメントの流れも含めての脊髄反射をしてしまい申し訳ありませんでした。(恥)
素人の浅知恵
>素人の深知恵様、何度もコメントいただき恐縮です。
こちらこそ、尻切れトンボの状態なので、誤解を招くのも仕方がないかと存じます。遅れていますが、まだ続きますので、今しばらくお時間くださいませ。
春野ことり
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