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2008.05.18 00:03 |  診療  |  仕事 / 職場  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 12

延命治療、おいくらですか?①

91歳、寝たきりで施設に入っていたタカコさん(仮名)が、早朝に激しい痙攣を起こして救急車で運ばれてきた。

 

連絡を受けてやってきた家族はお嫁さん一人。

お嫁さんに、この年齢で、この状態では、いつ急変して呼吸が止まってもおかしくないことを話し、人工呼吸器などをつける希望があるかどうかを訪ねた。

 

嫁「ええっ!そんなに状態が悪いんですか?そういうことは、話し合ったことがないし、私は嫁の立場ですから、決められません」

 

一刻を争う事態であることを告げ、早急にご家族で話し合って、お返事をくださるように言うと、嫁は「わかりました」と言って帰って行った。

その後、血液検査の結果が出た。なんと、血糖値が1200mg/dl以上であった。正常の約10倍である。非ケトン性高浸透圧性昏睡だ。極度の高血糖のため血漿浸透圧が高くなり、脳細胞が脱水状態となるために痙攣や昏睡を来たすものである。

 

タカコさんは老衰のため食事が食べられず、施設では鼻から入れた管から流動食を投与されていた。もともと会話はできなかったようだ。

 

過去の入院の記録を見ると、血糖値は高くなかった。なぜ突然こんなに血糖値が上がったのかはわからない。人間の体というのは時に説明のつかない不思議なことが起こるものである。

最近、医療の結果が悪いと「真実を知りたい」と言って医療裁判を起こしたり、警察に医療事故として届けたりする人が増えているようだが、医学を学んでいない検察官や裁判官に真実を求めても分かるはずがない。医師にだって分からないことばかりなのだから。真実が分かるものならば、こっちだって知りたい。

 

それはさておき、血糖値が異常に高いことが分かり、速効型インスリンの点滴を始めると、やがてタカコさんの痙攣は治まった。しかし、タカコさんの意識は戻らず、痛み刺激にも全く反応はない。

 

夕方になっても、タカコさんの家族からは何の連絡もなかった。しびれを切らして、連絡先として嫁が書き遺して行った携帯電話の番号にかけると、タカコさんの息子が出た。仕事中のようだった。

息子「ええっ、そんなに悪いんですか?」

妻から何も聞いていないのだろうかと思わせる反応だった。

 

息子「えっ?延命治療?なんですか、それ。え?人工呼吸器?ああ、お願いします」

 

絶句しそうになる。自分の親の様子も見に来ず、電話で簡単に言わないで欲しい。

とにかく、一度病院に来てくださいと言うと、息子は「ええっ?今からですか?」

今からです!

強い口調で言うと、息子はわかりましたと素直に応じた。

 

40分程して、息子がやってきた。91歳の方の息子にしては若く、50代に見える。

私は、まだ一度もタカコさんの病室を訪れていない息子をタカコさんの元に連れて行き、意識のないタカコさんの姿を見せた。

その後、患者さんや御家族への説明をするための小さな部屋で、一通りタカコさんの状態を説明した。

今は痙攣はおさまったが、意識はまだ戻らず、危険な状態には変わりがないことを告げ、仮に呼吸が止まった場合、希望があれば人工呼吸器をつけることもあるが、もともとの状態や年齢を考慮すると、つけてもわずかな期間の延命をする意味しかないであろうと話した。

息子は母が死の淵にいることが受け入れられない様子だった。

「そんなに悪いんですか」と繰り返した。そして、こう言った。

「延命するかどうか、今決めないといけないんですか?今まで、そういうこと、考えたことがないんですよ」

91歳で寝たきりで施設に入っている母親の死について考えたことがないというのは、私にはとても不思議に思えた。しかし、それは臆面にも出さず、そうですか、考えたことがないんですね」と優しく言い、「でも、人間の命は永遠ではありませんから、いつかは死が訪れるんですよ」と続けた。

息子「それは分かっているんですけど・・・」

はっきりしない息子を前に、私は続けた。91歳で会話もできずに食事も摂れない状態だったら、もう寿命なんですよ。安らかに死を迎えさせてあげることも必要です。自分のための延命ではなく、お母さん本人のことを一番に考えてあげてくださいね。自分がお母さんの立場だったら、どうして欲しいかという観点から考えてあげてください。

 

息子は判断に困っていた。

 

そしておもむろにこう言った。

「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」

 

私はまたも絶句しそうになった。

 

 

つづく

 

なかのひと

 

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