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前回、2回にわたって、「町医者の心を折るもの」というタイトルの記事を書きました。
肝硬変から肝癌を発症して死亡した患者さんの娘さんが突然来院され、「きちんと検査は行われていたのか」、「なぜもっと早く肝がんが見つからなかったのか」という由のことを言って行かれたお話です。
このエントリーには医師と非医療者の両方の立場の方々からコメントをいただきました。
医師の方々からは「私」へ同情するご意見を、非医療者の方からは「娘」の気持ちもわかるというご意見をいただきました。
その中のひとつ、いつもコメントをくださるazukiさんのコメントで、私ははっと気付きました。
そのコメントとは以下のものです。
腫瘍マーカーという呼称が適当なのかどうかも疑問を感じるところです。
言葉から受ける印象というものがあります。その言葉から想像される、本来の意味以外のものを感じ取る力が人間にはあります。
腫瘍マーカー、と聞けば『体内にがんが出来たら必ず数値が上昇するもの』というような印象を、なんとなく感じ取ってしまうのではないかと思います。
また『正常』という言葉も『がんは出来ていない』というようなイメージを与えるかもしれません。
腫瘍マーカーという言葉が一般の人にも知られているわりに、それがどういうものなのかまでを知ってる人は少ない。情報氾濫の中で、なにが正しいのか判断していくのは、難しいのでしょう。
azuki
つまり、「腫瘍マーカー」に対する医師と患者の認識の違いによる齟齬が生じていた、というわけです。
前回の記事の「私」の感情を整理します。
「娘」が父の癌死を受け、病院に対し 「きちんと検査は行われていたのか」 「もっと早く見つけることはできなかったのか」と思うことは、充分に理解できます。
もしも私がこの娘さんの立場だったら、同じように思うでしょう。ただし、それをストレートに医師にぶつけるかどうかは別として。
「私」は突然アポなしで現れた「娘」のために時間を割き、質問のひとつひとつに誠意を持って答えました。
しかし、「私」がズッコケタのは次の言葉です。
腫瘍マーカーは測ってあったのかという「娘」の問いに、「私」が正常だったと言い、検査結果の伝票を見せたところ、「娘」は
「そんなバカな!正常なんて、信じられない!」
と、叫んだのです。
正常値の書かれた伝票を見せているのに 「信じられない」とは、どういうことか。
これは「私」の理解を超えました。
すぐに、こちらの言うことは何も信じられないということだろうと思いました。そこで、こう表現しました。
どうやら「不信」という色眼鏡をかけてしまうと、白いものも黒くしか見えないようだ。
検査伝票を見せているのに信じられないのであれば、この「娘」には何を言っても信じてもらえないのだろう。そう感じた「私」は以下のように思いました。
もうこの方とはお話ししたくない
医師の中では、「腫瘍マーカーは癌があったら必ず上がるものでもなく、上がっていたら必ず癌があるわけでもない」 ということは常識です。
しかし、それは医師の常識であって、患者さんの常識ではありません。
この「娘」がazukiさんの指摘されたように腫瘍マーカーを『体内にがんが出来たら必ず数値が上昇するもの』と思っているのであれば、
「そんなバカな!正常なんて、信じられない!」
という言葉が「私」へ向けられたものではなく、「上昇しているはずの腫瘍マーカーが正常だ」という事象に向けられていることが考えられます。
以前、「医師アタマ」という著書を紹介しました。
今回のことで、すっかり私自身が「医師アタマ」になっているということを実感しました。
以下、「医師アタマ」より引用です。
本書は一つの大雑把な仮説を立て、その仮説を前提としたうえでさまざまな角度から検証をしたいと思う。
その仮説とは「医療における患者ー医師間のコミュニケーション不全は基本的に医師の論理が持つ頭の固さ、すなわち、『医師アタマ』に起因するものである」というものである。
医師がある患者を「おかしなことをいう患者」と感じる時、もしくは、「なんでこの人はこんなことをいうのだろう」と不思議に思う時、患者がいうことを聞かないといらだつ時、その原因の多くは医師自身のなかにある「医師アタマ」からくるものである。
患者にはいろいろな人がいるが、そのいろいろさ加減は、人にいろいろな人がいるのと同様である。一方、医師の頭の中では非常に整然として世界が構築されている。そこから生まれる「医師の論理」が、現代の医療を取り巻く新たな問題を生み出しているのではないか?
「なんでこの人はこんなことを言うのか」と思う時、その根拠が分かると医師は気持ちが楽になり、診療も行い易くなります。
分からないままだと溝が深まり、トラブルの元になります。
今回、azukiさんのコメントで、この「娘」の思考様式が理解できたように感じ、大変気持ちが楽になりました。
ブログを通して色々と勉強になります。コメンテーターの皆様、今後もお気づきの点を教えていただけたら幸いです。
私は患者さんの考えをできるかぎり理解したいと思っています。そして、患者や家族の皆様にも、医療提供者への御配慮をお願いしたいと思います。
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コメント
コメント一覧
やはり、医者、医療関係者と一般の方の間には大きな隔たりがあります。
でも、お互いに少し歩み寄れば解消される程度のものだと思います。
先生のブログで私もまた、勉強させていただきました。
私も、先日『臨床試験とは』と言うエントリーではっとさせられるコメントをいただきました。
非常に勉強になります。
できるだけ、一般の方の考えることを理解しながら診療にあたりたい。また、一般の方にも医者の考えていることを理解していただきたいと思います。
よっしい
~よっしい先生、コメントありがとうございます。
私も先生と同じ考えです。
ブログのコメント、勉強になりますよね。
私も一般の方の考えることを理解しながら診療にあたりたいと思っていますし、一般の方にも医師の気持ちを察し、理解する気持ちを持って欲しいと思います。
春野ことり
「AFP]とか「NSE」とかマーカー名をそのまんまぶつけた方が誤解が少ないかもしんないですな
いのげ
~いのげ先生、コメントありがとうございます。
>「腫瘍マーカー」と言う言葉に素人が過大な期待を寄せる修正を利用してマーカーだけで癌検診をする詐欺師医者が昔いましたな
そうですね。患者さん自身も詐欺にひっかからないように自分で正しい知識を得る必要があります。
春野ことり
大げさなタイトルをつけてしまいましたが、心を折ったりしていませんので、どうかご心配なく。
「医師アタマ」があれば「患者様アタマ」もあるわけです。
医師が百人百様の「患者様アタマ」を理解するのは困難きわまるわけで、一般の方にはそこのところのご理解もよろしくお願いしたいところです。
あるがんの講習会で病理医の先生が、「腫瘍マーカーに反応しない人が4割ぐらいはいます」とおっしゃった時、私はずっこけました。がんを発見するのに、あまり当てにならないんだな、そういえば私のがんも正常値だったと納得でした。4割という数字の威力はすごいです(苦笑)。
で、その後の検診の度、この病理医の横に着席していた主治医は、「腫瘍マーカーも正常値だからいいんじゃない」と言って経過観察続行です。互いにマーカーは当てにならんかもしれないと心で思っているんですが、この言い方は私には気が休まって思いやりを感じます。自分に必要な知識は講習会で得ていおり、それを主治医も知っているというのは、なかなか良い歩み寄り方法だと、このエントリーを読んで実感しました。
christmas
~christmasさん、コメントありがとうございます。
>互いにマーカーは当てにならんかもしれないと心で思っているんですが、この言い方は私には気が休まって思いやりを感じます。
よい感じの関係ですね。患者さんがどの程度の理解力があるのか主治医がよくわかっているというのが望ましいです。
たしかに4割に腫瘍マーカーが反応しないと聞いたら一般の方はずっこけるでしょうね。反応する割合は腫瘍の種類にもマーカーの種類にもよりますが。
春野ことり
腫瘍マーカーという呼称よりも、いのげ先生のご指摘のように、具体的なマーカー名そのままのほうが、誤解は少ないかもしれませんね。
患者側も、本などから得る情報や、自分の持ってるイメージを正しいものとせず、主治医とのコミュニケーションの中で、何が正しいのかを判断をしていくことが望ましいのではないかと思いました。
このような場所を設けてくださった先生方に感謝いたします。ありがとうございました。
azuki
~azukiさん、いつもコメントありがとうございます。
そうですか。よっしい先生の記事、一般の方々と医療者の距離を縮めるのに役立っていますね。
自分から患者さんに説明するときは、マーカー名をそのまま言い、これが上がったから癌というわけでもないし、正常だから安心というわけでもないことをお話しています。しかし、この娘さんのように、ご自分から「腫瘍マーカーはどうだったのですか」とよく分かっているような素振りで質問してきて、実は間違った解釈をしている、というのが一番困ります。「腫瘍マーカー」という言葉も何も知らない白紙状態の方が、こちらとしては説明がしやすいですね。
患者さんも自分の持っているイメージを正しいと思いこまず、医療者の言うことに耳を傾けてほしいです。実際、医師の言うことよりも「みのもんた」の言うことを信じている一般の方が結構いますので、困ったものです。
ともあれ、こういう場でお互いが歩み寄れるのはよいことですね。
azukiさん、こちらこそありがとうございました。
春野ことり
かつて、とあるマーカーが4桁もあり、かなり高値だったけれど、最終的に良性でした。
いろんな本を読んでも、「腫瘍マーカーが高くても、必ずしも悪性ではなく、それだけで診断できない」と書かれていました。
それを身をもって体験したので、数値だけで一喜一憂せず、主治医の話をちゃんと聞いて良かったなと思っています。
「医師アタマ」私も読みました。患者として読んでも、わかりやすかったです。
Kei☆
~Kei☆さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
腫瘍マーカーに一喜一憂するお気持ちわかります。医師も同じですから。
最終的に良性でよかったですね。4ケタもあったら、必ずしも悪性でないと頭では分かっていても、オロオロしてしまいそうです。
「医師アタマ」読まれたのですか。多くの患者の立場の方がKei☆さんや、ここへコメントくださる方々のように、医療者へ歩み寄る努力をしていただけたら、医療の未来は明るいですね。
春野ことり
それからはそこの人間ドックに行っていません。(年間10万円も取るのに)
人の寿命はやはり神様が決めたローソクの長さによって決まっている物ですよね、いくらじたばたしても寿命が延びるわけ無いですよね、今では変な悪あがきはしない事にしています。
たぬくまぞうさん
~たぬくまぞうさん、いつもコメントありがとうございます。
お父様、お気の毒でした。人間ドックを半年ごとに受けていらっしゃったのに、と思うと無念ですね。しかし、レントゲンの見落としは、やはりあります。「後から見直せばここに影がある」、ということは自分自身も経験があることです。レントゲンをチェックするのは人間ですから。神でも超能力者でもないので、見落としはあり得ます。
>人の寿命はやはり神様が決めたローソクの長さによって決まっている
その通りだと私も思います。
春野ことり
なるほどですね。確かにそうですね。
ある10代後半の患者さんと私の会話
私「CTとりましょう。頭痛はときにこわいですから」
患者「・・・・・・」
(少し間あり)
私「何かお困りですか?」
患者「あのおお、 しぃてぃって何ですか?」
って言われたことあります。
患者アタマは難しいっす。
なんちゃって救急医
~なんちゃって救急医先生、コメントありがとうございます。
「しぃてぃって何ですか」
医師になりたての頃に老人患者さんから同じ質問をされたのは覚えていますが、さすがに最近はありません。
今言われたら、ズルッとコケテしまいそうです。
春野ことり
あのお嬢さんの「信じられない!」って言う言葉は全く先生に非がある言葉とは思えなかったくらい、私も患者アタマでした。
20年もまともにお医者さんにかかっていないと、やっぱり全然知識が足りないものなんですね〜・・・
同居人のガンで、色々調べて、本当に色々と初めて知った事が沢山ありました。
一番わかったのは、薄々感づいてはいましたが、医療ってわからない事だらけなんだって事です。
私もたぬくまぞうさんの考え方に賛成する一人です。
マーボー
~マーボーさん、そうですか。
医師の読者と一般の読者の方々のコメントに開きがあったのはそういうわけですね。
「信じられない!」は、てっきり「私」に向けられた言葉と思いました。非医療者の方が読んだら、違和感を感じないわけですね。今回は、大変勉強になりました。
>医療ってわからない事だらけなんだって事です。
人間の身体の中で何が起こっているのかなんて、医師にもはっきり言って分かりません。生身の人間の身体は分からないことだらけです。
春野ことり
このお話、本当に告知義務違反なのでしょうか?
告知義務違反が問題になったのであれば「そんな馬鹿な・・」という言葉は、どうも腑に落ちません。
患者家族にとっては、肝機能異常の告知がお医者様から本人に無かったのであれば、むしろ有利な訳ですから・・。「やはりそういう事があるのですね。保険会社にご説明頂けないでしょか?」となるのが普通ではないでしょうか?
しかし、「そんな馬鹿な・・」(告知が無かったこと)を肯定したくない立場の遠い親戚であって、その親戚さんが、亡くなられた患者さんを保険加入に導かれた保険会社の職員さん(親戚よも成績や評価重視のやり手社員)であれば話は別と思います。
又、生命保険以外に考えられることは、例えば癌(あるいは肝硬変)の告知を受けた時点(転院時)で障害年金の申請を行ったところ初診が認められないなどはどうでしょう?
障害年金は初診認定制度を取っているため、これがはっきりしないと申請しても棄却になります。初診が容易に認められない問題は、時折新聞記事などでも見受けますが、仮にこれだとすれば、「そんな馬鹿な・・」の言葉も理解できます。
お医者様ではなく、制度や行政の問題ですが・・。
しかし、生命保険も年金も出し渋りの時代、いずれであってもおかしくはなく、患者・お医者様共にアタマを痛めるのかも知れない・・などと感じた次第です。
花
~花さん、コメントありがとうございます。
おそらく、この娘さんが一番知りたかったのは「いつから肝硬変になったのか」です。転院先の担当医が書いた死亡診断書の死因に「肝硬変」、発症から死亡までの期間「十数年間」とあったそうです。患者さんがいつ保険に加入したのかはわかりませんが、おそらくこの「十数年前」より以後であれば、肝硬変を告知していなかったということになり、保険金がおりなくなるのだと思います。
「そんなバカな」という娘さんの言葉の真意が私にはわからなかったのですが、一般の方のコメントを読んで、「腫瘍マーカーは癌があったら必ず上がるもの」という「患者アタマ」によるものだったのだろうと推察できました。
保険のことで肝硬変の発症時期を質問に来たついでに、自分が抱いている疑問をすべて医療者にぶつけていったという感じでした。
春野ことり
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