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「タカコさんにかかる負担金は、いかなる高額な治療を行っても、一ヶ月で24600円です。ただし・・・」
私の口調は極めて事務的になっていた。
「人工呼吸器を付けた場合、大部屋での管理は無理ですので、個室管理になります。個室料金は1日につき約5千円です。これは保険が効きませんので、全額お支払いいただくことになります。」
息子さんは質問した。
「人工呼吸器をつけた場合、(命は)どれくらい持つのでしょうか」
「一概には言えません。人工呼吸器ををつけても、すぐに心臓が止まってしまうこともあります。心臓が止まれば命は終りです。人工呼吸器ををつけた状態で外せないまま何ヶ月も続く場合もあります」
息子「1年、2年続くこともあるんですか?」
私「理論的にはあり得ることです」
息子「やっぱり一度つけたら外せないんですか?」
私「人工呼吸器を必要としないところまで呼吸機能がよくなれば外せますが、このご年齢では難しいと考えた方がいいと思います」
息子「一ヶ月で15万円か・・・」
息子さんはしばしの沈黙の後、こう言った。
「じゃあ、いいです。延命は。
お金もかかることだし・・・」
*
幸いにして、タカコさんの状態は通常の非ケトン性高浸透圧性昏睡に対する治療により落ち着き、元の施設に戻ることになった。しかし、意識は依然として戻らないままである。
意識の戻らないタカコさんは、自分の命が息子によって値踏みされたことなどもちろん知らない。
たしかにお金がいくらかかるのは家族にとって切実な問題かもしれない。しかし、「お金がかかるから延命はやめる」と言われたタカコさんは何とも不憫である。
「お金がかかるから延命をやめる」
のではなく
「延命をしても母の状態が回復して、母が生きている喜びを感じるようになるわけではありません。母がこのような状態で生き延びることを望んでいるとは思えません。91歳まで母は十分に生きたと思います。苦しみを引き伸ばすような無理な延命はせずに、どうか自然にまかせてください」
これが美しい回答ではないだろうか。これらは結果は同じでも、持つ意味が全く違う。
念のため繰り返すが、現在の医療制度の下では、治療費が払えないからと高齢者の治療を拒まれることは稀である。
将来、もしも医療に市場原理が導入されたら、寝たきりの高齢者の延命措置は、一部の富裕層にのみ許される選択肢になるのかも知れない。
または、貧富の差に関係なく高齢者の医療は包括となり、延命の選択肢自体がなくなってしまうかも知れない。
10年後、20年後の医療制度がどのように変わっているかは予測できない。
しかし、いずれにしても、お金と命を天秤にかけることは、その人の尊厳を踏みにじることのように思う。
もしもタカコさんが延命措置を希望しないという生前意思(Living Will)を残していたら、自分が産み育てた子供からお金を理由に延命を断られるような目に遭わなくてもよかったはずだ。
人間の命には必ず終わりがある。
これから老いていく人たちには、ぜひ生前意思を記しておかれることをお勧めする。
まずは自分自身の尊厳を守るために
次に愛する家族が迷い苦しまないために
そして皆さんの尊厳が守られるためには、生前意思に基づき延命を中止した医療者が咎められない世の中になることが大前提である。
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さて、本題に入りたい。
「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」
と聞いてきたタカコさんの息子さん、彼が知りたい費用とは延命治療にかかる実費なのか、自分が支払うべき負担金なのか、どちらだろうか。
問うまでもなく、彼に請求される負担金であろう。実費がいくらかかるかを気にする患者など全くいないわけではないのだが、まずお目にかかることはない。
人工呼吸器をつけて中心静脈栄養を行い、高価な抗生剤の点滴を行えば、1ヶ月で100万円近い保険請求額が発生する。
しかし、いくら高額な治療を行っても、70歳以上の患者に請求される額は収入によって異なるものの一般には1ヶ月で数万円である。
数万円という数字を更に正確にするため、私はタカコさんの場合の自己負担額を医事課に電話をして問い合わせた。
回答は、24600円だった(注1)。実質100万円かかろうが、200万円かかろうが、負担金はたった2万4千6百円である。「それならばできるだけのことをやってもらった方が得だ」と息子は考えるかも知れない。
私はこれまで何百人もの老人の診療に当たってきたが、「医療費が払えないから高額な治療や検査はやめて欲しい」という高齢者の患者にはまず会ったことがない。
むしろ、医療費が払えないからと必要な検査を拒否するのは、70歳未満の患者である。
私が医師になった頃は、70歳以上の老人は自己負担額がゼロだった。一方60代の患者は年金生活の上に国民保険で3割負担のため、検査などを勧めても、すんなりとは受けてもらえないことが多かった。そのために発見が遅れ、病状が進行してしまった患者もいた。その彼らが70代に突入するやいなや、何でもやってくれとホイホイ検査を受ける態度に豹変する姿を見てきた。60代のうちは自己負担金がかかるからと医師が勧める検査を断り、70代になったら医療の受けたい放題、これには矛盾を感じていた。
まもなく、高齢者の自己負担が1割になった。この時、医師会は当然のごとく猛反対した。建前は患者のためだったが、高齢者が不必要な受診を控えて開業医が減収になるのを阻止したかったためではないと神に誓って言うことはできないであろう。
しかし、自己負担が1割になっても、受診する高齢者は減ることはなかった。たとえ自己負担額が発生しても、必要なものは必要なのだ。水を使うのに水道料金を支払い、電気を使用するのに電気料金を支払うのと同じである。
現在、後期高齢者医療制度が非難の的になってるが、入院に関して言えば、いかなる高額な治療を行っても自己負担はたった数万円というところは全く変わっていない。
これに対して、70歳未満の患者は、高額療養費制度といって、一定額を超えた分は申請すれば後から還付されるという制度はあるものの、高額な治療を受けた場合はそれに一定の率をかけた高額な負担金を一時的に窓口で支払わなければならない。(注2)
私の経験では、50代や60代の患者さんから、たとえ一時的でも医療費が払えないという理由で治療を拒否されたことがある。
50代の患者から必要な治療を拒否された後、病棟で植物状態の老人が、まさにその50代の患者が高額だからと拒否した治療薬を並々と投与されているのを見たときは、やり切れない気持ちがした。その50代の方は亡くなってしまったが、植物状態の老人は生き延びた・・・。
さて、聞かれた以上は答えなければならない。
「タカコさんにかかる負担金は、いかなる高額な治療を行っても、一ヶ月で24600円です」
さて、これを聞いた息子さんはどう選択するのか。
つづく
(注1)住民税非課税世帯の限度額 限度額は所得によって異なります。ちなみに、タカコさんと息子さんは別世帯です。
(注2) H19年4月以降は70歳未満の方も入院に関してのみ、希望により一定の手続きを経れば70歳以上の高齢者の方と同様に窓口で限度額以上の請求をされない制度ができました。
この取り扱いを望む場合の手続きとしては、窓口での支払に先だって保険証の発行主体に低所得区分の方は「限度額適用・標準負担額減額認定申請書」を提出して認定証の交付を受け、それ以外の区分の方は「限度額適用認定申請書」を提出して認定証の交付を受け、保険証とともに医療機関の窓口に提出する必要があるようです。
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前回、「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」
と聞かれて絶句しそうになったと書いたが、「絶句」というのは少し表現を間違えたと思う。
私がここで言いたいのは、お金云々ではない。治療費がいくらかかるかは、患者やご家族にとっては切実な問題である。命とお金を天秤にかけるような質問が許せなくて「絶句」しそうになったわけではないことをどうかご理解いただきたい。
患者は91歳、寝たきりで施設に入所していた。病院に運ばれてからは、痛み刺激に全く反応しない、医学的に言うとJCS 300の意識レベルである。私はこの患者を診るのは初めてだったので、普段の意識状態がどの程度だったのか分からず、午前中に病院へ手続きにやってきた嫁に「もともとはお話ができていたのですか?」と聞いた。すると嫁は言った。
「私も週一回ぐらいしか面会に行っていないし、行くのはいつも夜なので、行くといつも寝ていて・・・話ができるのかどうか分からないんです」
と。
息子がこの妻よりも多く母親の面会に行っていたのかどうかは分からない。
私は老衰の患者に延命措置を施すようなことはしたくないのである。しかし、家族が希望すれば行わざるを得ない。
人工呼吸器をつけた老女が予想以上に強靭な心臓を持っていたら・・・
人工呼吸器をつけた状態が長引いて、家族が「可哀想だからもうやめてくれ」と懇願しても、決してなびいてはいけないのだ。一度始めた以上は心を鬼にして心臓が止まるまで延命を遂行しなければならない。患者に同情して人工呼吸器を外すときは殺人罪で刑事罰を受ける覚悟が必要である。
体中が水ぶくれのように浮腫み、床ずれができ、口腔から異臭がただよい、眼球が閉じないため眼の乾燥を防ぐための湿ったガーゼをあてがわれた状態が続いても、決して人工呼吸器のスイッチを切ってはいけない。電話で簡単に延命してくれという息子にその覚悟はできているのだろうか。
SOREDEMO IKITE SAE IRE BA IINO KA?
私は息子さんの心に届くようにと懸命に言葉の矢を放った。
91歳で会話もできずに食事も摂れない状態だったら、もう寿命なんですよ。安らかに死を迎えさせてあげることも必要です。自分のための延命ではなく、お母さん本人のことを一番に考えてあげてくださいね。自分がお母さんの立場だったら、どうして欲しいかという観点から考えてあげてください。
次に息子の口から出た言葉がこうだ。
「人工呼吸器をつけるといくらかかるのですか」
私が息子の心に向けて放った言葉は、その心に入り込むことなく、頑強な胸筋にはね返り、あえなく床に墜落したのだった。
それを「絶句」という一言で片付けようとするのは無理があったようだ。
つづく
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ボールペン作戦ってなんぞや?
と思われた方、こちらをクリックしてみてください。
ボールペンで福島県立大野病院事件の加藤先生を支援しようという運動です。
どうぞよろしくお願いします。
こちらも参照ください。
ボールペンで産科医療を救う! (「やぶ医師のつぶやき」〜健康、病気なし、医者いらずを目指して)
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連載の途中なんですが
先日、こんな記事が ありました。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/145906/
「不良患者」「医療テロリスト」-。医療事故の被害者を中傷する書き込みがインターネット上で横行しており、事故被害者の遺族らが実態把握や防止策の検討に乗り出した。悪質な事例には刑事告訴も辞さない方針だ。遺族らは「偏見に満ちた書き込みは、医師専用の掲示板などに多い。事故の再発防止を願う患者や遺族の思いを踏みにじる行為」と指摘している。
厚生労働省も、悪質なケースで医師の関与が確認された場合、医道審議会で行政処分を検討する。
中傷を受けた遺族や支援する弁護士らが4月、大阪で対策協議会を開催。協議会によると、中傷の多くは「医師に事故の責任はなく、悪いのは患者」との趣旨で、患者や支援団体を「医療カルト集団」とののしったり、事実と異なる内容を書き込むケースもあるという。
----------------------------------------------
ちなみに「医療事故被害者」と呼ばれる方の中には
本当に医療事故被害に遭った方のほかに、医師が最善を尽くしても助からなかった方も含まれています。
wikipediaで誹謗中傷を調べると
http://ja.wikipedia.org/wiki/誹è¬ä¸å·
誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)とは、他人をそしる(誹る・謗る)こと、あるいは根拠のない悪口を言うこと(中傷)。嫌がらせの一種で、非常に陰湿極まりない行為である。
明確な根拠がある場合、すなわち事実を表明することで他人の悪事などを暴露し、結果的にその人の名誉を失墜させることは、誹謗ではあっても、中傷や悪口とは言わない。
特に公共の利害に関する目的で、例えば組織などの悪事を暴露する事は内部告発などのように法的にも正当な行為として認められる。ただしその目的が公共の利害に関係したことでなければ、公表したことが事実であったとしても名誉毀損に該当する。
以前、福島県立大野病院事件第12回公判に関連した記事を書きました。
http://blog.m3.com/Visa/20080128/1
まずは、なくなられた妊婦さんに心から追悼の意を表します。
私は決して亡くなった妊婦さんやご遺族を誹謗中傷するつもりはありません。辛いご心境、お察しいたします。
ロハス・メディカル ブログより引用
公判での、亡くなられた 妊婦さんのお父さんの陳述
「癒着胎盤が極めて稀で、1万分の1、とか、2万分 の1とか、難易度が高いとか、大出血は稀だとか、亡くなったのは娘のせいだとか、言われました。これらは、娘に対する人権侵害、誹謗であり、遺族は逆境の中にいます。」
--------------
以下は私見です。
「病気が稀で(治療の)難易度が高い」ということが「人権侵害で誹謗」に当たるのならば、医師は人権侵害や誹謗を日常的に行っていることになってしまいます。
もちろん、患者さん個人をあげて中傷するようなことはあってはならないと思いますが、この産経の記事によると
「医師に事故の責任はなく、悪いのは患者」
という中傷が多い
とのこと。
これは事実を歪曲していると思います。自分を含めて医師が訴えていることは、
「医師に事故の責任はなく、悪いのは病気」
ということです。
「あなたの病気は悪性の疾患でなおりません」
と医師が患者に話した場合に、患者が
「それは中傷だ!」
と怒るのと同じことではないでしょうか。
私は、「患者」vs「医師」という構図は何も生み出さないと思っています。医療を破壊する意味しかないでしょう。
この記事のように
「患者」vs「医師」
という構図を意図的に作ろうとするマスコミには怒りを通り越して呆れます。
参考ブログ 天漢日乗
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連載の続きはしばし、お待ちを
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91歳、寝たきりで施設に入っていたタカコさん(仮名)が、早朝に激しい痙攣を起こして救急車で運ばれてきた。
連絡を受けてやってきた家族はお嫁さん一人。
お嫁さんに、この年齢で、この状態では、いつ急変して呼吸が止まってもおかしくないことを話し、人工呼吸器などをつける希望があるかどうかを訪ねた。
嫁「ええっ!そんなに状態が悪いんですか?そういうことは、話し合ったことがないし、私は嫁の立場ですから、決められません」
一刻を争う事態であることを告げ、早急にご家族で話し合って、お返事をくださるように言うと、嫁は「わかりました」と言って帰って行った。
その後、血液検査の結果が出た。なんと、血糖値が1200mg/dl以上であった。正常の約10倍である。非ケトン性高浸透圧性昏睡だ。極度の高血糖のため血漿浸透圧が高くなり、脳細胞が脱水状態となるために痙攣や昏睡を来たすものである。
タカコさんは老衰のため食事が食べられず、施設では鼻から入れた管から流動食を投与されていた。もともと会話はできなかったようだ。
過去の入院の記録を見ると、血糖値は高くなかった。なぜ突然こんなに血糖値が上がったのかはわからない。人間の体というのは時に説明のつかない不思議なことが起こるものである。
最近、医療の結果が悪いと「真実を知りたい」と言って医療裁判を起こしたり、警察に医療事故として届けたりする人が増えているようだが、医学を学んでいない検察官や裁判官に真実を求めても分かるはずがない。医師にだって分からないことばかりなのだから。真実が分かるものならば、こっちだって知りたい。
それはさておき、血糖値が異常に高いことが分かり、速効型インスリンの点滴を始めると、やがてタカコさんの痙攣は治まった。しかし、タカコさんの意識は戻らず、痛み刺激にも全く反応はない。
夕方になっても、タカコさんの家族からは何の連絡もなかった。しびれを切らして、連絡先として嫁が書き遺して行った携帯電話の番号にかけると、タカコさんの息子が出た。仕事中のようだった。
息子「ええっ、そんなに悪いんですか?」
妻から何も聞いていないのだろうかと思わせる反応だった。
息子「えっ?延命治療?なんですか、それ。え?人工呼吸器?ああ、お願いします」
絶句しそうになる。自分の親の様子も見に来ず、電話で簡単に言わないで欲しい。
とにかく、一度病院に来てくださいと言うと、息子は「ええっ?今からですか?」
今からです!
強い口調で言うと、息子はわかりましたと素直に応じた。
40分程して、息子がやってきた。91歳の方の息子にしては若く、50代に見える。
私は、まだ一度もタカコさんの病室を訪れていない息子をタカコさんの元に連れて行き、意識のないタカコさんの姿を見せた。
その後、患者さんや御家族への説明をするための小さな部屋で、一通りタカコさんの状態を説明した。
今は痙攣はおさまったが、意識はまだ戻らず、危険な状態には変わりがないことを告げ、仮に呼吸が止まった場合、希望があれば人工呼吸器をつけることもあるが、もともとの状態や年齢を考慮すると、つけてもわずかな期間の延命をする意味しかないであろうと話した。
息子は母が死の淵にいることが受け入れられない様子だった。
「そんなに悪いんですか」と繰り返した。そして、こう言った。
「延命するかどうか、今決めないといけないんですか?今まで、そういうこと、考えたことがないんですよ」
91歳で寝たきりで施設に入っている母親の死について考えたことがないというのは、私にはとても不思議に思えた。しかし、それは臆面にも出さず、「そうですか、考えたことがないんですね」と優しく言い、「でも、人間の命は永遠ではありませんから、いつかは死が訪れるんですよ」と続けた。
息子「それは分かっているんですけど・・・」
はっきりしない息子を前に、私は続けた。91歳で会話もできずに食事も摂れない状態だったら、もう寿命なんですよ。安らかに死を迎えさせてあげることも必要です。自分のための延命ではなく、お母さん本人のことを一番に考えてあげてくださいね。自分がお母さんの立場だったら、どうして欲しいかという観点から考えてあげてください。
息子は判断に困っていた。
そしておもむろにこう言った。
「人工呼吸器をつけると費用はおいくらかかるんですか?」
私はまたも絶句しそうになった。
つづく
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前回のエントリーで、沈みかけた船のお話を書いたところ、コメンテーターの方が別バージョンを作ってくださいました。
まずは原作をどうぞ
沈没しかかっている船がありました。
船には、赤ちゃんから老人まで乗っていました。
沈没を防ぐためには、重量を減らさなければなりません。
船頭さんは苦渋の末、意を決してこう言いました。
「お年寄りからこの船を下りてもらおう!」
老人から反発の声が上がりました。
「年寄りは死ねっていうことか!ひどいじゃないか!」
「人殺し!」
船頭さんは黙り込んでしまいました。
若者や子供たちも何も言えませんでした。
そして、船は沈没しました。
子供も若者も老人も、みな命は平等です。
だから、みんな一緒に海の底に沈みました。
おしまい
欧州の消化器科医先生の作品です
その①
・・・・・
老人から反発の声が上がりました。
「年寄りは死ねっていうことか!ひどいじゃないか!」
「人殺し!」
船頭さんは黙り込んでしまいました。
若者や子供たちも何も言えませんでした。
しかし、いよいよ沈み始めた時に乗員で争いが始まりました。
若者は「これまで十分生きたじゃないか、頼むから死んでくれ」
老人は「なにを、ばちあたりな。誰のおかげでここまでこれた?」
「メタボから先に下りろ」
そして殺し合いが始まりました。
船頭は傍観していました。
ちょうど適度に殺し合いがすんだ頃合いに、船頭は
「ああ、沈まなくて良かった。でも、残った乗員の消耗がひどくて、船が進まなくなったなぁ。安くて良く働く、外人でもいれるか」
そして、残った乗員と外人とでまたしても争いが果てしなく続きました。
そのうち、誰が本当に悪いのかに乗員は気づきました。
乗員と外人の怒りは船頭に向き、船は漂流していくのでした。
欧州の消化器科医先生の作品 その②
・・・
老人から反発の声が上がりました。
「年寄りは死ねっていうことか!ひどいじゃないか!」
「人殺し!」
船頭さんは黙り込んでしまいました。
でも、若者や子供たちはどうにかしようと考えました。
老人達といっしょに知恵をしぼりました。
まず、船に不必要な物を捨て始めました。
不要な箱ものを捨てました。
そして、船頭達が実はお宝や利権を隠し持っていたことをつきとめました。
それを元手に船を大きく改築し、沈みにくくしました。
さらに、船頭達の不要な大量の持ち物も捨てました。
そして、二度と不正蓄財、利権集中ができぬように船内の規則を作り替えました。
船頭もみんなの幸せを考えられる人を選びました。
そして、老いも若きも力を合わせるようになった船は再び力強く進むこととなりました。
次はakoさんの作品です。
沈没しかかっている船の近くには豪華客船がありました。
救命ボートを投げれば全員助かりそうです。でも、救命ボートは自分たちの乗っている船の乗客用に用意したものだから別の船の乗客のために使えないといって投げようとしません。
沈没するような貧弱な船に乗る料金しか持てなかったあなたたちの自己責任、と。
私が書いたものが平等主義日本型バージョンというならばこれは市場原理主義アメリカ型バージョンというべきでしょうか。
欧州の消化器科医先生のその②のような結末になるといいのですが。
他の作品もお待ちしておりますw
たぬくまぞうさんとchristmasさんからもいただきましたのでご紹介します。
まずは、たぬくまぞうさんバージョン
沈没しかかっている船がありました。
船には、赤ちゃんから老人まで乗っていました。
沈没を防ぐためには、重量を減らさなければなりません。
船頭さんは苦渋の末、意を決してこう言いました。
「お年寄りからこの船を下りてもらおう!」
老人から反発の声が上がりました。
「年寄りは死ねっていうことか!ひどいじゃないか!」
「人殺し!」
船頭さんは黙り込んでしまいました。
若者や子供たちも何も言えませんでした。
船頭さんは考えました
老人には食料を少なくして
治療もしない事にしました
弱った老人はどんどん亡くなり
海の藻屑と消えて行きました
お陰で船は沈まずにすみました。
めでたしめでたし
続き
若者と子供達は考えました
将来同じ目に合うのかと
船で暴動が起き
船頭は海に投げ込まれてしまいました
それから船は何処を漂流しているやら。
おしまい
次は、christmasさんの目指せ!印税生活バージョン
船底に亀裂が入り、船はまさに沈没寸前です。慈愛あふれる屈強な男たちは海へ飛び込み、船の周りを泳ぎだします。一人、また一人と波間に消えました。
「それでも男かっ!」と老人たちに責められ、ひ弱な男たちも渋々泳ぎ出し、波にのまれていきました。
赤ん坊がインフルエンザっぽい症状を出し、子供たちが海に捨てられます。ある母親が赤ん坊を追って波に飛び込みます。
「母性はないのかっ」の叱責に、今度は母親たちが海へ消えました。船上に残った中年女性は、老人たちのゲートボールで慣らした素晴らしいチームプレイで、簡単に船から突き落とされてしまいました。
こうして老人たちは、無事、天国へのビザを手に入れたのでした。。。
しかしながら、、、海に消えた人たちの中には、無人島に泳ぎ着いた者もいました。彼らは島で生活を始め、やがて集落を作り…。ある日、他島に流れ着いた同朋たちと交流すべく、一艘の船で宴会を始めました。が、船が沈没しかかって…。
「ふふん、昔が懐かしいけど、俺たちゃ昔とは違う。経験豊富なサバイバーじゃ~」。バージョンアップして、第二ラウンドの始まりです。。。
いやー、christmasさん、過激です(>▽<)。
みなさん、想像力が豊かですw
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以前、 終末期医療:延命治療の有無、「生前意思」に診療報酬 についての記事を書きました。
1ヶ月でもう廃止になりそうです。
http://www.chunichi.co.jp/article/politics/news/CK2008051202010539.html
2008年5月12日 中日新聞 朝刊
政府は11日、75歳以上が加入する後期高齢者(長寿)医療制度の診療報酬体系の一つである「後期高齢者終末期相談支援料」について、廃止を含めて見直す方向で検討を始めた。患者団体などが「延命治療の中止を迫られ、治療を受けられなくなる」と強く反発したことに加え、同支援料が制度全体への批判の一因となっているとして、見直しが避けられないと判断した。
同支援料は、医師や看護師らが、回復の見込みが薄いと判断した患者と、▽現在の病状と予想される病状の変化▽介護などの生活支援▽病状急変時の治療の希望内容▽救急搬送の希望の有無-などについて話し合い、医師らがその内容を文書や映像などにまとめた場合、診療報酬2000円を支払う制度。
厚生労働省は患者団体などの批判を受け、4月28日付で都道府県などに、病状急変時の治療方針などについて患者の希望が「不明」「未定」でも診療報酬の算定を認めると通知し、延命治療に関する意思決定を強要することはないと強調していた。
しかし、野党に加え、与党内からも「医療費抑制のために支援料を導入したと思われている。お年寄りに早く死ねと言うことにつながる」との懸念が強まったため、廃止も含めて見直すことにした。
-------------------------------------
患者団体の反発は想定内でしたが、4月1日から制定され、もう廃止とは、早いです。
週刊ポストはこの制度に関して、こんな見出しの記事を載せていました。
後期高齢者の終末医療「延命やめたら医師に〈お手当〉2千円」 団塊世代はやがて47万人が斬り捨てられる
新聞広告で見ただけなのですが、まるで医師が2千円欲しさに延命をやめるかのような誤解を与える、ひどい見出しだと思いました。よほど抗議をしようかと思いましたが、抗議をするためには週刊誌を買って内容を読まなくてはいけないので、あほらしいので止めました。
それにしてもこの制度の「算定要件」は以下の通り
しかも、医事課によくよく聞いてみると、外来患者さんの場合、死亡時にしか算定できない、入院患者さんの場合は退院時か死亡時のみ算定できる、というものだそうです。
1時間以上かけて話し合い、それを文書にまとめるとさらに時間がかかります。その報酬がたったの2千円というのはふざけています。しかも、すぐに算定できるわけではなく、いつ算定できるかもわからない。こんな手間のかかることを誰が好き好んでやるでしょうか?
はじめから現実味のない制度なので、廃止になろうがなかろうが、ほとんど何の影響もなさそうです。
ところで、後期高齢者医療制度に関して、マスコミの論調は
「年寄りは早く死ねということか!」の一点張りです。
政府もあわてて、長寿医療制度なんて、名前を変えたりしていますね。
ところでこんな話を思いつきました。
---------------------------------------------
沈没しかかっている船がありました。
船には、赤ちゃんから老人まで乗っていました。
沈没を防ぐためには、重量を減らさなければなりません。
船頭さんは苦渋の末、意を決してこう言いました。
「お年寄りからこの船を下りてもらおう!」
老人から反発の声が上がりました。
「年寄りは死ねっていうことか!ひどいじゃないか!」
「人殺し!」
船頭さんは黙り込んでしまいました。
若者や子供たちも何も言えませんでした。
そして、船は沈没しました。
子供も若者も老人も、みな命は平等です。
だから、みんな一緒に海の底に沈みました。
おしまい
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欧州の消化器外科医先生から、このお話の変更バージョンのコメントいただいていますので、ぜひ、コメント欄もご覧ください。秀逸です。
注:このブログのコメントは承認制です。
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たまには医療と関係のない話を
我が家の息子たちは「クレヨンしんちゃん」が大好き。
長男が幼稚園に入ったころから、毎年親子でクレヨンしんちゃんの映画を見に行くのが恒例行事みたいになっていた。今年も下の子が「しんちゃん観に行きたい」と言うので、ゴールデンウィークに見に行くことにした。てっきり長男も行くものと信じて疑わなかったのに、長男から「僕は行かない」と言われた。
「ええっ!!行かないの~?なんで?行こうよ」と誘っても
「僕はいいから」と、ついて来なかった。
去年までは観たがったのに・・・。いつの間にか成長してしまったのだなあ、と何となく寂しかった。
(でも、テレビのしんちゃんは今でも好きで、まだ観ている。確かに映画よりもテレビの方が面白い)
それで、次男と二人でしんちゃんの映画を観に行ったものの、今年のしんちゃんはちょっと不気味で幼児にとっては怖かったようだ。映画の途中で泣き出してしまい、映画館を出てきてしまった。
次男、怖くて出てきてしまったけれど続きが気になるらしい。しばらくすると
「ママー、またしんちゃん観に行こうよ。今度は最後まで我慢してみるからー」と言い出し
「えっ!そのうちテレビでやるからさあ、テレビで観ようよ」(汗)
てな具合。
前置きが長くなったが、「クレヨンしんちゃん」と言えば、かつては親が子供に見せたくないアニメの代名詞だったはず。
5歳のしんちゃんはお尻を出してふりふりダンスをするわ、おちんちんをゾウの鼻に見立ててて「ぞーうさん」と歌うわ、親の名前を呼び捨てにし、大人をおちょくり、きれいなおねいさん(お姉さん)を見るとナンパを始める・・・強烈な幼児である。
しかし、ちょっと前に、こんな育児書が話題になっていたようだ。「クレヨンしんちゃん」はじつは最高の子育て教科書だった!というものだ。
子育てにとても大切な27のヒント―クレヨンしんちゃん親子学 汐見 稔幸
¥ 1,260
著者は東大の教育学の教授。続編も出版されている。
本書によると、5歳児がお尻やおちんちんを出すのは正常な行動で、大きくなったら自然にしなくなるから大丈夫。親をからかうのは親子関係がうまくいっている証拠。虐待されているような子供ならそんなことはできない。
ふむふむ。そんなものか。確かに長男も5歳の頃は人前でお尻ふりふりダンスをよくやっていたが、さすがに今はやらない。
我が家の子供たちはしんちゃんのようにグラビアの水着の「おねいさん」を見てデレーっとすることはないが、二人とも私のおっぱいは大好きでいつも触ってくる。
著者によると、幼少期にこういう欲求を適当に満たしてあげないと、「のちのち別の形で現れてくる」と。それは、つまり、性犯罪をおかすかも? ということかしら。それはまずい。
それを読んでからは、息子たちよ、こんな貧弱なおっぱいでよかったら、今のうちにどんどん触ってくれーと思っている。
しんちゃんは一人で公園や友達の家へ遊びに行き、一人で「ただいまー」と家に帰ってくる。5歳児が一人で遊びに行くというのは現代ではなかなかあり得ない事だ。
昔の子供たちは子供同士の遊びの中で、社会性を自然に身につけていった。同級生との横のつながり、自分より年長の子供や年少の子供のタテの社会があった。そして、叱ってくれる近所のおじさんやおばさんがいた。
しかし、今の小学生は塾や習い事で忙しく、なかなか外で遊ぶ機会が少ない。先生の監視下にある学校や塾だけでは社会性を身につけることは難しいのではないだろうか。
そう考えると、引きこもりが大量生産されてしまった理由がわかるような気がする。ちょっとでも危なそうなことは「やっちゃだめ」と言われ、外で友達と遊ぶ機会もなく、親の言うことだけ聞いて育って、いきなり社会の荒波に揉まれたら、ヘチャッとくじけてしまうのも頷ける。
先日テレビで、現在引きこもりは日本に168万人いてそのうちの過半数は30代と言っていた。忌々しきことだと思う。
多くの引きこもりの人たちは親の年金収入などに頼って、テレビ、ネット、ゲームをして1日を過ごすらしい。親が死んだらどうするんだろう。
我が子らが成人するころ、団塊の世代が高齢者となり、多くの引きこもりたちが親を亡くして生活保護を受けることになったら・・・。今の少ない子供たちが彼らを支えてかなくてはならない。その頃国の借金はいくらになっているのだろうか。色々考えると子供たちが可哀想になってくる。だから、私は増税には反対しない。将来大人になる今の子供たちの負担をこれ以上増やしたくない。
ずっと前に読んだおすすめの育児書をもう1冊。
ほんの少しのやさしさを (子育てシリーズ) 平井 信義
¥ 1,260
副題に「叱らないしつけのすすめ」とあるので、タイトルだけ読んで、「え?子供を叱らないなんて・・・」と思ったのだが、読んでみてなるほどと思った。子供のために叱っているというのは親の勝手な思い込みで、実際は自分の思い通りにならない子供に対して親が感情的に怒っていることがほとんどという。自分を思い返してみてもそうである。とくに親の言うことを素直に聞くおとなしい子供を、親が考えるいわゆる「よい子」の枠に押し込めるようにすると、子供の自主性が育たず、自我が芽生える思春期以降にやばいことになるようだ。しんちゃんみたいに、図太い子供なら心配ないのだろうが。
引きこもり大増産の今の時代、やはり「クレヨンしんちゃん」のようなたくましい子供は理想的・・・なのかも知れないと思った。
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こんなニュースがありました。
病院 「急変予測できず」妊婦・胎児死亡 遺族は提訴検討
読売新聞 2008年5月3日
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shizuoka/news/20080502-OYT8T00771.htm
静岡厚生病院(静岡市葵区北番町、265床)は2日、同病院で4月27日に手術を受けた静岡市駿河区の妊婦(24)と10か月の胎児が死亡する医療事故があったと発表した。玉内登志雄院長は「典型症状ではなく、急激な悪化を予測できなかった」と述べ、想定外の事態だったことを強調したが、遺族は病院の対応に不信感を募らせている。同病院によると、妊婦は初めての妊娠で、昨年9月から同病院に通院。妊婦は、死亡する約14時間前の27日未明、陣痛が出たため同病院に電話したが、応対した看護師や助産師が「痛みは強くない」と判断、いったん自宅待機となった。
同日早朝、再び陣痛が強くなり入院。胎児の心音が確認できず、呼び出された産婦人科医が、分娩前に胎盤が子宮内ではがれる「胎盤早期剥離(はくり)」と診断、帝王切開したが、胎児は死亡していた。手術後、妊婦も血圧が急激に低下し、大量出血を起こして死亡した。
胎盤早期剥離は妊婦の1%程度にみられ、胎児に酸素が供給されないため、胎児死亡率は30~50%と極めて高い。妊婦も出血を起こすことが多いが、死亡率は一般に10%未満で、妊婦、胎児とも死亡するのは「妊娠5000~1万例中に1例」(玉内院長)とまれだという。玉内院長は「胎盤早期剥離は予防できず、早期発見するしかない」と言うが、「死亡2日前の診察では異常は見られなかった」ともしている。
妊婦の父親(55)は読売新聞の取材に、「事故当日、病院は『出血はさほどなく、(死亡の)理由はわからない』と言っていたのに。今の時代に、母子ともに死亡するなんて信じられない。提訴も検討したい」と話した。
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まずは、亡くなられた妊婦さんと赤ちゃんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
しかし、これは、「医療事故」でしょうか?
「胎盤早期剥離」は病気です。
「医療事故死」ではなく、「病死」だと思います。
詳しくはこちら産科医の先生方のブログをお読みください↓
前回、「医師アタマ」についての記事を書きました。医師の常識と患者の常識は違うというものです。
その記事のコメント欄で、「医師アタマ」があるなら「患者アタマ」がある、という話題が出ました。
まさしく、
今の時代に、母子ともに死亡するなんて信じられない
これこそ、おそろしい「患者アタマ」ではないでしょうか。
常位胎盤早期剥離は母子ともに死亡に至る可能性があるというのは医師の中では常識です。
「医師アタマ」と「患者アタマ」、この大きな隔たりを縮めるにはどうしたらいいのでしょう。
このニュースを読む限り医師がいくら「患者アタマ」を理解して歩み寄ろうとしても無理です。
「患者アタマ」が明らかに間違った認識を持っている場合、「患者アタマ」の側から「医師アタマ」に近づいていただくしかないでしょう。
つまり、一般の方々に医療の正しい知識を持っていただくことが必要です。
そのためには
まずは、メディアが個人の感情を垂れ流しにせず、社会に正しい情報を流すこと
それが第一歩ではないでしょうか。
でも、もう遅すぎるかも知れません。
産科医療はどうなっていくのか
心配でたまりません。
産科医がいなくなって、皆が自宅出産をするようになって
周産期死亡率が発展途上国並に上昇してみて
はじめて今の医療のありがたみがわかるのでしょう
本当に悲しいです。こういうニュース。
産科医たちの心はボキボキに折れているのではないでしょうか・・・
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