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< わかりやすい医療問題 | メイン | 町医者の心を折るもの② >
2008.04.28 06:33 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 5

町医者の心を折るもの①

十年来の患者のマモルさん(仮名)は肝硬変から肝癌を発症し、専門の病院へ紹介された。マモルさんは零細企業の社長だった。社長とは言うものの大変物腰は柔らかく、温厚で気が弱そうで、真面目で実直に生きている労働者という印象であった。

突然、マモルさんの娘という人が話を聞きたいと現れた。

 

私は紹介先の病院から何も知らせを受けていなかったので、娘さんの出現でマモルさんの死を初めて知った。肝癌が見つかってから4ヶ月後の死だった。

 

マモルさんの死亡診断書の死因に「肝硬変」死亡にいたるまでの期間「十数年間」と記載されていたそうだ。この「十数年間」というのが生命保険の告知義務違反にひっかかり、保険会社ともめているというような前置きだった。

 

娘さんは「最初から経過を話して欲しい」と言った。初診は十年前。十年も前のカルテは倉庫にしまってあるのでそう簡単には出てこない。事務員の手を煩わし、やっと出てきたカルテを元に、経過を話しはじめた

初診時のデータを見る限り、この時点で肝硬変になっていたとは考えられないことをお話した。最初は高血圧で受診され、経過を見ているうちに肝機能をあらわすトランスアミナーゼが軽度上昇し、慢性B型肝炎であることがわかった。そして、肝硬変へと移行し、肝臓に腫瘍が見つかって精査治療のため専門の病院へ紹介となった経緯を話した。

 

娘は「いつ肝硬変になったのですか」と聞いた。

慢性肝炎から肝硬変へは徐々に移行していくものなので、何月何日から肝硬変になったと言えるものではないが、血小板の数値がひとつの目安になるので、血小板が正常値よりも低下してきたころだと思われると、データを示しながらお話した。少なくとも、肝硬変の発症は「十数年前」ではない。こちらからの紹介状に肝硬変の発症時期については書いていないので、死亡診断書を書いた医師の推測なのか、本人が転院時の問診で間違って申告したのかどちらかだと思われる。

 

娘の質問は続いた。

「血液検査はどのくらいの間隔でやってあったのか」

「エコーの検査はどのくらいの間隔でやっていたのか」

「紹介先の病院では食道静脈瘤まであると言われたんですけどっ」

まるで尋問である。

血液検査は3ヶ月に1回程度行い、腹部エコーは半年に1回、腹部CTも1年に1回はすすめていた。食道静脈瘤も当院通院中からすでに見つかっていたが破裂しそうなサインがないため経過観察していたことをお話した。

娘は「半年に1回エコー検査を行っていたのに、どうして癌が早く見つからなかったのか、おかしいではないか」と言い出した。「若い人ならわかるけれど、父のような老人の癌がそんなに早く進むなんて信じられない」と。

私は、腫瘍の進行速度は年齢によって決まるのではなく、組織の持つ性質で決まるのだということをお話した。

しかし娘は納得のいかない顔で私の目をじっと見据えた。マモルさんの優しい目とは似ても似つかない怖い目つきだった。

 

「腫瘍マーカーの検査はしてあったのですか」

腫瘍マーカーは正常だった。私は正常だったと話し、その数値の書かれた伝票を見せた。

そのとたん娘は

「そんなバカな!正常なんて、信じられない」

と叫んだのである。

 

 

つづく

 

なかのひと

 

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コメント一覧

いやあ、興味深いおもしろいお話をありがとうございます。

娘さんとの間で、「死」や「生」のコミュニケーションがなされていなかったんだろうなあと推察できますね。

偶然ですが、私のところでも家族間の生死の話を書いたところでした・・・。

http://case-report-by-erp.blog.so-net.ne.jp/20080427

なんちゃって救急医


~なんちゃって救急医先生、コメントありがとうございました。
先生の記事、興味深く拝読しました。いつも勉強させていただき、ありがとうございます。
家族間でのコミュニケーション、大切ですよね。ここに出てくる患者さんは自分の病気のことをまったく娘さんに話していなかったようです。日頃から「生」や「死」について家族で話し合ってもらっていたら、医療者の苦労はどんなに減るだろうと思います。
春野ことり
written by なんちゃって救急医 / 2008.04.28 07:50
ありありと情景が眼に浮かびます

これまで一度も会ったことのない身内の方
それも疑心を持ってやってこられた方というのは
関係を作っていくのに疲れますね

人との関係の中でやっているのが医療とはいいながら
関係なんて持ちたくない!と思いたくなるようなこともあります

それまでやってきたことを
足元からすくわれるような感じでしょうが
話を積み重ねていくしかないのでしょうね

日常の診療では気持ちを切り替え
いきいきと仕事をされていかれることと
信じております

心を折るな! って難しい?
hanamegane



~hanamegane先生、コメントありがとうございます。
ちょっと大げさなタイトルにしてしまいましたが、こんなことで心が折れるほどヤワではこの仕事は続けられませぬ。
患者さん本人と信頼関係が築けていたのに、会ったことのない家族からいきなり猜疑心をぶつけられるのは残念です。
老人が亡くなった時でさえこうだから、小児科や産婦人科の先生方はさぞかし大変だろうなあと思います。
春野ことり

written by hanamegane / 2008.04.28 08:04
病気にうとい(?)人間には、「ここからが病気になりました」ってハッキリわかるものだと思ってしまうものなんだと思います。
でも、違うんですよね。
ある日突然病気になる訳じゃないんですよね。

でも、ちょっとだけこのお嬢さんの気持ちもわかる様な気がします(ごめんなさい)

私はこの様にして、強引に納得しました(笑)
   ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/tatsug3/18215913.html
マーボー


~マーボーさん、コメントありがとうございます。
記事拝読しました。ご心情お察しいたします。
もっと早く見つかっていたら結果は違っていたかも・・・というのは誰でも考えることだと思います。いつから癌があったのか、それは誰にもわからないことです。
癌の種類によって、早く見つかれば完全に治るものもあれば、早く見つかってもどうしようもなく進んでしまうものもあります。結局は受け入れるしかないわけで、受け入れなければ前には進めません。ご遺族はあれこれ考えて納得までの道を辿られるのでしょう。その点マーボーさんはうまく(というと変かもしれませんが)「受け入れている」と思います。
春野ことり

written by マーボー / 2008.04.29 00:32

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