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娘 <人工呼吸器をつけてください>
それはご本人の希望ですか。サトエさんは、回復の見込みがない状況でも、1日でも長く延命して欲しいとおっしゃっていましたか?
娘 <いいえ、これは家族の希望なんです。本人とはそういう話し合いを一度もしたことがありません>
では、サトエさんの気持ちになって考えてみてください。サトエさんは今の状況で延命して欲しがっていると思われますか?
娘<・・・> 娘さんは急にそわそわし始め、隣にいるご主人の方をちらちら気にしはじめました。
ご主人は無言で腕組みをしたまま私と目を合わせません。
では、もしもご自身がサトエさんの状態だったら、人工呼吸器をつけて1日でも長く生きていたいと思われますか?
娘 <ねえ、あなた・・・。どう思う?>
娘さんは困ったようにご主人に意見を求めました。
娘 <私は、母の姿を見ていて、延命はかわいそうな気もするんです>
娘さんは隣のご主人を気にしながら、弱々しい声色でつぶやくように言いました。しかし、その声はすぐに男性の野太い声に打ち消されてしまいました。
<家族として1日でも長く生きていて欲しいと思うのは当然でしょう>
ご主人が始めて口を開きました。
娘の夫 <おじいさんの時も主治医の先生から同じことを言われましたよ。人工呼吸器をつけたら外せないっていうことも聞きました。でも、結局人工呼吸器をつけてもらって、その後一ヶ月くらい生きていたかなあ。やはり、できるだけの治療はしてもらわないと>
ご主人がきっぱりとした口調で言うと、娘さんは何も言わなくなりました。
娘の夫 <それに、そんなに状態が悪いんだったら、人工呼吸器をつけたって、どうせ長くは生きられないでしょう。おじいさんの時だって1ヶ月だったし>
人工呼吸器をつけてもどうせ長く生きられないのだから、つけたっていいだろうという意見は筋が通りません。
この状態で呼吸が止まりかけるということは、もう寿命ということだとは思えませんか。
私はサトエさんの義理の息子に問いかけました。しかし、彼は聞き入れようとはしませんでした。
やはり、1日でも長くと、ただ繰り返しました。
たとえ1日でも長く生きていて欲しいから人工呼吸器をつけて欲しいというご家族、もしも永遠に生きられるような治療法があったら、永遠に生きながらえさせたいと思うのでしょうか。
命には必ず終わりがあるということを、医療者は一々家族に教えなければならないのでしょうか。
申し上げにくいことですが、サトエさんは延命を希望しないという条件で療養型病床に入ってこられました。しかし、今は延命をしたいというご希望に変わられました。療養型病床では積極的な治療は無理なので、急性期病棟に移っていただいたわけですが、同じ病院内での入院日数が3ヶ月を過ぎてしまっているため、経営的には赤字なのです。
娘の夫 <まったく、3ヶ月しか病院に入院できないなんて、国は何を考えてそんなこと決めたんだ>
医療費を抑制したいからに決まっていますが、私は「そうですね」とだけ答えました。
以前は3か月で病院を移らなければならないというお話をすると、そんなバカなことがあるかと病院に対して怒りを露わにする人たちがたくさんいましたが、最近は医療崩壊の報道が多くなったお陰か、病院に対して怒るというよりも国の政策に対して怒る人が増えてくれたように思います。それはそれで医療提供者としては助かります。
娘 <それでは、延命治療を希望するならば、転院をしないといけないということですね>
申し訳ありませんが、そういうことになります
娘 <もう一度他の兄弟とも相談して、明日までにお返事します>
事態が切迫していたら、明日までになんて悠長なことは言っていられないのですが、幸い、サトエさんの呼吸状態はご家族の到着までに落ち着いて、今すぐに人工呼吸器をつけなくてもいい状態に戻っていました。でも、またいつ呼吸が止まってもおかしくありません。
返事は次の日まで待つことなく、その日に医療相談員を通していただきました。
<転院先を探します>と
つづく
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コメント
コメント一覧
>医療者は一々家族に教えなければならないのでしょうか
余りにもご家族が、家族の死という現実を『受け入れる』ことが出来ない場合に限り、必要なのかも・・・という気がしますが・・・。
1日でも長く生きさせることだけが、命を大事にするということではないこと。産まれるべき時に産声をあげて、この世に生を受けるのと同じように、去るべきべきときに旅立ってゆくものだと。それもまた人を思いやるということ、命を尊厳することである、ということは、どうすれば伝わっていくのか・・・難しいですね。
azuki
~azukiさん、いつもコメントありがとうございます。
>1日でも長く生きさせることだけが、命を大事にするということではないこと。産まれるべき時に産声をあげて、この世に生を受けるのと同じように、去るべきべきときに旅立ってゆくものだと。それもまた人を思いやるということ、命を尊厳することである、ということは、どうすれば伝わっていくのか・・・<
まさに、私の言わんとするところです。azukiさんの書く文章はまるで自分が書いたものかと思うほど考えが似ていて、びっくりします。
春野ことり
この前、先生の「天国へのビザ」をAmazonで取り寄せて読んでみました。そして、「残像」を読んでコメントを少し書いて、TBしました。お時間のあるときにのぞいていってください。
3番目の落書き
~3番目の落書きさん、感想記事読ませていただきました。
わお!感激です。ありがとうございます。
春野ことり
この本やブログを読むと、医師や看護師になりたいと
思う子供がいなくなるような気がします。
どうしても、天国のビザ理解できないのです。
それが悩みです。
医学部長
~医学部長さん、10冊もお買い上げいただいたなんて、誠にありがとうございました。
「この本やブログを読むと」というよりも、今の医療情勢で医師や看護師になりたいと思う子供はいなくなるのでは、という表現の方が正しいのではないかと思いますが、いかがでしょう。
ずっと以前記事にしましたが、自分の子供を医者にしたいと思う医者は半数に満たなかったというアンケート結果もあります。
私も理解できないことがたくさんあって悩んでいます。
春野ことり
目の前に「死」を先送りする魔法の装置(人工呼吸器)があるのに、それを使うのか、使わないのか、という決定をしなくてはならないのは家族にとって、さぞ、荷が重く、辛いことだろうとは思います。
slummy
~slummy先生、コメントありがとうございます。
人工呼吸器のおかげで命を取り留めて元気になられる方もたくさんいるのですが、終末期の患者さんにこれを使い始めると、寿命が来ても死ねない状況になってしまいます。
家族として「死」を先延ばしにしたい気持ちはわかるのですが、「本人の意思」と関係なく家族によってそれを決めてしまっていいのかどうか、いつも疑問に思います。
春野ことり
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