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「輸血して何になるっていうの」
奥さんの言葉にはっとさせられました。そうです。奥さんの言うとおりです。末期癌の患者さんに輸血をして何の意味があるのでしょう。
私は急に恥ずかしくなりました。毎日、田中さんと奥さんの何を見てきたのでしょう。
私は輸血するかどうかは、奥さんに一任すると言いました。
決定権を託されると、奥さんは逡巡し始めました。奥さんは輸血をして欲しくないと思ったわけではないようでした。「輸血して何になるの」というのは、いわば奥さんの心のつぶやきだったのでしょう。
輸血しなければ、死期を早めることは奥さんにも分かっています。その決定を奥さんがしてしまっていいものなのかどうか、迷っているようでした。
「お父さんはどうして欲しいんだろう・・・」(注:お父さんというのはご主人のことです)
私には奥さんの気持ちがよくわかりました。「治療をしない決断」は勇気が要るのです。家族にとっても、医療者にとっても。
田中さん本人が痛みで苦しんでいるのならば、輸血による延命は残酷です。しかし、苦痛も何も表現しない田中さんです。どうしたらよいものか、判断に苦しみました。
結局、奥さんは「治療をしない決断」をすることができず、命を落とさない最低限の輸血を希望しました。
田中さんの骨折は保存的に牽引を行い、輸血をした後、田中さんは何事もなかったかのように穏やかに変わらぬ日々を過ごされました。奥さんはやはり毎日、何も物を言わないご主人の傍らにいました。
しかし、しばらくすると、田中さんは肺炎に罹りました。汚い痰がたくさん出て、毎日熱が続きました。
抗生剤の点滴を開始すると、田中さんの奥さんはこう言いました。
「お父さんに医療費を使ってもらったら申し訳ないわ。だってどうせ治らないんですもの。医療費はもっと治る見込みのある人のために使ってあげて」
「そんな・・・・」
つづく
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