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他の往診先を回り、病院に戻ると、文代さんの心電図、血液検査、レントゲンなどの結果はすでにそろっていました。何も異常がありませんでした。
緊急で胃カメラを行ったところ、胃粘膜が真っ赤にただれ、急性胃粘膜病変と診断がつきました。
文代さんの痛みはと言えば、検査をしている間におさまってしまったようでした。
息子さんの話では、文代さんは頭痛持ちで、市販の鎮痛剤を頻繁に飲んでいるとのことでした。私は鎮痛剤を控えるように話し、胃薬を処方しました。文代さんと息子さんは検査結果を聞いて安心されたようで、二人ともさわやかな笑顔で帰って行かれました。
息子さんと一緒に家に帰る文代さんは、本当に嬉しそうなお顔をされていました。文代さんのあんなに嬉しそうな顔は見たことがありませんでした。
*
「こんにちはー、文代さーん。○○病院ですよー!おじゃましまーす」
私は古い格子戸をガラガラッと開けて、文代さんの家へづかづか入っていきます。
奥の居間で寝ていた文代さんは、私に気づいてすぐに飛び起きます。
「先生!先生!よう来てくれた。こんな汚いうちへ、よう来てくれた」
「お変わりないですか?」
「変わりはないけど、寂しいの。ひとりでおるのは寂しい。うちは女の子がおらんから。男の子は話し相手にもなってくれんし。嫁さんは働いているし・・・」
「いつになったら死ねるんやろうか」
文代さんは泣き出します。いつもと同じことがまた繰り返されます。
こんな老人をひとりにさせておくなんて、なんてひどい息子さん・・・そう思っていました。
しかし、あの日、息子さんは格子戸をガラガラッと勢いよく開けて、部屋に駆け込んで来ました。
「かあちゃん!大丈夫か!」
と。
今から50年前も、いがぐり頭の少年だった息子さんはあの格子戸をガラガラッと開けて元気よく外から帰ってきたのでしょう。
「かあちゃん!ただいま!」
という大きな声とともに。
そして、文代さんは夕食の支度をしながら、息子たちを笑顔で迎えたのでしょう。文代さんがいつも寝ているこの居間で。
そんな、半世紀前の家族の風景が目の前に広がりました。
文代さんは”ほったらかし”にされているのではないのです。文代さんは息子さんにとって、いつまでも大切な大切なお母さんなんです。
「女の子がいなくて寂しい」
いつまでも泣いている文代さんに、私はこう言いました。
「でも、文代さんにはあんなに立派な、いい息子さんがいるじゃないですか」
すると、文代さんはパッと顔を上げました。
そしてとても、嬉しそうな顔で言いました。
「そうかね?先生」
まるで泣いていたカラスが笑うかのように。
ーーー おわりーーー
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