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格子戸を開けて① のつづきです
ある日、文代さんを訪ねると、いつもならこちらに即座に気づいてすっくと起き上がる文代さんが、こたつに入ってうずくまったまま起き上がろうとしませんでした。
「文代さん、どうしたの?大丈夫?」
と問いかけると、文代さんは
「先生、先生、ここが痛いの、ここが」
と言って、心窩部を指しました。そして、うーん、うーん、と苦しそうに唸っています。
「いつから痛いの?」
「昼ごはん食べてから、痛くなったんや」
そしてまた、心窩部を押さえてうーん、うーんと唸ります。
血圧や、脈拍、聴診所見には異常がありませんでした。冷や汗をかいている様子もなく、あまり重篤感はないのですが、だからといって危険な病気の否定はできません。
(困ったなあ・・・)
独居老人の訪問診療で困るのは、こういう場面に出くわしたときです。訪問先では心電図も血液検査もできません。身体所見が全てです。後は勘に頼るしかありません。
文代さんの持病は、高血圧と糖尿病。文代さんは動脈硬化のハイリスク患者さんです。急性心筋梗塞、不安定狭心症、大動脈解離、腸間膜動脈塞栓症、などなど、恐ろしい病気が私の頭をよぎりました。(こういう時、なんちゃって救急医先生の地雷エントリーの数々が頭をよぎるんです)
文代さんはずっと訪問診療なので、心電図やレントゲンなどの検査が何年も行われていないのです。
とにかく、苦しんでいる文代さんをこのままにしておくことはできません。しかし、勝手に病院へ連れて行くこともできません。
文代さんの自宅の電話機の付近には、緊急時の連絡先がマジックで書かれた紙が貼り付けてあります。
私はいくつか書かれた番号の中で一番目とされている息子さんの番号に電話をかけました。幸い、息子さんはすぐに電話に出られました。
文代さんのような認知症老人に「もっとしっかりしろ」と叱り、経済力があるにも関わらず、こんなに寂しがり屋の文代さんを敢えて施設に入れずに独居を強いている息子さんです。正直なところ、私はそんな息子さんを冷たい人だと思っていました。
しかし、電話に出た息子さんの対応は私の持っていた印象とは違っていました。
私は、文代さんの状態について説明しました。胃潰瘍とか、胃炎の可能性もあるけれど、心筋梗塞などの重篤な病気も否定はできないこと。病院で検査をする必要があることをお話しすると、息子さんはすぐにそちらへ行きます、と言いました。30分で行きますから、と言って電話は切れました。
次の往診先へ行かなければいけないのですが、文代さんを置いて離れることもできず、文代さんの様子を観察しながら息子さんの到着を待つことにしました。
待つ時間は長いものです。待っている間も、文代さんのバイタルサイン(血圧、脈拍、呼吸回数など)には異常ありませんでした。
ちょうどそろそろ30分経とうとした頃、表で車が止まる音がしました。次の瞬間、格子戸がガラガラッと開く音がすると同時に
「かあちゃん、大丈夫か!」
大きな声とともに、立派な背広姿の、定年間近といった年齢の息子さんが視界に入ってきました。
文代さんはその瞬間、ぱっと顔を上げ、とても嬉しそうな顔をしました。
「先生、ありがとうございました。今から病院へ連れて行きます」
「お願いします。すぐに検査をしてもらえるように、病院には連絡してありますので」
つづく
ところで、今回は息子さんとすぐに連絡が取れたのでよかったのですが、もしも連絡が取れなかったら、私はどうしたらよかったのでしょう・・・
皆さんは、どう思われますか
(勝手ながらこのエントリーのみ、事前承認制解除しました。ご意見よろしくお願い致します。)
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