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ずっと以前、4歳で急性骨髄性白血病に罹り、5歳という短い生涯を終えた航平くんの本を紹介した。http://blog.m3.com/Visa/20070217/2
その著者、航平くんのお母さんである横幕真紀さんの講演を聴いた。
横幕さんは今、二人のお子さんを育てながら、市から委託された子育てコーディネーターの仕事をしている。また、ボランティアとして、航平くんが治療を受けた病院で、小児癌で長期入院している子供たちの会「まるっけ会」(まるっけというのは、抗がん剤で髪の毛が抜けて丸坊主になった状態のことらしい)を立ち上げた。
横幕さんはこう話した。
「なんでうちの子だけが」とは決して思わないようにしている。
「うちの子だけでじゅうぶん」と思う。
これは、航平くんと同室で、航平くんより先に亡くなった優真くんから教えてもらったことと。
航平くんと親友になった6歳の優真くんは、GVHDに罹り、全身の皮膚が焼け爛れたようにめくれてしまった。
その後、航平くんの皮膚も少しめくれかけた。それを知って優真くんはこう言った。
「なんで航くんまで?」
横幕さんはこれを聞いて、6歳の子供が自分よりも他人のことを心配するなんて、すごい!と思ったそうだ。
それ以来、横幕さんは優真くんを見習って 「うちの子だけでじゅうぶんだ」と思うようになったという。
横幕さんは、さらにこう話した。
航平を亡くしたことは不幸以外の何でもないけれど、
今、「幸せですか?」と聞かれたら、「幸せです」と答えます。
これには大変感動した。
自分だったらどうだろう。子供を亡くしてしまった後、横幕さんのように思えるかどうか、自信がない。
横幕さんは言った。
航平の死を受け入れることができて、初めて前に進むことができた。
航平くんが亡くなった後、横幕さんはどうして自分だけが生きているのかわからなかったという。航平くんと一緒に自分も死にたいと何度も思ったそうだ。
でも、生きているのではなくて、生かされているのだと考えるようになった。それなら、しっかり生きなければ。ああすればよかった、こうすればよかったではなく、航平の闘病中、すべてがベストだと思って選択できた選択肢のように、明日死んでも悔いのない人生を送ろうと思う。そして、胸を張って航平に会いたい。あれから、お母さんもがんばったよ、いい人生を送ってきたよ、と。 (ずっとそばにいるよー天使になった航平ー あとがきより)
横幕さんは、航平くんの亡くなった病院へ通い、保育士の資格と経験を活かして、小児癌の子供たちと一緒に製作活動をしている。
子供たちからは「航平ママ」と呼ばれているそうだ。
子供たちの喜ぶ顔が本当に嬉しいと言う。
航平くんのことを皆に伝えていきたい、そんな想いが横幕さんに生きるエネルギーを与えている。
朝起きたら、生きていることに感謝、ご飯が食べられることに感謝、歩けることに感謝、話が出来ることに感謝
生きることは感謝の連続だと言う。
講演を聴いて、涙が止まらなくなった。
我が子の死に直面した後、それを受け入れられるかどうかは、その人の育ってきた環境、教育、思想などに左右されるのだろう。誰もが受け入れることは出来ないのかもしれない。
我が子の死----
この世でこれ以上辛いことがあるだろうか。
経験した人にしか分からないだろう。
我が子を亡くしたやり場のない悲しみを、訴訟という形にする人たちもいる。訴訟に勝ったところで、誰かを悪者にしたところで、果たして悲しみは癒えるのだろうか・・・
横幕さんには子育てコーディネーターというよりも、グリーフワーク支援に携わっていただけたらと思う。
子供の死を受け入れられない親御さんの心が少しでも救われるように・・・
航平ママ、本当に素晴らしいお話をありがとうございました。
最期まで病気と闘った航平くんと、航平ママに、心から敬意を表します。
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