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2008.03.25 05:15 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  医療事故  |  春野ことり  | 推薦数 : 12

一罰百壊・禁固一年

 

3月21日、福島県立大野病院事件の論告求刑 がありました。求刑は、禁固1年、罰金10万円

 

ロハス・メディカル ブログに傍聴記録が記されています。読んで胃がムカムカするのは私だけではないはずです。

福島県立大野病院事件論告求刑公判(1)

http://lohasmedical.jp/blog/2008/03/post_1125.php

 

検事の発言、矛盾だらけです。

まず、のっけから

「被告は癒着胎盤をクーパーを用いないと剥離できないほど癒着していたにもかかわらず、無理に剥離した。」

 

はあ~?

第7回公判では、クーパーを使用したことが争点とされていました。http://lohasmedical.jp/blog/2007/08/post_824.php

弁護人  検察官は、クーパーを使うことが問題だという意識だったのですね。
加藤医師 はい。クーパーを使うこと自体が殺人行為であり、言い方を換えると、あなたは殺人者だと言われました。

一般的に外科手術の際、クーパーは剥離に遣われる道具でした。しかし、この公判依頼、クーパーを剥離に使うことは暗黙の「禁忌」となったようです。こちらは産婦人科医なな先生のブログ↓です。産婦人科医は咄嗟の判断で逮捕や裁判などへの恐怖と緊張に見舞われながらクーパーを使用しなければならなくなりました。

http://blog.m3.com/nana/20071231/1より引用

「咄嗟の判断で、福島県では「禁忌」のクーパー、使いました。

クーパーとは、手のひらサイズの手術用はさみです。

胎盤と子宮壁の間に、指は入らなくても

クーパーの先なら、入ります。

左手は、中指の先よりクーパーの先端がちょっと出るくらいに握って、

右手は子宮底をぐっとおさえ、

左右の手で子宮壁と胎盤の厚みを感じながら

ゴリゴリと胎盤を剥がしにかかりました。

逮捕とか裁判とか、頭に浮かびますが、

それよりこの産婦さん死なすわけ、いきません。

 

取れました、胎盤。

 

こわかった・・・」

 

 

検事が言うには

「被告は癒着胎盤をクーパーを用いないと剥離できないほど癒着していたにもかかわらず、無理に剥離した。この過失は、専門医の基本的な知識に反し、過失は重大である。」

無理に剥離すると、重大な過失になるそうです。

こうなったら、産婦人科医は妊婦さんのために子宮を残してあげようなんていう努力は捨て、少しでも癒着があったら何でもかんでも子宮全摘するしかなくなってしまいます。

 妊婦さんのことを考えて子宮を温存しようとした医師が罰せられるということは、そういうことです。

これから産婦人科医は少しでも子宮を残せる望みがあったら残してあげようなんてことはしなくなるでしょう。だってそうしないと逮捕されて禁固刑を求刑されるんだから

「胎盤癒着は全例子宮全摘」

果たしてそれでいいんでしょうか?

 

※ちなみに検察側の鑑定医は一度も胎盤癒着の執刀の経験がない医師です。

 

 「前回帝王切開の既往がある全前置胎盤では、24%の確率で癒着胎盤が生じることは基本的な医学書に記載されている。胎盤が前回切開創に付着している危険性は予見できた。」

 24%の確率で癒着胎盤になる、だからえっ?何?

つまり、76%の癒着胎盤になっていない症例も子宮全摘するべきと言いたいのかな・・・?

言いたいことがよく分かりません。

 

 

 

ここまで読んだだけで、この裁判がいかに馬鹿げたものかがよく分かるのですが、

検事の朗読は延々と続きます。

 

「被害者は29歳であり、夫と三歳の第一子と暮らし、第二子の誕生を待ちわびていた。家族と共に充実した生活をおくっていた。ほんの短時間、生まれてきた女児と対面し、「ちっちゃな手だね」と述べたその後で、予想もせずその命を奪われ、家族は言葉をかけられないまま、二度と会えないこととなってしまった。子供を残して、何ものにも代え難い命を奪われてしまったのである。予期せぬうち、突然生を断たれた心情は察するにあまりある。それにも関わらず、被告からは遺族に対し示談や慰謝も講じられていない。さらに、公判で自分のとった処置が適切であったと被告が言っている事実からは、期待もできない。被告に対する遺族感情は厳しい。遺族は4時間経過した後で蘇生中であることを知らされ、被害者が失血死した事実を突然突きつけられ、悲痛な生活を送っており厳しい感情を抱いている。被告の発言に衝撃を受けた。亡くなって悲しい気持ちや長男が言葉で母親が死んでしまったことを理解するかと、心痛は察するにあまりある。幼い子を遺して死なざるを得ない母親の気持ちを思い子供を見ると不憫でこの思いは一生続くのであり、被告に重罰をと述べている。また、当時の心境として天国から地獄が当てはまる、来る日もつらい思いと言っている。言い訳をしても一人の人間の命が消えたことは事実であり眠れない日が被害者の家族に続いている。亡くなった命は元に戻らない。長男は「お母さん起きて、サンタさんが来ないよ」、と泣け叫んだと言う。被告は院内外の忠告を無視した、命を奪った被告が許されないと綴っている。遺族の思いは当然である。」

 

 

あのー・・・

感情論は抜きにして、過失の有無に論点を絞っていただかないと・・・

私たちの行っている行為は常に患者の死と隣り合わせなわけですから・・

特に、産婦人科なんて、若い妊婦さんや、新生児を取り扱うわけですから。

そりゃあ、遺族は辛いにきまっています。でも、医師だって辛いんですよ。

こういう感情論を延々と述べ立てることが、すでに絶滅の危機に瀕している産科医を更に現場から立ち退かせるということを、この検事は考えもしないのでしょうか

 

 

最後の部分

「よって被告には厳正な処罰が必要である。医療は侵襲を伴い生命に影響を与える。産科医療は母児の危険を内包する。よって産科医は高度な注意義務を負う。医師は社会的な信頼、患者の安全を全面的にゆだねられ、重い責任が課されている。被告は安易な判断で医師に対する社会的な信頼をも失わせた。不十分なインフォームド・コンセントしかおこなっておらず、家族は帝王切開の内容を殆ど理解できず、死後の説明も不十分で遅れた。最悪の知らせ方が遺族の悲しみを増した。被告は大量出血も家族に報告できないと言いながら一方で、応援要請に対して応援を依頼する必要はないとしており不可解である。重い医師としての責任認識が甚だ乏しいとしか言いようがない。被告は地域の社会的な重責を担ってきたとしても、過失は重大である。

よって、求刑は、禁固一年、罰金10万円 とする。 」

 

不十分なインフォームドコンセントと言いますが、

何時間説明しても理解できない患者や家族がいます。

患者側が理解できずに「不十分だ!」といえば、そのインフォームドコンセントは不十分とされてしまいます。

私も経験することですが、理解力のない人や、医師の言うことをはじめから理解しようとしない人に「十分なインフォームドコンセント」を行うということは、たとえ何百時間かけても不可能です

 

そしてきわめつけがこの言葉です。

被告は安易な判断で医師に対する社会的な信頼をも失わせた。

 

では、こちらも言わせていただきます。

私はこの検事のために、検察に対する信頼を失くしました。

 

以上

 

 注:タイトルの一罰百壊は、一つの罰で百を壊すという意味で、一罰百戒を捩った造語です。

関連記事:大野病院事件ー一罰百壊の無残

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2008.03.21 19:45 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  医療事故  |  春野ことり  | 推薦数 : 7

「魔女狩り」

本日は、全国の医師が注目する福島県立大野病院事件の、論告求刑の日です。

さてさて、m3.com橋本編集長からこんな気になる連絡が・・・

 

 今日、3月21日は、福島県立大野病院事件の論告求刑の日です(これまでの公判については、「警察関係者に感謝申し上げたい」などをお読みください)。

 同病院の産婦人科医だった加藤克彦医師が逮捕・起訴されたのは、約2年前のこと。医療事故が刑事事件に発展することへの懸念が、萎縮医療、ひいては“医療崩壊”を招いたという見方は、多くの医療関係者の一致するところです。

 ところが、これを萎縮医療をさらに加速しかねない制度改革が今、行われようとしています(この解釈が、杞憂に終わるといいのですが…)。

 医療事故で患者さんが亡くなったとします。遺族が医療過誤を疑い、警察に告訴。しかし、検察は嫌疑不十分で「不起訴」。

 現在は遺族が「検察審査会」に不服を申し立てても、検察が再度、「不起訴」としたら、それで終わりで、この事故が刑事裁判に発展することはありません。

 しかし、「検察審査会法」という法律が改正され、いくら検察が「不起訴」にしたとしても、起訴・刑事裁判につながる仕組みが導入されようとしています。法律の施行日は確定していませんが、「2009年5月27日までのいずれかの日」です。

 これは、司法制度改革の一環です。この改革は、被害者保護の観点から進められているもの。現在、厚生労働省で検討している、診療関連死の死因究明などを行う“医療崩壊”の議論にも関係する話ですが、現時点ではこの問題に注目している方は少ないようです。弁護士の棚瀬慎治氏に解説していただきました。  

橋本佳子
So-net M3

 

 

 

 

 

http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080319_1.html

今は、検察が「不起訴」とした場合、被害者などが検察審査会に不服を申し立てることができます。検察審査会は、国民から無作為に抽出された11人で構成し、「起訴相当」(11人中8人以上の多数)、「不起訴不当」(過半数)、「不起訴相当」(過半数)のいずれかの議決をします。

 しかし、「起訴相当」あるいは「不起訴不当」となっても、検察は検察審査会の意見には縛られず、あくまで独自に判断するのです。やや古いデータですが、2003年の場合、検察審査会で「起訴相当」「不起訴不当」とされた事件のうち、実際に検察が起訴したのは24.4%にすぎません。

 医療事故の場合ですが、検察審査会は国民で構成するため、どうしても患者側の視点に立つためか、「起訴相当」あるいは「不起訴不当」とされるケースが多いようです。私の経験では、「不起訴相当」の議決を経験したことがありません。それでも、検察は医師の意見なども踏まえ、専門的な調査を行って「不起訴」としているため、検察審査会が「起訴相当」「不起訴不当」としても、起訴に至るのはごくわずかではないでしょうか。


(新しい法が)現行と異なるのは、検察審査会が第一段階と第二段階の二階建てになるという点です。(1)検察審査会が「起訴相当」とし、検察が「不起訴」などとした場合、検察審査会の再度の審査に付され、(2)検察審査会が再度、「起訴相当」とした場合に、検察に代わって「指定弁護士」が起訴する――という形になります。

 また、第二段階の検察審査会では、弁護士は法的助言を行う役割も果たします。

 つまり、新たな仕組みでは、検察審査会への不服申し立てから起訴に至るルートで、弁護士が関与する機会が増えます。

医療事故を扱う弁護士はそう多くはありませんので、医療に精通していない弁護士がかかわる可能性も十分に考えられます。しかも、検察審査会は国民で構成するため、どうしても患者側の視点に立つ傾向にあります。

現在の刑事裁判をめぐる問題として、医療に精通していない警察・検察が捜査・起訴を行うことが挙げられます。現在、厚労省は“医療事故調”の創設を検討していますが、それによりこの問題は解決するかのような説明をしています。医師などが参加する医療安全調査委員会で診療関連死の死因究明などを行い、報告書をまとめますが、そのうち調査委員会が警察に通報するのは、故意または重大な過失に限るとしているからです。また「遺族が警察に告訴しても、すぐ捜査はせず、調査委員会を使う」といった説明も聞かれます。

 しかし、このように調査委員会で医療者が専門的に死因究明を行っても、検察審査会法が改正されれば、全く別のルート、つまり医療の専門家の視点を通さずに起訴されるルートが誕生するのです

 

こわいですねえ・・・

こわいですねえ・・・

こわいですね・・・

まさに現代における「魔女狩り」に他ならないと思います。

 

 

 

詳しくは続きを読むをお読みください

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2008.03.18 03:29 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 8

輸血して何になるの③ 完結編

 

「お父さんに医療費を使ってもらったら申し訳ないわ。だってどうせ治らないんですもの。医療費はもっと治る見込みのある人のために使ってあげて」

「そんな・・・」

 

 私は言葉に詰まりました。こんなことをご家族から言われたのは初めてでした。

 奥さんから言われた言葉は鮮明に覚えているのですが、実は、自分が何と答えたのかをはっきり覚えていません。

「医療費のことなんて、気にしなくていいんですよ」

おそらくそのようなことを言ったのだと思います。

 私は抗生剤の投与を止めませんでした。奥さんの論理でいくなら、私が日々行っているほとんどの治療行為を中止しないといけないことになります。脳血管障害で植物状態の患者さんの肺炎治療、老衰患者の誤嚥性肺炎の治療、食事が摂れなくなったと繰り返し入院してくる施設入所中の認知症患者への点滴・・・。皆、基礎疾患は治らないものばかりです。

 しかし、奥さんの「治る見込みのある人へ医療費を回す」という考え方には、またもやはっとさせられました。こんな辛い状態で、社会全体のことを考えることができるなんて、なんという素晴らしい人なのだろうと思いました。

 

 

 

 これは今日のできごとですが、病棟で回診中に、老人の患者さんから怒鳴られました。

「高いお金を払って入院しているのに、何もしてくれないじゃないか!こんなんだったら家に帰った方がいい」

 何もしていないことはありません。毎日歩行リハビリをしています。肺炎で入院して、肺炎そのものは治ったのですが、歩行が不安定だからしっかり歩けるようになるまで入院させて欲しいというのはご家族の希望です。ところがご本人は早く家に帰りたくて仕方がないのです。「高いお金を払っている」と言われますが、この方は重度身障手帳を持っているので、支払いは食費や雑費だけです。点滴をしないから医療費がかかっていないと勘違いしているようですが、入院していること自体に医療費がたくさんかかっているのです。そのことを理解していない患者や家族が多すぎます。

 

 薬を捨てている患者さんがいることは以前も書きました。また、現れました。「お薬を棄ててしまったから、もう一度出してください」という老人。ARBという1錠200円近くする降圧剤と、カルシウム拮抗剤という100円弱のお薬が処方されていました。1か月分、約1万円を捨ててしまったと言います。飲みたくないなら病院へ来なければいいのに、また出して欲しいと言って来るのです。

 医療費は湯水のように沸いて出てくると思っている人が多すぎます。戦中戦後の物のない時代を体験してきた老人が、どうして簡単に薬を棄ててしまうのか、理解に苦しみます。医療費を無料にすると本当にタダだと思い込んでしまう人がいます。誰かが負担をしているということに考えが及ばないのです。飲んだ振りをして主治医に隠れてこっそり薬を棄てている患者は、医師の想像をはるかに超えていると思います。その総額はいったいいくらになるのでしょう。

 医療費のことを何も考えない患者さんが多い中、田中さんの奥さんのような考えの方がいらっしゃることには感銘を受けました。医療資源は有限です。有効に使うためには国民自身も考えないといけません。もちろん医師自身もです。いまや、国民全員が納得のいく持ち分を得るというのは不可能な時代に来ているのだと思います。懸念されるのは国民による医療資源の奪い合いです。自分のために医療費をくれくれと言うばかりではいけないのではないでしょうか。限られた資源は譲り合う、それが美しい日本のあり方ではないかと思います。しかし現実には難しいでしょう。現に、こういうことを書くと喧嘩腰のコメントが来ますので、医療費のことはこれくらいでやめておきます。

 

 

 田中さんの話にもどります。家に連れて帰って介護したいという奥さんの希望はかなうことなく、田中さんは病院で静かに息を引き取られました。眠るように、穏やかな死を迎えました。入院中、泣いてばかりいた奥さんは、最期までやはり泣いていました。

 

 

 それから何年経ったでしょう。病院の廊下で田中さんの奥さんとすれ違いました。

「先生!」

田中さんは元気に声をかけてくださいました。

「先生、私、ハワイに行ってきたんですよ。お父さんが死んでから1年くらいは家に閉じこもって泣いてばかりいたんですけど、いつまでもそんなふうじゃ、お父さんも喜ばないと思って」

田中さんは笑顔で言いました。でも、話しているうちに瞳に涙がうっすらと光るのが見えました。

「そうよ!そうこなくっちゃね」

ご主人の分もたくさん旅行して楽しんで・・・そう言おうと思いましたが、田中さんの涙が瞳から溢れ出すといけないので、心の中だけに留めました。

 

 

 

おわり 

 

 

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2008.03.17 12:40 |  診療  |  仕事 / 職場  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 6

輸血して何になるの②

天国へのビザ よろしくお願いします^^

***

 

「輸血して何になるっていうの」

 

 奥さんの言葉にはっとさせられました。そうです。奥さんの言うとおりです。末期癌の患者さんに輸血をして何の意味があるのでしょう。

 私は急に恥ずかしくなりました。毎日、田中さんと奥さんの何を見てきたのでしょう。

 私は輸血するかどうかは、奥さんに一任すると言いました。

 決定権を託されると、奥さんは逡巡し始めました。奥さんは輸血をして欲しくないと思ったわけではないようでした。「輸血して何になるの」というのは、いわば奥さんの心のつぶやきだったのでしょう。

 輸血しなければ、死期を早めることは奥さんにも分かっています。その決定を奥さんがしてしまっていいものなのかどうか、迷っているようでした。

 「お父さんはどうして欲しいんだろう・・・」(注:お父さんというのはご主人のことです)

 私には奥さんの気持ちがよくわかりました。「治療をしない決断」は勇気が要るのです。家族にとっても、医療者にとっても。

 田中さん本人が痛みで苦しんでいるのならば、輸血による延命は残酷です。しかし、苦痛も何も表現しない田中さんです。どうしたらよいものか、判断に苦しみました。

 結局、奥さんは「治療をしない決断」をすることができず、命を落とさない最低限の輸血を希望しました。

 

 田中さんの骨折は保存的に牽引を行い、輸血をした後、田中さんは何事もなかったかのように穏やかに変わらぬ日々を過ごされました。奥さんはやはり毎日、何も物を言わないご主人の傍らにいました。

 

 しかし、しばらくすると、田中さんは肺炎に罹りました。汚い痰がたくさん出て、毎日熱が続きました。

 抗生剤の点滴を開始すると、田中さんの奥さんはこう言いました。

 

「お父さんに医療費を使ってもらったら申し訳ないわ。だってどうせ治らないんですもの。医療費はもっと治る見込みのある人のために使ってあげて」

 

「そんな・・・・」

 

 

 

つづく

 

 

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2008.03.15 23:20 |  診療  |  仕事 / 職場  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 7

輸血して何になるの①

もうずっと前のことです。患者さんのご家族の言葉に、はっと気付かされた経験を書きたいと思います。

 

 

 田中さん(仮名)夫婦はとても仲のよいご夫婦でした。奥さんは私の勤務する病院の事務職員でした。ご主人はとても健康に気を遣われる方で、毎年胃カメラの検査を受けていました。

 定年を目前にした年の胃カメラで、ご主人に早期胃がんがみつかりました。「早く見つかってよかった」ご主人はそう言って手術を受けました。みんながそう思いました。

 田中さんは定年退職したら、奥さんの定年を待って、夫婦で旅行三昧したいと言っていました。一年後には奥さんも退職しました。これから二人で楽しく旅行三昧の生活をするはずでした。しかし、ある日

「先生、主人が急に歩けなくなって、吐き続けているんです。診てもらえませんか」

 田中さんの奥さんが、ご主人を車椅子に乗せて私の外来へ連れてきました。頭のCTを撮ると、ご主人の脳室は拡大し、水頭症になっていました田中さんは大学病院の脳外科に入院することになりました。

しばらくして、脳外科の医師から、田中さんの脳脊髄液の細胞診で腺癌が出たと連絡がありました。おそらく胃がんの転移だろうと言われました。

「早期だったはずなのに・・・」

 結果を聞いた私は、落胆しました。脳脊髄液から癌細胞が出るということは、末期的であることを示します。

 

 その後、大学病院に入院している田中さんのところへお見舞いに行きました。田中さんは手が震えて箸が持てず、歩くこともできないと言っていました。

 田中さん本人は、脳脊髄液から癌細胞が出たことは知らされていなかったと思います。

 私は「リハビリ、頑張ってください」と言い、田中さんの前に右手を差し出しました。癌の末期の患者さんに頑張れというのは残酷と分かっていながらも、他に言葉が見つかりませんでした。田中さんは無言で、私の手をぎゅうと力強く握りました。奥さんは田中さんの横で涙をこらえながら立っていました。

 

 その後、田中さんは悲惨な経過を辿りました。田中さんは結核に感染してしまい、大学病院から結核病棟のある病院へ転院しました。

 転院先の病院へまたお見舞いに行きました。最初の水頭症の診断から何ヶ月も経過していました。

 田中さんは変わり果てた姿になっていました。もともと恰幅のよかった田中さんはやせ細り、うつろな瞳でベッドに横たわっていました。

「田中さん」と呼びかけると、かすかに眼をこちらへ向けました。以前の元気だった頃の田中さんを思い出すと、涙が出そうになりました。

 奥さんは「わざわざ来てくださってありがとうございます」と言って、ポロポロと涙をたくさん流しました。それに釣られて、私もこらえていた涙を流しました。

 

 

 

 田中さんは結核の治療が終わり、私の勤務する病院へ転院してきました。

 もはや、田中さんは呼び掛けても、瞳すら動かすことはありませんでした。

 食事を口から摂ることができないため、中心静脈栄養を受けていました。奥さんと相談して、胃ろうを造ることになりました。奥さんは、落ち着いたら自宅へ連れて帰って介護をしたいと言いました。

 奥さんは毎日病院に来て、いつもご主人の横にいました。編み物をしたり、読書をしたりしながら、何も言葉を発しないご主人にいつも寄り添っていました。私が回診に行くと、いつも瞳を潤しました。

 

 ある日、看護師から田中さんの大腿部が腫れているから診てほしいと連絡がありました。レントゲンを撮ると大腿骨がボッキリと折れていました。いつ折れたのかもわかりません。通常ならばかなり痛いはずですが、田中さんは無表情で、痛みを感じているかどうかも分かりません。

 田中さんの顔色が悪いことに気づいた私は採血をしました。血色素がいつもの約半分の5g/dlになっていました。

「輸血をしましょう」

 私は奥さんに言いました。輸血を行うのが当然だと思っていました。奥さんは同意するものと思い込んでいました。ところが奥さんは言いました。

「輸血して何になるっていうの」

それは、心の奥底から絞り出すような声でした。

 

つづく

 

 

 

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診療報酬を削らないで

今はダメよ 我慢なさって

診療報酬を削らないで

嫌よダメよ こんなに下げちゃ

日本じゅう どこでも

 “I-SHI-BU-SO-KU”

退散してるのよ Ah- 毎日

友達より早く 開業をしたいけど

 マーケティングリサーチから先に進めない

憶病すぎるの

週刊誌みたいな 開業をしたいけど

借金抱えてしまうのは リスク高いから・・・困った

 

 診療報酬を削らないで

 医院、病院つぶれちゃうでしょ

診療報酬を削らないで

医者のやる気損なわせないでね

患者さんはその時 どうなるの?

医療難民 続出  Ah- 仕方ねー

とらばーゆ誘われて 勤務医じゃ つまらない

同僚、上司は知らないの 私の転職

 ちょっぴり恐いけど 勤務医じゃ つまらない

お縄になっちゃう その前に

おいしい職業を…さがそ

 

 

 

 

替え歌ができちゃいますた。

元歌 セーラー服を脱がさないでhttp://jp.youtube.com/watch?v=WhabX4QJXE4

 

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2008.03.11 23:37 |  診療  |  仕事 / 職場  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 3

格子戸を開けて③-完結編

 

他の往診先を回り、病院に戻ると、文代さんの心電図、血液検査、レントゲンなどの結果はすでにそろっていました。何も異常がありませんでした。

緊急で胃カメラを行ったところ、胃粘膜が真っ赤にただれ、急性胃粘膜病変と診断がつきました。

文代さんの痛みはと言えば、検査をしている間におさまってしまったようでした。

息子さんの話では、文代さんは頭痛持ちで、市販の鎮痛剤を頻繁に飲んでいるとのことでした。私は鎮痛剤を控えるように話し、胃薬を処方しました。文代さんと息子さんは検査結果を聞いて安心されたようで、二人ともさわやかな笑顔で帰って行かれました。

 息子さんと一緒に家に帰る文代さんは、本当に嬉しそうなお顔をされていました。文代さんのあんなに嬉しそうな顔は見たことがありませんでした。

 

 

 

 「こんにちはー、文代さーん。○○病院ですよー!おじゃましまーす」

 

私は古い格子戸をガラガラッと開けて、文代さんの家へづかづか入っていきます。

奥の居間で寝ていた文代さんは、私に気づいてすぐに飛び起きます。

「先生!先生!よう来てくれた。こんな汚いうちへ、よう来てくれた」

「お変わりないですか?」

「変わりはないけど、寂しいの。ひとりでおるのは寂しい。うちは女の子がおらんから。男の子は話し相手にもなってくれんし。嫁さんは働いているし・・・」

「いつになったら死ねるんやろうか」

 

文代さんは泣き出します。いつもと同じことがまた繰り返されます。

こんな老人をひとりにさせておくなんて、なんてひどい息子さん・・・そう思っていました。

 

 

 しかし、あの日、息子さんは格子戸をガラガラッと勢いよく開けて、部屋に駆け込んで来ました。

「かあちゃん!大丈夫か!」

と。

今から50年前も、いがぐり頭の少年だった息子さんはあの格子戸をガラガラッと開けて元気よく外から帰ってきたのでしょう。

「かあちゃん!ただいま!」

という大きな声とともに。

 そして、文代さんは夕食の支度をしながら、息子たちを笑顔で迎えたのでしょう。文代さんがいつも寝ているこの居間で。

 そんな、半世紀前の家族の風景が目の前に広がりました。

 文代さんは”ほったらかし”にされているのではないのです。文代さんは息子さんにとって、いつまでも大切な大切なお母さんなんです。

 

 

「女の子がいなくて寂しい」

いつまでも泣いている文代さんに、私はこう言いました。

「でも、文代さんにはあんなに立派な、いい息子さんがいるじゃないですか」

すると、文代さんはパッと顔を上げました。

そしてとても、嬉しそうな顔で言いました。

「そうかね?先生」

まるで泣いていたカラスが笑うかのように。

 

 

 

ーーー おわりーーー

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2008.03.10 23:39 |  診療  |  仕事 / 職場  |  連載  |  春野ことり  | 推薦数 : 2

格子戸を開けて②

  
すっかり間があいてしまってすみません

格子戸を開けて① のつづきです

 80代の文代さんは認知症で1人暮らしです。いつも寂しい、寂しいと言って泣いている可愛らしいおばあちゃんです。

 

 

 ある日、文代さんを訪ねると、いつもならこちらに即座に気づいてすっくと起き上がる文代さんが、こたつに入ってうずくまったまま起き上がろうとしませんでした。

「文代さん、どうしたの?大丈夫?」

と問いかけると、文代さんは

「先生、先生、ここが痛いの、ここが」

と言って、心窩部を指しました。そして、うーん、うーん、と苦しそうに唸っています。

「いつから痛いの?」

「昼ごはん食べてから、痛くなったんや」

そしてまた、心窩部を押さえてうーん、うーんと唸ります。

 

 血圧や、脈拍、聴診所見には異常がありませんでした。冷や汗をかいている様子もなく、あまり重篤感はないのですが、だからといって危険な病気の否定はできません。

 

(困ったなあ・・・)

 独居老人の訪問診療で困るのは、こういう場面に出くわしたときです。訪問先では心電図も血液検査もできません。身体所見が全てです。後は勘に頼るしかありません。

 

 文代さんの持病は、高血圧と糖尿病。文代さんは動脈硬化のハイリスク患者さんです。急性心筋梗塞、不安定狭心症、大動脈解離、腸間膜動脈塞栓症、などなど、恐ろしい病気が私の頭をよぎりました。(こういう時、なんちゃって救急医先生の地雷エントリーの数々が頭をよぎるんです)

文代さんはずっと訪問診療なので、心電図やレントゲンなどの検査が何年も行われていないのです。

 

 

 とにかく、苦しんでいる文代さんをこのままにしておくことはできません。しかし、勝手に病院へ連れて行くこともできません。

 

 

 文代さんの自宅の電話機の付近には、緊急時の連絡先がマジックで書かれた紙が貼り付けてあります。

私はいくつか書かれた番号の中で一番目とされている息子さんの番号に電話をかけました。幸い、息子さんはすぐに電話に出られました。

 

 文代さんのような認知症老人に「もっとしっかりしろ」と叱り、経済力があるにも関わらず、こんなに寂しがり屋の文代さんを敢えて施設に入れずに独居を強いている息子さんです。正直なところ、私はそんな息子さんを冷たい人だと思っていました。

 

 しかし、電話に出た息子さんの対応は私の持っていた印象とは違っていました。

 

 私は、文代さんの状態について説明しました。胃潰瘍とか、胃炎の可能性もあるけれど、心筋梗塞などの重篤な病気も否定はできないこと。病院で検査をする必要があることをお話しすると、息子さんはすぐにそちらへ行きます、と言いました。30分で行きますから、と言って電話は切れました。

 次の往診先へ行かなければいけないのですが、文代さんを置いて離れることもできず、文代さんの様子を観察しながら息子さんの到着を待つことにしました。

 待つ時間は長いものです。待っている間も、文代さんのバイタルサイン(血圧、脈拍、呼吸回数など)には異常ありませんでした。

 ちょうどそろそろ30分経とうとした頃、表で車が止まる音がしました。次の瞬間、格子戸がガラガラッと開く音がすると同時に

「かあちゃん、大丈夫か!」

大きな声とともに、立派な背広姿の、定年間近といった年齢の息子さんが視界に入ってきました。

 文代さんはその瞬間、ぱっと顔を上げ、とても嬉しそうな顔をしました。

「先生、ありがとうございました。今から病院へ連れて行きます」

「お願いします。すぐに検査をしてもらえるように、病院には連絡してありますので」

 

 

つづく

 

 ところで、今回は息子さんとすぐに連絡が取れたのでよかったのですが、もしも連絡が取れなかったら、私はどうしたらよかったのでしょう・・・

 

皆さんは、どう思われますか

 

(勝手ながらこのエントリーのみ、事前承認制解除しました。ご意見よろしくお願い致します。)

 

 

 

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2008.03.07 05:15 |  診療  |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  春野ことり  | 推薦数 : 9

我が子の死を乗り越えて

ずっと以前、4歳で急性骨髄性白血病に罹り、5歳という短い生涯を終えた航平くんの本を紹介した。http://blog.m3.com/Visa/20070217/2

その著者、航平くんのお母さんである横幕真紀さんの講演を聴いた。

 

横幕さんは今、二人のお子さんを育てながら、市から委託された子育てコーディネーターの仕事をしている。また、ボランティアとして、航平くんが治療を受けた病院で、小児癌で長期入院している子供たちの会「まるっけ会(まるっけというのは、抗がん剤で髪の毛が抜けて丸坊主になった状態のことらしい)を立ち上げた。

 

横幕さんはこう話した。

「なんでうちの子だけが」とは決して思わないようにしている。

「うちの子だけでじゅうぶん」と思う。

これは、航平くんと同室で、航平くんより先に亡くなった優真くんから教えてもらったことと。

航平くんと親友になった6歳の優真くんは、GVHDに罹り、全身の皮膚が焼け爛れたようにめくれてしまった。

その後、航平くんの皮膚も少しめくれかけた。それを知って優真くんはこう言った。

「なんで航くんまで?」

横幕さんはこれを聞いて、6歳の子供が自分よりも他人のことを心配するなんて、すごい!と思ったそうだ。

それ以来、横幕さんは優真くんを見習って 「うちの子だけでじゅうぶんだ」と思うようになったという。

 

 

 

横幕さんは、さらにこう話した。

航平を亡くしたことは不幸以外の何でもないけれど、

今、「幸せですか?」と聞かれたら、「幸せです」と答えます

 これには大変感動した。

自分だったらどうだろう。子供を亡くしてしまった後、横幕さんのように思えるかどうか、自信がない。

横幕さんは言った。

航平の死を受け入れることができて、初めて前に進むことができた。

航平くんが亡くなった後、横幕さんはどうして自分だけが生きているのかわからなかったという。航平くんと一緒に自分も死にたいと何度も思ったそうだ。

でも、生きているのではなくて、生かされているのだと考えるようになった。それなら、しっかり生きなければ。ああすればよかった、こうすればよかったではなく、航平の闘病中、すべてがベストだと思って選択できた選択肢のように、明日死んでも悔いのない人生を送ろうと思う。そして、胸を張って航平に会いたい。あれから、お母さんもがんばったよ、いい人生を送ってきたよ、と。 ずっとそばにいるよー天使になった航平ー あとがきより)

 

横幕さんは、航平くんの亡くなった病院へ通い、保育士の資格と経験を活かして、小児癌の子供たちと一緒に製作活動をしている。

子供たちからは「航平ママ」と呼ばれているそうだ。

子供たちの喜ぶ顔が本当に嬉しいと言う。

航平くんのことを皆に伝えていきたい、そんな想いが横幕さんに生きるエネルギーを与えている。

朝起きたら、生きていることに感謝、ご飯が食べられることに感謝、歩けることに感謝、話が出来ることに感謝

生きることは感謝の連続だと言う。

講演を聴いて、涙が止まらなくなった。

 

我が子の死に直面した後、それを受け入れられるかどうかは、その人の育ってきた環境、教育、思想などに左右されるのだろう。誰もが受け入れることは出来ないのかもしれない。

 

我が子の死----

この世でこれ以上辛いことがあるだろうか。

経験した人にしか分からないだろう。

 

我が子を亡くしたやり場のない悲しみを、訴訟という形にする人たちもいる。訴訟に勝ったところで、誰かを悪者にしたところで、果たして悲しみは癒えるのだろうか・・・

 

 

横幕さんには子育てコーディネーターというよりも、グリーフワーク支援に携わっていただけたらと思う。

子供の死を受け入れられない親御さんの心が少しでも救われるように・・・

 

 

 

 

航平ママ、本当に素晴らしいお話をありがとうございました。

最期まで病気と闘った航平くんと、航平ママに、心から敬意を表します。

 

なかのひとずっとそばにいるよー天使になった航平ー 

 

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ふう、やっとここまで辿り着きました。

 

診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案―第二次試案

 

 

基本理念

最大の問題点は理念部分である。「安心・安全」という言葉が使われている。安全はリスクと同義で変数に過ぎない。安心が得られるかどうかは、個人の心の中での安心の基準に依存するので、医療側から提供できる問題ではない。

(当然ですね。死を恐れる人に医療者がいくら「死ぬことは怖くないですよ」と言っても安心させることはできません。)

第二次試案の前提として、このような患者側の主観的な願望の実現を、医療側の責任としている。この前提に無理がある。

 

理念の第三番目の項目がこの制度の基本的性格を示す。

「予期しない死亡が発生した場合に、遺族の願いは、反省・謝罪、責任の追及、再発防止」であり、「これらすべての基礎になるものが、原因究明」であるとしている。原因究明の目的は、反省・謝罪を求めること、責任追及、再発防止にある。 

(つまりは法的責任追及が主目的というわけです)

 

 

組織

中央に置かれる委員会は、医療従事者、法律関係者、遺族の立場を代表する者により構成される。のみならず、地方ブロックでの報告書原案作成段階から、法律関係者、遺族の立場を代表する者が参加する。

(なぜ遺族の代表者が入るのかが理解できません。中立的立場の人でなされなければ、公平な判断ができる筈もありません。)

 

刑事における真相究明とは、刑罰という法律効果を発生させるために、犯罪構成要件という法律要件に該当する事実の存否を確認しようとして、刑事訴訟の手続きを進めていくことである。

民事における真相究明とは、損害賠償という法律効果を発生させるために、犯罪構成要件という要件事実という法律要件に該当する事実の存否を確認しようとして、民事訴訟特有の手続きを進めていくことである。

(つまり、ここでいう真相究明は、医学的な真相究明とは全く異なるものです)

 

個人の処罰との関係

第二次試案は「行政処分、民事紛争および刑事手続きにおける判断が適切に行われるよう」「調査報告書を活用することができる」とする。

 

議論が進んでいる航空業界では、国際民間航空条約(ICAO条約)の第13付属書に、「調査の唯一の目的は、将来の事故または重大なインシデントの防止である。罪や責任を課するのが調査活動の目的ではない」とあり、また「罪や責任を課するためのいかなる司法上または行政上の手続きも、本付属書の規定に基づく調査とは分離されるべきである」と明記してある。

(医師個人の責任追及を目的とする第二次試案と正反対!)

ところが、日本では警察が法的責任追及のために事故調査を行い、検察は航空・鉄道事故調査委員会の報告書を刑事裁判の証拠として使用してきた。

警察が収集した情報は、警察内にとどめられ、事故防止に利用できない。

日本の司法が条約の基本思想を受け入れていない。 

(何それ。そんなのあり?って感じです)

 

2003年ごろを境に、大病院には院内事故調査委員会が置かれるようになった。

多くの病院では医療事故をシステムの問題として捉え、ヒューマンエラーを処罰の対象としていない。

第二次試案が実現すると、院内事故調査委員会における調査結果が、調査報告書に盛り込まれることになる。つまり院内事故調査の結果が、個人の処罰に直結することになる

証言は極めて慎重なものにならざるを得ない。必然的に、事実が表に出にくくなる

 (かえって真相が究明しにくくなる結果、亡くなった方や重大な合併症に遭った患者さんのことが、次の医療に活かされることはなくなるのです。この試案が目的とする再発防止には繋がりません。)

処罰を前提にした調査は科学的調査と異なり、遺族と医療従事者の対立を高める。

病院管理者と現場の医療従事者の間にも疑心暗鬼が生まれる。厚労省と病院の間の溝も深める。

 

7.医療における正しさを誰が決めるのか

 第二次試案は、実質的に「正しい医療」を厚労省が決めることを意味する。

たとえば、ハンセン病患者の、90年にも及ぶ隔離政策の歴史で、何人かの医師が異議を唱えた。患者をかくまった医師もいた。これらの医師は、「医学と良心」に基づいて行動した。

厚労省は「医学と医師の良心によって動いているわけではない。

これゆえ医師の行動の制御を国家に委ねることに問題がある。小松先生は、世界の常識と強調していらっしゃいました)

行政は、医療における正しさというような価値まで扱うべきではない。明らかに行政の分を超えている。

 

第二次試案が実現すると厚労省は医療のすべてを支配する。全体主義的統制医療は自立性を奪い、医療の進歩と国民への適切な医療の提供を阻む。

現場にもたらした結果からのフィードバックで、厚労省の責任を問うようなシステムを構築することなしに、厚労省の権限を限界まで強化すると、現場と乖離した規範がまかり通り、適切な医療提供体制を壊す。(すでにそうなりつつある)

8.提案

 今、必要とされるのは、なにより患者側と医療提供者との軋轢の軽減。患者の理解と納得を高めるための支援制度。そのなかに調査制度を含む。

以下の条件が求められる。

1)患者側の理解と納得を高めるために、科学的調査と中立的立場の介在者による理解援助を行う。

2)調査報告書を個人の責任追及には使用しない。

3)この枠組みは、全ての事例の最終的な解決を図ろうとするものではない。対立を助長しがちな法的評価はこの枠組み外で行うものとする。患者側、病院側の同意の得られる範囲で、各種ADRと連携するものとする。

4)大きな中央組織を作らず、地域の既存組織と専門家のネットを構築する。事例に応じて適切な調査チームを組織して、効率的な調査をする。

5)権限を厚生労働省に集中させない

 

今後医師が取り組むべきことは、自浄作用である。自らを律する気位の高い専門職団体の存在は、医療門だの解決を容易にする。

 

以上、我々は、

診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する厚生労働省第二次試案

に反対するとともに、

調査制度を含む患者支援制度の創設を望む。

 

なかのひと

 

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