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70代後半の明夫さん(仮名)は肺気腫で在宅酸素療法をしていましたが、肺炎を併発し、入院しました。元々肺の機能が低下しているところに肺炎を起こしたため、呼吸不全が悪化し、食事も食べられず、ベッド上安静を余儀なくされました。
明夫さんの奥さんは、明夫さんが通院していた頃からいつも甲斐甲斐しく付き添い、二人はとても仲のよさそうなご夫婦に見えました。奥さんは、明夫さんが入院してからもいつもベッドの傍らに座り、食事の時間には明夫さんの食欲が沸くようにと、家から用意してきた果物や煮物などを所狭しと広げていました。
奥さんの献身的な介護の甲斐あって、明夫さんの状態は少しずつ改善し、食欲も出て、顔つやも良くなっていきました。
しかし、それとは対照的に、奥さんの顔に疲労の色が出るようになりました。
ある日、こんなことがありました。
私が明夫さんの個室に回診に行き、明夫さんの胸に聴診器を当てようとすると、ベッドの横にいた奥さんがすっと立ち上がり、明夫さんのパジャマのボタンに手をかけ、前を開けようとしました。
その時、明夫さんは、奥さんの手をピシャリと叩いたのです。余計なことをするな、と言わんばかりに。
奥さんはスッと手を引っ込め、明夫さんは自分でパジャマのボタンを外しました。一瞬の出来事でした。
奥さんは私が明夫さんに問診をしている間、黙り込んでいました。私が明夫さんの病室を出て隣の部屋の患者さんの診察に移っていた時、奥さんの声が聞こえました。
「もう、大っ嫌い!勝手にすればいいのよ!」
続いて奥さんが明夫さんの病室から出て行く姿が見えました。
奥さんが怒るのも無理がないと思いました。私が奥さんだったら、やはり同じように怒るでしょう。
それ以来、明夫さんと奥さんの喧嘩する姿をスタッフがしばしば見かけるようになりました。
それでも、奥さんは家から明夫さんの好きな食べ物を毎日持ってきて、朝早くから消灯時間まで明夫さんに付き添っていました。
奥さんは持病のめまいが出るようになりました。しかし外来で毎日点滴を受けながら、明夫さんに付き添い続けました。
私は奥さんに少し休むようにと言いました。明夫さんも奥さんに「家に帰って休むように」と言っていました。しかし、奥さんは「そうですね」と苦しそうに笑うだけでした。
ある日、回診に行くと明夫さんが言いました。
「女房のやつ、ついにダウンしてしまいました。」
病室にはいつもいる筈の奥さんの姿がありませんでした。
明夫さんは続けました。
「先生、女房を入院させてもらえませんか」
私は、診察させてもらって入院が必要な状態であればもちろん入院していただきます、と答えました。
その晩のうちに、奥さんはめまいがして震えが止まらないと救急外来を受診して、翌朝私が出勤するとすでに入院していました。
つづく
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