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前回、95歳の患者さんのエントリーは思わぬ反響で、大変驚いています。
さて、今度はこんな患者さんが救急車で運ばれてきました。
92歳の女性、一人暮らしのトキさん(仮名)。
自宅で倒れて反応が鈍くなっているところをヘルパーが発見、地域包括支援センターに連絡したところ、センターのスタッフが救急車を要請。
入院時、呼びかけると目を開けるがすぐに閉じてしまう状況だった。脱水による意識障害だった。輸液により速やかに回復した。
意識が戻ったトキさんは著しい認知症だった。大部屋でずっと大声で独り言を言っているため、詰め所に連れてこられ、車いすに座らされていた。
私がカルテを書いていると
「あんた、みっちゃんか?」
と聞いてきた。
「いいえ、みっちゃんではありませんよ」
と私が言うと、今度は看護師に
「あんた、みっちゃんか?」
と聞いていた。
「家に帰りたい。私をこんなところへ連れてきたのは誰だ。家に帰してくれ」
「家に帰りたいって言ったって、食事が食べられなければ家には帰れませんよ」
看護師が言った。
トキさんは入院してから一口も食事を食べないのだった。
よくこの人が一人暮らしをしていたものだと看護師は口々に言った。
トキさんには息子さんがいたが、遠く離れた他県に住んでいた。
母親が92歳なら息子は60から70代と思われたが、要職に就いているようで、大事な会議があるからすぐには病院に来れないということだった。
入院当日は、甥に当たるという人が来て、入院手続きだけしていったが、トキさんのことはよく知らないようだった。
息子さんが病院に現れたのはトキさんの入院から3日後だった。
息子さんからはじめてトキさんの病歴を聞いて、驚いた。息子さんはこう言った。
「先月乳がんの手術をして、ここへ運ばれる1週間前に退院したばかりなんです」
92歳の認知症の老人に、乳がんの手術をするのだろうか。
きっとトキさんは手術をする前は認知症の症状が出ていなかったか、軽かったのだろうと推測した。
手術後に認知症が進んだものとして、手術した外科医は、術後に認知症が進む可能性を考え、家族に話しただろうか。
「今一番の問題点は、食事が全く摂れないことです。消化管の検査も進めていきますが、老衰によるものといことも考えられますので、そうだとすると治療方法はないわけです。少し経過を見ますが、このまま食事が食べられなければ、行く行くは胃ろうと言って・・・」
気がつけば、胃ろうの話をしている自分がいた。
92歳、認知症、独居。
乳がんの手術をして退院後、食事が食べられなくなり脱水で救急車で運ばれた。食事がこのまま食べられなければ胃ろう造設し、落ち着いたら施設へ行くことになるだろう。
私たちは何をやっているんだろう。
私たちに他に何ができるだろう。
トキさんの人生は幸せだろうか。
この国の老人は、幸せだろうか・・・
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コメント
コメント一覧
これを自然ととるのか、どこまで医療が介入するのか・・・・・
医療者は、悩んでいます。
医療は、次々と新しい選択肢が出るたびごとに、また難しい選択肢を、患者サイドとともに悩むことになります。
私が担当した患者で、胃ろうを辞退して、静かに逝った老人がいました。しないということを決めるのに、私は、家族と何回も何回も話し合いました。家族はずっと悩みました。私は、その悩みに付き合うことが、家族と本人にとって意義のあることだと思い、そういうつもりでお付き合いしていました。そして、約3週間かかりました。しないと決断をするまでに・・・・私はその間、IVH管理をしてつなぎました。最後は、とても静かにお亡くなりになりました。
佐江衆一の「黄落」(新潮文庫)には、年老いた母が、自ら食断ちをして、静かに死んでいくまでの様子が赤裸々に描いてあります。
「母はそんな芝居を演じて、食断ちをして、自ら死のうとしてるのではないか。いやそんなことができるのだろうか。」
こんな一言が、胸に突き刺さります。
医療者は、「しない」ということを患者側とともに決断する勇気も必要なのかもしれない。
そのためには、医療者自身が、生と死の洞察を普段から深めておかないと、提供とする医療として、患者、家族の選択肢を狭めてしまうだろう。
ことり先生のエントリーは、生と死を考えるきっかけを私達に投げかけてくれます・・・。
難しいテーマだが、多くの意見を拝聴させていただくことにより、それは、私達医療者のよりよいより深い自己洞察への機会になるんじゃないかなと思います。
私も、来年冒頭には、このあたりの難しいテーマを題材にエントリーを入れてみようと思います。
よいお年を。来年もよろしくお願いします。
私が風邪を引いている間にも、いろんな医療記事がどんどん出てくるものですね。とりわけ、30近くの病院に受け入れを断られた「事件」は日本の医療システムの疲弊を物語っていると思います。「内科医のいない市立病院」もかなしいものがありますが。
これから年末年始。救急医療関係者にとっては大きな試練の時期だと思います。彼らこそ、倒れないようにしてほしいです。
3番目の落書き
~3番らくがきさん、お風邪はよくなりましたか?38度近い熱は辛いですね。いつも医療に関する記事を取り上げてくださって、ありがとうございます。
とうとう内科医のいない市立病院まで・・・
医療に関しては本当にため息ばかりの1年でした。来年はどうなることやら。
よいお年をお迎えください。お大事に
春野ことり
そんなお年寄りに手術ですか・・・あ〜! うちの母だったら、絶対やらせないです!
マーボー
~マーボーさん、私も聞いた時、「えっ!認知症の92歳の老人に乳がんの手術!?」と、大変驚きました。息子さんは認知症に気付いてなかったみたいだし。。。
春野ことり
「胃瘻」が当たり前になっている現在、それを「しない決断」は勇気が要りますね。今の老人たちは「胃ろう」なんていうものは想像さえしなかったのだろうと思います。自分たちが年老いて死を迎えるころ、今では想像もつかないような延命方法が当たり前となっていて、それを実施されたらと思うと、空恐ろしいですね。
佐江衆一の「黄落」、ぜひ読んでみたいです。
>ことり先生のエントリーは、生と死を考えるきっかけを私達に投げかけてくれます・・・。
先生からそう言っていただけると光栄です。
よいお年をお迎えください。
こちらこそ来年もよろしくお願いいたします。
今までは、医療側に丸投げでも良かったけど、これからは違います。やはり行政側にも「財布」の事情がありますし、全員に延命処置を求めるのはお門違いなのでしょうが・・・90歳過ぎに手術して独居・・・こんな時代、世相を反映しているんでしょうね。
Skyteam
~Skyteam先生、こんにちは。コメントありがとうございます。
まさに激動の医療崩壊元年でしたね。
先生の仰る通りで、今まで老人は医療機関に丸投げ状態でした。高齢化が進むと、この先どうなるのか。この先は90代の認知症患者に手術なんてあり得なくなるのだと思います。とことん治療されて生かされるのがいいか、何も治療されず治る病気も治らないのがいいか・・・お金のある老人だけが治療を受けられる時代が来るのか・・・まさに過渡期ですよね。
春野ことり
私のところには90台でも比較的しっかりした独居老人が診察に来ています。もし乳癌が見つかったら...切れ!というかも..
以前、精神科主体の病院で、精神科療養型病棟の患者(主に慢性期統合失調症で長期入院)には出来るだけ年1回の胃内視鏡、年数回の血液検査など最低限の検査はしよう、と申し合わせたにも拘らずカネ儲け主義の理事長が、1年以上何の検査もしませんでした。久しぶりに検査をしたら貧血があり、進行胃癌がみつかったそうです。どうせ、家族には手前勝手なムンテラをして難を逃れたことでしょう...。
また、頚椎症で頚髄圧迫があり、手術をしなければ寝たきり、という患者は、本人の同意も家族の同意も得られないし遠方の病院でないと難しい、という理由で放置され、約半年後、寝たきりとなりました...。
認知症も精神疾患も、患者の生きる権利はあるはずですが..本人が判断できない時は誰が責任を持つべきか...難しいですね。
Doctor Takechan
~Doctor Takechan、コメントありがとうございます。
いつも真夜中にコメントいただいていますが、睡眠取れてますでしょうか?
認知症も精神疾患も生きる権利はあります。もちろん。
しかし、乳がんの手術をして、認知症がすすんでいるのに独居と知りつつ自宅へ帰し?(あるいは帰宅後に認知症になったのか?)退院間もなく脱水で救急車で運び込まれていては、運ばれた方は「ちょっと・・・」と言いたくなります。
しかも、おばあさん、一口も食事を食べません。念のために消化管検査を・・・と胃カメラを行ったところ、な、なんと!!とんでもないものが・・・。
こ、これ以上はとてもここへは書けません。
春野ことり
92歳で痴呆が術前からあり(程度もありますが)、しかも独居であるにも拘わらず手術をしたのだとしたら、これは人道的に問題があります。手術した病院にソーシャルワーカーはいなかったんでしょうか?SWが居ない病院も日本には数多くいますし、居てもSWがうまく機能していない?病院がありますね。悲しい現実です。
年末に暗いことを書いて恐縮です。来年こそ少しはいい話が書けるように願っています。あ、そう【天国へのビザ】第2話も首を長くして待っていま~す。個人的には残像が好きですが。
筑紫の里
~筑紫の里先生、こんにちは。コメントありがとうございます。
こちらこそ、年末にドカンと燃料を落としてしまった?ようで、恐縮です。来年こそは良い話が書けるといいですが・・・。なかなか、いい話がなくて。
第2話のご期待ありがとうございます。私も「残像」の方が好きです。もっと他人の心を打つようなお話が描けるといいのですが。
春野ことり
今年もお疲れ様でした。わたしも、もとロス近郊のある市長をされていた90才だいの白人の患者さんの入院患者さんを診ていたことがありました。家族の方も、3日間ねずの看病をされていました。意識はもう有りませんでした。循環器内科の先生も、心臓が弱っていて、助かる見込みがないというという事でした。家族も看病で疲れ切っていました。酸素吸入でかろうじて生きていました。早速家族会議を開いて、その事を、家族の方がたに話しました。全員のお許しをいただき、酸素吸入をやめました。20年近くの患者さんだったので、30分後に亡くなられたときはとても悲しい気持ちに、なりましたが、家族のこと考えるとこれ以上看病を続けても、過労になる状態でした。今でも、その子供さん、お孫さんは私が主治医として面倒を診ています。今でもあの時の選択は間違っていなかったと思います。老衰による寿命だったと家族の方も理解してくています。医師は、神ではありません。でも家族の承諾があれば、もう延命治療をやめることがアメリカでもできます。カルテにその事を記入すれば医師の責任にもなりません。尊厳死はどこでも難しい問題ですね。ではまた、よい新年を!!!
DAICHAN
~DAICHAN先生、よいお話をありがとうございます。
20年近くの患者さんが亡くなったら、家族のように悲しいでしょうね。以前、病院が完全看護でなかった時代は、家族が交替で24時間付き添っていたので、家族が疲れて「もう十分です」と言われることがよくありました。完全看護になってからは、家族が付き添うことなく時々来て文句だけを言っていくというようなことも多くなりました。患者が苦しむ姿を見ずして延命を希望する家族がいると、大変複雑な気持ちになります。
親子三代の主治医になるなんて、すばらしいことですね。
では、よいお年をお迎えください。
春野ことり
難しい問題ですよね。
痴呆が進むってわかっていたら、手術なんかしないのでしょうけど。
どの程度のものだったかわからないので、なんとも言えないのですけどね。
でも、本人の希望があるなら、やらないわけにもいかないし。
胃ろうを造らないという選択肢もあるのですけどねー。
それも、問題になりそうですし。
今年もよろしくお願い致します。
Dr.I
~Dr.Iさま、あけましておめでとうございます。
超高齢者の治療は本当に難しいです。何が本人のためになるのか、治療することでご本人は幸せになれるのか、ケースバイケースですが、自分で意志決定のできない認知症患者の治療は、医療者にとっては大変悩ましいです。
今年もどうかよろしくお願いします。
春野ことり
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