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< いいぞ!医龍2 | メイン | 92歳認知症、ひとり暮らし >

 中央公論1月号の特集、「医療崩壊の行方」の中で、若手医師の匿名座談会ー現場からの提言 という記事があった。

「患者のみなさん、まずはあきらめてください」

というタイトルがつけられている。これによると

 

 厚労省は「自宅での看取り」を求め、「お産も産婆さんが家で取り上げる」ことをすすめようとしている。

そうすれば日本人の平均寿命は下がるし、出産死亡率は上がるけれど、まあ、それは仕方がないでしょう。

団塊の世代が老人になったとき今のように医師にかかるのは完全にあきらめるしかないでしょう。

すべて80年代に手を打たなかった厚労省が悪いと言えます。

団塊の世代に「医師にかからずに死んでください」と言っているようなものです。

 

 この「あきらめてください」、「医師にかかるのをあきらめてください」という意味のようだ。

 

 先日、私も患者さんのご家族に、少し意味は違うが「あきらめてください」と言いたくなることがあった。

 *

95歳の男性、認知症のため施設に入っていた方が、肺炎を起こして入院した。

抗生剤治療を行い、一時回復に向かったように見えたが、黒色便が出て、Hb4.7と極度の貧血に至った。消化管出血による貧血と思われたが、呼吸状態が悪く、胃カメラなどの検査も危険で行えない状況だった。

息子さんと娘さんは輸血をしてほしいと言い、濃厚赤血球をオーダーした。3日間に分けて行う予定とした。

1日目は血液が届いたが、2日目は届かなかった。オーダーしたAB型の血液が不足しているという理由だった。

輸血製剤のオーダーをするとき、患者の年齢や重症度などは報告しない。この老人は95歳だから後回しにされたというわけではない。年齢に関係なく、若者で輸血を必要とする患者のところにも平等に血液が届かないということである。

95歳で死にゆこうとする老人に輸血を行うことに何の意味があるのだろう。昨日の血液が、未来のある若い患者のもとに行き渡ったら、助かる命があったかもしれない。

私は輸血製剤のオーダーを取り消した。そして、家族にそれを話した。

娘は泣き崩れた。

「お願いです。できるだけのことをしてください!」 

95歳、認知症で施設に入っていた患者である。もう寿命とは思えないのだろうか。

できるだけの看護をしてくださいというのなら分かる。しかし、できるだけの治療をしなければならないのだろうか。

不足している医療資源を奪ってまで、95歳の老人の命を数日長引かせることに何の意味があるのだろう。

しかし、その家族は自分の親の命を1日でも長引かせることで頭がいっぱいのようだった。 

このご家族が特殊なわけではない。

死を受け入れることができない人が増えている。

「老いたら死ぬ」そんなことがこの国では当たり前のことではなくなっている。

老いてもとことんまで治療され、生かされる。自分の意志とは無関係に。

そして、そのために限りある医療費が使われているのだ。

「できるだけのことをしてくれ」という家族は思いもしないだろう。自分が老iいて死ぬとき、病院にかかることさえできなくなるかも知れないなどとは・・。

 肉親の死は悲しく辛い。たとえ95歳の大往生であっても辛いものは辛いだろう。

しかし、人間は永遠に生きることはできないのである。 肉親の死を受け入れ、悲しみを乗り越えなければならない。 

 

日本人の死生観は明らかにおかしくなっている。

今こそ見直さなければならない時期にきているだろう。

 

 

なかのひと 

 

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もう40年位前になると思いますが、私の祖父が、某大学のちょっと名の知れた教授をしていました。 その祖父が危篤になった時、その大学病院では”出来るだけ”の事をしてくれたそうです。  そして意識が戻った時に、祖父は嫁にあたる私の母に「何故、こんなになってまで生きていなければいけないのか?」と言ったそうです。
それを聞いてから、母は絶対に自分には余計な事をしてくれるな、と言い続けています。 父はとても自然に逝きました。

前にも書きましたが、この3月に私は一番大切だった同居していた彼氏を肺ガンで亡くしましたが、最後には私達の希望通り、余計な延命はせず、周りの人に支えられ、幸せな最期だったと思っています。
”命”は救えなかったけれど、”魂”は救えた様な気がしています。
彼の命のロウソクは間違いなく、最後までちゃんと燃えたんだと、思っています。

そして、その時思ったのは、「覚悟」と「諦め」は違う物なのじゃないか?と言う事でした。 「諦める」ってちょっと受け入れ難かったので、「覚悟」の方が言葉としては、受け入れ易い言葉の様な気がしています。
実際私達はある意味の「覚悟」はしていましたが、「諦める」事は出来なかったし、しなかったつもりです。

あ、でも高齢の母だったら、諦めるかもしれません・・・困った娘です。

ちょっと記事と離れちゃって、長くなっちゃってスミマセンでした。
マーボー


~マーボーさん、コメントありがとうございました。ご自分の辛い経験もお話しいただいてありがとうございます。

>「覚悟」と「諦め」は違う物なのじゃないか?と言う事でした。
そうですね。諦めというのはネガティブで覚悟というのはポジティブな言葉です。「患者の皆さん、あきらめてください」じゃなくて「患者のみなさん、覚悟してください」というタイトルにすべきだったかな~・・・って、もう遅いけど
春野ことり
written by マーボー / 2007.12.27 02:02
何にでも値段が付いている社会に暮らしていると、価格が価値を代理しているという感覚が染みつくのは仕方ないと思います。安く買えるものの価値は低いから、ドンドンつかっても構わないとなる。タダみたいなフリーアクセスの医療を貴重と感じろというのは無理です。

たとえば、このエントリに出ているケースが混合診療に該当して「できるかぎりのことをすると、50万/日くらいかかって、おそらく1ヶ月くらいは大丈夫です。うまくいけば半年くらい」となったときでも果たして家族は「分かりました。まず1500万用意します。残りの7500万もすぐ用意しますので、できるかぎりのことをしてください」と言うのでしょうか?

医療にも価格メカニズムがあるといいこともあるのではないかと、私は思ってます。医療保険は現在でも「この範囲なら金を出す」という価値判断を含んでいるのですから、「やってもあまり意味がない」という価値判断を追加すること自体には大きな問題はないのでは。

# 具体的に何を追加するかは大いにもめそうですが。
santa


~santaさんはじめまして。コメントありがとうございます。
仰るとおりだと思います。
医療保険は現在でも「この範囲なら金を出す」という価値判断を含んでいるのですから、こちらから「やってもあまり意味がない」ということは思っても言えないんです。
しかし、私は混合診療には反対です。
春野ことり
written by santa / 2007.12.27 08:45
死生観は人それぞれですよね。
家人の死に際に対する家族の感情て関係ないですよ。
医師の持っている情報とそこらの家族では認識が
違うと思います。
姥捨て山的な?
日本人だけどさ


~日本人だけどさ、さん、
仰るとおり、死生観は人それぞれですよね。
春野ことり
written by 日本人だけどさ / 2007.12.27 14:57
一般の方が望むハイレベルの医療と現実の医療とのギャップを認識して頂く必要はあるのでしょうね。決して治療を諦めている訳ではないので一般の方にタイトルだけ見て誤解しないで欲しいです。
筑紫の里

~筑紫の里先生、コメントありがとうございます。
ご心配おかけいたしまして、すみません。やはり誤解する人はいるようです。タイトルかえよっかな・・
春野ことり
written by 筑紫の里 / 2007.12.27 15:08
“歳おいたら死ぬ”・・・どころが、人はいつでも死ぬ可能性があるはずなのに死に際でこのような混乱が起こるのは、ほとんどの人が死について考えるのは死の淵に立たされたときだからかもしれません。
“生死”について考える時間を与えることが必要かもしれないと思いました。よ。
yoshi


~yoshiさん、コメントありがとうございます。
そう言っていただけると、書いた甲斐があったと思えます。
ありがとうございました。
春野ことり
written by yoshi / 2007.12.27 18:12
無理に(?)処置を行う事は、患者さんにとっても死ぬべきときに死ねず、その上苦しい時間を長引かせるだけで不幸な事なのではないかと考えています。
我が家で最近なくなったのは祖父と父ですが、本人らの希望で意識を喪失した段階で延命を止めてもらった・・・・らしいです。
(立ち会えなかったので詳しい事は知らないのですが・・・)

結局、延命治療というのはどうにも「家族」の世間体とエゴでしかない印象を持ってしまいます。
つちのこ


~つちのこさん、コメントありがとうございます。
>結局、延命治療というのはどうにも「家族」の世間体とエゴでしかない印象を持ってしまいます。
私も同じことを思います。本人の意志が一番大事なんですが、ほとんどの人がLiving Willを残していないものですから、それが一番の問題だと思います。
春野ことり
written by つちのこ / 2007.12.28 03:14
ところで、家族、親族の血液型の適合は?
年齢的にも感染症が云々なんて野暮なことはいわない。生血(なまけつ)でいいと思いますが。お互いの魂の交歓は完璧かなと思います。
昔は、血~~集めてということもありましたな(部活の仲間とか、職場の有志とか・・。今じゃそんなことは伝説でつか、汗)

それを差し置いて、クレクレじゃ、ネ。
雪の夜道

~雪の夜道先生、コメントありがとうございます。
そうですね。親類縁者で同じ血液型の人を集めるから輸血をしてほしいと家族から言われたら、誰も反対はしません。
春野ことり
written by 雪の夜道 / 2007.12.28 10:13
私の祖母(95歳、認知症)がちょうど同じような状態にあります。もう寿命だろうと思われますが、子供たち(私の父親の兄弟、父親が長男ですが既に他界しています)にはこのエントリのような雰囲気はなく、なにやら「厄介だからはやく逝ってくれ」という雰囲気です。これはこれで寂しいものがあります。
祖母は子供が訪れても知らんぷりですが、孫の私が小学生のひ孫を連れて訪れればこの上なくうれしそうな表情をします。
苦労の多かった人生の最後を迎えるのだから、できるだけ見届けてあげたいと心から思った次第です。延命が重要ではないと思います。
yasuda214


~yasuda214さん、はじめまして
コメントありがとうございます。
どちらかといえば、そういうご家族の方が多いのが現実です。確かに、それはそれで寂しいです。
>延命は重要ではない
同感です
春野ことり
written by yasuda214 / 2007.12.28 10:29
淀キリのホスピスを立ち上げた柏木先生の有名なお言葉

「人は生きてきたように死んでいく」

(=「人は生きてきたようにしか死ねない」)

今の日本社会をみてどうでしょうか?
死は病院の隅に追いやられ、死という事象に、メディアは、あまりにも過敏に反応し、報じます。その報道は、潜在的に多くの日本人の心の中に浸透し、それが、その人の生き方の一部に確実に影響することでしょう。

死の考え方は、個々をみれば、様々。しかし、社会というマスで考えるときは、その分布の形をイメージしながら、考えることになります。

私は、日本人社会における死生観の分布の形が、昔(=明治、大正くらいをイメージ)と今では、きっと変わってるんだろうなあと思います。

そして、今病院で死んでいく人たちの家族は、往々にして戦後の人。すなわち、現代のメディア情報にどっぷりつかって子供のころから生活してきた人。

だから、人が生きてきたようしか死ねないとなると、
死を受け入れろと突然他人から言われても、それは困難を決めるのではないだろうかと思う。

では、どうしたらいいのか? 私には分からない。
文化が変わるという社会的変容を待つしかないのであろう。

ただ、粛々と自分を見つめて、生きていくのしかないのかなと思う
なんちゃって救急医


~なんちゃって救急医先生、コメントありがとうございます。
いつも先生のブログで勉強させていただいています。
死生観は人それぞれ、他人から押し付けられるものではありません。
どうしたらいいのか?博学で思慮深い先生にもわからないのですね。私にもわかりません。いろいろ疑問や矛盾を感じながらも、粛々と目の前の仕事をそつのないようにこなしていくだけです。
春野ことり




written by なんちゃって救急医 / 2007.12.28 10:30
95歳の患者に濃厚治療・・・大抵の医者なら、寿命であり医療費の無駄使いと考えます。私もしません。
状況にもよりますが、ことり先生が例示された患者さんなら輸血せずに鉄剤の点滴静注をします。

一般人は、治療費が公的保険でまかなわれているので医療費がどれだけ掛かるかか知らないから、簡単に濃厚治療を口に出すのでしょう。
むかし(20年前)、貧血の高齢の患者さんに赤血球輸血をしたら、血液内科専門医から「仏前輸血だな。大事な血液を無駄使いするな」と叱られました。
当時は医療費のことよりも、たとえ高齢でも、回復の可能性が殆ど無くても、1秒でも患者を長生きさせて、検査データを少しでも改善させるのが医者の努めと思っていました。

今になれば、当時の血液内科専門医の言い分がわかるようになりました。
そして、高齢の患者さんの家族には寿命であること、苦しまないでお亡くなりになることが大事だと説明しております。
濃厚治療が無駄とは決して話しませんが、たとえしたとしても予後に変わりが無いこともあわせて説明しています。
もちろんDNRの承諾もとります。
それで、どのご家族も納得されます。
鶴亀松五郎

~鶴亀松五郎先生、いつもコメントありがとうございます。
今の時代、患者家族が「やってほしい」と言うことを 「意味がないから」と断る勇気は私にはありません。

>当時は医療費のことよりも、たとえ高齢でも、回復の可能性が殆ど無くても、1秒でも患者を長生きさせて、検査データを少しでも改善させるのが医者の努めと思っていました。

若い医者は皆そうではないでしょうか。多くの人の死を看取るうちに次第に考えは変わっていきますが。

>高齢の患者さんの家族には寿命であること、苦しまないでお亡くなりになることが大事だと説明しております。

私もそうしていますが、聞き入れないご家族も現実にいらっしゃいます。
春野ことり
written by 鶴亀松五郎 / 2007.12.28 15:22
とても大事な問題提起ですね。
およそ20年前にサッチャー首相が国民に問いかけたように、日本でもそろそろ「老い」と「病い」の区別をつけるコンセンサス作りが必要でしょう。
でもこの問題って、政治家も役人も病院経営者もしたくない議論なんですよね。
Bundo

~Bundoさん、はじめまして。コメントありがとうございます。「老い」と「病い」の区別をつけるのは実際には困難ですね。「介護」と「医療」の区別を厳密に行うことが困難なように。でも、皆が真剣に考えないといけないと思います。
春野ことり
written by Bundo / 2007.12.28 16:53
御久し振りです、少しの間居なかったもので。やはり命のローソクの話を皆が理解しないといけないですね、永遠に灯るローソクは無いのだから、ガス田の排ガスの火でも何れは尽きて消える日が有ると言う事を理解させるのは大変な作業なのでしょうね、苦しんで長生きするよりも(認知症では苦しみは感じないのでしょうが)楽な死を選びますけどね。(家では家内も延命治療は望まないと言っていますので、お互いその様な状態になったらお医者さんに言う事にしています)その後の葬儀も家族葬で、或いは何もしないで良いと話合っています。
たぬくまぞうさん


~たぬくまぞうさん、お久しぶりです。
コメントありがとうございます。
ご夫婦でそのような話し合いができているのは素晴らしいですね。ぜひ多くの国民に見習って欲しいです。
春野ことり

written by たぬくまぞうさん / 2007.12.28 20:03
ことり先生、お返事ありがとうございます。

>患者家族が「やってほしい」と言うことを 「意味がないから」と断る勇気は私にはありません
>私もそうしていますが、聞き入れないご家族も現実にいらっしゃいます。

私の患者家族にもそのような方がいらっしゃいました。
まだ、医者のなって3年目か4年目くらいのころだったと記憶しています。
96歳の高齢の男性。人工呼吸器をつけることを希望されていました。
基礎疾患の改善の可能性の乏しいこと、予後に変わりが無いこと、人工呼吸器装着の合併症、呼吸器管理が長期化して気管切開の可能性もあわせてお話しましたが、頑として呼吸器装着を望まれました。
家族の希望に逆らうわけにもいかず、呼吸器を装着しました。
ご家族は主治医の交代を希望され、私から他の医者に受け持ちが代わりました。
若い医者にいろいろ言われて不愉快だったのかも知れません。
ほんの数日でお亡くなりになりましたが、家族がこだわる気持ちを理解できませんでした。

その後、20年が過ぎ。
今では、誰が見ても若くはない医者ですので家族から以前のよう見られることはありませんが。

「濃厚治療を希望されますか(治療内容も説明して)?」、と家族にはお聞きします。
急変時の呼吸器装着や心臓マッサージまでお話しすると、この5~6年くらいまでは濃厚治療を希望されない家族が殆どになりました。
なぜ、そうなったのかは私にもわかりません。
尊厳死問題などが話題になり、家族の会話に上ることがあることもひとつの理由かもしれません。
また、比較的年齢の若い患者が濃厚治療されているのを見る機会があって、高齢者ならそこまで望まない、と考えていらしゃるご家族が増えたのかもしれません。
地域性もあるかもしれません。

年齢だから、と一律にカット・オフできない難しさもありますね。


written by 鶴亀松五郎 / 2007.12.28 20:42
ことり先生 コメントバックありがとうございました。
こんなに沢山のコメントが来ていた事に、私もビックリしました。
ところで、タイトルはあれで良かったと思っています。
内心「あ、言っちゃったよ」って思ったんですもの(笑)
命のあるものは、いつか必ず死ぬ時が来るのは、当たり前です。
まして、高齢の方の死は・・・
ほんと、何故それが当たり前と思えない人がいるかが不思議です。
年寄りと一緒に住まなくなったからかな?と思う事もあります。
マーボー

~マーボーさん、ありがとうございます。
>年寄りと一緒に住まなくなったからかな?と思う事もあります。
そうなんですよね。
認知症で自宅介護ができずに施設に入っている老人、それでも娘の立場としては「どんな状態でも生きていて欲しい」と思うようなのですが、一緒に住んで自分が介護していたら考えは変わるかも知れない、とも思うのです。
春野ことり
written by マーボー / 2007.12.29 01:24
>鶴亀松五郎先生、何度もありがとうございます。
私も入院時に老人の場合は濃厚治療の希望の有無は聞きますが、「できるだけの投薬はして欲しいが、人工呼吸器はやめて欲しい」という人がほとんどです。一般人の間で人工呼吸器のイメージは悪いようです。でも、中にはやはり「どんな状態でもいいから1日でも長く」という家族もいて、本人のことを考えているんだろうか?それって拷問じゃないか、と思うこともありますね。
たしかに年齢でカット・オフはできません。
written by 春野ことり / 2007.12.29 09:57
限られた医療資源を効率的に運用するために病院というシステムがあります。
しかし、
病院があるがゆえに、病や死という本来ならばありふれたものが我々の日常生活から隠蔽されてしまっています。それが、貴姉のおっしゃる死生観の喪失につながっているのではないでしょうか?
医療資源を効率的に運用するシステムである病院が原因で死生観が喪われ、それがゆえに医療資源の分配に危機的状況を招く。

非常に皮肉なことのように思えます。
地下に眠るM


~地下に眠るMさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
そうですね。老人ホームなどの施設の存在も、老いや死を日常から隠ぺいするのに加担しています。
皮肉なことですね。
春野ことり
written by 地下に眠るM / 2007.12.29 11:36
日本でにわか集中治療医をしていたときですが
「来週に祭りがあるからそれが終わるまで持たしてくれ!」
95歳の敗血症・ARDS・多臓器不全の女性の患者の家族の言葉。
「何でもやってください。何でもどうしても。」
多発性脳梗塞でコミュニケーションが取れない気管切開・胃ろう増設後で老人病院で疥癬に皮膚をやられた状態で血圧低下にて転院となった85歳女性の家族の言葉。

皆保険は明らかに素晴らしい制度なのですが、それによって回復不可能もしくは難しい状況の患者に果てしなく医療費がつぎ込まれることもあるのだと思います。米国の田舎の話ですが、元気なときに本人が意思表示をしていることが多いこと、医療費が高額で払えないことなどから、日本のように気管切開胃ろう増設もし何かおきたら人工呼吸人工透析血液製剤昇圧剤抗生物質という方向はそれほど目にしません。

家族の中のキーパーソン(患者の医療の意志決定の責任者)を法律にのっとって指定できるのもあると思います。日本では適切な医療をしていても遠縁の親戚が文句をいって細かい揚げ足をとれば示談にするのは容易だと思います。

ルールのないボクシングリングでサンドバッグにされているような状況が日本の高齢者の終末期の集中医療のような気がします。少し表現が過ぎました申し訳ありません。
しへい

~しへい先生、はじめまして。アメリカで臨床をされているのですね。日本の皆保険制度は素晴らしいけれど、国民は水や空気のように、誰にでも十分に供給されるのが当然と思っています。医療資源が無尽蔵ならそれでもいいかも知れませんが。
アメリカにいると、日本の医療のよい面も悪い面もよくわかるのでしょうね。
春野ことり
written by しへい / 2007.12.29 12:13
そこそこ裕福な層は、とことん延命を希望するでしょうが、貧困層では、高齢者虐待や介護殺人まで起きています。
怖いのは、どうも昨今の国の政策が、後者を容認しかねないと感じることです。
自然に起るPPK(ピンコロ)なら幸です。しかし、これを国の政策に掲げ、あからさまに「定年後は早く死ね!」の風潮が高まれば、殺人さえもまんざら悪と感じなくなる者を増やす可能性があります。
実際にホームレス狩りなどが起きています。
高齢者狩りが起きても、不思議ではありません。
そうなれば、高齢者のメンタル疾患も増大するでしょう。

老と病、臓器疾患と臓器障害、この線引きがバランスを壊し、医療・介護・福祉の谷間を深めているのも深刻な問題です。
医療崩壊はもはや医療界だけで解決できる範囲を超えています。
こういう時こそ、国の威力に期待したいのに、ずっと政官業優先策ばかり。福祉目的に消費税大幅アップとなった後、では一体何をしてくれるのか?と思わざるを得ません。

ところで、上記のような例に関しては・・
Dr=「手の施しようがありません」
患者家族=「そこを何とかお願いします。命だけは・・」
Dr「保障はできません。自費になりますが、最善を尽くしてみますか?」

至って単純な発想ですが、経済的に余裕がある95歳なら、こういうのが有っても宜しいかと・・。



~花さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
そうなると、やはり混合診療解禁?
私としては混合診療には反対なのですが、老人だけは混合診療解禁というのも今後あり得るかと思います。
そうなると、お金持ちの老人は家族のエゴのためにとことん延命され、何が幸せかよくわからなくなってきますね。
医療に明るい未来はあるのだろうか・・
春野ことり
written by 花 / 2007.12.29 14:17
ことり先生、マーボーさん、こんにちは。

>年寄りと一緒に住まなくなったからかな?と思う事もあります。

 本当にそう思います。ある保険会社の中高年に行ったアンケートで、「自分の終焉は病院と自宅のどちらを希望するか?」の問いに、男性の7割が自宅を希望、女性は4割だった、というのがありました。もちろん、女性の多くが高齢者を介護した経験があるから、それが数値に表れたのですが…。
 マーボーさんのお祖父様の言葉が、心に突き刺さりました、、、看取る方も、何かしら自己満足したいという気持ちになるのも事実ですが、そのエゴを通さぬよう、本人の好きにさせるのが一番ですよね。
christmas


~christmasさん、こんにちは。
ある人がこんなことを言っていました。
『親が元気なうちに親孝行してこなかった人に限って、最期の時にできるだけのことをしてあげたいと思うものだ』と
なるほど、そのとおりかも知れないと思いました。親が元気なうちに十分な親孝行をしてあげたいものです。
子供のエゴのために延命されるのは気の毒です。
春野ことり

written by christmas / 2007.12.29 15:41
ことり先生、
おおむね、皆さんの論調に同意なのですが...
  ちょっと気になったのは...

高齢者なら高額な医療費を使わなくてもいい...としたら、高齢者がちょっとかわいそうでは?
限られた医療予算....でも、医療に介護にもっとお金をかけられるはずなのに、無駄遣いやら埋蔵金やらばかり増やして医療費を削減して来た厚労省が喜ぶような文章に見えませんかね?
もっと長生きしたい、病気になったら助けてほしい、コロッと逝くならいいけど、そうでなかったら精一杯の医療をやってほしい、そんな高齢者もおられるのでは...?
高齢者は何もしなくていい、と決めつけてはイカンと思ったので...
Doctor Takechan

~Doctor Takechan、連投コメントありがとうございます。
そういう反論は承知の上で、自分の思ったまま書いてしまいました。
私も「医療費にもっとお金回せ」って思っていますが、しかし、終末期の老人をたくさん看取っている現場にいる者として、このまま終末期医療に若者に行うのと同じ医療が認められたら、医療費はいくらあっても足りないだろう、というのが正直な意見です。
たとえば、ザイボックスっていう抗生剤が最近出ました。MRSAに効くのですが、1本18000円で、1日2回投与で2週間使えます。終末期の老人、よくMRSAに感染します。だからとこの抗生剤を投与すると1日36000円×14日で約50万円かかります。でも、ほとんどの人が亡くなります。この50万円の意味は何でしょう?この先もっと高い抗生剤が出てくるでしょう。ザイボックスで効かなければ、もっと高い抗生剤を使いましょうという風に、際限はなくなります。
もちろん「終末期の老人もできるだけの治療をするために税金が増えても仕方がない。国民皆で終末期の延命のために負担をしよう」という国民のコンセンサスが得られるならそれでもいいと思いますが。
決して私は「高齢者に何もしなくていい」と決めつけてはいません。もう充分に生き、年老いて亡くなることがわかっている老人の命を数日のばすことよりも、家族が最期の時にそばにいて手を握っていてあげてほしい、そう思うのです。
春野ことり

written by Doctor Takechan / 2007.12.30 03:43
ことり先生、christmasさん こんばんは。

私の祖父の場合は、大学のエゴだったみたいです。
そのせいで、祖母は最期は絶対に家が良いと言って、孫の私達と住む家で、眠ったまま亡くなりました。
勿論嫁だった私の母も、「ダメな時は、絶対に管だらけにしてくれるな」と私達娘に言っています。「でも、意識がなくても居てくれるだけでも良いと思っちゃうかも」と私が言った時に、なんと、母は「もし、そんな事したら、意識が戻った時に管を全部自分で外してやる!」と涙目で言っていました。

年寄りと一緒に住まなくなったから、と言うのは、もう一つ、”死”を身近に感じられなくなってしまう事があると思うのです。

そして、私は最期の場所はどこでも構わないと思っています。
臨終にも立ち会える事が重要だとも思ってはいません。
重要なのは、場所ではなくて、見送る方、見送られる方双方の心のあり様なのだと・・・そして「ありがとう、お疲れさま、又会おうね」と見送れれば良いと思っています。
マーボー


~マーボーさん、何度もありがとうございます。
お祖母様やお母様のLiing willは、叔父い様の苦しむ姿を見てこられたからこそ、なんですよね。「死」を間近で見たことのない人たちには、自分の死に際の想像さえつかないでしょう。

>重要なのは、場所ではなくて、見送る方、見送られる方双方の心のあり様なのだと・・・そして「ありがとう、お疲れさま、又会おうね」と見送れれば良いと思っています。

本当にそう思います。
マーボーさんをはじめ、すばらしいコメンテーターたちに恵まれて、幸せな1年でした。
どうかよいお年をお迎えください。
春野ことり

 
written by マーボー / 2007.12.31 02:43
春野先生、お久しぶりです。この一年間本当にお世話になりました。     まだ、先生の本を読んでコメントするまでに至りません。私自身、とにかく目の前のことと仕事のことだけで精一杯でした。    年明けは、少し身体を休める意味でゆっくりとですが、また、コメントできたらと思っています。    先生に出会えたおかげで、幸せを実感することが多々ありました。
それだけでなく、先生の本や記事は、私達自身が、身近な問題としていることがばかりです。   
介護や認知症などは、今、私達が考えていかなければならないことです。   医者と共に考え、こうして意見を聞いてもらえるこの場は、これからも大切にしていきたいと思います。 先生、ありがとうございました。


~Eさん、お久しぶりです。心配しておりましたが、お元気でしたか。
暖かいコメントありがとうございます。こちらこそ、本当にお世話になりました。皆さんのコメントに支えられて、これまで頑張ってこれました。本当に感謝しています。
今後ともよろしくお願いいたします。
お正月はゆっくり心と体を休めてくださいね。
Eさんの幸せを心よりお祈りしています。
春野ことり
written by E / 2007.12.31 21:18
若い自殺者には「生きろ!」の一点張りで、年を取ると「はよ死ね」ってことになるんでしょうか。
ネットを「自殺」ってキーワードで探してみるとこのサイトとの死の語り方の落差に吃驚します。
若い頃は嫌でも生きろ!って人がいるのに対してここの人は老人の医療に多少の「手加減」をすることに異議はあまりないようです。
みんなそういう理屈をすんなり受け入れてるんですかね、、、。僕はイマイチよく分かりません。
結局みなさん他人の命をどうしたいんでしょうか?
僕は若い人が死んで老人が生きながらえても、そこは運だと思うし恨みっこなし、どちらかを選ぶなら前者、とは思わないんですが。
若者の前途があろうが、若者優先は単にフェアじゃないか年齢差別だと思います。
皆生命の理屈、ってやつに振り回されすぎでは?
生命と人間は違うと思いますよ。人間は生命の理屈を地で行くほど残酷になるべきじゃない、、、。
選別するよりフェアな方がいい、と僕は思います。

とは言え、今の世の中の生命についての認識に混乱するのは同感です。
異様なまでに非現実化されて宗教か自己啓発みたいな話以外で現実的な議論が出来ないのは異様な気がします。
そういう議論が出来るサイトで誰かと話をしてみたいんですがね。母親は生まれたくなかった人にどんな責任を負えるのか、経済を理由に餓死するより自殺したい、というような人間にすら餓死を強要するほど現代の生命倫理は残酷なのか、、、などなど。



~kさん、はじめまして。この記事に関して自分の知らないところで議論が交わされていたようですが、決してそういうことが言いたいわけではないのに、と思うような意見が多くあることが予想されます。言葉で想いを伝えるって難しいです。
春野ことり
written by k / 2008.04.29 02:10

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