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人の命はよくロウソクの火に喩えられる。
命のロウソクの長さは、人が生まれたときから既に決められているのかも知れない。
お待たせしました。命のロウソク つづきです。
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なんだろう・・。
春子がポケットに入れてきた小さな箱は、封が切られていた。中には小さな香水のビンが入っていた。中の液体は、明らかに少し減っていた。
使いかけの香水。
患者さんから使いかけの品物をプレゼントされるのは初めてだった。しかし、すぐに春子らしいと思った。
春子はよく病棟の看護師にも差し入れをしていたが、それは、封を開けて年男が一つ取って食べた残りの菓子箱などだった。
こんなこともあった。クリスマスの日、病棟の休憩室に、1人分だけ楔形に切り取られた丸いクリスマスケーキが置いてあった。しかし、看護師たちはそのケーキを無視しているようだったので不思議に思い、どうしたのかと尋ねてみた。
看護師の1人が言った。
「これ、佐藤年男さんからの差し入れなんですけど、佐藤さんが一切れ食べたみたいで・・・。
佐藤さん、Mが出てるじゃないですか。なんだかケーキにもMがついていそうで、誰も食べないんですよ。先生、いかがです?」
Mとは、MRSA( メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)のことである。その頃、年男の痰からはMRSAが検出されていた。
「あ、今、お腹空いていないし・・・」
それを聞かなければおいしそうなケーキであったが、私も遠慮してその場を離れた。
「天皇のような治療を」と言った次男といい、使いかけの香水といい、佐藤家の感覚は世間一般の常識とずれているようであった。
今では、この病院には「患者様から職員への心付けは固くお断りいたします」という貼り紙が廊下のあちこちに張られ、患者さんから差し入れをいただくことは一切なくなった。医療がサービス業へと取って代わり、「患者さん」から「患者様」へと呼び方が変わったのと時を同じくして、患者からの差し入れは受け取ってはいけないという規則が病院幹部により作られたのだ。
以前は、退院する時に「お世話になりました」と菓子折りを持って病棟詰め所に挨拶に来る患者さんが多かったものだが、その取り決めができてからは「お気持ちだけいただきます」と言って、せっかくのお菓子をお断りしなければならなくなった。
自分自身も身内が他の病院に入院したときに、病棟に菓子折りを持っていったが、受け取ってもらえなかったことがある。せっかく看護師さん達の口に入ることを考えて選んだお菓子をつき返されるのは冷たい印象を受けたし、それを家に持って帰るのは虚しい気持ちがしたものだ。
医療スタッフは急変患者への対応などで食事を取り損ねることが往々にしてあるのだが、疲労と空腹を抱えて病棟の休憩室を通りがかったときに、患者さんからの差し入れのおいしいスイーツに出会ったときの幸せは何ともいえなかった。しかし、あの幸福は今ではもう味わうことは無い。
古きよき時代の思い出である。
春子はその後も私の白衣のポケットに何やらよく突っ込んできた。それらは、饅頭の包みなどが多かったが、よく見ると賞味期限が切れていることもあった。春子は老眼で小さな文字が見えないのだろう。
ポケットに饅頭を入れられたことをすっかり忘れて、忙しく動き回っていて、帰るときにはポケットの中で饅頭がぺちゃんこにつぶれてしまっていることもしばしばだった。
これも、今では懐かしい思い出である。
*
年男の状態は落ち着き、リハビリを行うだけであったが、年男はその後も1年以上入院を続けていた。病院経営上、普通ならば3ヶ月で退院または転院を余儀なくされるところだが、年男だけは例外であった。
年男の入っていたのは1日1万円以上する特別個室であった。3ヶ月を過ぎて入院料が安くなっても特別個室が常に埋まって個室料金が得られれば損はしないという計算からか、病院経営者が佐藤家から頼み込まれていたためか、年男に関しては医事科から退院の催促をされることはなかった。
しかし、そんな年男もついに退院し、自宅へ帰ることとなった。
つづく
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